ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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感想ありがとうございます。忘れ去られているかと思ったらそうでもなかったので感激してます。

考えてみたら人間と同じかそれよりデカイGが飛んできて漏らさない方が異常なのでは?


魔法剣士・裏 11

 辺境の街の冒険者ギルド。その裏手にある広場に、木製の武具がぶつかり合う音が響き渡る。

 初夏に差し掛かり強くなってきた日差しが降り注ぐ中、美丈夫 ――――― 辺境最強と名高い冒険者である槍使いが木槍を振るい、時折あれこれ激を飛ばす。

 木剣と盾を持ち、必死の様相で槍使いの攻撃を凌いでいる少年 ――――― 魔法剣士は言葉が飛ばされる度に短く返事を返し、大体はその直後に突かれ、打たれ、転がされていた。

 しかし何度打ちのめされようと挫けず、転がされようと魔法剣士は立ち上がる。そして槍使いもまた、倦む事なくそんな彼に付き合っていた。

 

 槍使いは力強く一歩踏み込むと、加減はしつつも容赦なく木槍を突き出す。唸るような音を上げて繰り出された一撃を、魔法剣士が手に持った盾で受け止める。

 わざと受けやすい位置に放ってはいるが、速度も威力も充分な突きを防げるのは実戦を積んだ成果だろう。それ自体は悪い動きではない。ないのだが。

 

「後ろに下がるな!姿勢が崩れてるぞ!」

 

 魔法剣士は突き、というよりも何らかの攻撃を受ける度に、僅かにではあるが後退する癖がある。恐らくは威力と圧力に耐えかねての事だろう。

 力を受け流すため意図的に下がるのであれば問題ないが、魔法剣士はまだそこまで盾の扱いに習熟していない。その結果あちこちに隙が生まれ、上体は後ろに逃げようとしているのに脚は残ったままで不安定な状態になる。

 そしてその脚を薙ぎ払うように槍を振るってやれば、他愛なく魔法剣士はその場に転がる。木剣と盾を手放さないのは大したものだが、姿勢を整えるより速く喉元に木槍の穂先を彼の顔に突き付ける。

 

「下がるならキッチリ下がれ。間合いを取るのかその場で耐えるのか、半端になるとこうやってあっさり崩されるぞ」

「分かりました。もう一本お願いします」

 

 こちらの言葉に頷くと、魔法剣士はすぐさま立ち上がって構える。槍使いもまた少し距離を取って槍を構え、稽古を再開する。

 槍使いの眼から見て、今のところ魔法剣士に剣や盾の才能があるとは言えない。だが全く無いとも言えない。つまり、ごく人並み程度の才能だ。

 

 ()()()()()、こうして鍛練に励む事は正しい。

 

 才能が無いだの、適性が無いだのと言って練習をしようとすらしない連中。それだけならばまだいい。

 そういった連中は程なく冒険者ではなくなり、そのうち酒場にも顔を出さなくなり、何処かへ消えていく。それで関わる事も無くなる。

 だがその中には成長する人間に対し「あいつには才能がある。不平等だ」「運良く適性を持って生まれてきた。不公正だ」などとほざき、妬み、足を引っ張ろうとする奴らがいる。

 成長する人間達は、こうして努力を積み重ねている事実は無視して、だ。

 成程、確かに才能の差は存在する。常人が一年かかって辿り着く境地にほんの数日で達する天才がいれば、逆に常人が三月で至る技量に年の単位を必要とする者もいる。

 筋力や体格、性格諸々の点から適性も存在する。才能があり、適性もあれば成長は目に見えて早い。それは槍使いも認める。

 だが、それらの人間が努力をしていないか?答えは断じて否だ。少ない量で常人より遥かに伸びるというだけで、努力はしているのだ。

 優れた才能や、特別な適性がない人間はなおさらだ。

 

「受けるだけじゃなくて反撃を意識しろ!受けてるだけだと相手を勢いづかせるぞ!」

 

