オールマイト「マイワイフは女子高生」   作:ワイフマン教授

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これまでA組の生徒達が発言するとき、誰が言ったかを明確にする必要のない発言に関しては意図的に「○○が言った」などの説明文を省略してきました。
ヒーローアカデミアは口調に割と特徴があるような無いような感じなので、同じ場面で同じ発言をする可能性があるキャラが何通りか想像できちゃいますが、お好きにイメージして脳内で映像化していただければと思います。



13 sideA組 八木桃香の不在

 中間試験を終えて、翌週の金曜日。体育祭を二日後に控え、雄英生徒達のテンションは最高潮に達していた。

 

 ヒーロー科を不合格となって普通科に入学した一年生には鬱屈した思いを抱えている者も居たりするが、基本的には大多数の雄英生が体育祭を歓迎しているし、心待ちにしている。

 朝から校舎内には熱気が満ちていた。

 イレイザーヘッドはそれをぼんやりと感じながら、自分が担任をする1年A組に向かって歩く。

 この雰囲気はイレイザーヘッドが生徒として在籍していた頃も同じで、少し懐かしいようにも感じていた。

 まあ、自身は体育祭に特別な情熱を傾けるような生徒ではなかったから、他の生徒達を尻目に自分のすべきことをしているだけだったが。

 そんな事を考えているうちに、教室にたどり着く。生徒達の元気な話し声が聞こえてくるのを感じながら、イレイザーヘッドは扉に手をかけた。

 

「ホームルームを始めるぞ」

 

 わいわいと賑やかにしていた筈の生徒達は、イレイザーヘッドが扉を開けた瞬間には静かに整然と着席していた。オンとオフがきっちりと別れている、実にイレイザーヘッド好みの合理的スタイルだ。

 クラスには担任のカラーが出るとは言うが、入学式から僅か数日で自然とA組の生徒達はこうなっていた。

 

「先生ー、ヤギモモが居ないけどどうしたんですかー!」

「八木か」

 

 イレイザーヘッドが教卓につくと、教室の最後列で、透明人間の葉隠が、手…というより袖を挙げて見せながら発言した。その葉隠が言う通り、彼女の隣の席は空いていた。

 担任としてイレイザーヘッドが知る限り、八木桃香は近隣から徒歩で通学しており、交通状況に全く左右されることなく毎日1分以内の誤差で正確に定刻の5分前に登校してくる生徒だ。確かに本来ならばこの時点で居ないのはおかしい。

 だが、今日はそれでいい。

 イレイザーヘッドは、ほんの数分前に職員室で顔を合わせた赤毛の女のことを思い返した。

 そしてこのことが本日の朝のホームルームの本題だった。

 イレイザーヘッドは教室全体を見渡しながら口を開いた。

 

「八木は今日から職場体験に行きました。帰ってくるのは5月半ばです」

「職場体験って……」

 

 言葉の意味を理解しかねたのか、生徒達は一瞬呆けたように静かになった。

 

 

「ええええええ!!!!」

 

 

 そして爆発した。

 

「どこのヒーロー事務所に!?」

「いやいや、っていうかこんなタイミングで…!??」

「八木さん、そんな事一言も…」

 

 生徒達は口々に喋り出す。まあこうなるだろうな、と思いながら、イレイザーヘッドは睨みをきかせてそれを静まらせた。

 さて、ここからは力技だ。

 

「八木の職場体験に関しては、全て秘密だ」

「秘密!!?」

「名を明かさないのも、こんな時期になったのも、八木の職場体験先からの要望だ」

「な、何だよそのヒーロー事務所…!?」

 

 あんまりな言いように生徒達は大いに困惑していた。イレイザーヘッド自身、おかしなことを言っている自覚がある。

 しかし、これは納得させなければならないのだ。

 八木桃香の職場体験とはつまり保健室での勤務。コスチュームでの変装の完成度はかなり高く本人の意識も十分とはいえ、発覚の危険は常にある。

 リカバリーガールに関わる諸々の活動は、少なくとも彼女の在学中は秘密のことなのだ。同級生の連中には興味自体を失ってもらわなければならない。

 

