目が覚めたら、あなたは草原で寝そべっていた。さわさわとした草の感覚が背中に心地よい。……が、そんなことを気にしていられる余裕はなかった。あなたは普通にベッドで就寝したはずだった。この異常事態を前に、冷静さを保つことなどできはしない。
「ううん……? ここはどこですか? エノテラ、野宿した覚えはありませんが」
身を起こして首をかしげている少女が横に居た。髪の毛を腰どころか足まで伸ばしている。亜麻色の髪をリボンで縛っているその姿にあなたは見覚えがあった。
――エノテラ?
そう、彼女はフラワーナイトガールというゲームに出ていたキャラの一人。独特なキャラ付けでとても人気のある花騎士だった。そんなものは空想の中の存在であるはずなのに、しっかりとした存在感を伴って”そこ”にいた。
「おや? あなたは誰ですか? 不埒な真似をするつもりでエノテラを攫ってきたのなら、ぶち転がしますが」
ちゃき、と十字架のカタチをした武器を喉元に突き付けられる。あなたはまだ寝ころんだままだ。このままでは抵抗らしい抵抗もできない。異常事態よりも前に、その武器が振り下ろされれば首と胴体が泣き別れする現実にあなたは泣きたい気持ちになった。
――いや、待ってくれ。それは誤解だ。
それはお前だ! という言葉は飲み込んで、あなたは誤解を解きにかかる。彼女はキャラクターストーリーでは毎度のごとく
――ああ、そうだ。ポケットに辞令があるから、取り出していい?
言葉はすんなりと出てきた。もちろん、貴方の記憶にそんなものは”ない”。寝るのにそんなものをズボンのポケットに入れるわけがないし、そもそも服装は袖を見るだけで自分が持っていないものだと分かった。
「いえ、私が取り出します。右ですね」
あなたは頷いた。エノテラはひざをついてごそごそと探る。こういうとき、相手に自由にさせるのは対人戦では危険なのだが、彼女は手慣れている。エノテラの一流の傭兵としてのスキルの一つ。ゆえに、あなたは妙にくすぐったい感触がするが、さすがに興奮するようなことはできなかった。
「――なるほど。本物ですね」
取り出した羊皮紙を見て、うんうんと頷いている。武器をどけて、手を差し出してくれたので握り返す。
――っとと。
多少よろめきつつも立って、エノテラと向き直る。こうしてみると、凄い美少女だな。なんて思いながら見惚れていると、彼女は周辺を見渡す。
「しかし、なぜこんなところに? 害虫の気配も感じませんが。団長には何か心当たりがありませんか」
あなたは首を振る。少し、振り返ってみる。どうやら、これは異世界憑依をしてしまったらしい。この体は花騎士たちを統率する”団長”のもののようだ。そして、服は団長服――剣も所持している。戦闘準備は万端であった。
団長自体が、ファンタジー全開な花騎士と比べても謎に包まれているのだが……どうやら、団長と言うのは一人ではないらしいことが辞令の紙から分かる。花騎士たちを効率よく動かすための指揮者が、団長という幾多の人間達らしい。そして、その一人に憑依した。いや、公式でも団長に関しては詳しくは言及されていなかったのだ。スピンオフでも基本的に団長は花騎士が兼任している。
「しかし、この風景は見たことがありませんね。それにしても、辺境だと言うのにずいぶんと瘴気が少ないです。どう思いますか?」
それがおかしいということに、あなたはようやく思い至った。花騎士の世界では5つの世界花が人類を保護している。全ての中心となった世界花、ゆえに当然”辺境”とはその姿が見えないほど遠く離れた地域を指す。保護から外れた”外の世界”は害虫渦巻く地獄”コダイバナ”……のはずなのだが、空気が澄み切っている。
――エノテラは、辺境に行ったことが?
「ええ、私は傭兵団出身なので。割とフリーダムなので、色々なところに行きました。ですが、少し空気が違いますね」
――違うとは?
「辺境はもう少し騒がしいものです。エノテラの大好きな戦いの匂いがします。……でも、ここは出ても小物ですね。つまらないです。ぷくぷく」
――戦い、好きなの?