 かつての自分がそうだったように、目の前の男がそうであるように。土に塗れ、汗に塗れ、血に塗れ。時間と労力を費やし、努力を積み重ねていくしかない。

 そうして身に付けたもので、勝負していくしかない。腐っている暇などないのだ。

 それが嫌なら、戦いから降りるしかない。そして降りた者と、最初から戦おうとすらしない者達は。

 どれだけ無様で滑稽な姿を晒していたとしても、戦っている者を笑ったり批判したりする権利を持たないのだ。

 少なくとも、生まれや才能のせいにして努力もせず酒に溺れる日々に堕ち。冒険者ではなくなっていくような連中に笑う資格などありはしないのだ。

 

「反撃するからって武器に意識を取られ過ぎるな!」

 

 盾に穂先が当たるのと同時に、魔法剣士が木剣を振り上げる。位置と角度からして、狙いは槍の柄。そこを打って槍を取り落とさせようというのだろう。

 だがそれよりも早く、槍使いは石突きを握りしめ円を書くように回す。

 槍は――――― 一部の例外を除けば――――― 穂先に重量が集中するものではないため、このような小さな動きだけでも全体を操れる。勿論練習は必要だが。

 散々突きを防いだ事で力が入らなくなっていたであろう魔法剣士の腕から、盾が巻き上げられ高々と宙に舞う。

 そして怪我をしないよう最低限の配慮はしつつも、容赦はせず突きを鳩尾目掛け繰り出す。魔法剣士が木剣で防ごうとするが、狙いを違える事なく槍使いの一撃は彼の腹を捉える。

 綿の入った服を着ているために大きな怪我はしないだろうが、衝撃を完全に殺しもしない。唸りとも呻きとも取れる奇怪な声を上げ、腹を押さえた魔法剣士がその場にうずくまる。

 

「突きは正面から受けてもどうしようもねえぞ。盾もそうだが、剣ならなおさらだ。少し斜めに傾けて逸らせ」

「わ、か……りまし、た……」

 

 汗だくになり、息も絶え絶えながら魔法剣士が返事をしてくる。気付けば結構な時間を稽古に費やしていたようで、自分も結構な汗をかいている事に槍使いは気付く。

 

「これ以上は怪我するだけだな。今日はこれまでだ。水持って来てやるから休んでろ」

「あ、りがとう……ござい、ます……」

 

 呻き声と荒い呼吸を伴った返事に、少しやりすぎたかとも思う。だが、痛みを伴わない戦闘訓練などありはしない。

 実戦では「痛いから休む」などあり得ない。痛痒(ダメージ)を抱えながら戦い、倒すにせよ逃げるにせよ何らかの形で危機を脱する必要がある。魔法剣士には今更言う必要もないだろうが。

 大きな怪我をしては元も子も無いが、軽い打ち身や切り傷程度なら稽古の段階で慣れておかねばならないのだ。

 

「あら、終わった、の?」

 

 いつ頃からかギルドの入り口近くを定位置にし出した行商から、レモン水の入った小瓶を二つ購入する。

 よく冷えているそれを持って広場に戻ろうとしたところで、相棒たる魔女から声をかけられた。どうやら彼女もレモン水を買い求めに来たらしい。

 

「おう。そっちも終わったのか?」

「そう、ね。今日、は、終わり。一度に、全部は、無理、だから」

 

 彼女は魔法剣士の仲間である女魔術師に乞われ、依頼という形で魔術師としての心構えや呪文を教えていたはずだ。

 銀等級の、それも辺境屈指の魔術師である魔女が直々かつ一対一で教えを説く。のみならず呪文を教えるともなれば、相当な ――――― 少なくとも駆け出し冒険者に払える額ではない授業料が必要となる。

 しかし彼女は林檎酒(シードル)一瓶という破格の値段で引き受けたらしい。

 人がいいな、と思う。それと同時に冒険者の先達とはこうでなくては、とも思う。聞く気の無いヤツにわざわざ教えてやる義理はないが、対価を払ってでも教えを乞うのであれば知識や技術を与えてやるべきだ。