「八木がお前らに何も言わないで行ったのも、話せなかったからだ」

「そんな…」

「間違っても八木本人に尋ねるなよ。八木が居ようが居まいが話題にもするな」

 

 イレイザーヘッドは強い口調で言いきった。

 

「八木の職場体験先を詮索しようとした奴は問答無用で除籍する」

 

 ピシリ、と空気が引き締まる。「除籍」の言葉に、生徒達もイレイザーヘッドの本気度合いを察したらしい。

 

「ここで一つ制度の勉強をしようか」

 

 念押しするつもりで、イレイザーヘッドは口を開いた。

 

「除籍、除籍と言うが、実際のところ学校において除籍というのは非常に例外的な措置でな。学校をやめると一口に言っても、普通はそいつが在籍していた記録は残る。除籍ってのはその記録すら消すってことだ」

 

 退学者でも指導の記録は残るし、在籍していたという証明を発行することは可能だが、除籍者はそれすらなくなる。

 

「例えば、入学後に入試時の不正が発覚した時とか、悪意ある欺瞞によって学籍が捏造されていた場合とか。そいつが入学・在籍していたこと自体が間違いだった場合に適用されるのが除籍って措置だ」

 

 つまり、除籍された者は、以後、雄英高校に在籍していたことそのものを否定されるということだ。

 

「俺はそれでいいと思っている。この程度の約束も守れない奴にヒーローは務まらない」

 

 イレイザーヘッドが言いきると、生徒達は緊張した面持ちで静まり返った。これだけ言っておけば八木桃香の職場体験について詮索するような生徒は居まい。

 その中で、一人の女子生徒がおずおずと手を挙げた。蛙水だ。

 

「先生、一つだけ教えて欲しいの。桃香ちゃんは明後日の体育祭には…」

「出ない。職場体験中だからな」

「ケロ…」

 

 これには多くの生徒が反応した。特に何人かの生徒達は顕著だった。

 ヒーロー基礎学実習で八木桃香としのぎを削った者達と、彼女と特に親しくしている女子生徒達だ。

 

「八木は明確に自分の目指すヒーローの具体像があって、そのために必要な教育が雄英高校で受けられるか、入学前から既に校長レベルで話を通している。師事するヒーローにも話はついてるし、今更顔を売る必要はないんだよ。6月には仮免許も取得して、正式にインターンとして授業も抜けるようになる」

「か、仮免許って、ヒーロー免許の!?」

「そう。監督者の責任の下、ヒーロー活動を行うための資格だ」

「ヤギモモ、6月からどっかのサイドキックになるってこと!?」

 

 イレイザーヘッドはついでとばかりに八木桃香のインターンの話もしてしまった。

 リカバリーガールの話ではインターンは平日にも容赦なく行う計画だそうで、八木桃香はそのたびに居なくなることになる。その時になってからまたクラスにこの話をするのは二度手間だ。

 他の意図もある。

 芦戸が叫んだ通り、仮免許のインターン生とて、ヒーロー活動を行う以上は市民からサイドキックヒーローとして認識される。すなわち、曲がりなりにもれっきとしたヒーローの一員になるのだ。

 同級生がヒーローになろうとしている。イレイザーヘッドの期待通り、生徒達はこれまでの話とは違うふうに顔色を変えた。

 

「あの、それって俺たちは…」

「駄目だ」

「な、何で…!」

 

 自分たちも仮免許試験を受けられないのか。インターンに行けないのか。イレイザーヘッドは来るだろうと思っていた質問を即座に却下する。

 

「プロの現場に何があって、その中で自分はどんな風な立ち位置で、どう貢献するか。想像じゃなくて具体的なプランがあんのか。それが無いなら当然許可はできない」

 

 そもそも1年生時点でのインターンは、実力、心構え、信頼、いずれの面でも歓迎できることではないとイレイザーヘッドは考えている。現時点で自分のクラスの生徒達にそれを許可するつもりはもちろんなかった。そしてインターンに行かないのなら仮免許も必要ない。

 生徒達を正面から見返しながら、イレイザーヘッドは言う。

 

「『雄英入学はゴールじゃなくてスタートライン』って話は、よくするもんだ。だが、八木と同じだけリアルにそう考えていた奴がこの中にどれだけ居る。…八木はもうお前らの二歩も三歩も先に行ってる」

