オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
前回の投稿で評価、お気に入り、コメントを頂き、改めてどれも励みになると強く実感しました。皆さまありがとうございます!
入学して初めての週末は、クラスの女子たちからお誘いがあって買い物に行って、あとは家を掃除してリカバリーガールからの課題をこなしているうちに終わった。
ちなみに買い物は、一人暮らしを始めたばかりの麗日さんの日用品を買いそろえようというのがメインテーマだった。ある程度は地元で両親と買いそろえて引っ越してきたみたいだけど、暮らし始めてみるとやっぱり足りないものが多かったらしい。
高校1年生が家具や家電みたいな種類の買い物をする機会はあまり無いからか、これが結構盛り上がった。(最初、八百万さんが「棚程度の簡単な物なら作りましょうか?」と言いだして、麗日さんもだいぶ苦しんでいたけれど結局買うことになった)
あとリカバリーガールからの課題だけれども、彼女が求めてきているレベルは相当高かった。
かつて僕が前世の記憶に目覚める以前、医者でもあった僕の偽父(ヴィラン)によって医学のレクチャーを受けていたという記憶が残っている。そして僕自身、解剖学と組織学に関しては個性のために自前でそれなりに勉強していた。でも、そんなものは殆ど貯金にはならなそうだった。
残念ながら僕の弁当作りは当初の予想通り、早々に断念することになった。まあ、これからも機会を見て作っていくことにしよう。
愛妻弁当を職員室で食べる俊典さんを想像しながら弁当を作るのは僕の楽しみなのだ。
それに、クラスの皆とまた屋上でご飯を食べようって約束したしね。
そんなこんなで2週目が始まり、何事も無く週の半ばを迎えた。
水曜日。
先週の委員長決定に引き続き、この日、僕はまた朝から憂鬱な気持ちを覚えていた。
アレが来る日だからだ。
生理ではない。いや、生理もきているけれど。
アレというのは、USJだ。
俊典さんは1年A組のヒーロー基礎学実習の担当でもある。なので朝食の時に何の気なしに今日の実習の内容について尋ねてみたところ、「レスキュー訓練だよ!」と爽やかに答えてくれた。
このタイミングでレスキュー訓練ということは、つまりUSJだ。このことを知った時、僕の脳裏に緊張が走った。
前の報道陣襲撃事件は結局起きなかったけれど、それはそれであって、僕がUSJ事件を完全に無い物として見做せる理由にはならない。
というのも、報道陣襲撃事件などなくとも、黒霧のワープゲートやAFOの謎の転移個性さえあればUSJに襲撃を仕掛けてくること自体は全く可能であり、ほんのわずかな可能性に過ぎないとはいえ、少なくとも僕の視点ではUSJ事件はまだ起き得る余地があったからだ。
まるで疑心暗鬼のような感じで自分でもちょっとどうかと思う。でも、ここが僕にとっての最後の見極めポイントだった。
今までAFOが居ないことを理解、納得したつもりで暮らしてきたけれども、自分でAFOの死体を確認したしたわけでもないし、やっぱりどこか燻る思いがあった。だからこそ先日の報道陣襲撃の時にも穏やかな気持ちではいられなかった。
しかし、このUSJで襲撃が無かったらやっと僕は気持ち的に一つの区切りをつけられる気がするのだ。
…これでもし突然黒い靄の中から死柄木弔がこんにちはしてきたら僕は吐く。
という訳で来たる午後のヒーロー基礎学実習。
イカ澤先生が現れて予定通りに「レスキュー訓練」を宣言し、僕たちはコスチュームに着替えて移動することになった。
訓練場所はやはりUSJのようで、着替えた後はバスで移動するとのことだった。
ひとまずコスチュームを受け取って皆で更衣室に移動。
そして僕が部屋の隅でもそもそと着替えていると、麗日さんが話しかけてきた。心配そうな表情だった。
「大丈夫? お昼も食欲無かったみたいやけど…」
