ゴブリンスレイヤー 実況プレイ   作:猩猩

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妖精騎士ガウェインが好みだったので初投稿です。
乳とタッパがでかくてフィジカル強い女はいいぞ、ジョージィ。


魔法剣士・裏 20

 盾役(タンク)一番、斥候(スカウト)二番。探索における鉄板だ。

 苦い経験から後ろからも敵が来るかも、ではなく敵が来るものと想定し、後衛は後列に配置せず中央へ。

 そして必然的に余った自分ともう一人が後列へ。

 後方から襲われた場合はこちらが前衛となるが、二人とも前衛職だ。

 特にもう一人 ―――― 女武道家は純前衛であるため一向に問題はない。

 要するにこれまで五人の時にも組んでいた隊列の中央部、女魔術師が一人でいたそこに女神官を加えただけの隊列。

 それが思ったより嵌まっていることに、地下墳墓(カタコンベ)へと侵入してすぐ魔法剣士は気付いた。

 

「あっ、足元気をつけてください」

「……っ、気付かなかったわ。ありがとう」

「いえ、どういたしまして」

 

 細かい事によく気がつく彼女は、女魔術師とその周辺の様子にも気を配ってくれる。

 地図製作(マッピング)を請け負っている彼女はそちらに気を取られ、足元のちょっとした小石などを見落とす事があった。

 前を進む麗人剣士と双剣斥候は「躓くはずがない」としてその程度は無視してしまう。

 実際普段の女魔術師なら、と言うよりも普通に歩く分にはまず誰も躓かないようなものだ。

 しかし地図……これから地図となる羊皮紙に視線を落としている女魔術師は気付かず、後衛にいる魔法剣士と女武道家ではそこまで見えない。

 もし五人だったら歩くペースを落とすか、前衛二人に一々それらを排除してもらうかしかなかっただろう。

 だが六人目がいることで、六人目が女神官だったことで。その必要は全く無くなっていた。

 気配りが細やかで人を気遣う性格の彼女が女魔術師と並ぶことで、適宜必要な声かけをしてくれる。

 さらには前後の距離も ―――― これは前列も後列も気をつけてはいるが ―――― しばしば確認し、離れすぎずさりとて近すぎぬよう注意を払っている。

 奇跡を使えるだとか技能があるだとかの能力ではない。

 ともすれば「ヨシ」などと言ってしまいそうな事柄一つ一つに対し、怠ることなく注意を払える彼女の人間性こそが冒険者としての強みなのだろうと魔法剣士は思う。

 そしてそれを自分自身のみならず他者の為に行える彼女が、頼もしくないなどと口が裂けても言えるはずがない。

 彼女の様な人間は目に見える能力とは別の所で一党(パーティー)を支え、力となってくれるのだ。

 頭目という立場になるとそれが痛いほど分かる。

 彼女がいるから自分は怠っていいわけではないが、彼女がいるから負担が小さくなっているのは動かし難い事実だ。

 これは決して他の仲間がそういう点において無思慮である、と言っているわけではない。

 一党の仲間は皆この一党を、ひいては頭目(リーダー)である自分を支えてくれている。

 支えがなければ自分などとてもではないが頭目など務まらない。

 ただ各々支えとなる分野が違い、女神官が支えてくれているのがそこであるというだけだ。

 それぞれ違う技能を、能力を、美徳を持っている。それだけのことだ。

 

「おっ、扉が見えて来たぜ」

「んん? ……あっ、本当だ!よく見えたね!」

「夜目利くんだよ、俺」

 

 数歩進むと双剣斥候の言った通り、通路の先に古びた木の扉が見えてきた。

 松明の灯りが届かぬうちに見つけたということは、本当に彼は夜目が利くのだろう。

 彼は半森人でなく半圃人という話だったので、それは訓練なりなんなりの成果ということなのだろう。

 訓練次第で出来るようになる、というのはどこぞの「変なの」が言っていたではないか。

 なんにせよ、夜目が利く斥候というのはなんとも頼もしいものだ。

 

