ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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魔法剣士・裏 1

 春、それは新人冒険者がギルドへと集まって来る季節。だから新人がやって来ること自体は珍しくはないし、やってきた新人も珍しい存在と言うわけではなかった。

 真新しい革鎧に身を包み、同じく真新しい剣と盾を持っていて、どこにでもいそうな容姿と体格をしていて、緊張と期待からちょっと硬いが興奮した面持ちをしている。よくいる新人で、よくある反応だ。強いて変わったことをあげるとすれば、例年繁忙期となる時期より少し早く来た、ということぐらいか。

 

 だが極端に早いというわけでもなく、つまりは今年もこの時期が来て彼はその第一号と言うだけの話だろう。恐らく、いや間違いなくこの後大勢押し寄せてくる新人冒険者(追加業務)を想像し内心気合いを入れ直す。

 しかしそれを表に出すことはなく、三つ編みの受付嬢は営業スマイルを浮かべ応対を始める。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者登録をしたいのですが」

「字は書けますか?」

「書けます」

「ではこちらの冒険者シートに記入を」

「分かりました」

 

 問題なく字を書けて、物腰は丁寧……というよりも、しっかりと礼儀を弁えているという印象を受けた。しかし育ちがいいのとはまた違った雰囲気を発している。表情から興奮は消えたが硬さが消えていないのを見て、ひょっとしたら魔術師や学者の類なのかもしれないと受付嬢は思い至る。

 身についたものを自然と行っているのではなく、知識としてあるものを活用している。そう思って見れば字も必要以上に丁寧かつ硬い印象を受ける文体で書かれており、それでいて書類の作成に馴れていない様子なのは、知識はあれど実務経験が少ない事の表れだろう。

 

「書けました」

 

 表情同様、落ち着いた声音と共に差し出された冒険者シートを確認する。書類に不備はなく、何か異常なことが書いてあるわけでもない。

 まだ若いのに呪文を二回も使える、というのにはちょっと驚いたが。やはり魔術師だったか、と思うのと同時にこの新人冒険者へ少し期待したくなる。

 

「はい、書類に不備はありません。今後のご予定は何かありますか?」

「何かおススメ、あるいは新人はこうすべきと言う指針はありますか?」

 

 白磁の認識票を渡しながら投げかけた質問の答えに、受付嬢はまた少し驚く。全くいないと言うわけではないが、自分からこういった事を訊ねてくる新人は珍しい。

 

「そうですね……やはり一党(パーティー)を組むのがよろしいかと。1人では出来る事が限られてきますので」

「なるほど」

「それと、個人的には下水道やドブさらいで慣れておくことをお勧めします。巨大鼠(ジャイアントラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)退治も立派なお仕事ですので」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 素直に頷き頭を下げた魔法剣士に、受付嬢は驚きと期待を抱いた。しっかり人に物を訊ね、話を聞き、それを聞き入れる。それで全てが上手く行くわけではないが、それを出来るだけで有望ではあるのだ。

 ドブさらいと一緒に巨大鼠(ジャイアントラット)退治も並行してまとめて受けようとしていたが、それもやんわりとたしなめると素直に聞き入れた。まだ実力のほどはわからないが、人間性に大きな問題を抱えているわけではなさそうだ。

 

解毒剤(アンチドーテ)を一本いただけますか?」

「はい、銀貨10枚となります」

 

 恐らくは下水道の依頼を受けるつもりなのだろう。それに備えて解毒剤を買う慎重さと必要性を理解している事もより期待を抱かせてくれる。必要がない場合も多いが、必要になることだって同じぐらい多いのだ。

 彼だけに限ったことではないが、どうか無事に成長していってほしい。クエストボードに向かうその背を見つつ、受付嬢は気持ちを切り替え次の仕事へと取り掛かった。

 

 

 

―――――――

 

 

 

「ゴブリン退治、ですか」

 

 何とも言えない反応をしてしまったのに気付いたのだろう。怪訝な表情を見せる魔法剣士に、受付嬢は詳しい説明を行う事にした。

 ゴブリンは弱い。人間の子供程度の体格しかなく、知恵も力もその程度だ。

 逆に言えば、人間の子供程度には体格があり、知恵があり、力がある。それが多数集まればどうなるか。

 

 夢ばかり見て、現実を見るのを疎かにした新人冒険者を殺すぐらいは出来るのだ。

 