食欲が無かったと言われるのは、それもその筈。今日の昼、僕は食堂で大盛のカレーを一つしか食べていない。これはいつもの食事量から考えると3分の1くらいだ。流石に傍から見ていてもだいぶ不自然に思えたのだろう。
「んー、生理?」
「そうです」
芦戸さんがさらっと聞いてくる。それが原因というわけではないけれど、一応肯定しておいた。
「うーん…実習にかぶると大変だよね…」
「まあ大丈夫ですよ。ホルモン剤を飲んでますし」
「え? それってピルってやつ?」
と、そうやって会話していると他の女子も会話に参加してきた。
「え、ヤギモモ ピル飲んでるの?」
「中学の保健の授業で習ったけど、本当に効くのかしら?」
ピルというのは、一般的には低用量ピルと呼ばれる薬だ。
低用量ピルの最も有名な薬効は避妊だけど、その他にも月経に起因する不快症状を改善する効果があって、このために服用している人は世の中多い。
「確かに飲み始めてから症状は改善しましたよ。周期も殆どずれなくなりましたし」
「「へぇ~」」
「そう聞くと、ヒーローを目指す身として導入を検討した方がよいのかしら…」
多くの場合月経中と月経前には痛みやめまいなどが伴う。そういう運動能力を低下させるようなイベントが月に一度数日、多ければ十数日間もあるというのは、命がけの肉体労働をするヒーローにとっては切実な問題だろう。
いつの間にか女の子たちは皆真剣な表情で僕の話を聞いていた。
「ちょっと恥ずかしいけど、大事な事だわ。ミッドナイトやリカバリーガールに聞いてみてもいいかもしれないわね」
「そだね…今度、皆で聞きに行ってみようよ」
そうしていつの間にか、近々女性ヒーローへのインタビューが催されることになった。
その中でただ一人、僕が既婚者であることを知る耳郎ちゃんだけが若干挙動不審だった。
まあ実際、僕は「軽い」方だし、痛覚もないので不快症状の最たるものである生理痛も無い。
それなのに低用量ピルを飲んでいるのは、ひとえに家族計画のためだ。
こんないたいけな子達のまえでそんなことは口が裂けても言えないけど。
そして着替え終わったらみんなでバスに乗車した。
個性の話題で盛り上がる皆をよそに、僕は一番後ろで黙って目を瞑る。
寝ている振りをしながら、もし万が一のことが起こったとしても動揺しないで済むように精神統一に励んだ。
バスはほんの10分程度でドーム状の巨大な建造物の前へとたどり着いた。
学校の敷地内で、位置的には校舎の裏手。周囲には緑地とソーラーパネルが張り巡らされていて、バスは正面の入り口と思しき場所に止まった。
よし、行こう。そしてヴィラン連合、ひいてはAFOの不在を確認しよう。
と、僕が気合を入れて最後にバスを降りたところで、耳郎ちゃんがそっと声をかけてきた。
「…ねえ、本当に大丈夫? 駄目そうなら休ませてもらおうよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
…そんなに普段と違う顔をしていただろうか。気を付けなければ。
「なんだよ、八木、調子悪いのか?」
「う……」
そうこうしていると、話が聞こえてしまったのか悪気ない様子で切島君がやってきて、普通に大きな声で話しかけてきた。
内容が内容なので、耳郎ちゃんはちょっと嫌そうな微妙な顔をした。
切島君の声で多くの生徒達が振り返った。そしてその中の一人、峰田の目がきらりと光った。
「生」
り、と言い終わる前に目を三角にした耳郎ちゃんが峰田にイヤホンジャックを突き刺そうとして…それより先に大きな影が疾風と共に現れた。
皆がその影の正体を認識する前に、その影からは聞きなれた声が発せられた。
「峰田少年!」
「おっ、オールマイト!?」
それはオールマイト…すなわち俊典さんだった。
「前回も言おうと思っていたんだが…」
ざわつく周囲をよそに、突然瞬間移動的に現れた俊典さんは深くしゃがんで峰田と目線を近くすると、大きな手で峰田の両肩を持つ。
そして見下ろしながらニカッといつものように笑った。