 

 ぐ、と生徒達は皆、気圧されたような表情をした。

 それでいい。

 この一件は、他の生徒達のやる気に火をつける火種にしようと考えていた。だからイレイザーヘッドは敢えて生徒達の前で八木桃香を少し過剰に持ち上げてみせた。

 

「真似しようとはするな。だが焦れよ」

 

 そして最後一言を言い残し、イレイザーヘッドは教室を後にした。

 

 幸いこのクラスは負けん気の強いやつらが多い。燃える奴はこれだけで簡単に燃えあがってくれるだろう。

 八木桃香には、仕事を増やすだけじゃなくて少しはクラス経営の役に立ってもらう。

 

 イレイザーヘッドは廊下を歩きながら思いを巡らせる。

 

 八木桃香がほかの生徒の何歩も先を行っているというのは、実際本心からの言葉だった。

 彼女の個性の柱は3つある。個性の根幹である自他を治癒する能力と、無痛覚であることを利用し筋肉の潜在能力を開放して活動する技術と、エネルギーを体内に大量にストックする能力だ。そして、これらはそれぞれが個別の個性だったとしても強力な部類だと言える力である。もとは単なる治癒能力だったものを、彼女はそれだけ応用できるほどにまで鍛えたのだ。これは驚異的なことだと言っていい。

 人間の個性がこの領域に至るために必要な才能と努力の量を雄英高校ヒーロー科の教員であるイレイザーヘッドは当然熟知している。目に見えやすいパワーだとか派手さ云々は抜きにして「個性の鍛え具合」に限って言えば、八木桃香は轟や爆豪のような卓越した生徒すら数段突き放したステージにいた。はっきり言って、実力派のプロと比較しても全く遜色がないレベルだった。直接的に戦闘に役立たない筈の個性であの爆豪を抑えて入試実技1位を獲ったというのは伊達ではない。

 戦闘方面での伸びしろはもうあまりないだろう。だが、それゆえに彼女は実技的には校内での訓練よりも実践での経験を積むことを優先したほうがより効果的な学習ができる段階にあると言える。

 八木桃香は本当にこの時期に職場体験、ひいては近々インターンに行くに足る生徒だったのだ。

 

 ただ、その事実こそがむしろイレイザーヘッドを悩ませた。

 

 それだけの力を得るまでには、いかなる尋常ではない経験があっただろうか。

 彼女の個性や身体能力が「家庭や公共の施設で普通に練習していれば鍛えられる」ような類のものではないということは、ある程度個性というものを理解している者からすれば一目瞭然だった。彼女の力の裏には、文字通りの血なまぐささを思わせる程の訓練と、それを支える狂気的なまでの使命感あるいは強迫観念が存在した筈だ。

 それに、イレイザーヘッドは彼女が自分の身体への負傷を全く厭わないことをこれまでの実習で察している。そのようなシーンを見たわけではないが、彼女は恐らく指が一本取れた程度のことでは眉も動かさないだろう。いくら痛みもなく治るからといって、あの年齢でその境地に至った神経は流石に普通ではない。

 八木桃香はそれほどまでにして得た力で一体なにと戦おうとしていたのか?

 基本的に一人きりで活動してきたアンダーグラウンドヒーロー・イレイザーヘッドとて、教員になってからの分も合わせればプロとしてのキャリアはもう12年にもなる。

 彼女の力。彼女とオールマイトとの関係。彼女の中学校からの内申書。1年間の高校浪人期間。それらの情報から、「飽くまで一つの可能性に過ぎない」と思考の端に追いやりつつもイレイザーヘッドが導き出した想像は、かなり具体的で正確なものだった。

 

 イレイザーヘッドは、八木桃香がかなりの修羅場を経験していて、相応のトラウマを持っている筈だと見ている。その上で、ヒーローとして直面する様々な状況に対して彼女がどのような反応をするのか、このような短期間の付き合いでは想像ができなかったし、ましてや満足に教育することもできなかった。

 普通の生徒ならそれでもまだ良かったのかもしれない。しかし、彼女の活動は身分を偽って行うものなのだから、醜態を晒せばそこで何もかもが終わりになる可能性も十分あるというのに。

