ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

67 / 75
GW始まったので初投稿です。


魔法剣士・裏 17

 森の中で僅かに草木が途切れ、辛うじて道と言えるもの。そんな道をその二人は歩いていた。

 一人は六尺棒(クォータースタッフ)を担いだ禿頭の僧侶。もう1人は戦斧(バトルアックス)を腰に吊るした髭面の男。

 二人はどちらもこの近くに根城を持つ山賊であり、司法の手に落ちれば3回は縛り首になるだけの悪事を重ねてきた。

 文句なしに無法者(アウトロー)であり、悪党であり、それをなんとも思っていない悪人だった。

 

「しかし、この間の馬車は良い稼ぎだったな」

「おう、まったくだ。あとは女でもいりゃあ完璧だったんだがな」

 

 禿頭の僧侶の呟きに、髭面の山賊は下卑な笑いを上げて同意する。

 積荷は上々の値で捌けたし、馬と馬車そのものも決して悪くない額で売れた。

 御者の持っていた所持金も中々のもので、一度の襲撃としては年に一度あるかないかの稼ぎだった。

 なにより奪うのに苦労がなかったのが良かった。誰も怪我一つないどころか、戦いそのものがなかったのだ。

 

「あの護衛ども、首領見た途端偉い勢いで逃げていったな」

「駆け出しの冒険者なぞあんなものだろう」

「だろうな。いやあ、思い出すと笑えるぜ!」

 

 ひゃっひゃっひゃっ、と高い声で笑いながら山賊はその時の光景を思い返す。

 馬車の周囲にいた護衛達は最初こそ襲撃に対応しようとしていた。

 しかし首領の姿を見るや否や馬車と御者を置き去りにして一目散に逃げて行った。

 無理もない。板金鎧(プレートメイル)鉢型兜(バシネット)の完全武装をした首領は、自分達より数段格上に見えた事だろう。

 そしてそれは紛れもない事実なのだ。なにせ自分達の首領は騙りや強奪した装備を着けているだけの紛い物ではない。

 正規の修行を積み、戦にも出た本物の騎士なのだ。

 その実力もまた本物であり、駆け出しやそれに毛の生えた冒険者ごときでは相手にならない。

 おまけに数でもこちらが勝っていたのだ。泡食って逃げ出すのは当然と言える。

 だが、一目散に逃げていく様子は何度思い返しても笑えてくる。強者に怯え逃げ惑う弱者ほど面白いものはないと彼は思っている。

 子供の頃もそうだったし、成長してからもそうだった。強者である自分に怯え逃げる弱者は無様で滑稽だ。

 いずれ自分を追い出した村の連中をもう一度、今度は村を焼きながら追い回してやる。彼はそう決めていた。

 

「しかし、あの小僧口が上手かったな」

「ああ、あれは驚いた」

 

 僧侶の言葉に山賊は頷く。

 逃げ遅れたのか御者を助けようとしたのかは知らないが、一人残った護衛。まだ年若いその男はやたら口が回った。

 だけでなくひたすら頭を下げ、一切抵抗せず積荷と所持金を差し出すその態度に勢いを殺がれた。

 彼と御者を殺す事でこちらが受ける不利益と、捕まえて奴隷として売り払う場合の手間と儲けの吊り合わなさ。

 それらを低姿勢で説く彼の言葉に首領が ―――― 否、その場にいた大半の仲間が納得してしまい、彼と御者は見逃した。

 それによって峠道で自分達が馬車を襲ったことは通常よりも早く伝わるだろう。

 また、冒険者ギルドも面子を保つために腕利きの冒険者を派遣してくるだろう。

 これらの不利益は一味の参謀たる魔術師が後から指摘してきたが、首領はそれも含めて見逃したそうだ。

 

『派遣されてきた冒険者を仕留めれば、さぞ名が売れるだろう』

 