 勿論常にそうなるわけではない。何故ゴブリンが侮られるのか?それは新人冒険者でも退治できるほどに弱いからだ。

 だから一党(パーティー)を組み、初めての冒険としてゴブリン退治を選ぶのは何らおかしなことではない。

 だが、無思慮かつ不用心に挑んでいい相手ではない。最初のゴブリン退治で全滅というケースは決して珍しいものではないのだから。

 

 最低でも一党を組み、出来れば経験者を入れて挑むのがいい。そんな受付嬢の意見に魔法剣士は深く頷くと、クエストボードの前に移動し腕を組んで動かなくなった。きっと巨大鼠(ジャイアントラット)退治か、それとも仲間を探すか決めかねているのだろう。

 

(お金がないっていう切実な事情は分かりますけどね……)

 

 彼が冒険者になってから一週間。毎日休まず、真面目にドブさらいをする姿には好感が持てた。何よりドブさらい中に発見した拾得物を律儀に報告し、喉から手が出るほど欲しいであろう銀貨の入った財布まで届け出てきたのは本気で驚かされた。

 勿論そうしてもらうのが望ましいのは確かだが、ドブの中にあるものは掃除人が懐に入れても咎めない、という不文律がある。極端に安い給金で働く掃除人への給金の一部、とする向きすらある。

 

 魔法剣士はそれを懐に入れる事をよしとせず、キッチリと届け出てきた。銀貨50枚入りの財布を我が物とせず規則に従う。その誠実さに絆され、せめてもの代価として治癒の水薬(ヒールポーション)を一本自腹で渡してしまった。当然職員としては褒められた行いではないのだが……

 

 ――――不正や私情ではないです、よね。

 

 真面目に仕事をこなし、報告は正確かつ誠実に行う。ギルドに戻って来る前には必ず水浴びをして身だしなみを整え、単なるごろつきとは違うのだという姿勢を見せる。

 その慎重な性格と礼儀正しい対応も相まって、彼はギルドの注目新人――――とまではいかないが、他よりも少し気にかけられている新人なのだ。

 同僚が言うように、財布を届けた礼金を渡したのだと思えばいいだろう。

 

 そんな魔法剣士には、金欠だからといって焦って欲しくはないのだが――――

 彼は新人とはいえ冒険者。訊ねられたのならばともかく、職員があれこれ口を出すべきではない。彼がどんな依頼を受けようがそれは彼の自由であり、何があろうとそれは彼自身の責任なのだから。

 しかし出来れば巨大鼠か大黒蟲退治を選ぶか、ゴブリン退治をするにせよベテランと一緒に……

 

 ―――――それこそ、彼と一緒に行ってくれると安心なんですけど。

 

 薄汚れた鉄兜に、革鎧。安っぽくみすぼらしい装いの冒険者。

 その姿を頭に思い受かべ、自分の頬が緩みそうになるのを抑える。そして意識を切り替え、新しくやってきた新人冒険者の方へと向ける。やる事は山積みなのだ、1人にかかりっきりではいけない。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 静かで落ち着いた声と、丁寧な物腰。真面目で堅そうな人だな、というのが女神官から彼への第一印象だった。

 自分同様真新しい白磁の認識票を首からかけており、この人も新人なのだなと一目で判別がついた。

 

「失礼ですが、あなたも新人ですか?」

「あ、はい。今日登録したばかりで……」

 

 だが見た目に取り立てておかしなところもなく、所作は礼儀正しく丁寧なものだ。少なくとも悪い人ではなさそうだな、と思わせる程度には。

 

「そうですか。この後のご予定は?」

「いいえ、特にはまだ……そちらのご予定は?」

「こちらもまだです。文無しになる寸前ですので、多少なりとも稼ぎのいい依頼を受けなければいけないのですが」

 

 託宣(ハンドアウト)に従ったというのに一文無しというのはどうなのでしょうね、と小さく呟く。神に仕える身としてはその言葉は聞き逃せず、思わず反応してしまう。

 

「託宣ですか?」

「ええ。格別信仰している神がいるわけでもないのですが、ある日突然啓示を受けまして。聞いた事もない名前の神だったので、邪神の類かと思ったのですがそうでもないようですので。それに従い先週冒険者になったのですが……」

 

 冒険者になってから受けた託宣は、なんとドブさらいをしろというものだったと言う。それに従い一週間ドブさらいに精を出したそうだが、生活費の方が収入より高くもうすぐ素寒貧になるところだそうだ。