「罠は……なし。鍵はあるけど一応程度だな。外していいか?」

「頼む」

「よし来た」

 

 双剣斥候はすぐさま解錠道具(ツール)を取り出し、鍵穴に差し込む。

 この手の作業(ピッキング)は双剣斥候にとっては手慣れたものだ。おまけに鍵の構造(シリンダー)は単純で、一応かかればいいという程度のもの。

 もっとも単純な機構ほど故障し難く長持ちしやすいので、一概に悪いとも言い切れないのだが。

 複雑な作りの物は確かに解錠し辛く鍵がなければ殆ど不可能な物さえあるが、それらは下手すると塵や埃が入っただけで故障してしまう。

 対してこのぐらい単純であれば多少内部に何かが入ったところでそう壊れはしない。

 鍵や鍵穴が錆びついても、よほどの状態でなければ開くだろう。

 しかしその代償として心得のある者なら道具があれば、それも専門的なものではなく曲げることが出来る針金が何本かあれば開けるほどに鍵としては頼りない。

 

「っし、開いたぜ」

 

 正しくこのように、だ。

 

「どんな風に開けてるんですか?」

「この手の鍵穴だとこう、中でピンが幾つも並んでんだよ。鍵の形に合わせてピンを持ち上げれば鍵を回せるようになるから、中に道具差し込んで持ち上げるわけ。後は当たりの形になるまで試すんだよ」

 

 女神官の疑問に答えつつ、双剣斥候は前列から退く。

 玄室への突入に備え、前列には前衛たる麗人剣士と女武道家が。

 後列には後衛であり呪文遣いである女魔術師と女神官が。

 そして中央には前衛も後衛もこなせる魔法剣士と双剣斥候が並び、即座に戦闘隊形へと移行できる隊列を取る。

 

「準備はいいな?」

「いつでも!」

 

 魔法剣士のその言葉に真っ先に反応したのは麗人剣士だ。

 彼女は不敵に笑い、獲物と松明をそれぞれの手に持って臨戦態勢を取っている。

 その横で女武道家は軽く笑みを浮かべ黙って頷いて見せ、拳鍔の握りを確認している。

 魔法剣士の横にいる双剣斥候は気負う様子もなく「問題ねえよ」と言い、腰に収めていたもう一本の曲刀を引き抜いていた。

 

「私もこの子も大丈夫よ」

「はい、準備できました!」

 

 描きかけの地図を腰につけた小袋へと収め、先程までとは逆に女神官を気遣ってか自信に満ちた笑みをこちらと彼女に向けながら女魔術師がそう言い切る。

 女神官もまた大きく頷き、錫杖をギュッと握り締めている。緊張した様子が見えるのは彼女の繊細さの為だろう。

 そうして皆の反応を見ながら、魔法剣士は自分も盾と剣の握りを確認する。

 手に馴染んだそれは些かの違和感もない。今朝確認した時と同じで、不備は見られない。

 全員の準備が整ったことを確認すると、麗人剣士へ顔を向けて頷く。

 既にこの一党において絶対的な先陣と化した彼女は扉へと近付き ――――

 

 惚れ惚れするような一撃で扉を蹴破った(キックオープン)

 

 そして一瞬の間を置いて、まずは女武道家が。そして僅かに遅れて麗人剣士が中へと入る。

 それに引き続き魔法剣士と双剣斥候が入り、先の二人と共に部屋の入り口で半円陣を組む。

 そうして確保した安全圏へと後列二人が飛び込み、全員が室内に入ると同時に陣形を完成させる。

 部屋に何かがいると想定した動きであり陣形だ。

 しかし部屋の内部からは何の反応もなく、何かが動く様子もない。

 全員が油断なく視線を部屋の四方、加えて上下を見渡す。

 そして今自分達が入って来た通路にも目を向けるが、自分達以外の存在は確認出来ない。

 何かが隠れることが出来る物影などもなく、この部屋に何者も潜んではいない。

 そう確信するとようやく彼らは緊張を解き、だが油断することなく室内を調べ始めた。

 

