――さて、頂上へ行こうか。
「はい。まずは場所を確かめないとですね」
そういうことで小山の頂上まで行った。あなたは普通の人間だった。こんな整備もされていない山の中を早歩きくらいのスピードで歩いていたら、すぐに体力が尽きていたはずだった。この団長の肉体は相当に鍛え上げられていることを実感した。
そして、落胆した。『世界花がどこにも見えなかった』。”あなた”の肉体は団長のものとはいえ、精神は現代を生きるものだ。が、精神が肉体に引きづられていることを十分に自覚する出来事だった。
「おやおや。無くなってますね、大変です」
エノテラはあっさりしたものだ。こういうときは、もっと何かないものだろうか。世界花は現実に人類に守護を与えている存在だ、それがないとは――もしかしたら星がひっくり返るよりも大事なのではなかろうか。
「エノテラに言われても困ります。そういうのはもっと女子力高めなフラワーナイトにお願いしてください」
――とはいえ、とんでもない事態になっているのは事実だろう。ここは俺たちの知っている世界ではない。害虫以上の脅威が存在し、そして……今吸っているこの空気も遅効性の毒が混ざる可能性を否定できない。
「で、どうします? エノテラとしてはそろそろ歯ごたえのある敵と戦いたいです」
――欲に忠実だね。
「それ以外に考えることがありますか?」
――たくさんあると思うよ。
あなたは考えを巡らせる。どうやら、異世界憑依だけでなく、転生まで果たしてしまったらしい。”ここ”は花騎士の世界ではないと結論した。
もしかしたら、世界花が守護するのとは別の大陸があるかもしれない――が、ゴブリンなんてものが出てきた以上は異世界と見た方がいいだろう。
なら、あとは動くしかしない。考える前に情報が足りない。奇しくも、エノテラの言ったとおりに。リスクは見極める必要があるが。
「おや?」
どうしたのかと聞くと、人を見つけたらしい。馬車が走っているとのことだ。しかも、猛スピードで何かから逃げているように。そちらを向くと狼に乗ったゴブリンが馬車を襲っていた。”あなた”は視力も人外になっていた。
「助けますか?」
あなたは一も二もなく頷く。二人して山を疾走する。エノテラは花騎士である前に、傭兵だが……それでも”花騎士世界”の傭兵だ。鉄火場に心が凍った、血も涙もない、よくある外道どもとは違う。
――敵はゴブリンライダーだった。機動力に気を付けてくれ。それと、弓矢を持っているのが二匹いる。できれば、そっちを先に。
「了解です。エノテラが先行しますので、団長は馬車をお願いします」
登るのにかけた10分の1ほどの時間で駆け降りた。花騎士は世界花からの加護により人外の力を発揮する。そして、それを最前線で指揮する団長もまた――それに”ついていける”程度には人外だ。
「さあ、まるまると太ったゴブリン。獲物に取って不足はありません!」
横合いから強襲……まず弓矢を持ったゴブリンの首を飛ばし、返す刃で狼の首を飛ばした。あの痩せ細ったゴブリンは相当ご不満だったらしい。
――っふ。
あなたは一閃でゴブリンの手を斬り落とした。そいつはたまらず狼から落ちて脱落する。そのまま馬車に並走して声をかける。
「あ、あんたらは!?」
助けに来た。多少スピードを落としても大丈夫だから安全運転をするように注意を促した。
「……こりゃありがたい!」
その言葉通りに馬車が速度を落とす。実はあなたは揺れている馬車が横転しそうで気が気ではなかった。それを目ざとく見つけたゴブリンが矢を放とうとするが。
――愚かな。それは失敗だ。
あなたは道中で拾っておいた石を投げ放った。4つもまとめて放ったためダメージにはならなかったが、矢はあらぬ方向へ飛んで行った。そして、3匹のゴブリンライダーの間を疾駆したエノテラが弓持ちを狼ごと両断した。
あとはどうにでも料理できる。最初の二匹はゴブリンの下手な弓がどこに当たるか分からないのを嫌って速攻で片付けただけだ。もはや不安要素も何もなく、消化試合でしかない。
