あなたとエノテラは今日もトレーニングをこなしてから、討伐依頼が入っていないか酒場の店主に聞きに行く。
「……いや、普通はゴブリン相手でも2日連続で討伐依頼をしたら休むもんだぜ?」
店主は少し困ったように頬をかいている。そもそも、いくら近場と言えどもただの新人だったら三日程度はかけるのが普通である。走って帰ってこれる方がおかしい。
「いえ、そういうのはどうでもいいんで。エノテラも団長も初心者じゃありませんので、自分の体調くらい把握しています」
だが、エノテラは知ったこっちゃないといった態度である。口出しされるいわれはないと言わんばかりの態度だが、実際にこの二人のレベルだと他人の口出しは邪魔である。それこそ、毒気を抜かれたら長所が潰れてしまう。この他人の話を聞き入れない態度も理にかなっている、自身の利益という一点において。
「あー。そんじゃ、採集依頼で手を打ったりは?」
「ありえません。というか、そんな依頼しかないならこの街を出ます」
完全に本気の目である。ただ、あなたも同感であることが困りごとだった。あなただった男も、団長だった男も、ここまで好戦的ではなかった気がするのだが。というわけで、あなたは別の街に行くための皮算用を始めた。
見かねたのか、店主が焦ったように言葉を重ねる。あなたとエノテラは稼いだ金をパーッと使うとびっきりの上客だ。そうでなくとも、依頼をこなしてくれれば仲介料が懐に入る。めったにあるものでもない大型の依頼でも来れば、普段の稼ぎなど吹っ飛ぶくらいなのに、まだ小さな仕事しか振っていない。
「いや、ちょっと待て。まあ、お前らは本当に初心者じゃねえのがなんだかな。まあ、依頼は用意してあるんだ。ほれ、こいつだ」
「……ふむ」
エノテラと二人で依頼書を覗き込む。オーク討伐だった。数は1、相手にするならゴブリンの集団よりも簡単かもしれないレベルだ。相手にとって不足はあれど、ゴブリン以外を相手にするのは初めてで、その意味では街を出るのを先延ばしにするだけの価値はある。アイコンタクトで同意を取る。
ただ、オークは膂力においては人類など簡単に上回ってしまう。多少の知恵を回せば動きを封じ、全力で振り下ろせばそこらの農具で殺せてしまうゴブリンなどとは違う本物のモンスター。鋼鉄の鎧など何の意味もなく中身ごと鉄くずに変えられてしまうほどに強い。
単純にエノテラも団長もそれが雑魚にしか見えない怪物を討伐してきたから、相対的に弱く見えるだけだ。
「では、その依頼を受けましょう」
ちまりエノテラにとっても、あなたにとっても相手にとって不足アリだ。害虫と言うのは、その程度ではないのだから。踵を返し、なんの気負いもなく出ていく。店主は後ろ姿に声をかける。
「おお、そうだ! 伝言忘れてたぜ! ガキどもを助けてくれてありがとうって、おばさんどもが言ってたぜ!」
エノテラは振り向かないで手のひらをひらひらと振って返した。
そして、三時間ほどで現場に着いた。
「――さて、見つけましたね」
あなたはエノテラに待ってくれるように頼んだ。ファンタジー知識豊富なあなたはその姿に違和感を持った。まあ、人里にほど近いここには魔物の姿はほとんど見えない。魔物違いというわけでもなさそうだが。
「まあ、ゴブリンよりは手ごたえがありそうですが。……どうしました?」
あれがオークということに違和感を持ったことを話した。とりあえず、一当たりして様子を見ることを決める。相手はまだ気づいていない。
「「――」」
走る。相手が気づいたが、それも織り込み済み。あのオークの迎撃よりも先に攻撃が終わる。その前に決定的な領域まで踏み込み、斬り抜ける。
だが、あなたの刃は途中で止まる。肉を断ち、骨まで達し……しかしそこで止まる。力が足りない。もっと言えば、魔力が。団長は花騎士ではない、ゆえに”攻撃力が足りない”という絶対的な壁が立ちふさがる。
思わず、舌打ちを打つ。エノテラの方は何の抵抗もなく、より筋肉が厚く骨が太い足を切り裂いていった。
「ぐうおおおおお!」
敵が咆哮する。すでに安全圏まで離れている二人の目の前で、肉を断たれた腕は一瞬で、そして足は1秒もかからずに修復する。あきらかにオークなどではない。これは、更に上位種……トロールだ。
オークよりも力強く、更には無限の再生能力を持つ。さらには。
「……人間が! こしゃくな!」
人語まで解すと言うのだから、その一点においては害虫すらも上回る。あなたは一歩を踏み出した。そして、一人で相手をさせてくれるよう頼む。エノテラは一つ頷いて、了承の意を返してくれた。
トロールは棍棒を振り上げる。うなりを上げて、振り下ろす。
――喰らったら、ひとたまりもないな。
あなたは口の端に笑みさえ浮かべてつぶやいた。普通だったら恐ろしかろう。「当たらなければどうと言うこともない」とは、所詮はゲームの中の話である。己の技と身体能力があればかわすのは容易……だからと言って、対処可能なら命の危機が恐ろしくないかと言えば、そんなことがあるはずもない。