「そういえば、なんで扉は蹴破るものなんでしょうか?」

 

 その最中、女神官はふと浮かんだ疑問を仲間達へと投げかけた。

 冒険においては「そういうもの」であるため自分の一党の仲間達に聞くことはなかったが、考えてみれば不自然……と言うよりも乱暴が過ぎる気がする。

 勿論武器や灯りを手放すなど論外なので、自然と脚を使うのは理解できるのだけれども。

 それでも隠密行動時を除き蹴破るのは女神官からすると馴染みにくかった。

 

「理由は大きく分けて三つあると聞いた」

 

 その疑問に対し真っ先に口を開いたのは魔法剣士だった。

 彼は人差し指を立てると、幾分ゆったりとした口調になって言葉を紡ぎ出す。

 

「一つ。両手を自由にするため」

「つまり武器や道具を持つため、ですよね」

「ああ。何かあった時に手が塞がっているのはよろしくないからな」

「あたしみたいに蹴りも使って戦うならともかくね。それでも両手は空いてた方がやっぱりいいけど」

 

 女武道家の言う通りだろう。自分が ―――― あまりにも現実の自分と離れすぎていてちょっと想像し難いけれども ―――― 蹴りを武器にして戦うとしても、手は自由に使えた方がいいに決まっていると女神官は思う。

 何かあった時咄嗟に動くのはやはり手であり、多くの機能を果たすのが手なのだ。

 その手を動かし、中指を立てた魔法剣士が再び口を開く。

 

「二つ。室内の敵が何らかの方法でこちらの存在を察知し、待ち構えていた場合に備えるため」

「扉の陰や入口の脇に潜んで、入って来たら「ガツン」ってわけね」

「そ、それは怖いですね……」

 

 女魔術師の手振りを交えた補足に、女神官は身を固くする。

 確かに見えない所へ潜まれ、そこから襲われたらひとたまりもない。

 死角に潜んだゴブリンに襲われるのがいかに恐ろしいかはよく知っている。

 そして自分以上にそれを知っている女魔術師もまた、表情を硬くしていた。

 二人の様子を気遣ってか魔法剣士が薬指を立て、話を進める。

 

「三つ。生物 ―――― 特に只人(ヒューム)などは大きな音がした時、反射的に身を竦ませる。つまり飛び込む一瞬の間を稼げる。その効果を狙うため」

「要は扉を開けるって動作自体が先手になって、そのまま奇襲(アンブッシュ)になるわけだ」

「……ああ、なるほど。わかります」

 

 双剣斥候の言う通り、大きな音がした時は思わずギョッとして身を竦ませてしまう。

 これは自分が臆病なのもあるだろうが、皆多少はやるものだ。その後の反応の早さは人それぞれだが。

 そして驚いている間に入って来た相手に対し、すぐさま動けるとは考えにくい。

 動けたとしても準備万端の相手とでは条件が違いすぎる。間違いなく手番(ターン)は相手が先に握るだろう。

 成程、どれも大きい理由である。

 それが三つもあるのだから、蹴破るという行為は理に適っていると言ってしまっていい。

 いいのだが。

 ―――― 私にはちょっと出来そうもありませんね……

 まず蹴破るという行為を躊躇いなく出来る気がしない。どうしても遠慮がちなものになってしまうだろう。

 そして勢いの無い蹴りでは扉を開くことなど出来はしまい。

 下手をすれば足を挫いて大惨事を引き起こすやもしれぬ。

 さらに言えば自分は前衛などとても務まらず、先陣切って扉を開く役割が割り振られることはまずない。

 仮に前へ立つとすれば一党がよほど抜き差しならぬ状態にあるか、奇跡を使う必要があるかだろう。

 前者はあまり考えたくないが、後者は充分にありえる。

 そして後者の場合奇跡を使うことに集中するのだから、やはり扉を開くのは別の誰かということになるはずだ。

 するとやはり自分がやる機会はないだろうな、と女神官は思う。

 やりたいとも思わないし、それでいいのだ。きっと。

 