 勿論これは槍使いの持論であって、別の考えを否定する気はない。

 いくら教えても自分で経験せねば真に理解は出来ない。なまじ教えると生兵法でかえって危険だ、と考える事も決して間違いではないだろう。要は姿勢(スタンス)の違いだ。

 

「あの嬢ちゃんはどうなんだ?出来、ってぇか見込みは」

「才能、は、あるわよ。それに、とても真面目。後は、運次第、ね」

「ま、そうだろうな」

 

 都の学院の出、それも首席で卒業した英才だと聞く。才能が無いわけがあるまい。努力していない訳があるまい。

 魔法剣士と組んでいるのだ。怠惰という事はあるまい。そもそも怠惰ならこうして学ぼうとすらしないだろう。

 今日は見かけぬ魔法剣士のもう1人の仲間、女武道家にしてもそうだ。

 元々彼女は1人黙々と型やら木への打ち込みやらを熱心にやっている事で―――――主に「冒険者ではなくなった」連中や、その傍らにいる駆け出しどもの間で有名だ。

 そんな熱心に鍛えた所で大物相手には通じない。素手では武器には敵わない。甲冑を着た相手には無意味。なのにああまでするなど馬鹿なやつだ、と知った風に嘲笑う。

 真に鍛え上げた武道家は布で鉄を断ち、練り上げた気を以て鎧兜など正面から打ち抜き、巨人(トロル)程度が相手ならば無手で易々と仕留めて見せるというのに、だ。

 伝説によれば、さらに上の段階として指一本で軽く突いただけで相手を破裂させるほどになるらしいが……これは流石に眉唾だろう。

 ありえない、とまでは言わないが。ありえない事はありえない、というのが冒険者の常識だ。

 

「そっち、は?」

「ん?んー……まあ、続ける根性はあるからな。そのうちモノにはなんだろ」

 

 時折つけてやる稽古において、魔法剣士が不平不満の類を漏らした事は一度も無い。突かれ、打たれ、転がされ。それでも泣きごと一つ言わず、懸命に向かってくる。

 時間はかかるだろうが、あれで成長しない訳が無い。ましてや頭の良い男だ、動きの意味や必要性をしっかり理解出来る事だろう。

 だが、剣はともかく盾の使い方がいただけない。放っておいてもいずれ自分で気付くだろうが、それまで無事とは限らない。

 かと言って槍使いは教えれるほど盾の扱いに精通しているわけではない。使い方自体は分かるのだが、上手く言語にして教えてやる自信はない。

 となると誰か扱いに長けている人物を魔法剣士に紹介してやるべきなのだが……

 

「あー……」

 

 盾の扱いに長け ――――― 少なくとも盾を長らく扱っており、一定の技量を有している事が明白で、いい加減な教育を行わない程度の人間性が保障されている人間。

 そんな人間の心当たりは二人しかいない。まずは重戦士と組んでいる、辺境最高の一党(パーティー)の一員にして主力たる女騎士。だが彼女は些か魔法剣士とは合わない気がする。技量は文句なしだろうが、教えるのが上手いイメージが湧かない。

 そして性格的には真逆、とまではいかないが反対な部分が多い。技術そのものは誰が使おうと変わりないが、使い方は性格が大きく関与してくる。

 豪胆で攻めっ気の強い彼女と、冷静で慎重な魔法剣士とでは戦術は正反対なものになるだろう。

 となると、もう1人の心当たりの出番なのだが。

 

「……」

 

 偏屈で何を考えているか分からない、安っぽい鉄兜を被った男の姿を思い浮かべる。戦っている姿を見た事はないが、盾はずっと使っていたはずだ。使い方を知らないはずがない。

 変な人間ではあるが、真面目でおよそいい加減とは程遠い人間ではあるだろう。そうでなければあの女神官がついて行きなどはしないだろうし、他の仲間だってああして一党を組み続けはしないだろう。

 性格的な相性も問題ないはずだ。コツコツと一つの事をこなす、という意味合いではむしろ自分以上に魔法剣士と合うかもしれない。

 となれば頼むに最も相応しい相手ではあるのだが……

 

「どうした、の?」

「いや、ちょっとな」

 

