ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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Tシャツで一万超え!布だぜ!?―――――あるアイドル



今回出てくるのはオリキャラですが、ゴブリンスレイヤーの伝統、というか原点に倣い元ネタの存在するキャラです。


幕間 収穫祭間近の話・3

「ううう……」

 

 宿酔(ふつかよい)――――――以上に恐らくは羞恥で頭を抱え、呻き声を上げながら女魔術師が酒場の円卓(テーブル)に突っ伏す。

 昨日あれだけ酔態を晒したというのに、ちゃんと部屋から出てこられるのは偉いと女武道家は素直に感心する。羞恥が限界を迎えると、彼女は時々部屋から出てこなくなる。

 

「どうする?解毒剤(アンチドーテ)飲む?」

「……ありがと、大丈夫よ」

 

 顔を上げずに女魔術師が言葉を返してくる。周囲の冒険者がチラホラこちらに視線を向けてくるが、無理もない。

 なんせ昨日あれだけ大泣きをして、大声で略奪愛をすると高らかに宣言をしていたのだ。あの光景を見ていた者達は気になって仕方ないだろう。

 かくいう女武道家もそうだ。単に興味があるのもそうだが、一党の仲間として、友人としてどうすべきかを考えなければいけない。

 自分の頭では考えても分かりはしないのだろうけど。

 

「で、どうするの?」

「何が?」

「いや、昨日の話。本気?」

 

 ぬぐっ、とかうぐっ、という感じの変な声が女魔術師の口から漏れ出る。出来れば触れて欲しくない部分だろうが触れない訳にもいかない。

 酔った勢いでの失言だと言うなら、忘れてあげてもいい。それにしてもまずは話を聞かなければいけない。

 

「……酔った勢いで口が滑ったのは確かよ」

「うん」

「でも、諦めないのは本当よ。諦めたくないもの」

「だいぶ厳しいと思うわよ?詳しい事情を知らないのもそうだし、彼の性格的に婚約解消して別の人と、って言うのは考えにくいし」

 

 ようやく顔を上げた女魔術師に、あまり言いたくはないが女武道家は現実的な問題を突き付ける。

 さらに言うなら、貴族との結婚となれば家の問題やら何やらが絡んでくるだろう。女武道家には縁のない話の為に詳しくないが、簡単に取り消せるものではないはずだ。

 そもそも、彼と婚約者が心を通わせている仲だったら勝負とかそういう話にすらならない。

 どう考えても敗色濃厚な戦いであり、同情はするが諦めるのが一番いい道だと思わざるをえない。

 

「分かってるわよ、そんなこと。そういう真面目な所も……その……好き、なんだし……」

 

 顔を赤くし、視線を逸らしながら女魔術師が小さな声で言う。普段の態度が嘘のように、可愛らしい仕草をするこの友人を純粋に応援出来たらどれだけよかった事だろうか。

 

「分かってるなら」

「諦めろ、って言いたいんでしょ?朝起きて真っ先に考えたわよ」

 

 言葉を遮られ、女武道家は目を瞬かせた。彼女は自分が思っていたよりずっと冷静だったらしい。

 

「……考えたのよ。諦めて、普通に仲間として接すればいいんじゃないかって。今の関係だって、充たされてるもの」

「うん」

「でも、ダメなのよ。どうしてももっと欲しいって、もっと踏み込みたいって思っちゃうの。今から一歩先に行きたいって。どんなに苦しくても、辛くても」

「勝ち目が薄くても?」

「……うん」

 

 力強く頷いた女魔術師の目を見て、これはもう無理だなと女武道家は確信する。これは完璧に覚悟の決まった人間の目だ。

 そういえば魔法剣士を一党(パーティー)に勧誘する時も、こんな目をしていた。下級魔神(グレーターデーモン)と戦った時も、小鬼王(ゴブリンロード)の率いる群れと戦った時も。

 つまり、彼女は腹を括ったのだろう。どれだけ無謀だろうが、どんな結果に終わろうが戦うのだと。

 骰子も振らず諦めてしまうことはせず、とにかくブン回すことだけはするのだと。

 

