――っは!?
あなたは飛び起きようとした。しかし、それは無理な相談だった……なんと、手足をベッドに縛り付けられていた。
ぐ、と引いて強度を確かめる。ロープを引きちぎるのは少し厳しい。両端から引っ張るならともかく、今は両手両足がつなげられている。だが、それならばと少し勢いを付けて引っ張ってみる。木のきしむ音。これならば、全力で引けばベッドの脚を破壊できる。両手のどちらかでも解放できれば、あとは残りを処理するだけだ。
破壊の算段を付けたら、周囲を確認する。辺りは真っ暗、おそらく、窓には木でも打ち付けられているのだろう。地下の石造りのような湿気は感じない。声が聞こえる。おそらくは、ここは街中……それも、宿泊施設のどれかか? そこまで考えたところで、熱に浮かされたような声が聞こえてきた。
「おや、起きたようですね。団長、スピスピ寝すぎです」
エノテラの声と同時に明かりがついた。部屋には見覚えがないが、造り的には宿の一室だが見覚えがない。別の宿を借りたのだろう。
「薬の分量は完璧ですが、予定時間より30分遅れてます。団長と薬の相性が良すぎたのか、ベッドの寝心地が良すぎたかのどちらかですね。まあ、何にしても寝つきが良いのは良いことです」
――何のつもりだ?
そう言うが、あなたには睡眠薬を盛られるシチュエーションに一つ心当たりがあった。キャラクターストーリーでは団長が睡眠薬を盛られた上に馬車で拉致される。それは、その街に親しい花騎士が多く居たためだろう。この知り合いのほとんどいない街では、外よりも宿屋の方がずっと安全で、知人に突撃される危険もない。まあ、場所は違えどシチュエーションとしては同一と言うこと。
そして、更に悪いことに、今あなたは服を着ていない! もちろん、記憶には服を脱いだことなど残っているわけがない。意識があった最期の時にも、服は着ていたと断言できる。だから、これは――パンツ一枚を残して剥ぎ取られたと言うこと。ここが宿屋と言うことが状況を悪化させている。さすがに”外”であればエノテラだってこんなことはしていなかっただろう。
「人さらいではないですよ。逃げようとした団長が悪いんです」
エノテラが下腹にそっと手を触れてくる。柔らかい指の感触とともに、ぞわぞわとした感覚が登ってくる。一瞬、誰かに助けを求めようとした――が、”そんな誰かはいない”。助けてくれと願うような相手は居なかった。あなたも、団長も、空虚な生を送ってきた……ゆえに融合しようとも気にしなかった。
「団長も罪な人です。エノテラをとりこにしておいて、逃げようとするからそういうことになるんですよ?」
愛おしげに撫でる手は腹から上へ登って行った。あなたは身の危険を感じた。完全に女の子が男に襲われるシチュエーションである。もっとも、襲っているのは見間違えようもなく女であるが。
――っく。
声が出てしまう。あならの胸は別に開発などされたことがない。乳首をなでられたところでくすぐったいだけなのだが、完全に本気な目のエノテラが怖かった。
「……ふふ。ジワジワは性に合わないので、一気に遂行です。それとも、ここはこう言うべきでしょうか? ――天井のしみでも数えている間に終わりますよ」
それは女の子の科白じゃないと答えた。
「エノテラ、決まりごとはあまり好きじゃないです。だから、無理やりします。……誘拐、です」
男が女にやるような嫌らしい手つきに隠れていたが、わずかに手が震えている。目も、揺れている。……動揺している。
――エノテラ?
呼びかけると、ビクリと震えた。おそるおそる目を覗き込んでくる。……怯えていた。あなたは納得したような気持ちになった。郷愁と言うやつだ。ここは花騎士世界ではない、だから彼女は傭兵団の仲間とはもう二度と会えない。そう決まったわけでもなかろうが、ここには『世界花』がない。それを考えてしまうのはむしろ当然と言える。
この見知らぬ世界で正真正銘、二人きりとなってしまった。
「誘拐です。身代金を払ってもらいます」
だから別れたくはないのだろう。ただ一つ残った
けれど、この見知らぬ世界に投げ出されて、人の温もりを知ってしまったら孤独には戻れない。好き勝手できたのも、帰る場所があったからだ。何をしても傭兵団に帰ればいいという安心感。故郷も、家もなくとも実家はある。けれど、その場所は今や”遠い”。距離どころか、世界の壁が隔てている。
温もりを求める相手は故郷を知る者なら誰でもよかった。それでも、最初にすがったのはその人だから、代わりはない。他の誰かに乗り換えるには、移り気をするほど安い女じゃない。
――おいくら?
