ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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長くなりすぎたので今回は分割して投稿します。
クライマックスでもないのに一万字を越える見込みとは……おのれ蒙古め……


魔法剣士・裏 12・上

 ここではないどこか。ずっと遠くて、すごく近い場所で。

 今日もジキヨシャは神々が用意してくれた盤 ――――― 本来の四方世界とは違う、別の四方世界でお気に入りの駒を眺めていました。

 ちょっと慎重すぎるけど、結局は冒険(セッション)に参加してくれるこの駒をジキヨシャは大変気に入っていました。勿論、他の駒も全て愛しているのですけれど。

 今日用意したのは簡単な冒険で、他の駒との交流が主目的になりそうです。こういう長閑な冒険が好きな《幻想》もそれを見ようと、隣に来ています。

 ですが始めようとした矢先、《真実》が勝手に駒を追加してしまいました。ジキヨシャと《幻想》が「あーっ!」と叫びます。

 それもそのはず。追加されたのは駒の力量(レベル)に見合わない強力な怪物(モンスター)で、退治しても何も得るものが無い相手なのです。

 あまりに理不尽な配置に二人は抗議しますが、《真実》は大笑い。骰子(サイコロ)の出目がよほど悪くない限り出ないから安心、なんて言います。

 それでもまだ不満そうなジキヨシャと《幻想》の前で、《真実》は骰子を振って……今度は彼が「あっ」と声をあげました。

 それもそのはずです。何故なら最初の一振りで、その悪い出目を出したのですから。

 ジキヨシャと《幻想》はまた叫びますが、《真実》は大笑い。その上また悪い出目を出して転がって来たアルティーエを見て、《真実》まで笑い転げ出しました。

 こうして、「長閑な冒険」は「ありえないほどに危険」なものへと変わってしまったのでした。

 

 

 

―――――

 

 

 

 目の前で起こっているはずなのに、その光景は何処か遠く感じるものだった。あまりにも現実感が無く、そのためか女魔術師の頭の中は冷えて冴え渡っていた。

 一党(パーティー)頭目(リーダー)である魔法剣士。彼はたった今、宙を舞い大きく吹き飛ばされ床へと落下した。地面に落ちた人間は弾んだりせず、転がるかそのまま滑るかのどちらかなのだと女魔術師は初めて知った。

 心は考えたくないと、現実から目を背けたいと願う。だがその想いとは裏腹に、頭は冷酷なほど現実を認識し思考を走らせる。

 事の起こり。水量を増した水路から音がした。自分と魔法剣士だけが気付いたその音を警戒し、立ち止まった。普段ならまだしも、増水した水路から異音がするのはおかしいと。

 その警戒は実を結んだ。その直後水路から飛び出してきた存在に対し、恐慌(パニック)を起こさずに済んだ。もし仮に警戒が無ければ、間違いなく混乱はしていたはずだ。

 奇襲(アンブッシュ)を仕掛けてきたのは、こんなところにいるはずの無い、巨大鼠(ジャイアントラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)などとは格の違う文字通りの怪物。

 高さは無いが、長さにおいては只人(ヒューム)の3倍はあろうかという巨体。鎧と見紛う強靭な鱗。子供や圃人(レーア)程度ならば一飲みにしてしまえそうな口と、そこに生えている鋸のような歯。

 沼竜(アリゲイタ)。竜ではなく蜥蜴の仲間らしいが、それはこの際重要ではなかった。重要なのは、この怪物が体躯に恥じぬ恐るべき膂力を持っている事。巨躯に見合わぬ敏捷性を持っている事。

 そしてなにより、肉持つものであらば獅子すら捕食するという獰猛性を持っている事だった。

 獰猛であるが故に、獅子と比較するのもおこがましい脆弱な只人を餌と見て襲ってきた。

 敏捷であるが故に、咄嗟の動きにやや難がある女魔術師はその攻撃に対する反応が遅れた。

 

 見た目通りの膂力を持つが故に、女魔術師を庇った魔法剣士は呆気なく吹き飛ばされた。

 

 大顎を開いて噛みついてこなかったのは運命と偶然の賜物か。あるいは別の理由か。いずれにせよ、鞭のようなしなやかさで振り回された丸太のような太い尾に打ち据えられ、魔法剣士は宙を舞った。

 もし自分がアレを受けていたら。腹で受ければ肋が折れ、内蔵が潰されていただろう。頭に受ければ首が折れ、頭蓋が砕けていたかもしれない。いずれにせよ、間違いなく死を迎えていたはずだ。

 その一撃を、魔法剣士が受けた。彼が、致死の攻撃(クリティカルヒット)を受けた。そこまで思考が辿りついた時、女魔術師の胸の奥底から煮え滾った熱湯のような激情が湧き上がってきた。

 

(――――― 駄目!)