「一つだけ聞いておきたいんだけど、フラれたらどうするの?まさか彼攫うとか、婚約者襲うとか言わないよね?」

「私をなんだと思ってるの……」

 

 女魔術師にジト目で睨まれるが、女武道家としてはそこだけはハッキリさせておきたかった。そんな事をする人間ではないと分かっているが、一応の確認は必要だ。

 

「フラれたら……泣くわ。泣いて飲んで、騒いで……彼が結婚するまでは、それでも諦めないと思う」

「その時が来たらどうするの?」

「……昨日よりずっと大泣きして、自棄酒飲んで、失恋したーって騒いで、それで終わらせるわ」

 

 それは何とも迷惑な事だ。しかし、変に溜め込んだ末に爆発するよりはずっといいだろう。

 恋には失恋がつきものだ。全ての恋が実るわけではない。大事なのは、その後どうするかだ。

 そこから自分達の関係が、彼女が拗れてしまうようなら、今ここで何とか説得しなければいけないと思っていた。

 彼女が自分に恋をしたせいでおかしくなったとなれば、魔法剣士は酷く気に病むに違いない。友人として、一党の仲間としてそんな彼は見たくない。

 また、変な方向に歪んでしまう女魔術師も見たくない。彼女もまた大切な友人なのだから。

 だがそうやって発散するなら、しようと考えているなら。きっと大丈夫だと女武道家は信じる事にした。

 

「じゃあその時は、あたしが奢ってあげるわ」

「……ありがと」

「まずその前に応援してあげないとね」

「応援?してくれるの?」

「勿論!友達じゃない!」

 

 半信半疑と言った様子の女魔術師に対し、女武道家はその標準的な胸を叩いて笑顔で請け負う。

 顔も名も知らぬ魔法剣士の婚約者には悪いが、やはり友人の方を応援したくなるのが人情というものだ。

 

(それに、あたしがダメだったんだから彼女が上手く行ってもいいじゃない)

 

 胸中でそう呟く。自分は、自分の初恋は。何も言う前に、何かをする前に。あの洞窟で小鬼達にズタズタにされてしまった。

 憎からず思っていた、淡い何かが生まれつつあった幼馴染。ずっと一緒に歩んでいくものだと思っていた。

 あんなにも突然、あんなにもあっさりと別れる事になるなんて思ってもいなかった。

 だから、せめて女魔術師には上手く行って欲しいと思ってしまう。女魔術師だけではない。魔法剣士や女神官にも、幸せな恋をして欲しいと思っている。

 女神官の方はともかく、魔法剣士に対してはある意味邪魔をするような事になるのかもしれないけれど―――――

 それでも、顔を輝かせているこの友人の応援をすると決めたのだ。

 

(ごめんね。でも、敗色濃厚なんだから、あたしぐらい応援してあげたっていいわよね?)

 

 ここにはいない魔法剣士に心の中でそっと詫びる。正直なところ、女魔術師が勝てるとは思っていない。

 女武道家の知っている彼は、婚約者がいるのに他の女に目移りするような男ではない。

 でも。だからこそ。応援してあげたいのだ。無論やり過ぎだと思えば止めるが。

 無謀と分かっていても挑む。その気持ちだけは大事にしてあげたいから。一歩踏み込むと決めた彼女を、一歩踏み込めなかった自分は羨ましく思っているから。

 だから、自分だけでも応援してあげるのだ。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「布だぞ?」

 

 服飾店で礼服を眺め、次いで値札を見た魔法剣士は思わず呟いた。そしてすぐに失言だった、と思い直し口をつぐむ。

 素材からして上質であるし、それを育てる為には多大な労苦、そして育てるための手法(ノウハウ)が確立するまでの長い時間を必要とした事だろう。

 服へと仕立てる職人も然り。彼らの技術とそれを習得するまでの時間が、この服の値段に含まれている。高いのは当たり前なのだ。

 しかし。

 

「布だぞ?」

 

