「依頼達成、お疲れです」
――お疲れ様、エノテラ。
ここは街中だ。ならば遠慮する必要はない。暗殺者上等な殺伐とした世界出身ならともかく、街中”なら”治安の良い場所にいた。ならば、街中で酔っぱらってしまうことにも抵抗はない。常在戦場の心得は街の”外”だけだ、あなたとエノテラにとっては。……まあ、団長のあなたには常時酔っぱらっている知り合いもいるが。
「初の依頼達成です! 今夜は飲みますよ」
――……おー。
あなたはここで魔物が弱くてつまらないとウソ泣きしてたじゃないかと突っ込みを入れられるほど、コミュ力は高くなかった。そして、エノテラほどでなくてもワインには期待していた。
「んぐんぐ。これは中々良いワインです」
ワインの瓶とグラスで乾杯を。エノテラは横のグラスには目もくれずにラッパ飲みをしている。ここは料亭でも何でもないため彼女に何も言わないが、あなたはマイペースにグラスで飲んでいた。料理は出来立てのを運んでくれるのがニクイところだ。
「ほうほう。つまみも中々おいしい……敵は不満ですが、もう少しここに居ても良いですね。エノテラはご機嫌です。ニコニコ」
――ああ、俺もいいと思う。
ちなみに、この時点であなたも結構飲んでいる。この発言に意味はない。だからこそ、気付いていない。周囲はこの新しく来た冒険者二人を観察している。まあ、エノテラは美少女だから視線を集めるのは当たり前と言えるかもしれないが。
だが、奇妙な組み合わせだ。というか、二人が二人とも、まったくもって背景が予想できない。食い詰め物が冒険者になったような、ありがちなストーリーはありえない。だから元兵士か貴族の道楽か……にしては、装備を使いこなしすぎている。まあ、つまりは意味不明。よくわからない。
「変な奴ら」と皆、遠巻きにして眺めて声はかけなかった。
「ああ、サイコーです。最初はどうなることかと不安でしたが、こんな辺境でも美味しいものがあってエノテラは満足です。ぴょんぴょん」
……口からわざわざ声に出しているが、うさぎの跳ねる音だろうか。もちろん、本当には飛び跳ねてはいない。しかも、多少はアルコールの影響で僅かに顔が紅くなっているが、素面……というか、はたから見れば普通に真顔である。
「団長も楽しんでいますか?」
――ああ。
あなたは酔って艶やかになったエノテラを見れて満足だった。その彼女はちょっとずれているようだが、気にしない。二人きりの宴会を楽しんで、就寝した。
目覚めると横に気配があった。
――エノテラ!?
昨日は気付かなかったが、用意された部屋はどうも一部屋だったらしい。しかも同じベッドである。あなたは普通に良識を持った人間だ、うら若き乙女とベッドをともにしたことに気付き、顔を蒼くした。そして、次の瞬間……エノテラとは戦闘力に大きな開きがあることを思い出して更に顔を蒼くする。
「あ、おはようございます。団長」
そして、エノテラはまったく気にした様子もなく身づくろいを始めた。
「ちょっとあっち向いててください」
――あ、はい。
言われた通りに向こうを見る。かけてあった上着を着る。実は団長服には暗器に何やらが山盛りで、こんなものを着ていたらまともに寝れるはずもない。これは、見られたら絶対に誤解される光景だった。
「もう、こっちを向いてもいいですよ」
――エノテラは大丈夫なの?
「うん? 何が――ああ、同室だったことですか。別に傭兵団に居たときは適当に雑魚寝したり、男女関係なく勝った人がベッドを使うとかやってたりしました。その程度のことは一々気にしませんよ」
――それでいいの?
「ええ、それでいいのです。手を出して来たら、ぶちのめしますので」
あなたは無言で肩をすくめた。……エノテラに勝てる気は全くしなかった。もちろん、無理やり手を出すような真似はまったく考えていなかったけれど。
――朝食の前に、鍛錬に行ってくる。
”準備”を終えたあなたは外に出る。はた目からは礼服のようなきっちりとした服装をしているように見えて、実はごろつきの1ダースや2ダース程度は殲滅できるだけの装備を隠している。そのウェイトを付けたまま、ランニングする。
大の大人でも何歩も歩かないうちに音を上げる狂気の沙汰……そして、それはなぜか着いてくるエノテラも同じで、わざわざあなたのスピードに合わせている。しかも彼女の武器、身の丈と同じ高さの鉄塊を背負った上での走り込みは、人間がやれば即座に膝をぶっ壊す。
その後は黙々と型の確認をする。あなたは、花騎士世界で団長に内定した誰かと、現代社会で生活していた自分が混ざりあった”何者か”になっている。そのことについて、何かを思うことはない。新しい自分に生まれ変わった、そして――前世に戻りたい気持ちはない。”それ”は別人なのだ。
だから、これは確認作業。”この”自分がどこまでできるのかを確認する。団長としての自分は修行僧のような男だった。しかも修行をすることが目的となった本末転倒なタイプ。いくつもの流派を一流まで鍛えておきながら、その先は興味がないとばかりに他に行く。ゆえに、型は膨大。引き出しは無数。
