オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
回想シーンとなります…
それは1年前、緑谷出久がOFA(ワン・フォー・オール)を身に着けるために厳しい修行を課されていた日々のこと。
夏真っ盛りの季節の中、中学校では夏休みが始まり、緑谷少年の特訓もますます加熱していた。
日中のトレーニングは、緑谷少年の住む地域の近くにある不法投棄物だらけの海浜公園が主な舞台だ。景観はともかく、この海岸はトレーニング場所としてはうってつけだった。
この時期でも多少は涼しく、水泳や砂浜でのロードワークもできるし、流れ着いたゴミを使った訓練もできる。
何より良いのが、人目に付きにくいというところだ。
オールマイトはこの頃にはもうだいぶヒーローとしての活動を縮小しており、その分、付きっ切りで緑谷少年のトレーニングを見ていた。細身のスマートフォームに変身していたため誰かに見られてもさほど問題はなかったが、時折挟まれる会話の内容を考えれば人の気配が無いに越したことはないのだ。
なお、緑谷少年の特訓は基本的に肉体づくりに終始しているため、オールマイトの役目は師匠というよりはトレーナーに近い。しかし、これが結構重要な仕事だった。
特訓中の危機管理はもちろん、最近の緑谷少年は「やる気がありすぎる」ため、トレーニング密度を適度に調節してやる必要があった。
オーバーワークは逆に効率を悪化させるし、ましてや体調不良でその後のトレーニングにまで影響が出てしまっては本末転倒というものだ。オールマイトは根性論も割と好きだが、だからといって理屈を軽視したりはしない。
その日も、緑谷少年は朝早くから吐くほどのハードなトレーニングをこなし、それをオールマイトは応援し、叱咤激励した。
そして、タイミングを見計らって正午前に緑谷少年に昼食を取らせた。
「すごい、今日は素麺だ!」
緑谷少年は顔を輝かせてオールマイトを見上げた。
オールマイトが持ってきた今日の弁当は、保温機能のあるランチジャー型の弁当箱だった。
ジャーの中では、茹でられた素麺と、麺つゆ、そして冷やし中華のごとく色とりどりの具が、小分けにされた容器に入って氷で冷やされていた。それはまさしく夏の風物詩、素麺だ。
さらに別の包みには、保存性が良く、冷たくても美味しく食べられる料理が保冷材と一緒に入っていた。
「素麺って弁当にできるんですね」
「私も今初めて知ったよ。ユニークなアイデアだが夏にはぴったりだな!」
師弟は顔を見合わせて笑いあった。
ゴミの山に埋もれるように浜辺に存在する桟橋、その先端にひっそりとたたずんでいる休憩所が二人の定番の昼食スポットだった。
屋根があるというだけでなく、海にせり出しているぶん他の場所よりも涼しい海風が吹いてくれる。こうしてこの場所で昼食をとり、日陰の下で休むのが訓練中の数少ない憩いの時間だ。
平均的な成人男性の4倍近い体重をほぼ筋肉で稼ぐオールマイトと、かなり強度の高い運動を日々こなす成長期真っ盛りの男子中学生。ともに食事の量は多い。二人が豪快にかき込むうちに、大量にあった弁当はみるみる減っていった。
そうして弁当が残り少しになったころ、「それにしても」と、緑谷少年は口を開いた。
「オールマイトの奥さんって本当に料理が上手なんですね!」
思わぬコメントに、オールマイトは少しドキッとした。
オールマイトは内心の動揺を隠して親指を立てて見せた。
「まあね! 自慢のワイフさ!」
緑谷少年が何の気なく口にしたであろう言葉は、実はオールマイトが抱えていた後ろめたい気持ちを刺激するものだった。
何が後ろめたいのかって、人間の血が入った料理を食べさせていることがだ。
ここのところ、妻…桃香が弁当を作ってくれるようになってからの緑谷少年のバイタリティは少々異常だった。そして同じ弁当を口にしているオールマイトも、絶好調の日々が続いている。
料理に治癒の効果を含んだ血液が混ぜこまれているのだろうとオールマイトは考えている。
オールマイトはこのことをかなり早い段階で察していたが、この治癒が緑谷少年のトレーニングにとって非常に有益なのは間違いなく、これの有無が彼の成長、ひいては雄英の合否という進退に関わる可能性もあることを考えたら、後継者を望む師としては止めることはできなかった。
ちなみに血液が混入した料理だが、味は抜群に良い。なにせ桃香の血液は「美味しい」。
自然界に存在する「嗅覚や味覚に快の感覚をもたらす物質」は、だいたい生体にとって有益なものである。逆に言い換えれば、人間はエネルギーを多く含む物や体に欠けている栄養を含んでいる物に美味や芳香を感じるようにできているということだ。