 胸中に去来するのは様々な思い。別にあの男の事を嫌っているわけではない。

 自身の意中の女性である受付嬢から ――――― 受付嬢だけではない。様々な女性から好意をああもハッキリと向けられていて、あんな態度を貫いている事に思う所はあるが嫌ってはいない。

 だが、彼に頭を下げて頼むのは面白くない。自分が指導している後輩を任せるのも微妙に引っ掛かる。

 しかし、面白くないというだけで折角存在する選択肢を放棄するのも気に食わない。自分がまるで狭量のようではないか。

 

「お前、ゴブリンスレイヤーと親しかったよな? アイツから色々頼まれたりしてただろ」

「ちょこっと、お手伝いしてる、だけよ?」

「それでも俺よりはアイツと話すだろ。今度見かけたら俺から頼み……依頼があるって伝えてくれ」

 

 頼むのが面白くないならば、依頼という形をとればいい。ゴブリンスレイヤーに頭を下げるのは引っ掛かるが、依頼人という形ならば対等だ。

 依頼である以上断られる可能性はあるが、それは仕方ない。向こうには向こうの事情があるだろう。

 是が非でも頼みこもうとまでは思わない。自分が魔法剣士の為にそこまでする義理はないし、それは幾らなんでも過保護というものだ。

 向こうがその気になるなら良し。ならなくても良し。その程度の事だ。

 

「依頼の内容は、新人に盾の基本的な使い方を教えてやってほしい。報酬は ――――― ……」

 

 さて、報酬はどうすべきか。あまりに出し過ぎるのはよくない。まるで自分が魔法剣士に対して過保護のように思われてしまう。

 自分はあの重戦士のように過保護という訳ではなく、ゴブリンスレイヤーのように無愛想で言葉足らずでもない。適切な距離を保って指導しているのだから。

 かといって報酬が安すぎるのも論外だ。長い時間と膨大な労苦、命懸けの経験を以て身に付け、磨いてきた技能を買い叩くなどもはや喧嘩を売るに等しい。

 どうしたものか。槍使いは少し考え込んだが、すぐに適切な報酬を思いつく。

 

「報酬は、『一杯奢る』だ。コップ一杯じゃなくて、ちゃんとした一杯だ!」

「ふふ。わかった、わ」

 

 どこか子供じみた ――――― 実際子供じみた対抗心があるのだろう ――――― 態度を見せる槍使いに、魔女は艶然と微笑んでみせる。

 そして煙管を咥え、なまめかしい吐息と共に煙を吐き出すとこう言った。

 

「意外、と、過保護、なの、ね?」

「過保護じゃねえよ。じゃ、頼んだぜ」

 

 自分自身に言い聞かせるように断言すると、槍使いはレモン水の入った小瓶を二本持って裏の広場へと戻って行く。

 

「過保護、じゃ、ない、なら。心配性、の……お兄さん、みたい、ね」

 

 クスクスと笑いながら、魔女は槍使いの背中に向けて小さく呟いた。

 

 

 

―――――――

 

 

 

(間抜けめ)

 

 内心で自分自身を罵りながら、魔法剣士は下水道の通路へ仰向けに倒れ込む。背中が想定よりもずっと強く床にぶつかり、一瞬息が詰まる。

 槍使いに稽古をつけてもらった時指摘されたというのに、暴食鼠(グラトニーラット)の巨体に圧されて半端に後退した。その結果がこれだ。

 全く、何のために時間と手間を割いてもらったというのか。何も学んでいないではないか。我ながら嫌気が差す。

 自分でも少し驚くほど冷静に、しかし冷静でいる事そのものには疑問を持たず魔法剣士は思考を巡らせながら行動を起こす。この下水道で鼠や蟲は飽きるぐらいに相手にしてきた。故にその行動は読める。故に焦る必要はない。

 倒れた獲物に対して、鼠は確実に仕留めるため喉元を狙ってくる。また逃がさないために、自分の上に乗って来る。つまり、()()()()()()()()()()()

 なら何も焦る必要はない。確実に来るその存在に対し、落ち着いて松明を突き出してやれば―――――

 