 誰にも聞こえない大きさでもう一度呟く。金属製の胸甲(ブレストアーマー)より高いのはどういうことだ。

 胸甲の方が安易に、そして大量に生産出来るのは分かる。そして供給が多く工賃が安いのならば、値段が下がるのは当然だ。

 だが解せない。これ一着で新人冒険者一人の装備が賄えてしまうではないか。

 いや、だからこそか。金というのは最も分かりやすい信頼の目安だ。これぐらい買える立場にない者は、一定の階級より上に行くには相応しくないということか。

 そう考えて、魔法剣士は自分に持参金が課せられた意味が本当の意味で理解出来た気がした。

 成程、服の一着にこれだけの金額を出す世界があるのだ。そして令嬢と結婚するという事は、多少なりともその世界と繋がらざるを得ないという事だ。

 その時一々動じるような人間であっては困る。高いと思ってもそれを口に出さず、必要なものだと割り切って金を出せる人間でなくては。

 例えば槍使いなら。「そういうもの」と割り切って平然と買うだろう。

 例えば重戦士なら。「高い」とかぼやきつつも惜しまず払って買うだろう。

 例えばゴブリンスレイヤーなら……

 

(例外だ)

 

 あまりにも一般的な存在とかけ離れている銀等級冒険者の事は無かった事にした。

 ゴブリン退治に――――――これがゴブリン退治に必要な状況があるなら見てみたいが――――――必要なら、惜しまず買うのだろうけれど。

 とにかく、この程度のものを怯まず惜しまず買える人間。自分に求められているのはそれだ。今すぐは無理だが、いずれはそうならねば。

 

 しかし、それにしても高い。

 

 伯爵から受け取った銀貨の枚数を見た時は多すぎると思ったのだが、ここに来て認識が改まった。一式全てを揃えるなら妥当な額と言える。

 それも、全て既製品(レディ・メイド)での話だ。これで特注品(オーダーメイド)となればもっと値が張るのだろう。

 おまけに流行りの仕立てだの、洒落た仕上げだのと魔法剣士には理解できない仕様まであるらしい。

 到底理解の及ばない世界だ。しかし必要なのだから手を伸ばすか、と考えた時。不意に魔法剣士の脳内に閃くものがあった。

 これらの服は何の為のものか?有り体に言って財力を示し、その立場や空間、相手に合わせるためのものだろう。

 

 なら自分の目的に対して、適当な服装なのか?

 

 祝宴だとか観劇ならば適当と言える。伯爵家の三女との逢引(デート)には相応しい―――――ギリギリかもしれないが―――――格好だろう。

 周囲もそんな服装をしている、その格好に相応しい階級の人間が多くなる事だろう。故にこれ以外はあり得ないと言っていい。

 だが今回はどうか?

 収穫祭を案内するなら、一か所に留まるなどあり得ない。必然的にあちこち歩き回る事になる。

 その時不慣れで動きにくい服装というのは、あまり良い選択だとは思えない。服に合わせて靴も変える事も考えると、むしろ悪手な気がしてくる。

 それにここまでキッチリとした格好の人間は周囲にはいないだろう。間違いなく周囲から浮く。

 お忍びという形式になる以上、令嬢も派手派手しい格好はしてこないだろう。だとすると、彼女とも合わない服装という事になる。

 

(一から考え直すか)

 

 そもそも相手は伯爵の三女、つまりお姫様だ。伯爵は敵の多い人ではないが、政治の世界において敵のいない人間は失脚した者だけだと聞く。

 可能性は限りなく低いだろうが、有事に備えておくのにこした事は無い。護身用に小剣(ショートソード)ぐらいは帯びていくつもりだったが、使う場合も考えた方がいい。

 自分が気付くのだから、己よりもずっと聡い令嬢がこれらの事を考えないはずがない。やはり目立たない程度の格好に留まるだろう。

 総合すると、やはり礼服というのはよろしくない、という結論に至る。

 そうすると適当な格好というのは何だろうか。清潔なのは勿論として、安物は相応しいと言い難い。

 

(新品の、上質な普段着だな)

 