その点から考えれば、桃香が治癒のエネルギーを載せた体液はいわば生物にとって純度100%の有益なものであり、それが他者にとってこの上なく香しく美味であるのは自然なことだと言っていい。
桃香という名前も彼女が生まれた際に果物のような芳しい香りを感じたことから付けたものだと、オールマイトは彼女の父親である元氣から聞いた事があった。
そんな裏事情など知る由もなく、緑谷少年は美味しそうに弁当を頬張り続けていた。
ふいに、オールマイトは手に持っている器の中の麺つゆを見た。
多分、この中にもほんの数滴程度だろうが桃香の血液が含まれている。
桃香が他者に対して個性を使用するためには基本的に彼女自身の血液を消費する必要があって、この部分を否定することはできない。
目に触れるように置かれる事は決して無いが、オールマイトの家の台所には、消毒が容易な総プラスチック製の太い針の注射器が常備されている。
本当は多少効率が下がるものの血液以外の体液でも彼女の個性を使用できるとのことなのだが…
かつて負傷を治癒してもらう際、血液以外の選択肢を希望したところ、「じゃあ他に僕のどの体液を飲んだり塗ったりするんですか」と端的な指摘を受けて、口を閉ざすしかなかった苦い記憶がオールマイトにはある。
しかし、かつては保護者として、今は夫として、彼女が多少なりとも自分に傷をつけることについてはやはり常々思うところがある。とりわけ桃香の自傷行為にまつわる事に関してはトラウマ級のエピソードがいくつもあって、オールマイトは実にナーバスな思いを抱えている。
「………」
暗い回想が始まりそうになるのを振り切って、オールマイトは打ち寄せる波に目をやった。
そしてふと、隣に座る緑谷少年のことを考えた。
OFAを継承するにあたって、オールマイトは緑谷少年に対していくつか必ず伝えておくべきことがある。
唐突ではあるが、そのことを語る機会があるとしたら、それは今この時であるように思えた。
数瞬ほど考え、オールマイトは緑谷少年に向き直った。
「…緑谷少年。午後のトレーニングを始める前に、少し話をしよう」
「…? はい」
その改まった様子を感じたのか、空になった食器を置いて緑谷少年もオールマイトを正面から見た。
オールマイトは語り始めた。
重い話になる。まずは軽い所から。
「私が妻と結婚したのは、実はけっこう最近のことなんだ」
「そうなんですか?」
「というかぶっちゃけ君を後継者に指名してからだ」
「なるほど…」
首を傾げた緑谷少年が相槌を打とうとして、しばし動きを止める。
オールマイトと緑谷少年が出会ったのがこの4月のことで、現在は7月。その間に婚姻したのだとしたら…
「って、それついここ数か月のことじゃないですか!!!??」
「HAHAHA。その通りさ!」
緑谷少年は目玉が飛び出さんばかりのオーバーリアクションをしてくれた。期待通りの反応に、オールマイトは大きく笑った。入りは上々だ。
「っていうか、それが改まって伝えたかったことなんですか!?」
「そうとも!」
「……!? …!!?」
あたふたと身振りする緑谷少年と、快活に笑うオールマイトとの間に静かな風が吹き渡る。
オールマイトは穏やかな海に目線を向けた。
「私はそういう人並みの生活とは無縁で生きていくものだと思っていたんだ。長い事ね」
「…! そんなこと…」
ここから始まる話は、笑い話でも小粋なアメリカンジョークでもない。
それを感じたのか、緑谷少年は体をこわばらせた。
オールマイトが伝えなくてはならないことの一つ。それは、ヒーローのもつ負の側面だった。
光は強いほど影も際立つ、という言葉をオールマイトは聞いた事がある。華やかに見えるヒーローの世界にも影はあり、そして「平和の象徴」の影はより色濃い。
オールマイトは、今は懐かしい、逞しくも可憐な黒髪の女性を脳裏に思い描いた。
「私の師匠にあたる女性は、先代OFA継承者でもあった」
「お、女の人だったんですね」
「そう。そして彼女は、継承者として悪と戦う中で夫を亡くしている」
「…そんな……!?」
「それだけじゃない。これは私も最近知ったことだが、我が子の身を守るために彼女が断腸の思いで離縁した息子は、屈折した思いを抱えたまま不幸な形で生涯を閉じ、孫に至ってはヴィランになった」
「……!!」
緑谷少年は明確に息を呑んだ。
オールマイトは言葉を重ねた。
「緑谷少年。世の中には、ヒーローだからこそ守れないものがある」
書いてたら長くなっちゃったので2つに分割しました。
次話はこの続きとなります。