ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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13巻読んで「魔法剣士君の生まれが3年ほど遅れて、この時期に新人だったら」「そしてこの競技に参加していたら」という妄想が降って湧いたので書いたIFです。


IF 迷宮探索競技の話

 何をやっているのだろう、とほんの少しだけ現在の行動に疑問が浮かぶ。だが、それは本当にほんの少し顔を覗かせただけで何処か深い場所へと沈んで行く。

 なにせやることは多 ――――― くはないが、やる回数は多い。それに構っている暇はない。

 

「す、すまん、助かる……!」

「いえいえ」

 

 獣人(パットフット)の手を取り、阻塞の上へと引っ張り上げてやる。その獣人が頭を下げて礼を述べ、奥へと向かうのを横目に見つつ魔法剣士はその場に留まる。

 次は鉱人(ドワーフ)だ。恰幅の良い体躯と装備の重量もあって中々辛いものがあるが、それでもなんとか引っ張り上げる。

 魔法剣士は先程からずっとこうして、阻塞を越えられぬ者達を引っ張り上げ乗り越える手伝いをし続けていた。

 理由はない。あえて言うならば、自分がこの上に立った時にたまたま転げ落ちそうだった少女を助けた事ぐらいだろうか。

 その少女を助けた事で、魔法剣士は下を見た。見てしまった。そこでは鉱人や圃人(レーア)、一部の獣人といった小柄な体躯の者達が必死によじ登ろうとし、失敗して転げ落ちていた。

 別に落ちたからといって怪我をするような高さではない。苦労はするだろうがこの高さなら登れないこともないだろう。万一登れなくて諦めるとしても、魔法剣士には関係ない。

 関係ないが、魔法剣士はその者らを手助けする事にした。

 他の参加者を助けてはいけないなどという規則はない。早さを競うものだとも言われていない。人数に制限があるわけでもない。

 であるなら、ささやかな手伝いぐらいはしてやるべきだろうと彼は考えたのだ。冒険者とは一党を組んで ――――― 必須という訳ではないが ――――― 行動するものだと聞く。

 その時は当然仲間内で助け合いが必要になるはずだ。なら、これはやるべき事だと考え実行していた。

 無論全ての参加者を助けるほどにお人よしではない。目につく所に越えるのに難儀している者がいなくなると、魔法剣士は先へと歩を進める。

 助けてはいけないという規則はない。だが、助けなければいけないという規則もない。なら適当なところで切り上げるべきだった。自分の体力は無限どころか、決して多くはないのだから。

 腰に帯びた小剣(ショートソード)の重みにすら慣れていないせいで肩が下がるのを自覚しながら、魔法剣士は先へと進む。途中息を呑むほどに美しい上の森人(ハイエルフ)から小さな青玉(サファイア)を受け取ると、彼はそれを腰の袋へと丁重にしまい込んだ。

 万一にも口が開かぬよう二度三度と口の締まりを確認し、上の森人へ礼を述べてさらに先へ。

 そこにいたのは魔術師 ――――― ではない。上手く言語化は出来ないが、魔術師特有の何かを持たぬ……されど自分など及びもつかぬほど高みにいるであろう、何がしかの術を修めたと思しき鉱人。

 彼からの謎掛け(リドル)をさほど悩む事なく解き明かし、翠玉(エメラルド)を貰う。それをそっと腰の袋へしまい、また口を何度も確認する。

 口が開かぬ事を確かめると、鉱人に礼を述べて奥へと進んで行く。

 阻塞を越え、簡単な謎掛けを解いて、値が付くかどうかも分からぬ小さな宝石を貰っただけ。それだけの話なのだが、魔法剣士の気分は自分でも気付かぬうちに浮き立っていた。

 自分は冒険 ――――― いや、冒険とは言えないが、それに類似した事をしている。冒険者「らしい」ことをしている。それが何とも言えない高揚感を生み出していた。

 冒険者になる理由は金を稼ぐため。それ以外の何物でもない。しかし、冒険者という職業に、英雄という存在に憧れが無いと言えば嘘になる。

 幼い頃に憧れ、棒を振ってごっこ遊びに興じた存在。それに近付いているような気がして、心の奥底から何かが湧きあがって来ていた。

 