そして、ゴブリンたちは騒ぎ出す。中途半端に高い知能を持った弊害、逃げるなら逃げるで本能に従ってさっさと逃げてしまえばいいものを――知能があるために判断と言う余計なものが要る。
「仕事は楽しくです」
嬉しそうな笑顔で、速度という勢いを失った三匹をバラバラにして、狼にも止めを刺した。
「団長、団長」
動きを止めた馬車の横にいるあなたに嬉しそうに話しかけてくる。
「この狼、美味しそうですよ。団長はさばけますか?」
ああ、貸してくれ。と、あなたは引き受けた。どうやらこの体の経験は十全に活かせるらしい。もちろん、”あなた”は現代で動物をさばいた経験などなかった。
てきぱきと、処理をして。はたと気付く。助けた人間たちに話を聞いていなかった。そして、調味料を持っていないかどうかも。
人の良さそうな行商人の夫婦だった。結局、街まで護衛を兼ねて馬車に乗せて行ってくれることになった。そして、狼は提供してくれた食材と一緒に美味しく頂いた。
「団長、少し風に当たりませんか」
いいとも、と答えてついていく。夫婦から聞いたところ、夜は魔物の時間らしい。まあ、どっちの世界にしても夜に街の外が危ないのは共通認識だ。
――風が、透き通っている。
自然と口をついて出た。都会の排ガスに塗れた空気、害虫の瘴気に汚れた空気のどちらととも違う清浄な空気はとても美味しかった。
「おばさんにワインを貰ってきました。一緒にどうです?」
喜んで、そう言って座り込んだ。夜空に浮かぶ月を肴にワインを一口。それなりに美味しいワインだった。少なくとも、現代とは比べるべくもない灰色の食生活という不安は払しょくできた。
「大変なことになってしまいましたね」
エノテラは気にしていないように見えた、と伝えた。
「まさか。さすがに心配ごとはたくさんありますよ。身寄りは、まあ……傭兵団の皆はどっかで死んだものと適当にワインでも供えてくれるでしょうから、それでいいんですが。しかし、騎士団の仕事は放り出してしまったことが気がかりです」
――バックレるなんて宣言するものだから、気にしないものかと。
「もちろん頃合いを見て辞めますが、他人に迷惑をかけるのは嫌いです。ですが、迷惑をかけてしまっているでしょうね」
――それを言うなら、俺の方だろう。エノテラは一人でも生きていけるから、戦闘痕でもなければどこかへ行ったものとみなされるだろう。しかし、新任団長が失踪したとなれば赴任先にも推薦してくれた人達にも迷惑がかかる。
不思議と、あなたは現代のことは気にならなかった。どうせ、そっちでは何とかなるし、どうにもならないと。友人、と呼べる仲の人間も居たはずだが……そんなことはどうでも良い気分だった。
「まあ、その時はその時です。気にしすぎてもしょうがないでしょう」
エノテラはあっさりと切り替えてしまった。まあ、彼女の不安は一過性だ。新任花騎士が居ない、どこだ? と、なっても後々まで問題になることはない。今戻れるのなら、どうにかして戻ろうと思うだろうが……今は何の手がかりもない。だから、諦めて切り替えた。無理なことに一々拘泥しないサバサバとした思考。
――飲んで忘れる、のは無理だね。この量では。
一方で、あなたは現実を忘れたい気分だった。関係ないはずの”団長としての”責務が心に重かった。
「さすがに、それやったらエノテラは団長のこと失望します」
悪い悪い、と謝った。エノテラはフリーダムな人間ではあるが、同時に任務にはストイックだった。今も、ワインをちびちびやって、感覚を鈍らせることは慎む。そういう意味では、これ以上なく”真面目”な人間だ。
あなたはふと月を見る。美しいと思ったのは本当だ。だが、5秒で飽きた。あなたは風情を解する人間ではなかった。が、こう言った。
――月が、奇麗ですね。
「本当に。いい眺めです。……ですが、いきなりどうしました? 気持ち悪いですね」
あなたはなんでもないと答えて、隣の美少女を肴にワインを嗜んだ。
助けた礼に幾ばくかの金銭を貰って、しかしそれが自分の持っていた花騎士世界の通貨とは違うことにがっかりすることもあったが。
2日かけて、そこそこの規模の街へと到着したのだった。