ので、覚えている中で一番書きたかったシーンだけを前振り時系列全無視で書きます。収穫祭当日のお話です。
林檎に水飴を絡めた菓子を二つ買うと、魔法剣士は足早に令嬢の元へ戻る。そして、片方を差し出しながら口を開いた。
「お前はこれが好きだった、と思っていたが」
思い違いだった。そう彼は付け足すと、言葉を続ける。
「この菓子が好きなのではなく、『俺』が『お前の為に』買うから好きだったのだな」
「はい。ご明察ですわ」
大輪の花が咲き誇るような、満面の笑みを浮かべ令嬢は肯定する。そう、彼女にとって物が何であるかなど些細な事だったのだ。
たまたま子供の頃、彼が買ってくれた菓子がこれだったというだけに過ぎない。彼が自分を気遣い、買ってくれた。だから彼女はこの菓子を好きになったのだ。
「でも、たった今もっと好きになりました。貴方がそれに気付いてくださったので」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま、令嬢は恥ずかしげもなく言ってのける。魔法剣士もまたそれに対して頷き、照れるでもなく当然のように受け止める。
「昔のままだったら気付けなかった」
昔と言うほど前ではないが、と魔法剣士は続ける。
「この街に来て、冒険者になって。色々な人々と出会って、経験をして……ようやく少しばかり自分の事も他人の事も見えるようになった」
「素晴らしい事ですわ」
「ああ、その通りだ」
並んで歩きながら、二人は頷き合う。そう、それは間違いなく素晴らしい事だ。
ただし、魔法剣士は「人として」素晴らしい事だと思っていて、令嬢は「彼の人生が豊かになる」から素晴らしいと思っているのだけれど。
そんな齟齬が起きている事を、二人はちゃんと分かっている。相手がどんな人間なのかは、これまでの付き合いでよく分かっていた。
彼が並んで歩けるように歩幅を小さくしてくれている事。そういう優しさを持っている人間なのだと、令嬢は理解している。
彼女が人にぶつからないよう、ちゃんと周囲を見て気を配っている事。自分だけでなく、ちゃんと周りも見ている人間だと、魔法剣士は理解している。
そして、お互いに別の人間なのだから理解できない所もある。そういう事も、ちゃんと二人は分かっていた。
「それでも、まだ分からない事がある」
「なんでしょう」
「愛や恋についてだ」
至って真剣そのものの口調で、魔法剣士は言葉を発した。
「好きとか嫌いは分かる。それぐらいは。だが、相手の事を愛している、とはどういう状態なんだ?恋とはなんなんだ?愛や恋とは、どういう気持ちなんだ?」
好き、という感情の延長が愛なのだろか。あるいは、相手を大切に思う心の先にあるものが愛なのだろうか。
恋とはどういう状態なのだろう。周囲の恋をしている人間を見ても、魔法剣士には理解できない。
一党の仲間である女魔術師。酷い勘違いか己惚れでなければ、彼女は―――――確証のない推測だが―――――自分に恋をしている。
友人である女神官。何かと世話になっている受付嬢。時折話をする牛飼娘。彼女らは、ゴブリンスレイヤーに恋をしている。
恩人であり、内心師のように仰いでいる槍使い。彼は受付嬢に恋をしている。
その様子を見る限り、きっと心の中で浮き立つような何かが生じているのだろうとは推測出来る。そしてそれが恋なのだろうとも。
だが、どれだけ考えても具体的にはどういうものなのかが分からない。自分の中にもそういう気持ちがあるのかどうか、魔法剣士には理解できない。
自分にはそういった感情が無いのだろうか。それは人として何か欠けてしまっているという事ではないだろうか。そんな風に考えてしまう。
「考えているから解らないのですわ」
そんな思いから発せられた魔法剣士の問いかけを、令嬢はバッサリと切り捨てた。
「まず、恋とは落ちるものですもの。ある日突然、前触れもなく。自分の意志の介在する余地も無く」
その端麗な容貌に華やかな笑顔を浮かべたまま、令嬢は歌うように言葉を紡ぐ。
「気付いたら心の中にある感情。それを恋と言うのですわ。頭の中ではどれだけ考えたって、感じる事も解き明かす事も出来ませんわ」
「成程」
魔法剣士はその言葉に大きく頷く。なるほど、根本から間違っていたのだ。恋とは頭の中には無く、心の内にあるものなのだ。
それではいくら考えても分かるはずが無い。何とも無駄な事に時間を費やしたものだ。
重い重い荷を下ろした直後のような、解放感と疲労感。倦怠と心地よさの混ざり合った感覚に襲われ、魔法剣士は令嬢と共に近くのベンチに腰を下ろした。
甘いものを買っておいてよかった。そう思いながら、林檎を齧る。甘みは疲れを癒してくれる。冒険の際もあるとないとでは大違いなのだ。