「大好きです。団長も、エノテラの団長をするのなら融通してください。でないと、バックれます。元々、適当なところでバックレる予定でしたが」
――エノテラが俺の部隊に配属されたらね。ま、新人に任されるかはわからないけど。
「頑張ってください。エノテラは強いですよ」
――はは、頑張るよ。
とりあえず、握手でも交わしてみた。
「で、結局……ここはどこでしょう?」
話が最初に戻った。そう、エノテラの予定も、あなたのこれからの団長としての生も、この異常に”何もない”平原に居るという事態を解決せねばならない。あなたにとっては憑依自体が大問題だが、ワープのことも問題だ。
害虫の気配こそ感じないが、世界花の姿が見えない”ここ”は、もしかしたら人類の生存圏外……古代害虫が山と襲い掛かってきても不思議ではない。フラワーナイトガールというゲームは花騎士同士の間でこそ、優しい世界だが……世界観はそこらのヌルいアニメとは比べ物にならないほどに、人類の未来は詰んでいる。
――歩くしかないかな。
「そうですね。誰か見つかればいいんですが」
あなたは頷いて、歩き出した。エノテラも一歩引いてついてくる。心を許した距離ではないが、当然と言えよう。ゲームでは好感度100にしていても、それはただのゲームの話で、この現実には反映されていないらしい。
山道に入って、獣道を歩く。出し抜けにあなたは背中に毛虫が這いずるような悪寒を覚えた。
「団長も気付きましたか? なにかが近づいてきますね。……なんか弱そうでエノテラはがっかりです。どんよりです、どよどよ」
――いや、これは違う。
あなたは全身に警戒感を巡らせた。新任団長の中でもあなたが憑依した相手はエリートだった。それも、無軌道に努力を怠らないタイプ。才能があって何でもこなせるが、1流になった時点でやめてしまう人に嫌われるタイプの勤勉な天才だった。だから、分かる。
”これは、普通の雑魚害虫ではない!”
「……何です? これ」
エノテラが戸惑った顔を見せる。感じるオーラは雑魚そのもの。それでも警戒を巡らせたのはその敵が見たことがなかったから。醜悪な緑肌をした子供のような姿、口からよだれを滴らせる醜悪な姿にあなたは見覚えがあった。団長ではなく、”あなた”として。
――ゴブリン、だと?
「知っているのですか? 団長」
――いいや、動いているのは知らない。
「なるほど。では、ぶち転がしてから考えましょう」
魔力がほとばしる。さすがは傭兵団出身、多少消耗しようが未知の敵には遠距離攻撃で様子を見る冷静な対処だ。そして、エノテラの手に武器が”増える”。魔力で織った武器を投げつける。
――エノテラ、足を!
投げたそれは見事に両足を切断して、ゴブリンは地に伏せた。痙攣して、もがいて。やがて動かなくなる。だが、うめき声が漏れている。これで死んだふりでもしているつもりらしい。まあ、粗末なナイフを握ったままなのは褒めるべきか。
「どうします?」
――少し、試したい。
「どうぞ」
あなたは足を踏み出す。憑依した身体の影響か、あなたはとても冷静だった。そして、血に対する嫌悪もない。
ある程度、近づくとゴブリンは起き上がって、襲おうとして。あなたは、その腕を斬り飛ばした。そして、冷たい目で這いずるゴブリンを見やっている。
回復能力はない。犬程度の知能はある。葉をゴブリンの傷口に押し付けた。葉は血に濡れて、しかしどうにかなる様子はない。毒はない。フラワーナイト世界の敵である害虫は全員が毒持ちで、それを世界花が浄化する。こうすれば葉は枯れるはずだった。……つまり
「これは、害虫ではないのですね」
こと戦いにおいてはエノテラは有能で、特別だ。今の行為の意図を図れる花騎士など、軍略に明るい極少数に限られる。
――おい、助けてほしいか?
あなたの言葉にエノテラは多少驚いたが、声を出すのはやめた。それに意図があることは分かっていた。大体、慈悲もなく腕を切り捨てたのは見ていた。
ゴブリンは声にならない言葉で頷いている。涙ながらに、哀れっぽく。もしかしたら、いくら醜い怪物の姿でも同情して見逃してしまうかもしれない。そんな花騎士には何人か心当たりがあった。
――どこへなりとも行くがいい。
ゴブリンは何度も頭を下げて、残りが一本のみになった手足でがんばって這いずる。ずるずる、ずるずると……遅い足取りで。
――エノテラ、あれ。出血死すると思う?
「動きは鈍くなってますね。でも、仲間に助けられたら生き延びるかもしれませんね」
――それはないだろう。増援の気配はないから。
「で、逃がすつもりですか? 気が咎めるなら、エノテラの方で致命傷にしておきますが」
あなたは首を振る。石を投げて、頭を粉砕した。魔力を使った魔法の真似事だ。花騎士ではなくとも、団長ともなればそれくらいの武力は持っていた。とはいえ、あれは雑魚害虫よりもなお弱かったが。
「お上手です。ぱちぱち。で、どうしました? 苦虫を噛み締めたようなお顔ですよ」
――奴は俺の言葉を理解していた。面倒だよ、知能のある相手と戦うのは。
「ああ、なるほど。きっと、団長はエノテラと気が合いますね。そんな強い敵を潰すのはとても楽しいでしょう。ニコニコ」
――あまり、人類にとっては”いいこと”ではないんだがな。
「そんな建前はよしてください。団長は傭兵団の皆と同じです。普通と違うことを気にしない人です。そして、血を流すことに嫌悪感がない人です。そんなあなたと激戦地に派遣されたら、きっととっても楽しい日々が待っていることでしょう」
――そんな面倒な任務はごめんだな。
それでも、あなたの顔には笑みが浮かんでいた。ゴブリンの血で濡れた草を踏みつけにして、物騒な話に花を咲かせていた。
主人公は、エノテラに相性がよさそうな”傭兵団の団長”のような冷静な性格です。