 首領はそう言っていた。一味の人間も殆どがそれに同意した。山賊もまたそうだ。

 冒険者ギルドがわざわざ派遣してくる様な相手なら、高位の冒険者だろう。

 辺境最強と名高い槍使いと魔女の一党(パーティー)か、辺境最高と言われる重戦士の一党か。

 いずれにせよ自分達の敵ではない。山賊は心の底からそう信じている。

 銀等級の冒険者だろうがなんだろうが、自分達には数がいる。個の強さで言えば首領がいる。

 多少の損害は被るだろうが、まず間違いなく勝てるはずだ。

 山賊はそう信じて疑わない。そして当然、自分がその「損害」の中に入ることなど考えもしない。

 自分だけは大丈夫だと、山賊は信じて疑わない。何故ならこれまでもそうだったのだから。

 根拠のない自信だが、もしそれを指摘されたら山賊は堂々とこう答えていただろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 それは身勝手と言えば身勝手ではあるが、万人に共通の思いと言えなくもなかった。

 

 ある日突然ゴブリンの群れに村が襲われ、目の前で家族を殺されるなどと考える少年がいるだろうか?

 ある日偶然自分がいない間に故郷が滅び、家族も幼馴染もいなくなると想像する少女がいるだろうか?

 

 そんな事を「起きるかもしれない」と考える人間はまずいないだろう。

 昨日と変わらず今日が過ぎて、今日と変わらず明日が来る。誰もがそう思っているものだ。

 常に命の危険に晒されている兵士や傭兵、それに冒険者といった人種ですら心の何処かでそう思っている。

 だから彼のそれは慢心ではあるが、咎められるほどのものではなかった。

 誰かが咎める権利を持つものではなかった。

 

「ところで坊さん、この辺りからじゃねえか?」

「うむ」

 

 山賊にはまるで理解できないが、これからやるのは奇跡に必要な儀式の一種であるらしい。

 首領と僧侶が言うには結界を張っているらしいが、山賊には効果のほどがよく分からない。

 おまけに半日ごとに張り直す必要がある上に、僧侶が奇跡を使う時無防備になるため護衛がついて行かなければならない。

 一々それに付き合わされるのは本当に面倒だと思う。思いはするが、文句はなかった。

 これをやるだけで見張りの数が少なくて済むのだから、文句を言ってはいけないぐらいのことは山賊にも分かる。

 それにここ最近この辺りをうろついているあの小汚い連中の事を思えば、結界とやらが必要なのも分かった。

 ただ本当に面倒なのだ。これなら峠道を見張っている連中に加わる方がまだマシだ。

 あちらは退屈なだけで、面倒はない。こっそり酒を持ち込むことだってできる。

 どう考えても向こうの方がいい。なんで自分だけ苦労しなくちゃならないんだ、と山賊は思う。

 勿論見張りに行けば「こちらの方がすぐに終わるのだから楽だ」と不平不満を漏らすのだが、そんなことは棚に上げて彼は内心愚痴を吐き続ける。

 

「お?もう戻って来たのか?」

 

 そんな風に見張りのことを考えていたからだろう。

 ガサリ、と茂みが音を立てても彼は何の警戒もしなかった。

 まだ交代の時間には少し早い ―――― というよりも、交代の人員が行くまでは見張り続ける決まりではある。

 だがそれを守らず、時間より少し早く戻ってくることはままある。

 無論決まりを守らないのだから首領から小言は言われるがそれだけで済む。それも常に、ではなくたまにだ。

 だから今回もそうなのだろう。今までもそうだったのだから。

 そう思い彼は特に警戒せず、軽く音の方向へと近寄っていき ――――

 

「ああ、戻って来たぜ」

「あひゅっ?」

「お前らの仲間じゃないけど、な」

 

 ―――― 間の抜けた声を上げた。

 首筋に冷たい何かが走った。そこが突然熱くなり始めた。上手く声が出せない。

 脚から力が抜ける。辺りが急に夜になっていく。地面がせり上がってくる。

 木の陰に隠れていた誰かに、背後から曲刀(サーベル)で首を掻き切られたのだと気付く間もなく。

 そのせいで声が出ず、致命傷を負って自分が死に向かっているのだと理解する事もなく。

 山賊はその場に斃れ伏し、二度と起き上がることはなかった。

 

 

―――――

 

 

「これは、聖水……で、合っていると思うか?」

「たぶんそうよ。私も詳しくないから断言は出来ないけど」

 