「それらに加えてもう一つ大きな理由があるよ!」

「どうぞ」

 

 魔法剣士が三つの理由を語り終えると、麗人剣士が口を開いた。

 発言を促された彼女は ―――― 先日実物を見た女神官が見間違いだったかと思うほどに ―――― 膨らみの無い胸を張り堂々としてこう言った。

 

「扉を蹴破るのは如何にも冒険者らしくて格好いいし、気持ちが良い!」

 

 あまりにも単純で、あまりにも明快。

 まだ数日の付き合いでしかない女神官ですら「らしい」と思ってしまう理由。

 その言葉に一党の仲間全員に呆れたような、あるいは子供の発言を許容するような独特の空気が漂う。

 

「冒険者らしいというのは他の理由を内包して一つに纏めた答えになる……のか?」

「なんねーよ。ちょっと頷けるけど、そうはなんねーよ」

「でも気持ちは分かるかも。あたしも蹴破ったら気持ちよさそうだなーとは思ってるし」

「同意は出来ないけど否定も出来ない微妙なところ突いてきたわね」

「あ、あはははは……」

 

 技能でも能力でもない、人間性から来るもの。

 麗人剣士におけるそれはこのような発言であり、こういった空気を生み出すことだった。

 だが一党の仲間は誰一人としてそれを拒絶しない。

 最も顕著な反応を示す双剣斥候すら本気で厭うてはいない。

 何故なら彼女のこの快活さが、緊張を強いられる冒険において貴重な資質だと理解しているから。

 彼女の明るさに救われている部分があると理解しているから。

 そして何よりも ―――――

 彼らは皆、彼女のそんなところを友人として好ましく思っているのだから。

 

 

 

―――――

 

 

「やっぱり大したもんは入ってないね」

「さもあろう。最下層以外の棺は恐らく従者や守人のものだ」

 

 角灯(ランタン)を掲げ棺の中を漁っていた棒遣いのぼやきに、褐色肌の君主が応じる。

 生まれと育ち、そして教えから得た知識により彼にはおおよそこの地下墳墓(カタコンベ)の構造が読めていた。

 最も奥深くの部屋に葬られるべき人が置かれ、後の部屋は全てがそこを守るためのもの。

 そこに至るまでの棺に納められる物、そして者の価値などたかが知れている。

 そう説明したのだが、棒遣いは諦めきれないのか幾つかの棺を暴き中身を探っていた。

 

「四階まで来れば何かあると思ったんだけどねえ」

「流石に一番奥まで行けばお宝があるだろうよ」

 

 干し肉を齧りながら熊人(ウルス)の戦士が他人事のように言う。

 辺り一面に屍者(ゾンビ)の臓物や腐肉が散乱しているのだが、それらは彼の食欲を減退させるほどのものではないらしい。

 もっともそれはこの一党全員(パーティーメンバー)に言えることではあるのだが。

 一番繊細そうに見える呪術師ですらいつも通りの調子であり、この光景と腐臭を気にする様子はない。

 それだけ彼らはこのような状況にも慣れているという事であり、踏んだ場数の多さを物語るものであった。

 

「とはいえ副葬品はバレぬ程度にしか持って行けぬじゃろ?」

「副葬品は無理でも、隠し金はある。こういった墓には子孫の為に備えを残すものだ」

「へええ。ならそっちに期待だね」

 

 空の棺に腰かけ煙管を吹かしながら呟いた髭面の侍に、褐色肌の君主は「心配するな」と己の知識を披露する。

 棒遣いはそれを聞いて目を爛々と輝かせ、髭面の侍もまたニヤリと笑う。

 それらは副葬品には含まれぬので、自分達が貰っても問題あるまい。

 また物品の価値と用途を見抜き、後で貰えるであろう物を判別するのもいいだろう。

 一族にとって重要なものや極めて価値の大きいものと、そうではないがそれなりの値がある物。

 両方を回収して提出すれば、前者に目が行き後者はこちらにくれてやってもいいかと多少審査が甘くなるはずだ。

 それを見抜くためには鑑定眼のある者か、至高神の神官が必要となってくる。

 この一党にいるのは前者であり、それは棒遣いであり呪術師の役割となる。

 

