あれから1週間が経った。3日間は監禁されていた。どうにか説得して4日目には外に出してもらった。エノテラ監視のもと、女の子と話すことも許されなかったが、それは別にあなたにとってどうでもよいことだった。とりあえず訓練はできたから、あとのことに興味はない。
そして、なまった身体のチューニングが終わった後に依頼を受けた。……ただ、あなたよりもよほど飲んで、よほど堕落していたエノテラが再訓練など必要としなかったことにはただらならぬものを感じたが。
やはり、二人の興味のあることと言ったら討伐しかなかった。怠惰と堕落の底に沈んでいてもドラゴンの討伐金で生活に困ることはなかったが、さすがに三日もすれば飽きるのだ。エノテラにはご不満のようだったが、あなたにとっては堕落も苦痛になってきた。……ここにはネットもテレビもないし。
依頼を受けに行ったら、酒場の主は呆れていたが……まあ、そこに頓着する二人ではない。普通は装備の更新やら遊び歩くやらで1か月は休むものだ、という言葉は左から右へ聞き流しておいた。
「敵はゴブリン、けれど有象無象ではないようですね」
――遺跡に陣を敷いた相手だ。別物と考えていいだろう。
今、あなたたちは遠くから敵を観察していた。ゴブリンは1匹見たら30匹居ると言われるほどに繁殖力に優れた種だ。当然、冒険者への依頼も多く入っている。ドラゴンを討伐したあなたたちに与えられた依頼は”城攻め”だった。ゴブリンとは言えど、条件が違えば舐めることはできない。それを分からないレベルの低い冒険者とあなたたちはまったく違う。
この世界は、花騎士世界ほどではないけれど敵は多くいる。人類の生存圏から出れば、外は敵だらけだ。それこそ、コダイバナのように……化け物どもが多く巣食っている秘境も数多く存在する。”そこ”ではあなたたちが倒したドラゴンすらも、ただの餌に過ぎないのだ。
だが、だからと言って、人間の生存圏にほど近い相手が容易いとは限らない。ゴブリンは単体では人間よりも弱いとはいえ、統制の取れたその集団はもはや村を超えて国という領域に足を踏み入れている。食料調達をする役割、武器を整備する役割があり、略奪部隊がある――もはや一つの生物として機能する”国”を攻略するには軍をもって対抗する以外にない。ただ1グループの冒険者では、波に飲まれて屍を晒すのみ。
それを覆すためには、
「揺さぶりは、あまり意味がありませんね」
――そうだな。大火に手水をかけるようなものだ、削られるのは一方的にこちらの体力になる。大体、俺たちは保存食もそれほど持ってない。
「遠征部隊ではない弱みですね。輸送部隊を使えないのであれば、真っ先に思いつくのはゲリラ戦術です」
――だが、それだと少し弱いな。もう少し情報を集めてもいいが。
「エノテラはさくさくやりたいですね。ですが――諜報部隊の真似事をしなければならないのなら、時間をかけるしかありませんか。専門家なんて街には居なさそうでしたし」
そして、二日が経った。気付かれるようなへまはしない。エッチなことを始めるなんてアホなことも当然ない。集められる情報は集め終わった。準備も終わった。必要な時間はかけるが、無駄に間延びなどさせない。
敵の城は、みすぼらしいの一言に尽きた。城跡を利用しているだけだから、壁と屋根はあっても風はしのげない。雨が降ってきたら、雨漏りで地面がぬかるむだろう。床などとうに朽ち果てている。
それでも、城は城――朽ちたとしてもその存在意義は敵の撃退以外にありえない、その役割に挑む以上は油断はできない。
――さあ、行くぞ。
「ええ、こころゆくまで、敵をぶっころがしてやりましょう」
走り出す。時刻は夕方、ゴブリンは夜目が効くのは確認済み、ならば朝がねらい目だろうが……この二人は視界が潰された程度で戦えなくなるタマではない。だが、ゴブリンどもはいくら夜目が利いたところで昼よりは罠を避けずらい。……敵の根城周辺には1日かけて致死性トラップの山を築いて置いた。
そして、”準備”はそれだけではない。
――やってくれ
「――ええ」
エノテラは持った袋を魔力でできた十字架にくっつけて投げ放つ。あんまりと言えばあんまりな使い方だが、エノテラは気にしなかった。
そして、その効果は甚大。袋は火薬詰め、衝撃で火が付くように仕込みがされている。即席とはいえ、火薬は火薬、軍で使われるものより威力は数段落ちるが、朽ちかけた廃墟を散弾の雨に変えられるだけの威力はある。
――おおおおお!