 流石に一から仕立ててもらうだけの時間は無い。既製品で済ませるしかないが、こういった店のそれならば品はいいだろう。

 シャツに上着、ズボン。下着は別に見られる事は無いのだし、普段使いの物で構わないだろう。

 靴は歩きまわる事を前提として、使いなれた物にする。代わりにしっかりと磨いておけば大丈夫だろう。

 あと考えるべきは何か、と想いを巡らせたところで、魔法剣士は新しい難問に行き当たる。

 

「土産は……何を買えばいいんだ?」

 

 食べ物。辺境の街までは数日かかる。ポスカ辺りなら持つだろうが。消費出来て渡しても邪魔にならない。保留。

 服。二人のサイズを知らない。何より好みが別れるものだし、自分のセンスを魔法剣士は信じていない。却下。

 宝石。そんな資金は無い。却下。

 装飾品。好みを知らない。だが劣化せず、荷物にならない。しかし好みに合わない場合、ひたすら邪魔なだけになる。保留。

 工芸品。同上。保留……―――――

 

 何にすればいいのか。それを決めたら決めたでどんな物がいいのか。魔法剣士は顎に手を当て、唸りながら考え出す。

 そうして悩み迷っているうちに乗る予定だった乗合馬車を逃す事になる事を、ひいては出発そのものが一日遅れる羽目になる事を彼はまだ知らなかった。

 そして、それがどのような結果をもたらすかも。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「護衛のいない馬車なら楽勝だと思った?残念、私がいるのでした!」

「調子乗んな!あと後ろ気を付けろ後ろ!」

 

 両手に曲刀(サーベル)を持ち、胸甲(ブレストアーマー)を着込んだ半圃人(ハーフレーア)の少女―――――双剣士が、勇ましく叫びながら小鬼を切り伏せていく。

 その背後に回った小鬼を、半森人(ハーフエルフ)斥候(スカウト)投矢銃(ダートガン)で仕留める。右手に投矢銃、左手に舶刀(カトラス)を持った彼は先程から双剣士のフォローを見事にこなしている。

 双剣士はというと、背後は完全に彼へ任せっぱなしにしている。信頼の証と見るべきか、投げっぱなしと見るべきか魔法剣士には判断がつかない。

 その代わり彼女は多数のゴブリン相手に怯む事なく斬り込んでいき、両手の曲刀でゴブリンの攻撃を器用に受け流している。そして、反撃の一刀で確実に小鬼を仕留めていく。

 彼女の戦士としての技量は、間違いなく自分より上だ。ただ軽率というか迂闊な部分が見え隠れするが、たぶんあれは単なる性格だろう。

 そう彼女の実力を表しながら、魔法剣士はゴブリンが振り下ろしてきた刃を盾で受け止める。そして体格差とそこから生じる膂力の差に物を言わせ、強引に押し返す。

 突き飛ばされた形になったゴブリンはその後ろに控えていた別のゴブリンにぶつかり、二匹ともその場に転倒する。

 そちらには目もくれず、魔法剣士は速やかに自分の右側から襲って来ようとしていたゴブリンへと突進する。

 正面の一匹が足止めし、左右から一斉に襲い掛かって仕留める。ゴブリン達はそのつもりだったのだろう。

 

 だから、()()()()()()()()()()()事など考えもしていない。

 

 間合いの一歩手前で急停止すると、自分が行くはずだった空間を小鬼が反射的に振り下ろした手斧(ハンドアックス)の刃が通り抜けていく。

 当たるはずだった一撃が外れた事に驚く小鬼の首筋に刃を叩き込みながら、首を曲げて後方を振り返る。

 左側から襲うつもりだったであろう小鬼が、槍を構えて猛然と突っ込んで来ている。あの勢いで突かれればゴブリンの一撃とはいえ、ただでは済むまい。

 だから、近付かれる前に広刃の剣(ブロードソード)をその顔面目掛けて投げ付けてやる。

 

「GUUUU!?」

 