「……?」

 

 そんな心持ちで進んでいると、妙な音 ――――― いや、声が彼の耳に届いた。泣きそうな子供が出すような唸り声、というのが一番しっくりくる。

 声のする方へと松明を向ける。見えたのは緑色の何か。いや、違う。目を凝らして見れば、それは緑色の皮膚を持った生物だった。

 その生物には思い当たる節があった。緑色の肌。子供のような体格。後ろからでは見えないが、恐らくは醜悪な容姿をしているであろう生物。

 

 ゴブリン。力も知恵も子供並みの最弱の怪物。人を襲う怪物。

 

 その怪物が乗っているのは、紛れも無く人だ。襲われているのだ。

 そう気付いてからの彼の行動は早かった。剣を抜かねば、とか。何処に攻撃すればいいか、とか。そんな事を考えたのは行動が終わった後の話で。

 とにかく急いで駆け寄ると、咄嗟に手にしていたもの ――――― 松明で小鬼の頭を思いっきり殴りつけた。

 

「GROBG!?」

「お、ああああ!」

 

 松明で殴りつけられた事による衝撃と火によって痛痒(ダメージ)を受け、小鬼が誰かの背から転げ落ちる。地面に転がったその生物に対し、魔法剣士は躊躇なく追撃を行う。

 自分でも驚くほどに大きく叫びながら、遮二無二松明を小鬼へと叩きつける。剣で仕留めればいい、と気付いたのは幾度となく殴りつけ、小鬼の動きが殆ど止まった後の事だった。

 それでもまた起き上がるのではないかと不安で、魔法剣士は小鬼の喉を貫いた。そうする頃には倒れていた誰かは立ち上がっていて、忌々しげに革帽子を脱ぎ捨てていた。

 そこでようやく魔法剣士は倒れていたのが、阻塞の上で助けた少女だった事に気付いた。

 

「大丈夫か?」

「ぅ、うん……ありが、とう」

 

 声をかけた魔法剣士も、声をかけられた少女も声は擦れ聞き取り辛いものとなっていた。気付けば喉は痛いぐらいに乾いており、呼吸も酷く荒くなっている。

 二人ともそのぐらい必死だったということだ。たかがゴブリン相手に、だ。しかし、これを笑えるものなどいないだろう。

 命を奪われるかもしれない。本気でそう思い、全力を尽くしたのだ。このぐらいの疲労で済んでいるのはむしろ僥倖と言えた。

 二人して水を飲み ――――― 魔法剣士は水袋の残量に気を付けて、少女は一心不乱に ――――― 息が落ち付いた頃、二人同時に別々の事に気付く。

 魔法剣士の気付きは小鬼の死骸。粘液と溶けた歯から、ここにいたゴブリンは《小鬼(クリエイト・ゴブリン)》の呪文で生み出された人形なのだと彼は気付いた。

 それと同時に不可解な事にも気付く。彼が仕留めた小鬼の死骸は、完全にそのままだ。確かに個体によっては多少崩れるまでに差はあるが、こんなに長く持つはずがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 監督官 ――――― つまり、冒険者ギルド側が本物の小鬼を用意した?ありえない。小鬼一匹とはいえ、これは本物の怪物だ。

 怪物を相手にすれば、たとえ相手が最弱の存在であっても「殺し合い」だ。つまり、本当に死ぬ可能性がある。ギルドがそんな危険な催しをするとは考えられない。

 しかしここにいるのは事実なのだ。ならどういうことだろう。たまたま一匹が紛れ込んだ?熟練の冒険者達が何人もいるのに、その目を掻い潜って?ありえない話だ。

 ならどういう可能性があるか。元々ここで暮らしていた?冒険者達がこの洞窟の内部を確認する時は何らかの理由で留守にしていたとかで、見つからなかった?これもありえない話だろう。

 別の理由を考えようとして、魔法剣士は少女が地面に這いつくばっている事に気付いた。いや、這い回っている、と言うべきか。

 