真正面から突貫したあなたは叫び、手にした剣でもってゴブリンを真っ二つにした。さらに1匹、2匹とすさまじいスピードで片づけていく。
「――あははっははは!」
エノテラは笑い声をあげる。なぜわざわざ声を出すかと言うと、そんなものは効率の良い殺戮のため以外に理由はない。火薬の威力は散弾と化した破片の殺傷力が取り沙汰されがちだが、爆音と言う侮れない副産物がある。
例えばシェルショックと言う、塹壕にこもった兵隊が砲弾が近くに落ちる音で精神をやられてしまう事例がある。鼓膜を揺さぶるその音は、使い方次第で精神を打ち砕く一撃ともなり得る。
そこまでは望めなくとも、慌てて、焦って、逃げて――そして、罠にかかって死ぬのだ。あなたたちはできる限り殺す気だ。雑魚は手ずから殺しても殺し切れない数が居る。だから全部でなくとも……死体を増やす工夫はした。
屍山血河を築き――だが、ボーナスタイムはこれまでだ。所詮、城の外側にいるのは肉の盾。雑魚どもが壁になって、中心地にいる本隊をどうにかする術は思い浮かばなかった。木製ではないから、火災で焼き殺すこともできやしない。
――来るか。
「さあ、楽しませてくださいね」
うなり声とともにまるでプロレスラーのような肉体を持ったゴブリンがすさまじいスピードで駆けてきた。
「ヌオオオオオオ!」
その拳は岩すらも粉砕する。が、その程度なら人間にもできる。カウンター、あなたはなんなく刺突でそいつの頭蓋を貫いた。そのままエノテラと背中合わせになって、そいつの胸元に飛び込むようにして隠れ、飛んできた火球の盾にする。用済みのそいつをエノテラが蹴り飛ばした。
「エノテラ、後ろに魔法使い2! 弓矢6! 前衛を盾にして後背を突くぞ!」
目の前に現れたのは、先のグラップラーゴブリンの山。筋骨隆々のそいつらは、もはやゴブリンの枠には収まらない。しかも後ろには見抜いた通り遠距離攻撃持ちが居る。どちらも雑魚などではない。油断すればあなたたちですら命取りになる。
あなたは横に向けて走り抜けた。矢や魔法は動く獲物に当てるのは難しい。しかも、二手に分かれて迷いもなければ、よほど運が悪く泣ければ当たりはしない。それでも、この前衛と後衛の役割分担が成された”軍隊”はよほどの強敵だ。
「ふふ。この地獄みたいな戦場は滾ります……!」
エノテラの方はジグザグに走り抜けて、格闘家ゴブリンの山に突貫する。苦もなく足を断ち切り、盾とする。そうでもしなければエノテラですら押しつぶされる、数という暴力。魔法と矢が生きている仲間も死んでいる仲間も構わずに射かけられるのだから、ドラゴンスレイヤーのエノテラでさえ油断すれば死のアギトに捕まってしまう。
「だが、まだ甘いなゴブリンども」
あなたは跳ぶ。一歩で2mをまたぎ、ゴブリンの首を踏み折った。それで生まれるのはそいつの頭を地面に見立てた低空飛行。
――聖華拳・疾風走破
本来ならば身体をかがめて股下50センチをくぐりぬける技の応用だ。しかも、連続で使って置き土産に首を踏み折りながら魔法使いの元へ向かう。
「そうやって、すぐに気を取られて注意がおろそかになる。ねらい目ですよ」
慌てて標的をあなたへと変更したゴブリンに、エノテラは魔力の十字架を投げて2体を始末した。油断すれば即座に死のアギトに捕まるのが戦場の常である。
――これで3。
朽ちかけた城跡の天井は低い。ゴブリンを足場にしたらあっさりと登れた。もちろん、そのあっさりとは今のあなた基準でしかないのだが。
「4ですね」
――いや、終わった。
4体目をエノテラが、5,6体目をあなたがゴブリンから奪った矢を指で撃ち出して始末した。
「――貴様らアアアア!」
怒号。そして、天墜が降る。
――……ッ!