 ひょっとしたら邪神の類に騙されているのではないか?忠告してあげた方がいいのだろうか。

 

「なあ、俺達と一緒に冒険に来てくれないか?」

「ふぇっ?」

「うん?」

 

 そんな考えが浮かんだところで、不意に横から声をかけられた。声をかけてきたのは真新しい装備に身を包んだ若者。自分や今話していた彼と同じく、首から白磁の小板を提げている。つまり自分達同様新人だろう。

 

「君、神官だろ?」

「ええと、はい。そうですけれど」

「そっちの君は剣士か?」

「正式な剣術は学んだわけではないですが、一応。魔術の心得もあるので魔法剣士と言うべきでしょうか」

 

 どちらも半端の未熟者と言った方がいいかもしれません、という彼――――魔法剣士の言葉など聞かず、剣士は「そりゃ凄い!」と興奮した面持ちで声を上げる。

 

「二人とも俺の一党(パーティー)に是非来てくれないか?急ぎの依頼があるんだけど、人手が足りなくて……それにちょうど聖職者を探してたんだ!」

 

 見ると、剣士の向こう側に2人の少女がいた。恐らくは武道家らしき少女と、見るからに魔術師と思わしき少女の2人だ。

 

「急ぎの依頼とは?」

「ゴブリン退治さ!」

 

 それを聞いた瞬間、魔法剣士が微妙に表情を変えた――――ような気がした。どう変わったのか、そもそも本当に変わったのかさえ女神官には分からなかったけれど。

 

 剣士が早口で概要を並べ立てる。近隣の村でゴブリンに連れ去られた娘がいて、それを助ける緊急性のある依頼だと言う。

 一刻も早く助けねば、と気勢を上げる剣士に対し、元々人助けをするために冒険者となった女神官は同意する。いずれにせよ一党を組む必要はあるのだし、これも何かの縁だろうと。

 

 しかし魔法剣士の方は何やら渋る様子を見せた。その理由を補足するかのように、受付嬢が声をかけてくる。もう少しすれば他の冒険者も来ると。

 経験者が1人ぐらいはいた方がいい、と魔法剣士も言う。確かに自分達――――魔法剣士だけは一応ドブさらいをこなしているが――――は冒険の経験が全くなく、先達がいた方がいいのではないだろうかという気持ちになる。

 

「ゴブリンなんて、5人もいれば十分でしょう!」

 

 だがそれを口にするよりも早く、剣士が快活に笑いながら言い切ってしまう。「なあ!」と一党に同意を求めると、言葉にはしないが女武道家と女魔術師は肯定するような表情を見せた。

 その一方で受付嬢は何とも言えない表情を作り、魔法剣士は――――今度はハッキリと分かった――――眉を顰めた。それを見て女神官の中に得体の知れない不安が浮かんだが、攫われた女性が助けを待っているという事実がそれを口に出すことを阻んだ。

 そして結局、女神官も魔法剣士も一党に加わりゴブリン退治へと出発することとなった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 滞りなく洞窟に到着すると、女神官が不安を口にしたものの剣士はそれを一笑に伏した。ゴブリンなど自分1人で追い払った経験もあるのだ。何を不安がる必要があるだろう?

 魔法剣士もそれに同意し、慎重に行こうと言い出す。一応は同意しつつも剣士は特に気にも留めなかった。

 剣士と女武道家が先陣に立ち、剣と呪文を使える魔法剣士がちょうど真ん中。そしてそれに女神官と女魔術師が続くという隊列を組み、一党は洞窟の中へと入って行く。

 幼馴染でもある女武道家と先頭に並び、剣士は松明を片手に洞窟内を進んでいく。魔法剣士が時折後ろが遅れているからペースを落とせと言ってくるが、言われた直後に立ち止まる事は出来てもどうしても先へ先へと進んでしまう。

 

(俺は臆病じゃない)

 

 そこには一本道なのだから敵は前からしか来ないとか、ゴブリンなど雑魚だろうという安心と余裕以外に魔法剣士への淡い反感があった。

 剣術を学んだわけではない、と言っていたがそれは自分も同じこと。そして自分と違い、呪文を二度も使えるという彼。素直に凄いと思う反面、軽い嫉妬を覚えずにはいられない。

 道中の会話で、隣を歩く幼馴染が彼の事を「品がある」と褒めていたのも面白くない。確かに丁寧な物腰と言葉遣いは自分とはまるで違うものだが……

 