だから、身代金なんて発想はユニークであなたは少し笑ってしまった。本質的に、この世界のお金は、”この世界のお金”でどうでもいい。帰れると決まったわけでなくとも、もし帰れたら捨てて行っても構わない程度の代物だから。
「笑わないでください。身代金はあなたに払ってもらいます」
――別に、ドラゴンを倒した金はエノテラのものでいいさ。俺は何もできなかったしな。
あなたは自嘲的な笑みで答えた。絶対的な攻撃力の差はあなたの心に影を落としていた。そう、あなたは”面倒くさい”人間だ。負けたところで建前では相手を褒め称えても、内心ではどろどろとした思いが渦巻くような人間だ。
「お金はどうでもいいです。団長が望むなら、いくらだって稼いできてあげます。エノテラが望むのは『永遠』です」
――?
「永遠。エノテラが団長と一緒にいる時間……永遠、それが身代金。理解しましたか?」
その言葉はあなたにとって嬉しくもあれば、忌々しくもあった。”加護”という基礎能力の違い、あなたにとって雪山行軍は死を覚悟するものでも、花騎士は鼻歌交じりにやってのける。この例では寒さに対する耐性だが、熱でも毒でもあらゆるものが例外ではない。人間の身体は弱すぎるのだ。その性能差をまざまざと見せつけられる、永遠に。
――……。
「少し、怖い顔してますね。団長」
――解いてくれない? これ。
あなたは話を逸らそうとした。
「駄目です。エノテラとずっと一緒にいてください。永遠を誓ってくれるまで、監禁です」
微妙に話を逸らしきれずに、あなたはそっぽを向いた。
「これは脅迫じゃありません。取引です。だから、団長をもらう代わりにエノテラを上げます。団長はエノテラのもので、エノテラは団長のものです。そうしてくれるまで、離しませんから」
エノテラはあなたの胸に顔を埋めた。さすがに、ここまでされればあなたも引けなくなってくる。元々、顔も声も好みで、”この”性格が好みだったからゲームでは彼女を不動の第一副団長にしていたのだ。
男な部分はこのまま手を出してしまえと言っていても、男の子な部分が嫌と言っている。自分が最強じゃないと面白くないのだ。自分はそんな都合の良いものじゃないことは、二つの人生でよく分かっていたはずなのに。
「――団長。お願いです。エノテラとずっと一緒にいて?」
しかし、こんな潤んだ瞳で上目遣いなどされてしまったら。その瞳は不安で揺れている。最悪はそれも覚悟しているだろうけど彼女が本当に欲しいのは”心”だ。身体も心も両方手に入れたいと思うのが当然だろう。
だから、あなたはこの奇麗で強く――そして”かよわい”彼女を手に入れたくなってしまった。
こうしているのも、不安でたまらないのだろう。けれど、逃してしまう方がもっと怖いからしかたなくこんな手段に出た。嫌わないで、嫌わないで、と目で訴えてくる。それでも駄目なら、せめて身体だけでも、と。
――目、閉じて。
あなたはエノテラの頬に触れた。縄は既に解いてあった。痛くないように縄は微妙に緩ませてあったから、それでは暗殺技術を含め特殊な技術を持っているあなたを拘束するには少々足りなかった。
「はい。団長」
エノテラはパっと笑顔になって目を閉じた。何も疑問には思ってなさそうな顔。あなたは体を起こして、その唇に口づけた。心の隅で、鍛え上げた戦闘技能が今ならその細い首を折れると伝えていた。下らない妄想だと自嘲するが、そこまで信じられていることは嬉しかった。実際、あなたと言えば今の今までそんな隙はエノテラにすら晒していなかった。
「嬉しいです。……団長。団長!」
頬を上気させたエノテラはあなたを押し倒してしまった。そんな戦場では致命的な隙は、あなたの頭もまたゆだっていたから。こんな経験などなかった。
「愛を確かめ合った男女。密閉空間。と、来ればやることは一つです。団長、エノテラとたくさん、いちゃいちゃちゅっちゅしましょう」
あなたはすでに裸同然だ! そして、エノテラが服を脱いでいく。
「心配しなくて大丈夫ですよ。別に男性の方は初めてでも痛くないそうですから」
――エノテラは?
「優しいですね、団長。でも、団長と一つになれた証なら嬉しいくらいです」
あなたはエノテラの全てを受け入れることにした。
――監禁end――
というのは冗談ですが、エノテラの話を書く上では絶対にやりたいことでした。団長の花騎士に劣る性能は、監禁の引き金を引くために用意した設定です。あとで武器で補正します。