「次に愛ですが……形も種類も、人それぞれですわ」
「そんなものなのか」
「ええ。私は貴方の事を魂の底から愛していますが、私の愛は一般的とは言えないでしょう?」
「確かに、な」
これが一般的であったら、人を愛するとは大変な事だと魔法剣士は思う。令嬢にとっては普通なのだろうが。
「人それぞれではありますが……目安となるものが無いわけではありませんわ」
「聞かせてくれ」
「例えば、相手の幸福を願うとしたら。その相手が幸せになって欲しいと、幸せに暮らして欲しいと思うなら。それは一つの愛だと言えますわ」
「ふむ」
それを聞いて魔法剣士は少し考え込む。その基準を用いるならば、自分は誰を愛しているのだろう。
目の前にいる令嬢。当然幸せになって欲しいと思っている。幸せにしなければいけないと思っている。それは婚約者として当然の事だ。
仲間である女魔術師と女武道家。幸せになって欲しい。当たり前だ。心から信頼している大切な仲間なのだから。
友人である女神官。彼女にも幸せになって欲しい。友人の幸せを願うのは当たり前の事だ。
その友人と一党を組んでいるゴブリンスレイヤー。彼にだって幸せになって欲しい。不器用なだけで良い人なのだし、恩人だ。
恩と言うならば、槍使いもだ。返しきれないほどの大恩があり、人柄だって好ましく思っている。当然幸せになって欲しい。
「……その基準は、多分俺にとっては違うな」
そうして考えを進めていくうちに、魔法剣士はそれが自分にとって合っていないと思い至る。あまりにもおかしいのだ。
「その基準で言うならば、
何かと世話になっている受付嬢。時折会話を交わす牛飼娘。自分と同じように駆け出し冒険者として、懸命に頑張っている新米剣士と見習聖女。槍使いと一党を組んでいる魔女。
ギルドで顔を合わせ、挨拶を交わす冒険者達。直接話はせずとも、世話になっている名も顔も知らない職員達。
祭りを心から楽しんでいる子供たち。その子供を優しく見守る親や祖父母たち。この祭りを楽しんでもらうために働く人々。
この祭りの日まで、懸命に働き、誠実に日々を生きてきた、これからも生きていく顔も名前も知らない、知る事もない「どこかの誰か」たち。
この世界に生きている彼ら、あるいは彼女らが幸せでいて欲しいと魔法剣士は願う。出来る限り不幸から遠くあって欲しいと願う。
それは当然の事だと魔法剣士は思っている。彼らが社会を構成し、世界を動かし、回しているのだ。そのおかげで自分は食べ物を得て、着る物を得て、住む場所を得ている。
自分を生かしてくれている人々が不幸になって欲しいと思うはずが無い。いや、そうでなくとも他人の不幸を願う理由はない。
不幸を願う理由が無いならば、どうせならば幸せでいて欲しい。そう思うのは当たり前の事だ。少なくとも、魔法剣士にとっては。
だから、先程の基準を用いるなら自分は万人を愛している事になる。自分はそんな大層な人間ではない。故に自分には合わない基準なのだ。
魔法剣士はそんな風に結論付ける。すると、目を細め眩いものを見るようにして令嬢がこちらを見つめている事に気付いた。
「……お前がそういう風に俺を見る時、心の中まで見透かされている気分になる」
「私がこういう風に貴方を見る時は、貴方の心の中の輝きを見ているのですわ」
昔からそうだった。彼は自覚のないままに、意識しないままに。人として美しく輝く。それを隣で眺めるのが、令嬢はたまらなく好きだった。
自分はそんな人間ではない、と決めつけているだけで。彼は人を、世界を愛しているのだ。聖人のように、自らを犠牲にして無償の奉仕を行うとまではいかないだけで。
彼がそうやって人々を、世界を愛しているから。令嬢はますます人々を、世界を、彼を好きになり愛を注いでいけるのだ。
「でも、どうしてそんな事をお考えになられたのですか?貴方は愛や恋を「解らなくてもいいもの」とお考えになられている……そう思っていたのですけれども」
「ああ。ほんの数か月前までそう思っていた」
令嬢の言う通り、自分は愛や恋に対して「理解できない」「できなくていいもの」と考えていた。解らなくとも、自分は令嬢の婚約者という役割を果たせばいいと思っていたから。
だが、この数カ月で考えに変化が起きた。自分がどういうものなのか、何を喜びとするのかを知ったから。
「だが、今は違う。理解しないといけないと思っている」
「差支えなければ、理由をお聞かせ願えますか?」
「俺は、お前に恋をしたいと思っている。お前を愛したいと思っている」