 恐らくは何が起きたか理解できぬまま、刃に顔面を貫かれたゴブリンが悲鳴を上げて絶命する。

 転倒した二匹がようやく起き上がるが、既に魔法剣士は腰の小剣(ショートソード)を抜いて構えている。

 

「運がなかったな。お互いに」

 

 もっとも、小鬼に幸運などあって欲しくは無いのだが。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 魔法剣士はあまりにも服選び、そして土産選びに時間をかけすぎたせいで出発を一日遅らせざるを得なかった。

 そうして一日遅れで乗合馬車に乗り込んだ彼は、そこで双剣士と半森人の斥候―――――投矢銃士の一党と出会った。

 最初は冒険者同士という事で軽い雑談を交わすだけのつもりだったが、目的地が共に辺境の街と知ると二人からあれこれ聞かれる事になった。

 些か馴れ馴れしい態度だと思わない事もなかったが、二人とも人当たりが良く、明るい性格であったためかさほど気にもならず魔法剣士はすぐに親しみを持てた。

 双剣士の方は少々―――――少々?言動に迂闊な所はあったが、それを愛嬌に思わせる所が彼女にはあった。

 投矢銃士はともすれば軽薄に思われかねない所があるが、その実常識的で気配りの出来る人間だった。

 どちらも旅の道連れとしては申し分ない人間で、思いがけず愉快な道行になった事を感謝しつつ魔法剣士は順調に帰路を歩んでいた。

 しかし辺境の街まであと半日程度の所まで来た、その時だった。

 

「GOBUUUUUU!」

 

 乗っていた馬車が、小鬼の群れの襲撃を受けた。

 魔法剣士、ひいては馬車に乗っていた全員にとって不幸だったのは襲撃を受けた事そのもの。そして、かなりの相手がかなりの数であったこと。

 ゴブリン達にとって不幸だったのは、五人しかいない乗客に三人も冒険者がいたこと。そして、御者の判断、あるいは運が良かったことだろう。

 咄嗟の判断か、あるいは恐怖に駆られたのが功を奏したか。囲まれる前に、御者は馬に鞭をくれ勢い良く走らせた。

 疾駆する馬車は正面の道を塞ごうとした小鬼を弾き飛ばし、見事包囲を抜け出した。

 無論それで諦める小鬼ではなく、喚きながら追ってきたのだが投矢銃士の投矢銃(ダートガン)、そして魔法剣士の投石紐(スリング)の餌食となった。

 それでも五人―――――魔法剣士達の他は母娘連れなので、重さで言えば四人半―――――の乗客と御者を乗せた客車を引っ張る馬車はすぐに速度が落ち、徐々に追いつかれ始める。

 そこで勇敢さと無謀さ、そしてたまたま同乗した者達を守らんという純朴な正義感から双剣士が飛び出した。

 一歩間違えれば袋叩きになる所だったが、幸い隊列の伸び切っていた小鬼達に囲まれる事は無く彼女は機先を制する形となった。

 投矢銃士もその後を追い、彼女の孤立を防いだ。その結果、小鬼達は――――――彼らには元よりそんなものは無いのだが――――――連携を著しく欠いた。

 ある者は双剣士達を狙い、ある者は馬車を狙い、またある者は賢ぶって楽そうな方を選ぼうとどちらにも行かない。

 それを見た魔法剣士は馬車の速度を落とさせると、自らも馬車を降り小鬼と相対した。

 

 まだ馬車を追おうとする者。

 楽しめる女と食いでのある男を狙う者。

 一匹だけで孤立している男を狙う者。

 自分は賢いから、楽にやれそうな所へ行こうとすぐには動かない者。

 

 さて、小鬼の強みとはとりもなおさず「数」である。多数で囲み、その愚かさと身勝手さ故に高い戦意でもって強い敵にも襲いかかれる。

 自分だけは死なない、自分だけは賢い。他とは違う。全員がそう思っているからこそ、多少仲間が殺られようが次々と敵に襲いかかれる。

 では、その強みである数の利を捨てるような真似をしたら。つまり、戦力を分散してしまったらどうなるか。

 

 答えは、言うまでもないだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

―――――――

 

 

 