「間抜けめ」

「GYUUI!?」

 

 眼を瞑っていたとしても、当たるのだ。

 そしてほんの少し凌ぎさえすればそれでいい。自分一人ならそんな事は言っていられないが、今はそうではない。

 今の自分は単独行(ソロ)ではなく一党(パーティー)で、仲間がいるのだから。

 

「せりゃぁっ!」

 

 凛々しく透明感のある声と共に放たれた蹴り―――――上から戦斧(バトルアックス)のように足を振り下ろし、踵を暴食鼠の頸部へと叩きつける独特な一撃。

 素人目に見ても練達の技と知れるその一撃は、暴食鼠の分厚い脂肪すらものともせず衝撃を内側へと伝える。そしてその凄まじい威力で以て、只人(ヒューム)より強靭な骨格を持つはずの獣、その首を見事一撃で圧し折った。

 まさに致命的一撃(クリティカルヒット)というやつだ。

 

「大丈夫!?」

「無傷だ。助かった」

 

 恐るべき一撃を放った女武道家の心配する声に、いつも通りの声音で言葉を返す。正直に言えば少しばかり背中が痛むが、動きに支障があるわけでも殊更騒ぐ事でもない。

 致命の一撃を食らい痙攣する暴食鼠を身体の上から押し退け、速やかに立ち上がる。彼女が自分を助けてくれたという事は、既にもう一匹は片付いたと考えていい。なら後方はどうなっているか。

 必要なら手助けを、と考えていた彼の心配はしかし杞憂に過ぎなかった。既に巨大鼠(ジャイアントラット)は地に伏し、新米剣士が鼠の身体に深々と刺さった剣を引き抜こうと四苦八苦しているところだった。

 

(役立たずだったのは俺だけか)

 

 一瞬そんな考えが頭をよぎる。だがすぐにその考えを否定し、打ち消す。女武道家を巨大鼠に当て、暴食鼠を自分が引き受けたのは間違いではない。

 一党の中で最も強い彼女を弱い相手に当てて倒してもらい、強敵相手には自分が時間を稼ぐ。それによって数的有利を生み出す。これは正しい戦術だったはずだ。

 後方の巨大鼠は新米戦士と見習聖女に任せ、女魔術師に二人への指示を任せた。これも正しかったはずだ。

 少なくとも即座に対応出来たのだ。悪いはずが無い。事が終わった後で浮かんできた名案など、その場で考えた愚策にも劣るのだ。

 つまりこれは単なる自己嫌悪と、重い責任から来る一種の疾患だ。槍使いに教えてもらった事が活かせず、習った事が出来なかった事に対する失望。

 そして仲間を全員無事に帰さなければならないという、頭目(リーダー)としての重い責務。それらが過剰に己を責め立て、嫌な考えを浮かばせたのだ。

 この状態は非常に良くない。まだまだ冒険者としても頭目としても未熟の新米だが、そのぐらいの事は理解している。

 反省するならまだしも、これはただの後悔だ。これが高じると何とか挽回しようと手柄を欲しだす。あるいは己を責めるだけ責めて落ち込ませ、不安と恐怖で思考を鈍らせ行動を止めてくる。

 どちらにせよ良い事など何もない。ただただ自分の気分を落ち込ませ、能力を下げるだけだ。寝床や酒場でなら幾らでも構わないが、冒険の最中では自身と仲間の生存に大きく関わって来てしまう。

 故に魔法剣士は「何の問題もなかった」と己に言い聞かせる。やれるだけの事はやったのだ。それで話は終わりであり、もう次に切り替えるべきだ。

 冒険の最中、一つの問題に何時までも拘っていられるほど暇ではない。状況は刻々と変化していくし、問題は次から次へとやって来るのだ。

 

「そっちは大丈夫だったか?」

「問題ないわよ。今見える光景以外」

 