 僧侶の持っていた荷物を漁り、飲み水とは明らかに一線を画す封のされた瓶を見つけた魔法剣士は女魔術師に問う。

 水の持ち主には女武道家の蹴りで首の骨を折られたために問う事は出来ないが、持ち物と身なりで僧侶だと判別できた。

 戦斧を持っていた髭面の男は、恐らくは単なる戦士 ―――― ()()()()()のだろう。

 双剣斥候によって首を掻き切られたため、こちらももう本人に問いただす事は出来はしないが。

 ――― この方面に全員疎いのは問題だな。

 この一党の仲間は、自分を含め誰一人神官としての技能も知識も持ち合わせていない。

 技能は知恵と工夫で補えない事もないが、知識がないのは些か不便だ。

 引き続き仲間を探す必要がある。あるいは知識だけでも学ぶか。

 どちらかする必要があるな、と心に留めつつ魔法剣士は聖水を割れないよう注意しつつ荷袋の中に押し込む。

 武器の類はこれから戦闘が控えていることを考えると奪っても邪魔になる。だがこれなら問題ない。

 嵩張らず誰が使っても一応の効果はあるものなのだから、持って行かない理由はない。

 あって損はないし、水というだけでも使い道は色々ある。なら奪わない道理はない。

 魔法剣士からすれば当然すぎる行為なのだが、仲間にとってはそうではなかったらしい。

 女魔術師は呆れたように溜息をつき、軽く頭を振った。

 女武道家は「仕方ないなあ」と言わんばかりに苦笑いを見せた。

 麗人剣士は興味深そうに魔法剣士を凝視し、何やら一人頷いた。

 双剣斥候は心底驚いたように口をポカンと開き、少し首を傾げた。

 その反応を受けた当人はと言えば、特に気にすることもなく荷袋の口を検めた。

 自分がこうする時、一緒にやって来た二人がこういう反応をするのはいつもの事だ。

 そういう反応をする人数が倍に増えたからといって、なにほどの事があろうか。

 別に悪事を犯しているというわけでもないのだし、気にする理由はないだろう。

 

 そんな風に考え続ける時点で、仲間の視線を気にしているのだと彼は気付かなかった。

 もっとも、気付いたとしても改める気はなかっただろうが。

 

 

―――――

 

 

 もしも全てを見通す眼があったなら。世界を俯瞰で見れたなら。神々の如き視点を持っていたならば。

 あるいはコロコロと転がる骰子の音を聞き、その出目を知っていたならば。

 一党の頭目(リーダー)たる魔法剣士は、仲間と共に撤退を決意していただろう。

 山賊の首領たる盗賊騎士は、手下を率いて迎え撃つ準備をしていただろう。

 それは前者にとって想定外に過ぎ、後者は備えていたのだから。

 では「それ」を率いる存在が見ていたならどうだったか。

 答えは決まっている。「何も変わらない」だ。

 彼は ―――― ()()は、いつだって自分は上手くやれると思っているのだから。

 

「GAARURU!」

「GROBUBU!」

 

 自分達を阻む結界が消えたことに、彼らはまるで自分達が消したとでも言わんばかりに気勢を上げる。

 その集団 ―――― 放浪部族(トライブ)の長は、何故自分達を阻んでいた結界が消えたのかなど考えはしない。

 どうせ奴らは間抜けだから張り忘れたのだろう。そのぐらいにしか思わない。

 そして自分は賢いからその張り忘れを見逃さない。そうとしか考えない。

 自分は賢い、だ。決して自分達は、ではない。何故なら長で、一番賢く一番優れているからだ。

 一番優れているから一番偉く、一番苦労しているのだ。

 自分が率いている同族は全員どいつもこいつも馬鹿だ。

 自分が教えてやらなければ狼にも乗れない。自分以外に呪文を使えるようなやつもいない。

 同族以外も全員馬鹿だ。賢いのは自分だけだ。

 だからあの立派な鎧を着て、変な曲がった剣を持っていたやつにあの装備は相応しくない。

 真っ赤な杖を持っていた男もだ。あんな立派な杖は自分が持つべきだ。

 それにあいつらは手下を殺した。あんな連中死んだところでどうでもいいが、同族を殺すなんて酷い仕打ちだ。

 酷い事をされたのだから、自分達はあいつらを殺していいのだ。

 なんとも身勝手で自分本位な考え方だが、彼らはそれを当然の事だと思っていた。

 自分達は常に被害者で、自分こそが最も優れていて、自分以外は全員馬鹿。

 彼らは一匹の例外もなく、それを唯一絶対の真理であると心の底から信じている。

 それ故に彼らは ―――― ゴブリンという種族なのだから。

 

