本年もよろしくお願いします。
無事に冒険を終え、酒場で大いに飲み大いに食べる冒険者達を横目に女武道家は仲間達と共にギルドの二階へと上がって行く。
冒険者は大きな冒険を終えた後はああするものだし、女武道家もそうした経験は一度ならずある。
だがそれ以上に、こうして疲れ切った身体を引き摺って寝台に向かう事の方がずっと多い。騒ぐ余力を残して冒険を終える事が出来る他の冒険者達は凄いと心から思う。
自分達はギルドに報告を済ませて、騒ぐためでなく身体の為に食事を胃に押し込んで。後は寝室まで行くのが精一杯だ。
「おやすみ。また明日」
「おやすみ。また明日ね」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
「おやすみぃ……」
また明日。全員揃ってそう言える事を仲間と神に感謝しながら、挨拶を交わす。
半ば船を漕いでいる新米戦士と見習聖女をそれぞれ引っ張るようにして、男性と女性とに別れそれぞれで借りきった四人用の客室へと入って行く。
出費として安いものではないが、想定外の強敵相手の戦闘で
特に魔法剣士は
大事を取って明日一日を休養に充てる事になっているが、それでも疲労を取るには安らげる環境が必要不可欠だろう。
(それに、他に人がいない部屋が必要だろうしね)
部屋に入るなり寝台に倒れ込む見習聖女を他所に、女武道家は扉を閉めると女魔術師をジッと見つめる。
「……なによ?」
「そろそろ無理しなくていいよ、って」
「無理ってなによ。無理なんかしてないわよ。無理なんか……む、り……」
「頑張ってくれたのは分かってるから。もう大丈夫だから」
女武道家がそう言うと、声を詰まらせ始めていた女魔術師は無言になる。そしてそのまま少し黙り込み ―――――
「むっ、えっ、うぇっ……」
その瞳から涙が溢れだし、口からは嗚咽が漏れだした。
泣きじゃくりながら彼女は女武道家に縋りついてくる。そんな女魔術師を優しく抱きとめ、ポンポンと子供をあやすように背中を叩いてやると彼女は堪えていたものを吐き出し始めた。
「わたっ、わたしっ……あいつが殴られて、し、死んじゃったんじゃないかっ、てっ……」
「うん、不安だったよね」
「でもっ、わたっ、わたしっ、みんなっ、指示しないと、って……っ!」
「うん、ありがとう。不安なのを我慢して、指示を出してくれたんだよね。頑張ってくれたんだよね」
「そのあと、も……っ! ずっと、怖くて、不安、で……っ! うえっ、えっ、えええええ……っ!」
もう言葉にならず、ただただ泣きじゃくる女魔術師をひたすらに慰める。
女魔術師は強い。死に瀕し一度折れかけた心を自ら奮い立たせ、立ち上がってみせるほどに。心の強さと言う意味では、一党の誰よりも強いだろう。
しかし強いというのは、傷付かないということではない。堪えて、やるべき事をやれるということなのだ。
だから彼女は信用と想いを寄せる魔法剣士が沼竜の尾に打たれ、動かなくなっても一党の指揮を引き継ぎ統率してみせたのだろう。心の中で不安と戦いながら。
それに感謝しなくてはならない。そして、それを労ってやらなくてはならない。
本当は頭目たる魔法剣士の仕事なのだが、彼も死にかけたばかりだ。それに、彼の前で女魔術師が素直に気持ちを曝け出せるとも思えない。だから自分がやるべきだろう。
目を丸くして驚いた表情でこちらを見ている見習聖女に対し、人差し指を立ててそっと唇に当て内緒の合図を送る。
これはここだけの話。女魔術師が弱さを、不安を曝け出したのも。状況を見極め、冷静な判断を下せる頭脳の裏で心がどんな想いを抱えていたのかも。
全部女の子だけの秘密なのだ。
―――――
「……凄い体験だったな」
「……そうね」
冒険者達で賑わう、朝の酒場の隅の席。
新米戦士と見習聖女は、そこで
下水道における
比較的疲労の軽い自分達ですらそうなのだ。沼竜から一撃を受けた魔法剣士と、彼を守り続けた女武道家は相当消耗しているだろう。
今日一日を休養に充てるという判断は当然と言える。
「それだけ?」
「何が?」
「あんたの事だからもっとこう、『凄い怪物だったな!』とか『それでも俺達は勝てたんだ!』とか騒ぐかと思ったのよ」
「あー……」
見習聖女の言葉に新米戦士は困ったように頬を掻いた。正直に言えば朝起きた時は騒ごうかと思ったのだ。
なにせ冒険者になってこの方、毎日のように下水に潜って鼠退治やら蟲退治やらばかりだった。あんな大物を目にして、その上戦って ――――― 退治までするなどまだまだずっと先の事だと思っていた。
それを成したのだから、少しぐらい自慢したい気はあった。
自分など大した活躍はしていないし、魔法剣士一党や相方である見習聖女が殆どやったようなものだが、それでも自分だって命懸けで精一杯やった。
だから、やった分ぐらいは吹聴したいとは思っていた。いたのだが。
「なんか、よく生き残れたなって気持ちが強くて騒ぐ気になれない……」
「あー……分かるわ。本当、よく生きてるわね、私達……」
朝一番にギルドから ――――― 恐らくは予期せぬ事態への手当も含まれた ――――― 沼竜退治の報奨金を貰い、一党全員で山分けして。
その額に驚きつつも大いに喜び、今日と明日以降の予定について簡単な打ち合わせを済ませて。
たまには贅沢をしようと見習聖女と話し、バターをたっぷり塗ったパンやふわふわのオムレツ、カリカリに焼いたベーコンといった普段よりも豪勢にした朝食を堪能している最中。