(ちょっと慎重すぎるよな。たかがゴブリン退治に)

 

 過剰に不安がる女神官に同調するその様子は、剣士にとっては臆病に感じられた。なら自分は恐れる事なく進んでやろうという思いが、剣士の脚を動かし続ける。

 別に嫌っているというわけではない。少し、ほんの少しだけ面白くないだけだ。

 

 

 

 ある程度進んだところで、入口にもあったトーテムを確認する。少し脚を止めただけで剣士と女武道家はさっさと先へ進んでしまったが、魔法剣士は何か気になるのかそこで立ち止まった。

 

「ちょっと、置いていかれるわよ」

「……嫌な予感がする。《察知(センスリスク)》を使っておこう」

 

 苛立ちを隠さない女魔術師の声に対し、魔法剣士は貴重な呪文をこんなところで使うと言い出した。一本道で何故そんな呪文が必要だと言うのだろうか?

 先程から自分の前で祈りの言葉を繰り返す女神官同様、彼も臆病だという事だろうか。

 

「《フギオー(逃亡)……モルス()……アンテ(以前)》」

 

 そういえば今の受け答えは、先程までのように丁寧な喋り方をしていなかった。表情も心なしか硬くなっている。本当に余裕がないのだろうか?女魔術師の中にほんの僅かではあるが彼を侮る気持ちが生まれた瞬間、魔法剣士がこちらに駆け寄ってきた。

 まさか内心を見透かされたのか、などという考えが女魔術師の頭に浮かんだ瞬間、彼は剣を抜き離しながら大声を張り上げた。

 

「敵だ!後ろから横穴を開けられる!二人とも後ろにもどっ……前からも来るぞ!」

 

 女神官と女魔術師の横を通り過ぎた彼が横の壁に向けて剣を突き出す。それと同時に壁が崩れ落ち、醜悪な怪物が姿を現した。

 魔法剣士の剣先はおぞましい顔をした子供ほどの大きさの小鬼―――ゴブリンの首へと吸い込まれ、喉を穿ち鮮血を溢れさせる。だが後ろから何匹も続いて現れ、それで終わりではないと嫌でも理解させられる。

 

「ひ、ぃっ!?」

 

 引きつった悲鳴が女魔術師の口から漏れ出る。魔法剣士が剣を振るいもう一匹仕留めるが、いかんせん数が多い。一匹がその脇をすり抜け、こちらへと向かってくる。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

 もつれた舌が奇跡的に呪文を正確に紡ぎ、呪文を発動させる。放たれた《火矢(ファイアボルト)》がゴブリンの顔面に直撃し、肉を焼き嫌な臭いを発生させる。

 

―――― 一匹仕留めた!やれる!

 

 女魔術師の中に、自分が敵を仕留めたのだという達成感と高揚感が生まれる。だがそれもほんの束の間。さらに抜けてきたもう一匹が、今度は呪文を紡ぐより早くこちらへと接近してくる。

 

「あ‶……っ!う‶っ……!」

 

 ずぶり、と。見るからに粗雑で錆さえ浮いている短剣が、女魔術師の腹部へと突き刺さった。

 その直後に他のゴブリンを片付けた魔法剣士の剣が、勝ち誇る小鬼の頭に叩き込まれた。だが既に刃は肉を突き破っており、女魔術師はその場に崩れ落ちる。

 

「しっかり……しっかり!」

 

 女神官が駆け寄り身体を揺らす。血を吐き痙攣を繰り返してはいるが、まだ生きている。まだ間に合う、間に合わせてみせる。決意と共に女神官はまだ刺さったままの短剣を引き抜き、血が溢れ出した傷口を塞ごうと奇跡を使おうとする。

 

「待った」

 

 だが魔法剣士がそれを制する。ぜぇはぁと苦しげに息を切らし汗に塗れ、盾や鎧に殴打されたとおぼしき痕がある。切り傷こそないがいくらか負傷しているのは確かだろう。

 

「嫌な臭いがする。下水の臭いに似ている。――――毒かもしれない」

 

 何故止めるのか、と女神官が訊ねるより早く魔法剣士が理由を口にする。そして腰からぶら下げていた小袋から瓶を取り出す。

 そして蓋を開けると、強引に女魔術師の口へと中身を流し込み無理矢理飲ませていく。すると今まで気付かなかったが変色を始めていた顔色が回復し、僅かにだが女魔術師の痙攣が収まる。

 

