百地希留耶は救われたい。   作:初登校です

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雨被り、ひんそー、猫被り

 

どのくらい経ったんだろう。

 

バイト終わりの頭痛を耐えながら、(浮足立つというよりは)何も考えたくなくて、深夜の路地をあてもなく彷徨う。

冷雨を降らす雲の天井を見つめながら、頬を水が伝っていくのを感じる。

夜が少しずつ動き出していた。

ぼやけた視界に映ったのは、薄汚れた黒の塊。

 

 

「あんたも、こんな路地裏で生きてくの大変よね、にゃんにゃん」

 

「んなーお」

 

 

肯定とも否定とも取れない鳴き声を上げたそれは、どうして一匹でこんなところにいるのかしら。

きっとここまでにいろんなものを捨てて、ここまで生きてきた、そんな気がした。

しゃがんで撫でてやると、それは小さく震えていた。ああ、こんな日に限って傘を忘れてしまうなんて。

 

雨の音だけが、路地裏の中で反響する。

 

 

「あっそうよ、パンの耳バイト先でもらったんだったわ」

 

 

パンの耳をを差し出すと、こいつはすごい早さでがっついてきた。自分も満たされていくようで、思わず口角が上がる。

しばしの戯れは、猫の催促により激しさを増す。貧弱な猫パンチは今のあたしには効く。でも、

 

 

「ごめんね、もう何も持ってないのよ」

 

「...上手くいかないもんよね」

 

 

こいつにわかるわけもないのに、勝手に謝って、自分らしくないなと思った。でもそう言うしかなかった。

多くを欲しがったら、やっぱりその罪の重さに潰されちゃうのかな。

くすんだそれは、胸元に飛び込んできたかと思うと、丸まってしまった。

何も持ってないくせに、報いようとしてくれてるのがなんだか健気で。

 

 

「生きるの上手いじゃない、あんた」

 

 

くすっと笑うと、そいつは身をよじらせる。その温度は、路地裏に温かさを思い出させてくれた。

 

暗雲の世界は終わりを告げ、一筋の光が差し込んでくる。目を開けられないほどの眩しさが、冬の訪れを感じさせた。

 

そんな景色から目を逸らしていると、懐からそいつは光に向かって消えてしまった。

 

 

直後、人影が光の中から現れる。え、もしかして猫の恩返s...

 

 

「ぼく、こんな時間にどうしたの?」

 

「…は?」

 

 

彼の第一印象は曇り切った眼だった。でもそれは間違いで、透き通るような鏡にくすんだ黒髪が映っている、それだけのこと。目の前の眼は、間違えたとはいえ、紛れもなくあたしのことを見てたのに、自分は自分のことしか見えていなかった。惨めな気持ちが、視界を目の前の水溜りに落とし込ませた。

 

 

「ひ、ひんそーなカラダで悪かったですね」

 

 

顔を見上げて、にらみつける。目の前の青年は、口を開けてまぬけな面を晒していた。ふん、なんだかんだいってコイツも背丈の割には童顔の部類じゃない。

まあ、男の子と間違われるのは慣れていた。学校に行くときだって、どこかに出かけるときだって、いつだって同じデニムジャケットとTシャツ。それにひんそーが合わさって認識の齟齬の出来上がりだ。どこの馬の骨ともわからない人たちに、そういったねじ曲がった認識が伝わってしまったとしても、こちらから訂正をする由もなし。どうだってよいのだ。

 

 

「かっこいいから、男の子かと」

 

 

そう言いながら、しゃがみこんで傘を差しだしてくる。時間が止まったような気がした。そんな風に言われると思わなかったから、少し動揺する。

ふん、と目を逸らしながら、はじめて言われたかっこいい、という言葉を頭の中で反芻していた。思えば男の子と話すのなんてほぼ皆無だったから話題も傾向もわからない。あれか?こんな何もないやつを褒めるとか新手のナンパか?いやでも、コイツは最初あたしを男の子だと思っていたわけで...いやいやもしかして気づいた瞬間に本性を表す可能性もある。そのまま弱り切った私の僅かな胸のふくらみに触れて...

 

 

「実は道に迷っちゃって...道を教えてもらえないかな?」

 

 

自分の暴走した被害妄想が霞むくらいの眩しさを放つ男の子がそこにいた。その純粋な目は推定高校生の小学生的理由でこちらに向けられていた。通称あほくさ。

 

 

「...しょうがないですね」

 

 

勝った。完全に偶然に過ぎないが、恩を売るという行為を通じてあたしは優位に立とうとしていた。本人に恩を売られたという気がなくても、コイツから色々理由をつけて搾り取れると思っていた。

そう、天罰とばかりに腹の虫が鳴り響くまでは。

 

 

「...」

 

「おなかすいてたんだね」

 

 

ああ、優位転落。そんな優男スマイルを突き付けられると悪意やいろんな思念がかき消されていく。

 

 

「これならあるんだけど、食べる?」

 

 

差し出されたのは、チョコ棒。ママがおやつに買ってくれる、思い出の品。値段の割に量が多いし、このチョコ好きなのよね。コイツ、意外にセンスはあたしと似ているところがあるかもしれないわ。

 

 

「あむあむ...ありがと、ございます....」

 

 

学校とかで社交辞令として何回も言ってきたこのセリフが、こんなにぎこちなく出てくるとは。まるで自分の体ではないみたいに。その理由の一つとして、一緒に目の前でチョコ棒を食しているコイツがあるのかもしれないけど。

 

 

「なんであたしみたいなのにかまうんですか?」

 

 

家まで案内する道中、浮かんだ疑問を投げかけてみる。

 

 

「ほっとけなかったんだ」

 

「いや、でもあたしには何もないから、何もお礼になることなんてできませんよ」

 

「一緒に何かを食べたり、何かをするのは楽しい」

 

「...へ?...あー...もしかしてチョコ棒食べたときのことですか?まったく、不思議な人ですね、アナタは」

 

 

お人好し、とも言うのだろう。あたしが食べてるところなんて楽しいわけがないのに。でも、今はそんな気遣いが心を軽くしてくれる。錯覚でも、自分が存在する理由ができた気がして。

ただもう、時間だ。家が見えてくる。ひとつ思ったことは、こんな徒歩5分で迷ったときたもんだ、今までも相当その方向感覚で苦労してきたんだろうと推察できた。

 

 

「この距離で迷うなんて、相当外出に向いてませんよ、アナタ」

 

「...あたしは、まだお礼が完遂できたとは思っていません」

 

「...何か行きたいところとかが思いついたら、ここに連絡をください」

 

一世一代レベルで言ったことであると悟られないように平静を装う。ああ、距離感測り間違えたかもなあとか、またチャンスを逃してしまうのかとか、思考が脳内をかき乱すのを感じた。でも、

 

 

「ありがとう」

 

 

そう言われただけで、救われた気がした。




はつとうこうです。プリコネのアニメが始まる前に書き上げられてほっとしています。キャ虐最大手の公式さんには勝てないってことで、キャルちゃんを救う方で書くことにした次第です。色々おかしなところはあると思いますが、生暖かい目で見てください。

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