「どうした?」

「宝石……袋の口が開いてて……宝石が……」

 

 涙声で喋る彼女の声を聞き、魔法剣士はおおよその事を察した。きっと宝石を落としてしまったのだ。

 宝石と言うには小さすぎる石ではあったが、宝石は宝石だ。そして、障害を乗り越えた証だ。それがどういう価値を持っていて、どういう意味があるか。魔法剣士には良く分かる。

 だから彼は、何も言わず一緒にその場に這いつくばって探し回った。辛さが分かるのだから、力になってやれるのだから。助けてやるべきだと思ったから。

 それは彼女の運命を変えるものではなかった。別に彼の手助けがなくたって、彼女はちゃんと見つける事が出来るはずだったから。

 だが彼の運命は大きく変わった。彼女を助けようとしなければ、彼は正しい方向へ進んでいたはずだったから。

 つまり、彼女は金剛石(ダイアモンド)を見つけて扉の中へと転がり落ちて ――――― ……

 彼はそれを追いかけて行くこととなった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 凄いものを見た。競技監督の冒険者 ――――― 小鬼殺しとかいう妙な異名を持つ、銀等級の冒険者 ――――― の後を無言で着いて行く魔法剣士の胸中は、その一言に占められていた。

 色々と喋っている少女には悪いが、話は半分も頭に入って来ていない。なにせ、あれは魔術師であった父から教えて……否、聞かせてもらった事のある呪文。自分程度の才覚では生涯縁遠く、見る事が無いであろうと思っていた呪文。

 

 ――――― 本当に、流星を呼び出せるのか。

 

 疑っていた訳ではない。だが、人から話を聞くだけと我が目で見るとでは大違いなのだ。

 縞瑪瑙(オニキス)を自分一人が貰っていいのか、と少女は言っていたが、魔法剣士にとっては全く問題なかった。彼はもう、彼にとってそれより価値あるものを見たのだから。

 あんなにも壮大で、力強くて、美しいものを。魔術によって次元を歪め、世の理を操作する事で呼び出せるのだと。知れただけで彼にとっては充分過ぎた。

 程度の差はあれ、アレに通じるものを父は修めていたと。自分は父からそれを教わったのだと。それが知れただけで充分過ぎた。

 それに、と魔法剣士は言葉にも顔にも出さず、胸の奥底で一人笑う。

 

 その縞瑪瑙は、彼女の中では()()()()()()()()()()()()なのだ。なら、自分が受け取るわけにはいかない。

 

 彼は気付いていた。途中から正しい競技の進路から外れ、本物の怪物の巣に紛れ込んでしまった事を。

 だが滑稽にも思えるほど臆病で、慎重な彼女にそれを教えようとは思わなかった。教えたら、知ってしまったら。彼女の足が止まってしまう気がして。

 それぐらいなら知らないまま進んだ方がいいと思った。と言うよりも、気付いた時には彼も帰り道など分からなくなっていてしまったから進むしかなかった。

 少女を見捨てて自分一人がどうこう、などとは思わない ――――― それ以前に、そんな考えを思いつきもしなかった魔法剣士にとってはそれしかなかったのだ。

 

 だから、自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 対して彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本当は事実を告げるべきなのだろう。もし自分が競技監督だったら、残酷な事だと認識しながらもそうしていた。そういう役割なのだから、そうしなければいけないから。

 だが今の自分はそうではない。そんな立場に自分がなるなど想像も出来ない、冒険者未満のただの参加者だ。だから言わない。

 彼女の冒険を、彼女の成功を。台無しになどしたくなかったから。

 自分達を先導してくれている冒険者もきっと、そう思っているのだろう。だから何も言わず、彼女の言葉を聞いてくれているのだ。

 こういう冒険者になりたいとは思わない。そもそもこの人 ――――― 男か女かも分からない ――――― がどんな冒険者なのか知らない。だから、思うも何もない。

 ただ、こういう大人に ――――― 人を思いやれる大人に、なりたい。人に優しく出来る大人に、なりたい。

 それだけは、強く思った。

 




少女の冒険を台無しにしないよう配慮するゴブスレさんは優しい。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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