「そういうのはヒーローを目指すなら控えたほうがいいぞ」
ただし顔が近い。
「は……は、はい…」
その圧力を受けている峰田は受信した携帯電話のごとく振動しながら頷いた。
「オールマイト…」
「さすがナンバーワンヒーロー、紳士ですわ…」
HAHAHA! と笑う俊典さん。男子たちは苦笑気味に、女子たちは嬉しそうにそれを見た。
僕も嬉しい気持ちになった。
多分他の人が相手でも俊典さんなら峰田を窘めたと思うけれど、こうして飛び込んできてくれたのは僕がセクハラされそうだったからじゃないだろうか。そう思うとちょっと嬉しい。いや、だいぶ嬉しい。
峰田が「でもこれこそがオイラのアイデンティティーなんであって…」などとブツブツ呟き、飯田君に「もっと健全なアイデンティティーを獲得するんだ!!」と熱弁されているのを尻目に、俊典さんはマントを翻してみんなの方に向き直る。
「さて…順序が狂ったけど、私が来た!! ようこそA組の諸君!」
「今回もオールマイトが見てくれるんですね!」
緑谷少年が歓喜の声をあげると、俊典さんは胸を張って緑谷少年に頷いた。
「その通り! 今回の実習は私と相澤君と、もう一人の教員が担当するぞ。さあ、中へ入ろう!」
1年間も個別指導を受けていたというのに、緑谷少年がクラスで一番俊典さんの登場に喜んでいる。本当に俊典さんのことが好きなんだなぁ…
そうして生徒達が移動を始めると、相澤君ことイカ澤先生がのっそりとバスの中から姿を現した。
「…飯田、峰田。遊んでないで行くぞ」
「はい!」
「はい……」
ドームの中に入ると、すぐに下りの大階段があり、その向こうには燃えたり崩れたり水が流れたりと様々な環境を再現しているゾーンが見えた。
そして手前には宇宙服がモチーフであろうモコモコのスーツを身にまとった人。彼女は、テーマパークのような光景を見て盛り上がる生徒達に向かってスピーカー越しの声で朗らかに語りかけた。
「皆さん、待ってましたよ!」
スペースヒーロー、13号だ。
ちなみに、ヘルメットともこもこの服で全身が隠れている上にイカ澤先生並みの高身長、さらに一人称が「僕」、など諸々の理由で勘違いされやすいみたいだけど、女の人だ。
「ここは水難事故、土砂災害、家事、etc.…あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です」
…そういえばこの人も丁寧語の僕っ娘だな。これが個性被りか。
と、語りだした13号先生の話を聞こうとしていると、後ろから肩をちょんとつつかれた。
俊典さんだった。
「ええと、八木少女。体調が悪いという話だったけど…」
振り返った僕に、俊典さんは余所行きスタイルのさらに囁き声で話しかけてくる。
そう言われて気付いた。
そういえば、今朝から続いていた不安や緊張感が収まっていた。さっき俊典さんが来てからだ。
今更のように思い出した。
そうだ。もし何かがあってもこの人が居れば大丈夫なんだ。
俊典さんが居るんだから脳無だろうが死柄木弔だろうが、それこそAFOが来たって大丈夫。そう思ったら、突然いろんなことが大したことではないように感じられた。
「先生に会ったらだいぶ良くなりました」
「んっ…!? ………よく分からないけどそれは良かったな!!」
って言ってるうちに、原作でヴィラン連合が現れたタイミングはもう過ぎていた。
汗をかく俊典さん尻目に、僕はぐっと手を握った。
それから僕達は、山岳ゾーン、被災市街地ゾーンなどで、ヒーローと要救助者の役に分かれて救助訓練を行った。
当然ヴィラン連合は現れることなく、至極平和なものだった。
ちなみにこの実習の一番の見どころは、要救助者役になった飯田君の迫真の演技だった。
滂沱の涙を流しながら「助けてくれ!!! ヒーローーーーー!!!!」とか「良かったなあ麗日君!!!!俺たち助かるぞ!!!!!!!!」とか叫んで、気絶者という設定の麗日さんを笑わせて苦しめていた。