 

 冷静な頭がそれを表に出てくる前に押し止め、蓋をする。すぐに蓋は圧力に屈し吹き飛ぶだろうが、今は駄目だ。

 様々な思いが入り混じったそれが噴き出してしまえば、間違いなく自分は悲鳴を上げる。涙も出てくる。そして魔法剣士の名前を呼び、縋り付きに行ってしまう。それしか出来なくなる。

 彼の事しか考えられなくなり、彼の無事を確かめようとする。今の状況もその後の事も考えずに。それは駄目だ。今思考を放棄してはならない。

 今重要なのは大切な仲間が、思いを寄せる相手が危険だという事ではない。考え、決断し、指示を出す一党の頭目が致命的な痛痒(ダメージ)を受け、恐らく指示を出せないという事だ。

 女武道家は信頼できるが、この一党において考える役目は担っていない。新米戦士と見習聖女は人間性はともかく、このような状況で頼れるほどの能力も経験もないだろう。

 なら自分が考えなくてはならない。すぐに指示を出さねばならない。胸の中の動揺が頭に到達する前にだ。

 

「そいつ連れて逃げて!こっちで引き付けるわ!」

「……!わかった!」

 

 魔法剣士に駆け寄っていた女武道家に大声で指示を出す。一瞬動揺を見せたが、すぐに彼女は魔法剣士の肩を抱きかかえると奥へ向かって走り出した。

 本来なら全員一緒に逃げるべきなのだが、沼竜がちょうど隊列を分断する形で飛び出してきたためにそれは叶わない。

 そしてその状況をもたらした恐るべき敵は、感情の籠らぬ瞳でこちらを見据えると ―――――

 

「AAARRRRIGGGG!」

 

 それ自体がまるで術であるかのような、本能的な恐怖を呼び起こす声で吼えた。

 もしその声と同時に飛びかかってこられたら女魔術師達は反応できなかっただろう。だが沼竜は弱い三匹の獲物ではなく、強い二匹から仕留めるつもりなのか前方へと向きを変える。

 

「こ、のぉ!」

 

 何とかしてこちらに気を向けねば。そう言おうとした矢先、新米戦士が手に持っていた皮盾を沼竜へと投げつけた。

 痛痒など全く無かったろうが、頭の辺りに当たったそれに腹を立てたのだろう。唸り声を上げながら沼竜が再度身体を翻し、こちらを向く。だが女魔術師はそれに対して既に備えていた。

 成程この恐るべき怪物を相手にしては、只人など餌に過ぎないだろう。こちらは硬い鱗も鋭い牙も持たぬか弱い生き物だ。

 だがその代わり、道具を扱う事が出来る。知恵と、数と、道具。これらを持つが故、只人はこの四方世界で繁栄する事が出来ているのだ。

 

「これでも食らいなさい!」

 

 叫びながら女魔術師は荷物袋から取り出したものを、沼竜に向かって投げつける。沼竜の鼻先に当たったそれは、なんら痛痒を生む事はない。

 だが、それでいいのだ。重要なのは当たるかどうかで、痛みなど必要ない。これはそういうものではない。

 

「ARIGGGGGG!?」

 

 沼竜が悶え苦しみ出し、水路へと飛び込む。小鬼王(ゴブリンロード)の軍勢と戦った時以来、一党全員が常備するようになった催涙弾はこの巨大な相手にも充分な効果を発揮してくれたようだ。

 だが安心など出来はしない。水の中に飛び込まれた以上、すぐ洗い流される可能性がある。急いでこの場を離れねば。

 

「《インフラマエ(点火)》」

 

 催涙弾と一緒に取り出しておいた松明に、真言を唱えて火を着ける。これで光源は確保できた。

 真に力のある言葉は、一つでも力を有しそれを発揮する。学院でもその知識は得ていたが、理解はしていなかった。

 理解して使うようになったのは、本当にごく最近。魔法剣士の事を何かと気にかけてくれている槍使いと組んでいる、あの魔女に術を習い出してからのことだ。

 彼女が煙管に火を着けるのを見て、ようやく気付いたのだ。炎の弾や雷を投げるだけでなく、術にはもっと広い使い道が、選択肢があるのだと。

 

「逃げるわよ、急いで!」

「ま、待った!あの人達見捨てるのかよ!?」

「追いかけないと……!」

 