令嬢がハッと息を飲む。両手で胸を抑え、彼女は大きく二度深呼吸をした。そして、少しだけ考える素振りを見せると形のいい唇を開いた。
「婚約者として、私を喜ばせようとしてくださっているのですね」
「ああ」
単に婚約者だから、決まっていた事だから。それで一緒になるというだけではない。恋をして、愛を育む。そうしてやるべきだ。
それがきっと、彼女の為になる。魔法剣士はそう思っている。
「でも、そのお考えでは恋は出来ませんわ。愛する事は出来るかも知れませんけれども」
「何故だ?」
「先程申し上げた通り、恋は感情ですもの。感情に理由を付けると、歪んでしまいますわ」
感情は感情でしかありませんもの。そう小さく令嬢は付け加えた。
「……そういうものなのか」
「そういうものですわ」
令嬢がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。魔法剣士はそう結論付ける。少なくとも彼女は自分よりずっと賢く、この分野においては玄人だ。
だから、彼女の言っている事は正しいのだろう。
「これも先程申し上げましたが、もし恋をなさるなら。しよう、などと思う間もなく、落ちていますわ」
「想像もつかないな」
「ええ。こればかりは、なされてみて初めて分かる感覚ですわ」
そういう時が来るのだろうか。来たとして、その時相手は誰になるのだろうか。令嬢の話の通りだとすれば、誰に恋をするかは自分の意志では決められないようだが。
恐らく、いや確実に。令嬢は魔法剣士が誰に恋をしようとも、心から喜んでくれるだろう。それが自身でなくとも。
恋をして、その相手と結ばれる事を応援すらしてくれるだろう。魔法剣士の幸せの為に。そして、魔法剣士が幸せならば自分も幸せだと本心から言ってくれるだろう。
だがそれはしたくないな、と魔法剣士は思っている。それは不実だと。自分を待っていると言ってくれた彼女に対して、それはしたくないのだ。
自分に溢れるほどの愛を注いでくれている彼女に対し、背を向けたくはないのだ。かと言って、どうすればいいのかも分からないのだけれど。
「ところで」
そんな風に魔法剣士が考えていると、不意に令嬢が笑顔の中に困惑の色を混ぜてみせた。
「そういった事を仰られるのは、今度から落ち着いた室内でのみにしてくださりませんか?」
「どうしてだ?」
「あまりにも嬉しすぎて、気を失いかけましたので」
ああ、と魔法剣士は合点がいった。成程、自分が彼女を喜ばせようとしている。それだけで、それ自体が彼女にとっては喜びなのだ。
それを思えば、先程の言葉は刺激が強すぎたかもしれない。
「分かった。そうしよう」
そう言いながら、ふと魔法剣士は思い当る。この「相手を喜ばせよう」という気持ちが自分にとっての愛なのではないかと。
どうせなら気を失うぐらい喜ばせてやりたい。素直にそう思っている。この願うだけでなく、自分から何か行動をしてやりたいと思う気持ちこそが―――――
(いや、これも違うか)
これを愛とするならば、確かに範囲はグッと狭まる。だが、それでも人数が多すぎる。
一党の仲間である女魔術師や女武道家は勿論の事、他にも喜ばせてやりたいと思う人々は無数にいる。
そもそも自分が人の為に何かするのが好きな人間というだけの話だ。これは愛ではあるまい。恐らくは、だが。
「難しいものだな、愛や恋とは」
「人の心の問題ですもの。これが簡単なものであれば、世界はもっと
「……そういうものなのか」
「そういうものですわ」
考えていたよりずっと難題であるらしい。下手をすれば一生かけても答えが出ないかもしれないぐらいに。
(……まあ、一生の間に答えが出ればいいか)
どうせ生涯を共にするのだ。迷惑かも知れないが、答えが出るまで彼女には付き合ってもらおう。
そんな風に考えながら、魔法剣士は林檎を齧った。水飴の甘みと林檎の酸味は、昔食べたものよりずっと美味な気がした。
お知らせ
上記の通りプロット等が全部飛んで、モチベも死んだので女闘士ちゃんの話は打ち切り、番外編もこれでいったん終わりとします。
楽しみにしていてくれた方々には大変申し訳ないです。
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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女魔術師【君のワガママ】
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魔法剣士と令嬢【忘れてください】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】