 

―――――

 

 

 波打つ刃を持つ炎紋剣(フランベルジュ)を横薙ぎに振るい、巨体を持つ田舎者(ホブ)の首を刎ね飛ばす。

 その間隙を縫って別の小鬼が短剣を突き刺さんと飛びかかってくるが、厚みのある鎧で覆われた胴で受ける。

 職人の確かな腕で鍛えられた板金鎧(プレートメイル)が錆刃など通すはずもない。

 逆に突き立てられた刃が刀身にかかる力に耐えかね、折れて飛ぶ。

 貫く ―――― 貫けるはずだと信じて疑わなかったゴブリンはその結果に戸惑い、動きを止める。止めてしまう。

 その瞬間頑丈な籠手に覆われた腕が唸りを上げて彼の顔面に叩き込まれ、歯と骨を打ち砕いた。

 

「ゴブリン風情が!」

 

 怒りを露わにしながら甲冑を着た男 ――――― 盗賊騎士(ローバーナイト)は吼え、再び炎紋剣を振るう。

 小鬼の首が、腕が、刃の当たった部位が次々斬り飛ばされる。当然だ。

 魔力こそ籠っていないが鉱人(ドワーフ)の職人が鍛えた剣を、騎士の肩書に相応しい腕前の持ち主が振るう。

 これで小鬼を斬り伏せられないはずがない。

 ゴブリンは最弱の魔物なのだ。これは揺るがぬ事実であり、誰もが知っていることだ。

 しかし、何匹斬れるかはまた別の問題となる。

 

「うげっ、がっ、ああぁぁぁあ!」

 

 間抜けな部下が小鬼の刃を脚に受け、動きが鈍ったところを数匹かかりで引き倒される。

 そしてそのまま棍棒やら短剣やらで滅多刺し、滅多打ちにされ襤褸屑のようになって死ぬ。

 よくある光景だ。戦場でも腐るほど見てきた。

 だから今更恐れなどしないし、使い捨ての部下に同情などしない。当然一々ゴブリンに対して怒りを抱いたりしない。

 盗賊騎士が怒りを抱いていたのは、この状況に至るまでの全てだった。

 自分は代々騎士の家系だ。基本的に一代限りの騎士にあって、それが出来るのは優秀な人材を輩出し続けている証だ。

 自分も当然優秀であり、戦場で結果を出した有能な人間でもある。それは己惚れでも何でもない。事実だ。

 だというのに周囲は自分の価値を見誤っていた。正当な評価を下さなかった。

 だから、自分を正しく評価出来る人間に仕える事にした。

 それはあの冒険者崩れの無能な王ではなく、真に王たるに相応しい ―――― と、思い込んでいる馬鹿な貴族だった。

 もっとも馬鹿ではあるが、自分を正しく評価するだけあの王よりはマシなのは確かだろう。

 少なくとも彼はそう信じている。否、彼にとってそれこそが絶対な価値観なのだ。

 それ故たとえその人間が混沌と組んでいたとしても、今の王よりはマシなのだ。彼を正しく評価出来るのだから。

 そう思っていた。そう信じていた。それが正しいはずだった。

 しかし現実として自分に言い渡されたのは、金と武力を使って人を集め賊徒として働くことだった。

 ―――― 違う!私に相応しい事ではない!

 声を大にしてそう叫びたかった。自分に相応しいのは、もっと大きなことのはずだ。

 軍を率い、将として振る舞う。自分はその器であり、能力もある。

 であるのに任されたのは賊の首領という立場。それも目的は囮だという。

 それだけでも腹立たしいが、貴族とそれに繋がっている混沌の勢力は水の都で何やら画策しているらしい。

 その内容さえ聞かされぬのも彼には腹立たしい。自分に相応しい扱いを受けていない。

 これではまるで自分が()()()のようではないか!