「っぬ! すばしっこい……!」
それら全てを回避する。そうやって自分の状態を一つ一つ紐解いて、自らを戦闘機械にチューニングする。それが人間の精神状態としては異常であることをわかった上で、その異常性にすら恐怖を抱かず……心・技・体を研ぎ澄ます。
おそらくは、あなたはサイコパスと呼ばれる精神疾患だったのだろう。生命の危機に恐怖を抱かないと言うのは、人間として欠陥でしかない。
「この! このこのこの!」
敵は怒っている。そんなものは無視して、あなたは心技体を研ぎ澄ます作業を続ける。回避はもういい、目を閉じてもあの速度ならば対応できる。ならば、次の段階、攻撃を。
――もう少し、試させてもらうぞ。
「っが!」
腕を斬った。
「っちぃ!」
こん棒が振り下ろされた先にはすでにあなたはいない。次はそいつの足を切り裂いた。だが、その傷もすぐに癒えてしまう。無限にも思える再生能力、やはり厄介だが……それ以上にあなたは己の至らなさに歯噛みする。それもこれも、団長であるがゆえ、花騎士ではないゆえの攻撃力の不足。
「っおのれが――ッ!」
ざくざくと刻んで、刻んで……しかし、回復する。痛みはあるのか、叫んで、攻撃がより激しく、だが雑になっていく。もう特に回避する必要すらも感じない。
「ぬああ!」
足を止めたあなたにまっすぐこん棒が飛んでくる。
『華聖拳・流水』
流れる水のように、敵の攻撃を受け流す。そして、
『霊華剣・穿孔』
魔力を収束させた一点突破の突き。心臓を射抜いた。……あなたに油断はない。だから、”それ”にもすぐに気が付いた。筋肉の収縮、剣が抜けない。ならば、敵はまだ生きている。
「っがあああああああ!」
心臓が潰れているとは思えないほどの剛毅な横なぎ。さしものあなたもギリギリ回避を狙うような真似はしない。それでもなお、突風に目をやられた。
「……殺ォす!」
隙を逃さぬ二段構えのパンチが来る。もちろん、この相手にそんな知能はない。怒りに任せた無茶苦茶な攻撃が偶然にもそうなっただけ。無論、あなたにそんな悪あがきは通用しない。
――で?
視覚を潰されてくらいで戦えなくなるようなやわな鍛え方はしていないのだ。もちろん、そうではないということは”頭のおかしな”という言葉とイコールで結べてしまうのだが。
『華聖拳・流水』、接続……『華聖拳・断空』
苦し紛れの二段攻撃を逸らして無効化、そのまま敵の身体を宙へ打ち上げる。
『華聖拳・崩心』
害虫の硬い甲殻を”砕く”ための技。皮膚を破き、心臓を砕き……突き刺したままの剣を手に取り、柔らかくなったところを”かき回す”。技ですらない処刑執行。激痛に雄たけびを上げて跳ね回るトロールに。
『禁術・旋蓮頸』
飛びつき、首をねじり折った。花騎士世界においては裏の流派、人間を殺すための武術。武道に身を置く花騎士からは顔をしかめられてもしょうがない下法だが、エノテラは平然としている。
「…ガアアアア!」
動いた。心臓があった場所は肉塊となって空洞となった。首が折れて見つめているのはあらぬ方向。そんな死体が動いた。”それ”よりも、あることに気を取られて、あなたはまともに一撃を受けてしまう。
呻いて、転がる。分かっていたはずのこと。あなたは花騎士ではないがゆえの非力さが悔しかった。あれでダメならもう無理だ。トロールを殺し切れる方法などない。
更に言うなら、折った時に分かってしまった。――全力の剣技を用いても、首は刈れない、奴の硬い脛骨を断てない。
「……団長!」
攻撃を受けたのが予想外だったのか、エノテラは焦ってこちらに向かってくる。それも、なんだか嫌な気分だ。自分の力不足が、心に影を落とす。
「うるさいです。消えなさい……!」
エノテラが消えたように見えた。魔力ブーストによる高速移動、そして無数の斬撃を放ち様にすぐさま後方へ飛びのき、その十字架を敵へと突き立てる。魔力収束、起爆点設置、そして。
「『聖光のブルーロザリオ』!」
――爆破。収束された魔力は破壊力を逃さず極小規模の大破壊を引き起こし、桜色の光が辺りを照らす。大型害虫ですらもただの一撃で塵に帰す必殺技だ。あとには何も残らない。
あなたは言葉もなかった。実はとっさに受け身を取っていた上、攻撃とはとても呼べないお粗末な悪あがきでは骨にヒビさえ入っていないから戦闘に支障などない。痛いが、湿布でも貼っておけばいい。やはり、とため息をついた。
あなたはエノテラに”同レベル”とは、とてもではないが至っていない。足手まといでしかないと自覚して、暗い気分になっていた。それだけで立ち上がる気すら湧かなくなる。
「……どうしました? 痛いなら、おぶって帰りますか?」
それには及ばないと首を振った。彼女の顔をまっすぐ見えないから、そっぽを向いて自分で立ち上がって歩き出す。
「……?」
エノテラは首をかしげていた。