「鑑定は私めにお任せあれ!」

 

 そしてだいたいの場合斥候として体力と神経を擦り減らす棒遣いではなく、呪術師がその任を担うことになる。

 魔法の道具や骨董品、宝石などの由来に詳しい彼女の鑑定眼は確かなもので一党の誰もがそれを信頼している。

 実際これまで幾度も信ずるに足る成果は出してきたのだ。

 財宝の正しき価値を見抜くのは勿論のこと、それが呪われているか否かも彼女は見抜いて見せた。

 ある時など宝箱の中身でなく、宝箱そのものが価値ある材木で作られた宝であると見抜き大きな利益をもたらした。

 少なくとも一党の中では最も優れた知識と眼を持つのは間違いない。

 

「うむ、すべて任せる。ところで壁に描かれている紋様については何か分かるか?」

「それが大変申し訳ないのですが、私には何とも……魔術ではない事だけは確かなんですけど」

 

 それまでとは一変し心底恐縮したように呪術師が頭を下げる。

 

「いや、仕方あるまい。あらゆる物事に通じている者などいるまいよ」

「流石主様!器が広い!」

 

 呪術師の世辞はともかく、褐色肌の君主の言う通り万事に通暁している者というのは物語の中だけの存在だろう。

 知識を得るためには多大な時間と労力が必要となり、不死者(イモータル)である上の森人(ハイエルフ)の知識ですら四方世界のごく一部。

 悠久の時間を求めて自ら不死の者(アンデッド)となった魔術師の中にすら全ての知識を修めえた者はいないのだ。

 それに理解出来るのは壁の模様が意味を持ち、規則性に従って書かれている場合のみなのだ。

 もしこれを作った人間が戯れに、そして気まぐれに書き殴ったものであればそもそもそこに意味はないものなのだ。

 それを理解しようとした場合、行われるのは解読ではなく単なるこじつけだ。

 もっともその誤った、しかし御大層な解釈を「正しい」とする者も一定数いるのだが。

 

「分からねえもんを警戒してたって仕方ねえだろ。ビビって帰るか?」

「愚問だな。こちらの消耗は少なく、目的地は間近。なら進むのみ!あの連中より早く最下層を攻略してやろうぞ!」

 