「《我らに、いずれ挑むべき頂点を》!」

 

 双剣士の《戦槍(ヴァルキリーズジャべリン)》が光の槍を生み出し、逃げようとしていた小鬼を貫く。

 楽なところへ行こうとし、全てが敗れ何処にも行けなかった小鬼は今度はどちらへ逃げるか迷い出す。

 その迷いを断ち切るかのように、投矢銃士の放った矢弾が彼の喉を貫いた。

 口から血を溢れさせた小鬼が仰向けに倒れる。それを最後に、この場から戦闘音と小鬼の声は完全に消え去った。

 

「十九……二十。これで全部か」

 

 広刃の剣を回収しながら、魔法剣士は死体の数をもう一度数え直す。まだ息のあるゴブリンがいないか、死んだふりをしているゴブリンがいないかの確認は怠れない。

 そうして小鬼の死体を見ていくと、戦っている最中も感じたが装備がいい事に改めて気付く。

 使い古しに近いが、どれも何がしかの武器を持っている。さらにどのゴブリンも何かしら鎧を着込み、兜を被っている者までいる。

 

放浪部族(ワンダリングトライブ)か?いや、それにしては騎兵がいないな)

 

 絶対にいるものでもないだろうが、何か違和感がある。本当にこれは単なる偶発的遭遇(ランダムエンカウント)だったのか?

 街に戻ったらギルドに報告しておいた方がいいだろうと、魔法剣士は心に留め置くこととする。自分が考えるより、専門家(ゴブリンスレイヤー)に情報を渡した方がいい。

 全ての小鬼が息絶えている事を確認するのとほぼ同時に、馬車がこちらへと引き返してきた。そのまま逃げて構わないと言ったのだが、案外律儀な御者だったらしい。

 

「何とお礼を言ったらいいのか……ありがとうございました」

「お陰様で命拾いをいたしました。このお礼は必ず……」

「いえ、当然の事をしたまでですので。我が身を守るためでもありましたし」

 

 御者と乗客―――――母娘連れの母親が平身低頭しながら感謝の言葉を述べるが、魔法剣士は首を横に振って制する。

 やらなければ自分達も危なかったのだ。それほどに礼を言われる事ではない。

 そう言ってから、魔法剣士は自分の失敗に気付く。自分の一党であればそれでいいが、今回は単にたまたま行動を共にしていただけなのだ。

 まして主に働いたのは彼女達の一党だ。代表面して話を進めるのはよくない。

 

「お礼ならば、彼女達に。ゴブリンを引き付け、大半を倒したのは彼女達なので」

「いやいや、それほどでも!」

 

 手を左右に振って否定しつつ、それでも何処か誇らしげな表情を見せる双剣士。形式上謙遜はしているが、そう言われて悪い気はしていないのだろう。

 一方彼女の相方である投矢銃士の方はと言えば、少しばかり微妙な表情を見せていた。

 

「いや、この流れだとお礼とか受け取り辛いっつーか……断らざるをえないっつーか……」

 

 どうしたのか、と魔法剣士が問うと、小声で言い難そうにしながら彼はそう答えた。

 成程、文字通り命懸けで御者と乗客を救ったのも事実だ。謝礼を欲するのはごく自然な感情と言えるだろう。

 それに、彼は投矢銃を何発も放っていた。弾丸たる投矢はその辺に落ちているわけでもなければ、生えているわけでもないのだ。使った分は買って補充するしかない。

 投矢の値段と、彼女達の懐事情―――――二人とも首から黒曜石の小札を下げている―――――を考えればその代金ぐらいは貰わねばなるまい。

 しかし自分が余計な事を言ってしまったせいで、それを言い出しにくい空気にしてしまった。

 

「すまない。後で俺の方から謝礼を出す」

 

 投矢銃士に頭を下げる。一党の仲間でもないのにいらぬ事を言ってしまったのだ。詫び料は出さねばなるまい。

 それに、彼らがいなければ。彼らがあれほどまでに奮闘してくれなければ、自分も助からなかったかもしれない。そう考えると、謝礼を出すのは当然だろう。

 