不意に新米戦士は、自分が生きて食事を摂れていることが信じ難くなったのだ。
鼠や蟲退治しかしたことが無い、駆け出し冒険者の自分が。あんな化物に襲われて、生き延びて。
どころか退治までして、新人としては大金と言っていい額の銀貨まで手に入れて。こうして豪華 ――――― 普段と比較してだが ―――― を食べているのは本当に現実なのだろうか。
ひょっとすると自分はあの沼竜に食べられてしまって、死の間際に都合のいい夢を見ているのではないのだろうか。
そんな不安に襲われた途端、全身が酷くだるくなり疲れてしまった。いや、疲労が表に出てきた、と言うべきなのだろうか。
とにかく、自慢などする元気は何処かへ行ってしまった。
「普段からあんなのと戦ってる……んだよな、あの槍使いの兄ちゃんとかは」
「でしょうね。銀等級ともなれば、ああいう怪物相手が日常なんじゃない?」
「そうだよなあ」
在野最高の等級である銀等級の冒険者。それも、辺境最強と謳われる冒険者だ。固定で組んでいる魔女もまた名高い魔術師であり、活躍を謳う武勲詩は新米戦士も一度ならず耳にした。
きっと沼竜のような大物相手が日常と化しているのだろう。槍使いに限らず、高位の冒険者とはそういうものだろう。
中にはゴブリンしか相手にしない変人もいるが、あれは例外中の例外と思うべきだろう。四方世界を探しまわったって、あんなのは二人といないはずだ。
「遠いなあ……」
いつかは自分も ――――― 例外の方ではなく、一般的な方に ――――― なりたい。あんな怪物を正面から退治できるような、立派な冒険者に。
それ以上の存在にだって勝てるような勇者に、英雄になりたい。そう思ってはいるけれど、その目標は遥かに遠く高い。
高すぎる目標に辿り着けるのか、不安になってくるけれども ――――― ……
「……ま、遠い先の目標ばっか見てても仕方ない。だよな?」
「その通りよ。いつも言ってるけど、一日一歩!」
いつかは自分も、あんな怪物を正面から退治できるようになるのだろうか、なんて。
そんな事、今は考える必要はない。今は目の前の事をひたすら必死にこなして行けばいい。
自分はちょっと沼竜を引きつけた程度で、大して役に立ったわけじゃない。でも、こうして生きている。今はそれでいい。
一日経ってもクタクタで、武勇伝を吹聴する元気も無いしそもそも自慢できるだけの活躍もしていないけれど。
自分は、今の自分に出来る事を充分頑張った。自分がそれを知っている。だからそれでいい。
そう思うと身体を包んでいた疲労が少しだが軽くなった気がした。
「そういえばあんた、代わりの盾買いに行くんでしょ?その分のお金も貰ったじゃない」
「ん、あー……それなんだけどさ、盾以外の物買おうと思ってるんだ」
沼竜を引き付ける際に、投げて無くしてしまった皮盾。あの時は後先考えずに夢中で投げたのだが、馬小屋で寝泊まりするような身分では予備の盾など持っているはずもなく。
今回の報奨金で買おうと思っていた所、魔法剣士達から「必要な経費」だとして新しい盾の代金を渡された。渡されたのだが、新米戦士にはある考えが浮かんでいた。
「盾以外?まさか報奨金と合わせて
「いや、そりゃ欲しいけどさ……そうじゃないって」
正直に言えば、喉から手が出るほど欲しい。やはり戦士と言えば長剣だろう。いつか買うと決めているが、今ではない。
買うのはもう少し筋力がついて、剣の扱いにも慣れてからだ。鼠だの蟲だのの相手を卒業してからだ。
新米戦士が買おうと決めたのは、もっと別の物だ。ここ数日の魔法剣士の戦いぶりを見て、話を聞いて、自分の経験と照らし合わせて。
「棍棒を買おうと思ってさ。剣と違って抜けなくなったりしないだろ?」
自分で選択したものを誇るように、新米戦士は胸を張ってそう言った。
クリスマスまでには書き上がるさ!と思っていたら普通に風邪引いたりライナーが美しかったりサプリ発売の発表があったりくしゃがらについて調べたりしてたら年が明けてくしゃがらしてました。
なのでくしゃがら時期にくしゃがらくしゃがらくしゃがらくしゃがらくしゃがらくしゃがら
活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)
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魔法剣士【綴られた手紙】
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令嬢【どうか、叶えて】
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女魔術師【君のワガママ】
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魔法剣士と令嬢【忘れてください】
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魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
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三人【騙し騙され愛し愛され】