 熊人の戦士にそう言い放ち、褐色肌の君主は皆に出発を促す。

 一党の面々に異議を唱える者はなく、立ち上がり装備を確認すると階段へと向かう。

 残すは最下層のみ。負傷者はおらず、体力も充分。術も奇跡も充分に残っている。

 戦闘を行う以上消耗は避けられないが、動甲冑(リビングメイル)だの粘土兵(クレイゴーレム)だの屍者だの相手に疲弊してしまうほど弱い一党ではない。

 これで撤退など選んでいたら冒険者は務まるまい。

 常に全てを知り、万全の状態を整える。確かにそれは理想だ。

 しかし理想とは届かないから理想なのだ。

 全てを知ることなど神の視点でも持たぬ限り不可能だ。

 万全の状態など普通に生活していても整えるのは難しいのに、冒険においてそれが出来るはずがない。

 そしてそれらが揃っていなければ決して勝負に出ない冒険者など、どれほどの能力があろうと何の役にも立ちはしない。

 骰子を振らず危険も冒さず勝負に出ない人間など、何処でも役に立ちはしない。

 そういう者達はまるで己が賢者であるかのように考えているが何のことはない。

 奴らは単に臆病で怠惰な間抜けなのだ。

 無論好機(チャンス)を待つ、というのは理に適ってはいる。確かにそれは大事なことではある。

 だがその「好機」とはあくまで「勝ちの目が大きい時」である。

 決して「絶対の勝利が約束された瞬間」ではない。そんなものは何処にもない。

 そんなものがあるならば誰もがその瞬間を待つ。

 もしも自分だけがその瞬間を理解出来る、あるいは自分だけにその瞬間が訪れると思っているのであれば思い上がりが過ぎる。

 それを待っている人間というのは結局何時になっても何もしないで終わるのだ。

 そうなるぐらいならば、今ある手札で勝負に出る方が遥かにいい。

 そしてこの一党の面々は勝負に勝てるだけの手役になっている。

 褐色肌の君主はそう信じて疑わない。それだけのものは今まで積み重ねてきた。

 その積み重ねは対抗馬たる魔法剣士一党などより遥かに高い。技量(スキル)力量(レベル)経験(キャリア)もだ。

 自分達が負けるわけがない。負けてはいけない。

 自分は、自分達は。もっと上に行くのだ。等級も位階も。

 誰もが羨むぐらいに上へ。かの六人の英雄(オールスターズ)を越えるほどに。勇者にも並ぶほどに。

 高い目標を掲げ確固たる信念と自尊心を胸に抱いた褐色肌の君主は、脚を振り上げる。

 そして棒遣いが調査と解錠を終えた扉を蹴破り ――――

 

 ―――― 何処か遠くで転がる骰子の音を聞きながら、室内へと飛び込んだ。

 

 

―――――

 

 

「さて、どうする?」

 

 最下層の扉。双剣斥候曰く簡単な鍵しかないその扉の前で、魔法剣士は仲間達に訊ねた。

 同時に自分自身にも問いかける。この状況からどうするか。

 ここにたどり着くまでに術は各人が一回ずつ使用した。

 残りは魔法剣士と女魔術師と女神官が二回。双剣斥候が一回。

 一党(パーティー)全体で七回残っており、残すは最下層のみ。帰り道に徘徊する魔物(ワンダリングモンスター)はいない。

 警戒しながら進んできたため多少の疲労はあるが、殆ど戦闘らしい戦闘はなかったために消耗は少ない。

 小休止も挟んでいたため深刻な疲労を伴っている者は誰もいないだろう。

 強いて言うならば慣れない地図製作(マッピング)に従事していた女魔術師と、最も仕事の多かった双剣斥候の状態が気にかかるぐらいか。

 だが二人とも疲労を訴えてはいないし、消耗している様子もない。問題はないだろう。

 疲労は軽微。負傷者はいない。術の余裕も充分。探索範囲は残り僅か。

 この状況で取るべき選択肢は ――――

 

「ここまで来たからには最下層も探索しようじゃないか!」

 

 ―――― 麗人剣士の言う通りだろう。

 出来過ぎなぐらいにここまで上手く来ているのだ。この勢いに乗らない理由はない。

 

「そうね。これだけ余裕もあるんだし、ここで引き返すのは勿体ないわ」

「あたしも賛成。戦ってないからあたしたち前衛は万全の状態だし」

「わ、私も大丈夫です!」

 

 他の仲間も賛意を示し、一党の方針は決まった ―――― ように思えた。

 だが双剣斥候だけが発言していないことに魔法剣士は気付いていた。

 賛成だから何も言わない、ということではないだろう。

 何か懸念や意見があって黙っているのか。

 あるいはその考えを纏めている最中だから口を開かないのか。

 いずれにせよ仲間の意見を聞かないということはありえない。あってはならない。

 一党としての意思を決定し方針を決め決断するのは頭目(リーダー)の役目だが、その決断に至るまでの判断は仲間の意見を聞くものだ。

 

「んー……一旦戻った方がいいんじゃねえのかな。あくまで俺の意見だけどな」

 

 故に発言を促したところ返って来た言葉に、一党の面々は驚きを隠せなかった。

 警戒を呼び掛けるならともかく、ここで帰還を提案するのは流石に予想外だったからだ。

 