間一髪逃れたあなたは立っていた場所が粉々になっていたのを見た。あなたでは一撃ですら耐えられはしない防御ごと砕く一撃。どころか、エノテラですらも沈めうる一撃だ。それこそはゴブリンの頂点に立つ者。”最も強い”ゴブリン。
「あなたが王ですか」
じゃらじゃらと貴金属の首輪を付けている。王冠に見えるくすんだ銅のオブジェを頭にのせている。筋肉はグラップラーゴブリンよりも堅く引き締まり、さらには魔法の力さえも感じる”それ”は紛れもなく強者だった。
「そう、我こそが貴様らが殺し回った我が民を率いる者だ!」
そいつが憎悪に染まった眼で睨みつけてくる。なるほど、ゴブリンの王とはいえ部下に愛着は抱いていたわけだ。もっとも、それは玩具を壊された子供のような癇癪かもしれないが……
――ならば、貴様も民の後を追え。
気配を消して背後に回り込んだあなたは、そいつの頚動脈を狙って剣を打ち込む。
「――ぬう! 小癪な! 通用せぬわあ!」
タイミングは完ぺきだった。しかし障壁に弾かれた、急所に魔法の護りを施しておいたのだ。ゴブリンは弱い種族だ、だからなのか――この強力な”王”はクレバーだった。
――……っちい!
あなたは思わず舌打ちする。この状況はマズイ……自分の番が終われば相手の番などとお行儀のよい戦争をあなたはしない。基本的に最初の一撃で終わらせるか、ずっと自分の番をするのがあなたの流儀。だが、これはまごうことなき”相手の番”だった。
「さあ! かよわき我が民を襲った罪を償うがいい!」
武器はゴブリンらしいこん棒。だが、”それ”は過剰な装飾があった。釘バットなどという低レベルなものではない。れっきとした、”魔法を宿したこん棒”……!
――……ッなめるな!
ここで、あなたは相打ちを選択した。まともに受けようが、目を潰す。捨て身の攻撃で反抗する。
ドラゴンでもないこの程度の敵、と――敵を舐めていたわけではない。ただ、無茶をしたくなるくらいに鬱憤が溜まっていた。
「団長、危ない!」
エノテラが突進してきて、そのままもつれあうように後方へ逃れた。
「何をしているのですか。団長の身体はエノテラのものです。勝手に傷つけないでください」
その目は完全に本気だった。あなたはため息をついた。
――雑魚はこちらで相手をしておく。キングはエノテラに譲る。
「任されました」
二人で立ち上がる。ゴブリングラップラーどもが迫ってきていた。ノータイムで反応できるほどそいつらの錬度は高くないが、それでも時間さえあれば襲ってくる。あなたたちが立ち上がるのにかけた時間は十分な時間だった。
あなたが前に出て、心臓を拳で打ち、剣で喉を切り裂く。キングよりも弱い奴らだ、相打ちで弱ったならばともかく怪我をしていないので遅れは取らない。そして――
「本気を出します。『聖光のブルーロザリオ』!」
エノテラがゴブリンキングを斬り刻んで爆破していた。1撃、2撃、3撃目まではその魔法のこん棒で弾いていた。それでも、4撃目には対応できなかった。あとはもう、見ての通りに肉塊の出来上がりだ。
ゴブリンキングは弱いわけではなかった。だが、それにも増してエノテラが強すぎたと言うだけの話。恐らく、実力と言うだけなら花騎士の高名な英雄に伍するだろう。まあ、求心力と言う点では何段も見劣りがするだろうが。
あなたはこともなく残党を始末しながらも、ため息をついた。