 そちらに人的資源(リソース)を割かせぬための囮。それはすなわち捨て駒であり、彼の考えている通りなのだがそれを認めることは彼には出来なかった。

 彼は確かに頭が良かった。腕も立った。人を取り纏める能力にも長けていた。

 だが彼はそれを必要以上に誇り、実態以上に高く見積もっていた。

 つまり彼は駒として優秀でも、指し手になれる人間ではなかった。

 優秀な駒ではあるが、替えの効かない駒でも万能な駒でもなかった。

 しかし彼は自分が指し手(プレイヤー)に相応しく、駒にするとしても最高の駒の一つだと思い込んでしまっていた。

 実態と認識の隔絶。それ故に今までの評価があり、今現在の扱いがある。

 だが、彼はそれに気付けない。気付こうともしない。だから怒るしかなかった。

 もっとも、今ここで気付いたとしても何の意味もなかったろうが。

 近くに居る手下の数もゴブリンの数もだいぶ減り、彼の怒りも体力に比例してだいぶ減衰したところでそれは起きた。

 

「……雨だと」

「……いや、違う!首領、これは ―――― 」

 

 不意に振り出した ―――― 自分の周囲にだけ振り出した雨を盗賊騎士は訝しむ。

 自分のすぐ近くに控えていた魔術師が同じく雨に濡れながら何かを叫ぼうとする。だが、その言葉は途中でかき消された。

 

「《グラキエス()……テンペスタス()……オリエンス(発生)!》」

「―――― ッ!?」

「GOBUBU!?」

 

 突如として風が吹き荒れる。否、風ではない。雪を交えたそれは吹雪だ。

 急速に気温が下がり、体温を奪う。だけでなく、雨で濡れた個所を凍らせていく。

 甲冑が凍りつき、隙間から浸み込んでいた水分もまた凍っていく。

 その氷は盗賊騎士から体温を一気に奪って行くが、バイサーから入り込み顔についた雨粒は特に凶悪極まりない効果を発揮し出した。

 

「眼が、眼がぁ!」

 

 眼に水を入れまいと左目を瞑ったが最後。盗賊騎士の瞼は凍りつき、左半分の視界が閉ざされる。

 寒さに耐えかね思わず膝をつく。魔術師になんとかしろ、と言おうとしてそちらを見れば彼は既に地面に突っ伏し動かなくなっていた。

 先程の雨よりも広い範囲で吹き荒れる吹雪は程なく止んだものの、周囲にいた手下やゴブリン達も巻き込んで甚大な被害をもたらしていた。

 雪に塗れ明らかに動きが鈍り、息も絶え絶えとなった手下達。

 体温どころか命さえ奪われ、斃れ伏すゴブリン達。

 その両方 ―――― 盗賊騎士も含めた全てを嘲り笑う、吹雪に巻き込まれなかったゴブリン達。

 腸が煮えくりかえるほどに腹立たしいが、怒りという感情の炎では現実の氷は溶かせない。

 体温を奪われ、鎧のあちこちが凍りついたことで大きく動きを阻害される。

 それでもなお盗賊騎士は辛うじて足を踏ん張り、その場に立ち続ける。しかし ――――

 

「やあやあ悪党に怪物ども、そこまでだ!冒険者、推参!」

 

 よく通る、この場に相応しくない爽やかな声。それが大音上で響き渡る。

 盗賊騎士は ―――― 否。その場にいた全員が、ゴブリンさえもが。声の出所へ視線を向ける。

 名乗りとしては微妙だが、挑発(プロボック)としては完璧だ。

 視線の先では胴鎧(ブリガンダイン)に身を包んだ見目の良い中性的な容姿の男が、片手半剣(バスタードソード)を担いで盗賊騎士目掛け一目散に駆けてきていた。

 自分を守る周囲の手下は動けず、その手下と切り結んでいたゴブリンは軒並み地に伏している。

 森人(エルフ)の矢もかくや、という勢いで突撃してくる男と自分を遮るものは何もない。

 しかし盗賊騎士は慌てることなく男に向き直り、迎え撃たんと剣を構える。

 自分を討伐するためにやって来た冒険者の様だが、あの馬鹿げた名乗りからして熟練(ベテラン)ではないだろう。

 見た目もまだ若く、動きこそ悪くないが精々中堅どころのはず。

 であるならば自分が負ける通りはない。呪文で動きが鈍ったとしても、だ。

 返り討ちにしてやらんと意気込む盗賊騎士だが、彼は ―――― 彼の人生そのものがそうだったように、大きな見落としをしていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それに彼が気付いたのは、流石に本物の騎士と言えた。