 新米戦士と見習聖女の言葉はもっともだ。出来れば女魔術師だとてそうしたい。走って追いかけ、彼らの無事を確かめたい。

 だが、今選ぶべきはそうではないのだ。

 

「追いかける途中で沼竜に襲われたらどうするの?もう催涙弾は無いし、奇襲に気付く保証もないのよ?」

 

 さらに言うならば、女武道家が何処へ逃げたかも分からないのだ。探し回るにはあまりにも危険すぎる。

 探し回る間にもう一度襲撃を受けてしまったら、折角奇襲を受けて生き残ったのに全てが無駄になってしまう。

 

「で、でも……」

「見捨てるのは……」

「見捨てるんじゃないの。助けを呼ぶのよ」

 

 これが野外(フィールド)迷宮(ダンジョン)なら何が何でも探しに行く。見捨てる事は出来ない。たとえその結果が最悪のものになるとしても、だ。

 だがここは下水道の中だ。入り口は外れとは言え街中にあり、外に出さえすれば救援は求める事が出来るのだ。

 沼竜などという怪物が下水道に存在するのは危険すぎる。ギルドまで戻って報告すればすぐさま討伐依頼が出されるはずだ。

 救助はギルドから出す依頼にならないかもしれないが、その時は自分達で依頼を出せばいい。仲間の命が救えるなら、資金を全て放出してもまだ安い。

 いずれにせよ自分達よりずっと等級が上の、沼竜を倒せるか……そうでなくとも対応可能な熟練(ベテラン)の冒険者達の手を借りる事が出来る。

 確実に助けたいならそれが最善だ。少なくとも女魔術師が今思いつく限りでは、それ以上に確率の高い救助方法はない。

 新米戦士達はまだ何か言いたげではあったが、それ以上何か言う事は無く女魔術師に従い出口へと歩き出す。ここに留まって問答を続けるのが一番悪手だと気付いたらしい。

 幸い沼竜にも他の怪物にも出くわす事は無く、一行は無事下水道の外へと脱出に成功する。外の光があまりにも眩しく、安堵のあまり涙が出そうになるが泣いている暇はない。

 

「あなた達はこのままギルドに戻って報告して。事情をそのまま話して、とにかく助けを呼んで。お金なら私達が後で出すから、依頼って形にしてもいいわ」

「分かった!……って、そっちはどうするんだよ?」

「戻るわ」

「も、戻るって、一人で!?そんなの危険すぎるわよ!」

「別に探しに行くわけじゃないわ。目印を置きに行くだけよ」

 

 常ならともかく、必死に逃げた二人はきっと自分達の位置とどの道を通って来たかが分からなくなる。

 殊に魔法剣士は意識を失っていたように見えたし、それが戻っていない可能性……最悪の状態だって覚悟しなければならない。

 そうなったとき、彼ら……あるいは、彼女に必要なのは出入口までの正しい道順だろう。

 道を一本間違える事がそのまま生死に直結する。そういう状況にあの二人はいる。なら、道標があるだけで生還する可能性は大きく違ってくる。

 松明に火を付けたまま通路におけば、光源になる。もし消えてしまっても、床に落ちている松明を見ればそれが目印だと気付くかもしれない。

 あくまで可能性だ。言うなれば、骰子を振った時の出目を1増やす程度の。だが、その1が仲間の命を救うかもしれない。なら、やらない理由は無い。

 

「……じゃあ、その目印置きに行くの手伝うよ。ギルドにはそれから行く!」

「一人だと、置いてる時に襲われたら危険すぎるから!」

「……分かったわ。じゃあ、お願いね」

 

 新米戦士達の言葉に頷くと、女魔術師は再度下水道の入り口へと向かう。本当なら彼らにはギルドへ行ってもらうべきだ。それが最善だろう。

 だが、そう説得する時間が惜しい。言い合って時間を消費するぐらいなら、行動した方が結果的に早いはずだ。

 それに、会話へ思考を割いてしまえばもう心にした蓋を支え切れなくなる。激情に駆られてしまう。何より、考えたくない事を考え想像したくない事を想像してしまう。

 何者にも代え難い一党の仲間を、友人達を。あの二人を失うかもしれない。そうなったら今度こそ自分は再起出来ない。二度と立ち上がれない。

 そんな現実に耐える事が出来るほど自分は強くも無いし、経験も積んでいない。

 絶対に認めたくない可能性。絶対に現実のものとなって欲しくない可能性。そこから目を逸らすため、そうなる確率を少しでも減らすため。

 女魔術師はひたすらにやるべき事だけを考えながら、下水道の中へと入って行く。

 