 そしてイレイザーヘッドは悩んだ末に、自分の主義ではないと思いつつも、より八木桃香と付き合いの長い校長とリカバリーガールの判断に信頼を委ねつつ、今回の職場体験で彼女の姿勢を測ることにした。

 校長やリカバリーガールはこういう事で贔屓や甘い顔をするタイプじゃない。この職場体験は彼らが許したことである以上、それなりの意味や価値があるに違いないのだ。

 それを加味して、さらに「最初の仕事が体育祭という校内行事であるのを含め、活動が基本的には校内であること」「活動中は常にリカバリーガールと行動を共にすること」。それが、イレイザーヘッドが担任として責任をもって書類に判子を捺く条件だった。

 

「……ったく…」

 

 …今年の受け持ちは本当に厄介な生徒が多い。

 イレイザーヘッドは改めてそう思うのだった。

 

 

………

 

 

「雄英に入った後の話とか、勿論考えてなかったわけじゃないっつーか、なんならガキの頃からずっと考えてたけどさぁ」

 

 イレイザーヘッドが去って空気が弛緩したところで、ぽつりぽつりと生徒達が会話を始める。さほど盛大な騒ぎにならないのは、イレイザーヘッドに散々脅されたからだろう。

 その中で瀬呂が背後に向きなおり、後ろの席の常闇と話し始めた。

 

「それって半分夢とか願望みたいな話だったんだよな。まず入学できるかが分かんないわけだろ。だったらそこを目標にして走るしかないじゃん」

「そうだな…」

 

 倍率300倍、日本最高の難易度の入試に合格することが当たり前の通過点だと言える根性の持ち主が果たしてどれだけいるだろうか。それが虚勢や慢心でなく、さらに合格後のために着々と布石を打っておくなど。

 常闇は複雑な面持ちで頭を振った。

 

「事前に学校と交渉してヒーローと渡りをつけようなど、俺は想像することすらできなかった。凄まじい行動力と自負心だ」

「で、入試主席かよ。嫌んなるぜ。先行きすぎだろ八木ぃ~」

 

「チィッ!!!」

 

「うぉっ!」

 

 突然、自分が背中を向けていた方から突然大きな舌打ちが聞こえて瀬呂はびくりとした。瀬呂がそちらの方に目をやると、その先には筆舌に尽くしがたい恐ろしい表情をした爆豪が居た。

 人に先んじられる事を何より嫌うのが爆豪という少年だ。瀬呂の言葉…ひいては今回の事がよほど腹に据えかねたのだろう。

 

 そんなクラスの様子を尻目に、峰田が緑谷に話しかけた。

 

「にしてもよー、入学前から校長と相談とか普通ありえねーだろ。八木、家族にプロヒーローでもいんのかな」

「ヒーローかぁ。そういえば八木さんの家の話って聞いたことないや」

「だろ?親とかヒーローなんじゃね?」

「…そうかもしれないね」

 

 「だとしたらずるいよなぁ」と呟く峰田に対して、緑谷は曖昧に口をつぐんだ。

 彼は知っていた。

 自己再生と、その再生のエネルギーを用いて身体能力を強化して戦うヒーロー。彼女と全く同じ戦闘スタイルを持つヒーローを緑谷は知っていた。

 「ポジティブヒーロー"GENKI"」

 個性がマッチしなかったためオールマイトとチームアップすることは少なかったが、かのトップヒーローと親友関係にあるとされていた男性ヒーローだ。

 緑谷が生まれる少し前から小学校の高学年になるくらいまでが主に活躍していた時期で、オールマイトが格別好きだった緑谷は、彼のことも大好きでよく知っていたのだ。

 個性は多くの場合遺伝する。ちょうど緑谷と同世代の子供がいてもおかしくない年齢だった筈だし、八木桃香が彼の娘であるとしたら状況証拠的にもまったく違和感がなかった。

 

 ただ、緑谷はそのことを軽々に口にはできなかった。

 そのポジティブヒーローは7年前にヴィランとの戦いに斃れ、亡くなっていた。

 

 同じ個性。

 かつて自分が考えなしに八木桃香に対して口にしたことを今更思い出し、緑谷はひとつ汗を流した。

 

 

 

 

 

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