 ごく僅かな懸念と、大地を蹴る音。そして数多の経験。

 それらが彼に目の前の冒険者とは逆方向から近付く存在を知らせた。

 しかし、気付くのが遅かった。いや、普段通りならば遅くはなかったのだ。

 ただ今の彼は到底普段通りとは言えない状態であった。そしてその状態では遅すぎた。

 

「―――― シィッ!」

「ごあっ!?」

 

 身体をずらしたために致命的(クリティカル)な一撃とはならなかったが、充分な威力を持った蹴りが右脚に突き刺さる。

 もし避けようとしていなかったら膝裏に直撃し、姿勢を崩されその場に転げていただろう。

 だがそれでもその衝撃は鎧の硬さで凌ぎきれぬほどの威力があり、蹴りを喰らった脚の動きを鈍らせる。

 のみならず、強い衝撃を受けたのだから当然体は崩れる。

 

「せぇい!」

「ぬ、おっ!」

 

 走って来た勢いそのままに、首を狙って振り下ろされる刃を刀身で滑らせ受け流す。

 いや、受け流そうと()()。受け流せるはずだったのだ。普段通りであれば。

 身体は鍛練によって染み付いた動きを行おうとするが、冷え切った身体は緩慢にしか動かない。

 その緩やかな動きを、あちこちの関節部が凍りついた甲冑がさらに阻害する。

 さらにそこへ姿勢の崩れが加われば ――――

 

「ごばぁっ……!」

 

 ―――― いかに力量(レベル)技量(スキル)に差があれど、受け流せはしない。

 首筋を斬られ、血が噴き出る。しかしまだ致命傷ではない。それ故盗賊騎士は戦い続ける。

 この状況になってもなお、彼は信じていた。

 この状況は自分に相応しい場ではないと。だからこんなところで死ぬはずがないと。

 自分に相応しい相手が来たならばまだしも、こんな連中にやられるはずがないのだと。

 

 実情を正しく認識出来ず、自らを過大評価して時に現実を無視する。

 それこそが能力はあれども彼が評価されない理由であり、捨て駒として扱われる理由だった。

 そしてそれに気付けぬまま、己を歴史に名が残る人物だと思い続けた彼は ―――――

 騎士として物語に名を残す事もなく。

 将軍として歴史に名を残す事もなく。

 ただ山賊の首領として彼らの冒険記録に名を残すことになった。

 

 それ以外には、彼の名前は誰かの記憶にすら残ることはなかった。

 

 

―――――

 

 

 疲労困憊。

 荷馬車に揺られ帰路の途上にある魔法剣士一党の様子はこの一言に尽きた。

 乱戦の真っ只中に突撃した女武道家と麗人剣士は言うまでもなく全身に傷を負い。

 小鬼に囲まれ女魔術師を守りながら戦った魔法剣士と双剣斥候もまたあちこちを負傷し。

 彼らに守られていたとは言えど、やはり女魔術師も無傷で済みはしなかった。

 しかし馬車の中の雰囲気は決して暗くない。むしろ明るいと言ってしまっていいだろう。

 それは誰も重傷を負う事がなかったという喜び。

 首尾よく山賊とその首領を討ち果たし依頼を達成できたという達成感。

 小鬼の放浪部族(トライブ)の襲撃という偶発的遭遇(ランダムエンカウント)を乗り切った安堵。

 そして疲れていてもなお普段と変わらぬ態度の麗人剣士と、それに乗っかり空気を淀ませまいとする双剣斥候の配慮。

 それら全てが混ぜ合わされ、馬車の中は穏やかで暖かな空気に満ちていた。

 一人を除いては、だが。

 

「……」

 