「これでいい……と、思う。奇跡を」

「は、はいっ! 《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》……!」

 

 《小癒(ヒール)》の奇跡が発動し、淡い光が女魔術師の傷口を包む。その光が消えるのと同時に、傷口は塞がって行き女魔術師の呼吸が安定していく。

 助ける事が出来た、と女神官が安堵の息を吐いた瞬間、ガッという鈍い音が響いてきた。

 

「あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶ぁぁぁ!」

 

 そしてすぐ、聞くに堪えない悲鳴が続く。壁に剣を引っ掛けるという致命的失敗(ファンブル)を犯した剣士が引き倒され、切り刻まれ、叩き潰されていく。

 それを救うべく女武道家が拳を振るい、蹴りを放ち彼に群がる小鬼を屠る。だがあまりにも遅きに逸した。小鬼達が群がっていた場所に残っていたのは、人の原型こそ留めているが二目と見れないような――――

 

「うっ、ぐっ、ぇ……っ!」

 

 彼の近くに松明。それが燃え尽きる前だった事が災いし、ハッキリと見てしまった。堪え切れずその場にうずくまり、胃の中のものを全て戻してしまう。

 そんな女神官の視界の端で、ぜぇはぁと息を切らしていた魔法剣士が小袋に手を突っ込んだ。そして何かを取り出すと右手を前に突き出し、呪文を紡ぎだす。

 

「《アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)》!」

 

 迸った《粘糸(スパイダーウェブ)》が女武道家の蹴りを受け止めた巨大なゴブリンを束縛する。さらにそのゴブリンを中心に展開され、洞窟の天井や床にまで貼り付き通路全体を塞ぐ。

 ゴブリンの動きが止まった隙に女武道家は足を掴んでいた手を振りほどき、今度こそと打撃を繰り出そうとする。だがその背に声が投げかけられる。

 

「止めろ!逃げるぞ!」

「なっ――――」

「数が多すぎる!無理だ!」

 

 女武道家は憎からず思っていた男を殺した怪物たちへの憎悪に駆られてはいたが、その言葉が頭に入らないほど激情に支配されていたわけでもなかった。

 振り返れば女魔術師はぐったりとしたまま魔法剣士に担がれており、その魔法剣士も決して無傷ではなさそうだ。女魔術師の杖を拾って持っている女神官は無傷なようだが、彼女がゴブリンと戦うのは難しいだろう。

 

 仮にあのデカブツを仕留めても、多数のゴブリンとこの面々で戦うのは――――……

 

「……わかった!私が一番後ろから行くから、早く行って!」

「了解した!」

「すみません……!」

 

 女神官の言葉は自分ではなく、ここに1人残されていく男の躯に向けられたものだろう。自分も内心で詫びながら、女武道家は駈け出す。

 人一人を担いでいる魔法剣士の走りは決して早いものでなく、女神官の歩みはさらに遅い。それを追い越さぬよう、気をつけながら女武道家は最後尾で走り続ける。来る時は大した長さに感じなかった通路が、まるで果てがないのではと感じるほど長く思えてくる。

 《粘糸》の効果が切れればすぐにゴブリン達が追いかけてくるだろう。いや、そうでなくともあの横穴からまた湧いてくるかもしれない。もしそうなった場合、自分1人が残って食い止める。その覚悟を決めつつ走っていると、前方に光が見えてくる。あれは入口の光だ。

 

 ――――――――逃げ切れる!

 

 女武道家がそう安堵した瞬間、先頭を走っていた魔法剣士が急に足を止めた。つられて女神官が足を止め、女武道家も追いついたところで停止する。

 もうすぐ出口だというのに何故止まるのか。その理由を問う前に、前方から一党の誰のものでもない声がした。

 

「5人だと聞いていたが、4人無事か。上手くやったものだ」

 

 薄汚れた鉄兜に、革鎧。自分達の方がまだマシな装備をしていると言える、安っぽくみすぼらしい装いの冒険者が松明を掲げながら洞窟の中へと入って来る。

 だが首元で輝いているのは、銀色に輝く認識票。在野最高位とされる第三位、銀等級冒険者の証。

 何者なのか、という魔法剣士の誰何の声に、その男はこう答えた

 

 

 

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)

 

 

 

 




補足:剣士君は別に魔法剣士君を嫌っていたわけではないです。ゴブリン退治を済ませて、一緒に飯でも食って、明日になればわだかまりなく仲間として接していました。

明日さえ来ていれば。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】
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