 見慣れた入り口であり、今日最初に入った時と何一つ見た目は変わっていないというのに。ただの下水道の入り口であるというのに。

 彼女にとってその入り口は酷く恐ろしく、奥へ続く道はまるで深遠にまで通じているように思えた。

 

 

 

―――――

 

 

 

「無理しなくていいよ?」

 

 意識を取り戻した魔法剣士に対し、女武道家はそう声をかけた。

 つい先程まで沼竜(アリゲイタ)の一撃で意識を失っていた彼が、すぐに動こうとする。その心配もある。だが、それ以上に ―――――

 

「あたしが何とかするから、無理しなくても大丈夫」

 

 彼は、震えていた。

 

 震えそのものは僅かなもので、彼が隠そうとしたのも相まって長いものではなかった。だが意識を取り戻し水薬(ポーション)を飲む間、彼は確かに小さく震えていたのだ。

 最初は痛痒によるものかと思った。何処かを強く打って、その痛みによる震えなのかと。しかし、明らかにそういった類の震えではないと彼女は気付いた。

 あの震えは自分にも覚えがある。最初の冒険で、あの忌まわしき洞窟で。幼馴染を失ったあの場所で自分もそうなったから。

 田舎者(ホブ)に蹴りを止められ、脚を掴まれた瞬間。そのまま脚を握り潰されるかもしれないと。あるいは振り回され壁に叩きつけられるかもしれないと。

 

 明確に目前へ死が迫り、それに恐怖した時の震え。

 

 当たり前だ。誰だって、彼だって死ぬのが怖くないはずが無い。それほどの痛痒(ダメージ)を受けて、意識を失って。その直後に震える事は当たり前なのだ。

 これで二度と戦えないとか、心折れてしまうような魔法剣士ではないだろう。だが、立ち直るのに少し時間がかかったとしても不思議は無い。

 なら仲間として、それまでの時間は自分が稼ぐ。それがこの一党(パーティー)における自分の役割だ。

 知恵を使うにせよ、準備を整えるにせよ、魔法剣士や女魔術師に時間が必要なら自分が身体を張って稼ぐ。そうすれば二人は、何時だって必ず何とかする手立てを閃いてくれる。

 今回もそうだ。この狭い通路に蟲や鼠が入って来たなら、何匹であろうと自分が相手をする。倒してみせる。

 その間に彼が立ち直れば、きっと無事に下水道から脱出する方策を考えてくれる。だから、幾らでも身体を張れる。

 だから、無理をする必要は無い。落ち着くまで幾らでも時間をかけていい。

 それに女魔術師達はきっと外へと逃げ切ったはずだ。それなら彼女達は助けを呼んでくれている。なら、その助けが来るまで自分が粘ってみせる。

 女武道家がそう意気込んでいると、魔法剣士はゆっくりと首を横に振ってこう言った。

 

「いや……ありがたいが、無理をしよう。無理や無茶をしても何ともならないならともかく、今は何とかなる」

 

 今は無理のしどきだ、と。何時も以上に固い声音で彼はそう言った。多少心が萎えていようがなんだろうが、外に出るまでは無理矢理にでも動かすと。

 

「そっか。なら行きましょう」

「ああ」

 

 その言葉を受けて、女武道家は大きく頷くと出発に備える。魔法剣士が、一党の頭目(リーダー)が「相談」ではなく「決定」をしたのだ。なら自分は従うだけだ。

 加えて言うなら、魔法剣士は楽観視をする人間ではない。その彼が何とかなると言うなら、それだけの算段があるのだろう。

 

「まあ、もし途中で沼竜に襲われたとしても。あたしが殴り飛ばしてあげるから心配しなさんな!」

「頼もしい事だ」

 

 女武道家が殊更明るくそう言うと、魔法剣士もほんの少しだけ柔らかい ――――― あるいは、兜の下で笑っていたのかもしれない。顔面保護(フェイスガード)で表情は見えないが、そんな口調で言葉を返してきた。

 本気で殴り飛ばせると女武道家は思っていない。魔法剣士もそれは理解しているだろう。だが、暗くなるよりは明るい方がいい。だから軽く振る舞うのだ。

 何とかなる。何時だってそう信じない限り、一歩も歩き出せないのだから。

 

 




《真実》が邪悪に見えるけど、現実にはもっと厄介なGMもPLもごまんといるので界隈的には全然良心的。
一番クソなのは自分の望む結果が出なかったらすぐ時間巻き戻してやりなおすようなGMです。そいつの名前は神崎士朗って言うんですけど。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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