 見習聖女も一緒になって、なんとか鼠の死骸から剣を抜こうとしている様子を指し示しながら女魔術師が応える。見かねて女武道家が手伝いだしたので、程なく抜けるだろう。

 それを見守りながら、魔法剣士は前後のみならず上下左右へと視線を巡らせ、耳を澄ます。鼠の死骸に惹かれて他の怪物がやって来る、ということはままある。警戒を怠るなどもってのほかだ。

 

「背中、大丈夫?痛そうにしてたけど」

「痛みはほぼ抜けた。痛めたわけではなさそうだ」

「そ。ならいいけど、無理せず言いなさいよ?」

「ああ」

 

 警戒を続けながら、女魔術師と軽く会話を交わす。最近気付いたのだが、彼女は驚くほど仲間の事を良く見ている。

 観察眼に優れていると言うべきか。それ故に後方の指示は彼女に任せたのだが、やはり当たりだったようだ。

 その事実に心が軽くなるのを魔法剣士は感じる。これでいい。これがいい。自分には頼れる仲間がいる。大事を任せる事が出来る仲間がいる。何もかも自分でやる必要はない。

 何を任せるか、どれだけ頼っていいのか。それを見極めるのが頭目としての仕事だ。そして、今回はしっかり見極めた。だから、これでいいのだ。

 元より自分は完璧に出来るような人間ではない。だが出来る限りの事はやった。そしてその結果、仲間は無事だった。だから、これでいいのだ。

 驕らず、焦らず、卑下もせず。一歩ずつ仲間と進んで行こう。女武道家が見事に剣を引き抜く様子を見ながら、魔法剣士は改めて心に誓った。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 人の失敗を喜んだりはしない。人の不幸を嬉しがったりしない。それは人として最低限守るべき事だと、新米戦士は思っている。

 だから、魔法剣士が暴食鼠(グラトニーラット)の攻撃を受け損ねて転んだと聞いても別にそんな気持ちを抱いた訳ではない。ただ、安心したのは事実だ。

 彼は何処か自分とは違うと、特別だと思い始めていたから。自分や幼馴染である見習聖女とそう変わらない時期に冒険者になったというのに、もう鋼鉄等級にまで上がっている彼は才能とか素質とか、兎に角自分達とは違う存在だと考えていたから。

 今回の依頼だってそうだ。彼とその一党はギルドから直々に指名を受けて、依頼を任されるぐらい信頼されている。片や自分達は鼠退治や蟲退治が精一杯。

 この違いは、きっと何か特別なものが生んでいるのだと思っていた。

 だがそうではなかった。彼だって失敗する。運悪く足を滑らせたりする。当たり前だ。彼だって普通の人間なのだ。

 普通の人間だが、努力して、頭を使って、仲間と力を合わせて、経験を積む事で前に進んでいるのだ。彼は才能があるから、特別だから。そんな言葉に逃げかけていた自分が恥ずかしい。

 強く恥じ入ると当時に、胸の中に希望が湧いてくる。一日一歩。一歩ずつ進んで行く。以前幼馴染と誓ったその在り方は、決して間違っていないはずだ。

 そうやって進んで行けば、魔法剣士がいるところに、その先にだって行ける。時間はかかっても、確実に進んでいける。

 いつか、英雄に。ドラゴンだって倒すような、冒険者に。いつか、きっと。

 今はまだ、鼠退治が精一杯で。倒す際に突き刺した剣が抜けずに悪戦苦闘しているような有様だけれど。きっとなれると信じよう。

 

 

 

―――――――

 

 

 

 見習聖女にとって、今日は全てが意外な事だらけだった。

 勝手に格上の存在のように仰ぎ見ていた、特別視していた魔法剣士とその一党から臨時の一党に誘われた事も。

 ギルドから直々に指名された依頼 ――――― 別に彼らや自分達でなければ任せられない、という程重大なものではなかったけれど ――――― なんてものを受けるのも。

 何となく近寄りがたい人だと思っていた女魔術師が、下水道に入る前の自分達のチェックを見て「用心深いのはいいことね」と褒めてくれたのも。

 見た目は細身にも見える女武道家が、新米戦士が必死に力を込めても抜く事の出来なかった巨大鼠(ジャイアントラット)の死骸に刺さった剣をあっさり抜いた事も。

 そして今見ている、目の前の光景も。

 