――結局、昼までかかってしまった。エノテラも身体を動かしていたが、途中で飽きたのか寝てしまった。
「それで、次もゴブリン退治ですか?」
そのようだ、と頷く。昨日の豪遊で残った金は少なかったから、あまり仕事を選ぶこともできない。まあ、どちらにせよあなたとエノテラにはこの日を寝て過ごすような選択など取らない。言ってしまえばストイック、悪く言えば興味の対象以外にはあまり関わるような人間でもない。
「まあ、さっさと行きますか」
そして、特筆すべきこともなく依頼は終了した。当然だ、『害虫』に比べてゴブリンなど物の数にもならない。それでも、一山いくらの新人には事故が怖い仕事ではあるから金になる。少なくとも、場末の酒場の中でも良い酒を浴びるように飲めるくらいには。
そう、洞窟をねぐらにしていたゴブリンは全滅させた。取りこぼしはない。なのに、事前に森のそこかしこに仕掛けていた鳴子が鳴った。
あなたが仕掛けた罠は大きな音を出さない。知能の低い魔物ならかかったことにすら気づかない。だが、戦場慣れしている者なら必ず気付くようなレベルの低い罠でしかないこともまた事実。
エノテラはパ、パ、パとハンドサインを送る。「どうしますか」と聞いてきた。騎士団で使われているものの一つ、これはむしろエノテラの博識を褒めるべきだろう。あなたは同じくハンドサインで「様子見」と返した。
洞窟の外から声が聞こえてくる。
「――おい、ホントにやんのかよ」
「疲れたよ」
「うっさい、お前ら黙れ。ゴブリンくらい、俺たちでやっつけてやるんだ」
子供の声だった。と言っても、16に届くか届かないかの年齢だろう。やんちゃざかり、と言うに相応しい。あなたとエノテラはどちらからともなく顔を見合わせて、肩をすくめた。
「で、どうします?」
――ああ、そうだな。少し驚かせてやるか。
あなたは気乗りしなさそうに言った。冒険者をやりたいなら少しくらいなら教えてやるか、という仏心。”団長”だったときには絶対にしなかったことだ。反対に、エノテラは少し面白そうに口の端を上げた。
子供たちは意気揚々と洞窟に向かってきている。そして……
「ぐわあっ」
あなたが仕掛けたローブに足を取られてすっころんだ。これも、ゴブリンが外に出て行った時のための罠。
それにかかるということはゴブリンと同レベルということだが。
「おいおい、大丈夫かよ」
そう言って、助け起こそうとロープをよけてそいつの方に足を踏み出した瞬間。
「うわあっ」
すっころんだ。ばればれの罠の隣に本命を仕掛けておく定番の手法である。
「ちょ……わあっ」
そして、息も絶え絶えの三人目は何もなくともすっころんだ。もうギャグでしかない光景に、あなたもエノテラも声を上げて笑うのを我慢するのに必死である。
「だああっ! この!」
最初に転んだ男が乱暴にロープを剣で切る。どう見ても安物とかそういう問題以前に錆びている。使ったロープがそこらの植物で作った簡易なものだから斬れたが、おそらく市販のロープなら切れまい。
「おい、お前ら! 寝てないで行くぞ!」
大声を張り上げた。あなたとエノテラは頭を抱えてしまう。あまりにも、お粗末だった。そもそも冒険者にさえ見えやしない。ゴブリンが弱いなどという話を真に受けて、冒険者ごっこをする村人など、こんなものだった。
そして、大声を出した彼は一人でずんずん先に行ってしまう。
「はい、そこまでです」
エノテラが洞窟の入り口で、まだ転んだままの彼の仲間に武器を突き付ける。ちなみに、入り口にいるのは忍び足で歩いて行ったからである。後ろを横切ったのに、面白いほど気付かなかった。
「――お前、何者だ!?」
叫んだ。まあ、いきなり仲間に武器? を突きつけられればそうなるだろう。まあ、世間一般的に武器みたいな形状には見えないが。
「ストップです。この子がどうなっても知りませんよ?」
「……っぐう」
そのボロボロの剣を捨てた。
「このアマ!」
二人目が飛び掛かろうとして、あなたが足を払ったことにより、二度目になる転倒芸を披露する羽目になった。
「……まったく、全然ダメダメです。あなたたちには冒険者、向いていないと思いますよ。傭兵団に居たら叩き出していたところです」
ため息をついて、武器を離した。エノテラはあくびまでしている。
「お前ら、一体何なんだ?」
毒気を抜かれたように呟く。
――ただの冒険者だよ。で、君たちはちゃんとおうちまで帰れる?
「馬鹿にすんな! ガキじゃねえ」
どうやら怒らせてしまったようだ。あなたもエノテラも子供の扱いはうまくない。彼らはどすどすと、足音を荒げて山を下りていく。
「……どうします、団長? 護送でもしますか? 正直、とても面倒ですけど」
それには及ばないだろう、とあなたは返した。この世界は平和に過ぎた。この街がたとえ何の変哲もない田舎町だとしても……花騎士世界の”害虫”はここまで弱くない。そして、敵が少なすぎた。
だから、彼らも無事に家まで帰り着く。どこに行ってたのか聞かれ、素直に答えたら危ないことをするなと拳骨を貰う平和な世界。
彼らの姿が見えなくなるまで見送ったあなたとエノテラは街へと狩絵里、そして今日も酒を呑み交わし、一緒の部屋で眠りにつく。