 彼 ―――― 魔法剣士は時折会話に相槌を打ち、訊ねられれば返事こそするものの馬車に乗ってからずっと考え込んでいた。

 兜を外し露わになった表情は普段通りに落ち着いたものだが、眉間に寄せられた皺が彼の内心を物語っていた。

 考えるのはつい先程の廃村における戦闘。その内容。その時の自分の動きと指示の拙さ。

 ゴブリンの襲撃。これはいい。予測不能な偶発的遭遇であり、予見は出来ずとも対処は出来た。

 廃屋を背にして防御を固めて凌いだのはあの時の判断としては最善だったろう。

 少なくともその場で即それが出来たのだから、問題はない。

 賊の首領に対し女魔術師と双剣斥候の呪文をぶつけた。これもいい。

 《雨乞(コールレイン)》と《吹雪(ブリザード)》によって敵の数を減らし、首領に痛痒(ダメージ)を与えた。呪文を二回使用するだけの価値はあった。

 双剣斥候の呪文を一回残したのは戦闘後の事を考えてのことで、《雨乞》を二度使わせていたらその間に何らかの対処をされた可能性もゼロではない。

 だからそこまでは間違っていない。

 問題は、自分が明確に間違えたのはその後だ。

 ―――― 何故乱戦に飛び込んだ。

 賊の首領を確実に仕留めるべく突撃する。その時はそれが最善であると思った。

 その場に残ったゴブリンの数は10いるかいないかで、上位種は既に死んでいた。

 《吹雪》で撒き込めなかった賊も二人ほどであり、小鬼と協力どころか敵対しているのだから突っ込んでも問題はないと思った。

 その結果乱戦の中に全員で飛び込み、無駄に窮地に陥った ――――

 否。窮地に陥れたのだ、自分が。誤った判断をしたせいで。

 乱戦の中では広範囲の魔術は使えない。これによって《吹雪》で数を減らすという選択肢が取れなくなってしまった。

 さらに麗人剣士と女武道家を先行させたことで一党を自ら分断させてしまい、危うく各個撃破されるところだった。

 そして女魔術師も乱戦に巻き込んでしまったことで、彼女を危険に晒し守りながら戦うという厳しい状況を作った。

 全てにおいて悪手を打った。およそ信じられない馬鹿だ。

 乱戦における立ち回りの難しさは小鬼王(ゴブリンロード)との戦で学んだはずだったではないか。

 一党を分断されるということの恐ろしさは沼竜(アリゲイタ)の時に体験したではないか。

 何も活かせていない。何もやれていない。何もかもが足りていない。

 生き残ったのはたまたまだ。たまたま神々の振った骰子(サイコロ)が良い目を出したからだ。

 足りない頭でももう少し使っていたならば、もっと上手くやれたはずだ。

 何故こんな馬鹿をやったのか。その理由は分かっている。

 自分は、()()()()()()()()

 敵の首領が立ち居振る舞いから本物の騎士である、と麗人剣士が断じ。

 双剣斥候が見た時よりも賊の人数が増えていて。

 小鬼の放浪部族による襲撃が起きた時、自分は間違いなく恐怖した。

 勝てないのではないかと。ここで死ぬのではないかと。仲間を死なせてしまうのではないかと。

 その恐怖から少しでも早く解放されたかった。だから焦り、一刻も早く戦いを終わらせるべくあんな指示を出した。

 最低でも賊の首領を倒せばいい。その最低条件を勝手に「そうすれば終わり」だと頭の中で書き換えた。

 そしてそれが達成できそうになると飛び付いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 救いようのない馬鹿だ。自分がつくづく嫌になる。

 これまで多少上手く出来ていた……いや、たまたま上手く行っていたからと調子に乗りすぎたのだ。

 そもそも自分は一党の頭目など務まる人間では ――――

 

「……えいっ」

 

 そこまで考えた瞬間、魔法剣士は両頬を同時に叩かれた。

 いや、叩かれたのではない。両手でもって顔を挟みこまれたのだ。

 気付かないうちに下がっていた視線が強制的に上に向けられる。そこには真剣な顔をした女魔術師の顔があった。

 

「貴方、いらないことまで考えてるでしょう。流石に表情で分かるわよ」

「……」

「いい?私達は生き残ってる。私達は目的を達成した。私達は成功したのよ」

「……だが」

「『だが』も『しかし』もないわよ!上手くいったらそれが正解!上手く行かなかったらどれだけ考えても不正解!」

 

 その通りではある。しかし、それでも魔法剣士は考えてしまう。

 自分は一党の頭目であり、自分の判断で仲間の生死が決まる。そうであるなら失敗などしてはいけないのだと。

 

「そうね。だから今回は何も失敗はしてない。大丈夫」

 

 また沈みかけた魔法剣士の精神を無理矢理引き上げるように、女武道家が力強く頷きながらハッキリ明言する。

 そして女魔術師から引き継いで魔法剣士の頬を両手で挟むと、真っ直ぐ眼を見据えながら告げてくる。

 