「そうだとも。二人とも俺などよりよほど凄い。俺よりもずっと優秀だ」

 

 事実を淡々と言っているようでいて、何処か誇らしげな ――――― 子供が宝物を自慢するような、そんな声音で魔法剣士が何度も頷いて見せる。

 巨大鼠を倒す際に女魔術師が放った投石紐(スリング)の一撃。そして自分達は見ていなかったが、巨大鼠のみならず暴食鼠(グラトニーラット)をあっという間に屠った女武道家の技量。

 それらを幼馴染が褒めると、魔法剣士は深々と頷いて先程のように答えたのだ。

 返答そのものはともかく、真面目で冷静そのものでともすれば堅い人物に見えていた魔法剣士がそんな ――――― 何処か子供染みた口調をするのが意外すぎて。見習聖女は少し固まってしまう。

 見れば幼馴染も戸惑っているようで、「おう」だとか「ああ」みたいな半端な相槌を打つばかりになっている。

 魔法剣士と固定で組んでいる二人も意外だったのか、呆けたような表情を見せて ――――― 見せていた。つい先程までは。

 だが改めて見習聖女が見たときには、嬉しさ半分愉快さ半分といった笑みに変わっていた。女魔術師の方はもっと嬉しさが多そうだが。

 

「コホン……私のどの辺が凄いのかしら?」

「お前は俺よりも向上心があって賢い。知識も豊富で、魔術の腕前も上だ。それに周囲の事をよく見てくれている」

「ねえねえ、あたしは?」

「まず人当たりがいい。俺よりずっと。それに体術は到底俺が及ぶものではないし、暴食鼠を仕留めた時のように素晴らしい一撃を放てる」

 

 褒められて嬉しいのと、彼が大真面目に美点を上げるのと、それが何処か子供っぽいのとで。女魔術師と女武道家はクスクス楽しそうに、嬉しそうに笑う。

 それを見ていた見習聖女も、思わず噴き出してしまう。見れば新米戦士も小さく笑い声を上げていた。

 彼や彼女達はなんとなく自分とは違う存在 ――――― 槍使いや重戦士、ゴブリンスレイヤーやその仲間達のように自分達とはずっと違う所にいる気がしていた。

 だが目の前にいる彼らは、自分達となんら変わらない年頃の少年 ―――――― 魔法剣士もそのぐらいの年頃だったはずだ ――――― 少女にしか見えない。いや、最初からそうだったのだろう。

 ただ自分が勝手に、少しばかり目を曇らせていただけだ。

 

(もっとちゃんと人を見て……ううん、ちゃんと話さないとね)

 

 先入観だけでどのような人物かを決め付けるなど、至高神に仕える者としてあるまじきことだ。

 つい先日もゴブリンスレイヤーの事を何も知らずに「新人を囮にしている」などと疑い、あの女神官に対して失礼極まりない事を言ってしまったばかりではないか。

 

(これじゃ至高神様から罰が下されるかも)

 

 そうならないために。勝手な憶測や思い込みで人の事を決め付けるような人間にならないために。もっとちゃんと人を見よう。ちゃんと人と話そう。

 足元を見て一歩ずつ進むとは、きっとそういう事なのだろうから。

 

 

 

 この後彼女が経験する事が果たして「至高神様からの罰」なのかどうかは、それこそ神のみぞ知ることだった。

 




Q.武道家って極めるとそんなに強くなるの?
A.蝸牛想像神曰く、四方世界における武道家という職業の最終到達点は「北斗神拳伝承者」や「流派東方不敗」らしいです。

Q.見習聖女ちゃんと女魔術師ちゃんの決壊シーンは?
A.女性がアウトブレイクする様子を書く事に誉はない。

Q.魔法剣士のこれは言葉の洪水なのでは?
A.子供の「ウチの父ちゃん凄いんだぞ」程度です。酒が入って冒険者としてでなく人として褒めるモードになると、「ワッ」と言葉の洪水を浴びせて来ます。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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