「いやいや、お前から貰うわけにはいかねーって!……って、何してんだ?」

略奪(ハクスラ)

 

 比較的綺麗な手斧と、血の汚れのない戦槌をゴブリンの死体から奪う。他にも売れそうな物はあるが、自分一人で持っていけそうなのはこの二つぐらいだろう。

 手斧と戦槌を抱えた魔法剣士に対し、投矢銃士が先程よりさらに微妙な表情を見せる。

 とても馴染みがあるというか、仲間や友人はだいたい自分に対しこの顔をした事がある気がする。

 

「なにか?」

「いや、お前見かけによらないって言うか……意外とその、逞しいんだなって」

「よく言われる」

 

 そう、よく言われる事だ。気にするほどの事ではない。どうせ仲間にこの事を話せば、また言われるだろうか。

 その光景が安易に想像できてしまい、やれやれ、と魔法剣士は肩を竦める。そしてふと気付けば、話を終えたらしい双剣士がこちらを見ていた。

 どうしたのか、と聞こうとする前に、彼女がこちらの眼前へ近付いて来る。そして一言こう言い放った。

 

「いえ、当然の事をしたまでですので」

 

 音で表すならば、「キリッ」とでも言えばいいのだろうか。そういう表情をしながら、何やら格好付けた姿勢までとりながら双剣士がこちらに向かって言ってくる。

 口にしたのは先程自分が言った台詞。成程、周囲から見れば気障な物言いだったかもしれない。少なくともそう取られてもおかしくはなかったな、と魔法剣士は思い返す。

 彼女に揶揄されるのは仕方のない事だろう。そう考えながら、軽く右手を握る。そして親指を中指の爪に触れさせ、中指を思いっきり伸ばそうとする。

 同時に親指にも力を込め、それを防ぐ。つまり、弓を引き絞るが如く力を溜める。親指を堤とし、中指の力を水とみなし溢れんばかりに溜めていく。

 そして右手を双剣士の額へと持って行き――――――

 

「いったぁ!?」

 

 堰を切ってやる。つまり、中指を解放し溜めた力と共に彼女の額へと叩きつける。我ながら中々いい音を出したな、と魔法剣士が自賛したくなるような音が響いた。

 

「ちょっ、女の子にデコピンはないんじゃない!?」

「いや、お前が女じゃなかったら多分拳が来るわ」

 

 抗議を飛ばす双剣士に対し、投矢銃士がボソッと呟く。

 よくもまあ、彼女と一党を組む気になったものだと。揶揄を込めてそう言ってやる。

 

「そりゃあ、私優秀だし?奇跡二回も使えて剣も使えて、可愛いし?」

 

 ふふん、と双剣士がその標準的な胸を張る。確かに優秀であるし、人並み以上の容姿もある。彼女は事実を言っている。言っているのだが。

 

「……まあほら、俺が組んでやらないと、コイツどうなるか分かんねーし……」

 

 投矢銃士の疲れの籠ったその言葉に、魔法剣士は深く頷くのだった。

 




新キャラが可愛い女の子かと思った?残念、双剣士ちゃんでした!



Q.《惰眠》かければ楽に逃げ切れたのでは……?
A.ゴブリンは皆殺しだ、とゴブスレ塾体験入学で習ったので。なお女神官ちゃんは本入学した模様。

Q.じゃあ楽勝だったの?
A.魔法剣士君が「一党組んでるわけでもない相手に敬語使ってない」辺りから察してください。

Q.双剣士ちゃんは言うほど可愛いの?
A.顔は間違いなく。



双剣士 半圃人 女
圃人の特徴が薄いタイプのハーフ。つまり見た目はほぼ只人。能力的には圃人。バストは標準的。

投矢銃士 半森人 男
森人の特徴が薄いタイプのハーフ。つまり見た目はほぼ只人。能力的には森人。
考え抜いて作ったら、サンプルキャラや原作キャラと種族や職業が被るというTRPGあるあるが発生したキャラ。
最適解を求めるとそうなりがち。是非もないね。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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