「それともあなたは常に上手くやれて、一回失敗したら二度と同じ失敗はしないのかな?」

「……いや」

 

 彼女の言葉で魔法剣士は自分が二重三重の思い上がりをしていたことに気付く。

 そうだ。自分は常に上手くやれるどころか、上手くやれる方が少ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何度も何度も失敗を繰り返し、ようやく前に進める。そんな凡人だ。

 前に一度失敗したから二度と失敗しない。そう思うのは大事だ。

 だが実際にそれが出来ると、自分は二度と失敗しないなどと。何故そんな風に思っていたのか。

 

「俺はそれほどできる人間では、ない」

「じゃあそれでいいじゃない」

「……そうだな」

 

 その通りだ。反省は必要だ。何故失敗したのかの分析をして、次に活かそうとするのは大事だ。

 だが女魔術師の言う通り、自己嫌悪はいらないのだ。余計なのだ。

 女武道家の言う通り、同じような失敗をしたことを過剰に恥じるのは思い上がりなのだ。

 意味もなければ価値のないことだ。そのくせそちらに比重が傾いて、やるべきことをやろうとしていなかった。

 自分は馬鹿未満に成り下がるところだった。

 

「すまない、ありがとう」

「いいわよ、別に。私も色々失敗したし」

「あたしも。反省する部分多かったから」

 

 二人に向けて頭を下げると、女魔術師は少し気まずそうに視線を逸らし女武道家は頬を掻いて少し困ったような笑みを見せた。

 魔法剣士からすれば二人の行動に失敗も問題もなかったように見えたが、彼女達の中ではそうでないのだろう。

 しかし自分とは違い、益体もない自己嫌悪に陥らず反省するに留めたのだろう。

 

「えいっ!」

 

 二人をちょっと羨ましく思っていると、不意に麗人剣士が手で頬を挟んできた。

 何事か、と思い呆気に取られていると、彼女はうんうん頷き手を放した。

 

「……なにか?」

「特に意味はないよ!二人がやっていたのでやってみただけさ!」

「遊びを真似する子供かよ」

 

 堂々と言い切る麗人剣士に対し、双剣斥候が呆れながら突っ込む。だが彼女は気にする様子も見せない。

 

「何事も結果上手く行ったらそれでいいのさ!」

「お前はもうちょっと考えような?」

 

 胸を張って宣言する麗人剣士。それに突っ込みを入れる双剣斥候。

 女魔術師も双剣斥候に同調し出し、女武道家は麗人剣士をフォローしようとする。だが当の本人はまるで意に介さない。

 麗人剣士は単に素だろうが、双剣斥候は彼女に乗ることで空気を悪くしまいとしているのだろう。

 場の空気を読むことなく行動出来る強さを持つ彼女と、逆に空気を読んで立ち回れる器用な彼。

 どちらも自分にはないものを持っていて、それを活用している。

 女魔術師もそうだ。女武道家もそうだ。自分の持っているものを使って、全力を尽くしている。

  ―――― 自分もそうならなくてはいけないな。

 ないものを使おうとするのではなく、出来ないことをしようとするのではなく。

 出来ることを全力でやって、何が出来るかを常に見直しておく。

 そうすれば多少はマシになるだろう。それが出来る事なのだろう。

 とりあえずは無駄に落ち込むのをやめて、前を見るとしよう。

 

 少なくとも魔法剣士がそう思える程度には。彼が二度と沈む事が無い程度には。

 その馬車の中は、暖かく明るい空気に満ちていた。

 

 

 

 




Q.魔法剣士君へのミスへの各人のスタンスは?
A.女魔術師→ミスに気付かなかったし自分が何かしらアドバイスすべきだった。
      なので彼は悪くない。

 女武道家→彼の方針に乗っかったのは自分だから悪いというなら自分。
      そもそも彼任せで考えることを疎かにしていたからより悪い。

 双剣斥候→突撃は止めた方がいいとは思ったが口に出さなかったので意味がない。
      結果的に上手く行ったのだからむしろ正解。

 麗人剣士→全員無事で勝ったからとにかくヨシ!
      全員頑張ったから自分を含む全員ヨシ!

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。