「理由を聞いても?」

「あー、理由ってか……全体的に理由が『勿体ない』になってる気がしてな」

「私が言ったことだけど、そんなにおかしかった?」

「いや、おかしいわけじゃないんだ。ただ『()()()』と『()()()()』は微妙に違うからな」

「どういうことでしょうか?」

「充分余裕があるからやる、ならいいんだけどよ。勿体ないからやる、っていうのは商売だと損を出してるのに続けるような状態だからな……あんまりいい印象がないってか、だいたい沼に片足突っ込んでるんだよ」

「ふむ」

「別に進むことに対して反対、ってわけじゃないから進むなら進むで構わないぜ?」

 

 大変含蓄のある双剣斥候の言葉を受け、魔法剣士はもう一度考える。

 はたしてこの状況は「やれる」のか「勿体ない」のか。

 結論から言ってしまえば「やれる」し「勿体ない」のだろう。

 状態は決して悪くない、というよりも上々と言ってしまっていい。

 万全ではないが道中を思えば最良の状態なのだ。充分やれる。

 だが勿体ないというのが理由に入ってこないわけではない。ここまで来たからには、これだけの状態で来れたからにはやってしまいたいとは思う。

 つまりはどちらを選んでもいい、という状態であり最も判断に困る状態と言えた。

 

「ならあたしは戻った方がいい、に賛成かな。ゴブリン退治みたいに急ぐ理由があるわけじゃないし」

 

 女武道家は判断を改め、帰還を口にする。

 確かに急がねばならない理由はない。一度戻って状態を整えるというのは大いにありだ。

 地図も出来た。罠は解除した。魔物は倒した。

 後は戻って体力と術の回数を回復すれほぼ万全の状態で最下層に挑める。

 これはこれで良い。魔法剣士はそう思う。

 

「私も戻っていい、と思います。地図作ったり罠調べたりしたからお疲れでしょうし……」

 

 女神官も帰還側に回る。

 彼女の性格 ―――― 慎重な部分ではなく、人を気遣う優しさから言ってこれは当然と言えば当然だろう。

 それに最も消耗の大きい二人を考慮して戻る、というのは決して間違った意見ではない。

 特に双剣斥候はまだ後方に下がらせておけばいいが、最下層で戦闘になった場合女魔術師は戦局を左右する存在となる。

 火の玉や雷を投げつけるだけが魔術師の仕事ではないが、いざ投げつけさせれば恐ろしいとはよく言ったものだ。

 万一に備え切り札となる彼女の状態に気遣うのは戦術的にも正しいと魔法剣士は考える。

 

「僕は進むべきだと思うね!怪物は復活しないだろうけど、絶対はないのだから!」

 

 麗人剣士はあくまで前進を主張する。

 これはこれで正しい。彼女の言う通り道中の怪物達が再配置(リスポーン)されない保証はない。

 現状分かるのは再配置が恐らくはない、という程度であり可能性はゼロではない。

 さらに言えば再び現れるのが同じ魔物である保証はなく、今回ほど上手くやれる確証もない。

 後で「今回こそが最大の好機だった」とか「唯一の機会だった」となる可能性はゼロではない。

 そう考えると言わば良い出目が続いている今だからこそ勢いに乗って進む。

 これは決して間違った判断とは言えないだろう。

 

「それに向こうの一党よりも先に最深部に辿り着きたい!」

「ああー……それはうん、分かるわ」

「あー……気持ちは分かります」

「それはまあ、あるね」

「今回ばっかりはまあ、同意するわそれ」

 

 成程、その問題があったかと魔法剣士は思い出す。

 距離を保つという方針を決め、迷宮探索競争もハッキリ拒否した。

 故に褐色肌の君主の一党とは競争をしているわけでもなんでもない。無視していいのだ。

 しかし全く意識しないでいられるかと言うとそうでもない。らしい。

 魔法剣士としてはほぼ意識の外側に追いやっていたのだが、仲間達はやはり思う所があったようだ。

 ―――― まあ、人間だからな。

 争って益はないし意味もないが、それで割り切れないのが人間というものだ。

 人間が感情全てを制御出来るのならば争いが無くなることはなくとも、遥かに少なくなっていることだろう。

 もっとも婚約者は「それではなんとも味気ない世界になる」と言っていたものだが。

 

「私は……貴方に任せるわ。進んでもいいし退いてもいいと思ってるもの」

「ああ。それも一つの判断だ」

 

 女魔術師の言葉に魔法剣士は頷く。確かにそういう考えもありだ。

 自分自身同じ考えであるし、もし自分以外の誰かが頭目であればそう言っていただろう。

 双剣斥候は先程言った通り戻った方がいいが、進むならそれに従うという考え。

 それらを踏まえ、魔法剣士が出した結論は ――――

 

「よし。一度戻ろう」

 

 ―――― 撤退だった。

 

「了解!では戻ろうか!」

 

 そしてその答えへ真っ先に反応し、動き出したのは麗人剣士だった。

 

「……不満じゃないのかしら」

「不満だよ!だけど不服ではない!頭目の決定だからね!」

 

 女魔術師の問いに麗人剣士はそう言い切る。

 そう、不満はあれどそれだけなのだ。何が何でも我意を通したいわけでもない。

 納得できるだけの理由があって、頭目は決断を下したのだ。

 なら後はそれに従って動く。一党とはそういうものだ。

 どうしても納得できないだとか不服だというのなら、依頼を終えて一党離脱も視野に入れて話し合う。

 だがそれもこれも戻ってからの話だ。迷宮の奥深くでする話ではない。

 だから彼女は決定が下されればそれに従うだけだ。

 

「代わりに戻ったら愚痴は聞いて欲しい!」

「わかった」

 

 麗人剣士の言に魔法剣士は頷く。その程度で済むのならば安い話だ。

 愚痴を溜めこむことによる精神的な悪影響も考えれば、仲間の愚痴を聞くのは頭目の役割でもある。

 幾らでも聞いてやるべきだ。少なくとも魔法剣士はそう思う。

 

「じゃあ一度撤退して、明日出直すでいいのかな」

「ああ。術の回数と疲労を抜いてまた来よう」

「それと壁の模様について依頼主に聞いてみるのも必要よね。望みは薄いけど」

「そうだな、それも必要だ」

 

 女武道家と女魔術師、どちらの言葉にも頷く。

 戻るのであれば単に回復は勿論のこと情報収集もしておくべきだろう。

 特に壁の模様については何も分からないのだ。少しでも手掛かりを得ておきたい。

 分かる事と言えば魔法剣士にも女魔術師にも見当がつかないことから魔術の類ではないということと、女神官に見覚えがない事から地母神に纏わるものでもないこと。

 麗人剣士や双剣斥候にも心当たりがないことから、よほど珍しい何かであることぐらいのものだ。

 であるならばこの地下墳墓の持ち主である一族に伝わる何かである可能性もあり、依頼主が何らかの形で知識を有しているかもしれない。

 最下層までの探索を終えてから聞くつもりだったが、戻るのならば一度聞いておいた方がいいだろう。

 そうして一党の方針を決め、引き返すべく歩を進めた瞬間。

 魔法剣士は何処か遠くで転がる骰子の音を確かに聞いた。

 聞きはしたがそれこそ「神のみぞ知る」出目など気にしても仕方ないと。

 そう割り切り、帰路を仲間と共に進んで行った。

 




Q.この場合の正解はどっち?
A.やってみないことにはなんともわかりません。
 魔法剣士君達は消極的と言えますし、君主達の行動を軽率とも言えませんので。
 成功した方が結果的に正解です。

活動報告であげた診断結果の中で、どれが一番読みたいですか?(書くとは限らない)

  • 魔法剣士【綴られた手紙】
  • 令嬢【どうか、叶えて】
  • 女魔術師【君のワガママ】
  • 魔法剣士と令嬢【忘れてください】
  • 魔法剣士と女魔術師【貴方の為だけの】
  • 三人【騙し騙され愛し愛され】

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