オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
ただ誤字報告は時折こちらの意図のために適用できないことがあるのが申し訳ないですが、どれもありがたく思っていますのでこれからもよろしくお願いいたします。
てつてつてつてつ。バリバリな目元が特徴の、ヒーロー科1年で最も暑苦しい男だ。
大声で入室してきた鉄哲君に、リカバリーガールは立ち上がりながら渋い顔をした。
「静かだと思ってたら途端に騒々しくなったね」
「失礼しましたァ!!」
「おい、鉄哲!」
「………!」
リカバリーガールだけじゃなくブラドキング先生にも怒られ、鉄哲君は「むん」と口を閉じた。彼は余程意識していないと大きな声しか出せないらしい。
俊典さんのことが好きになったくらいだし僕は暑苦しい人は基本的に好きなんだけど、この人の暑苦しさはちょっと異常だ。
…そういえばこの人は原作では体育祭の前にA組に宣戦布告しに来てた筈だけど、USJ事件が無かったからかそんなイベントは無かった。今更だけど心操少年も現れてない。彼は普通科だから顔も見ていないし、そもそも入学してきているのだろうか。
軽く調べてみた感じでは、少なくともB組のメンバーは僕の記憶違いがなければ原作通りなんだけど。
さておき、僕も画面を消したタブレットを置いてすぐに立ち上がった。
「随分元気な怪我人だねぇ…で、切り傷かい」
「ええ」
「ちょっとここに座って見せてみんさい」
リカバリーガールが手近な所にあった机の椅子を示すと、鉄哲君は頷き、椅子に腰かけて腕のタオルをずらした。タオルの下からは、前腕から一部上腕にまでかかる20cmほどの長さのさっくりと切れた傷が現れた。一瞬切創が見えたと思ったらすぐに沸き出てきた血に隠れ、そのまま血がだらだらと流れ始める。
鉄哲君は傷口を抑えていたのとは別に、脇にタオルを挟んでしっかり脇を締めている。その割には結構血が出ているから傷はちょっと深い。
ただ、部位的にも血の色的にも動脈が切れているわけではなさそうに見えた。綺麗な切り口だし、治るのも早いだろう。
しかし僕みたいな人間と違って正常な痛覚があるだろうに、鉄哲君もよく平然としてるものだ。
リカバリーガールは1秒か2秒にも満たない、それこそ一瞬と言ってもいいほどの短時間だけ傷を観察して、「ふむ、いいよ」と言ってまたタオルで傷を抑えさせた。
そして僕の方を見ると何でもない事のように言った。
「フィーネ。私はデータ入れとくからあんたが処置しんさい」
その言葉にブラドキング先生は少し驚いた様子で、興味深そうにこちらを見た。鉄哲君はよくわかっていないのか特にこれといって反応はなかった。
「はい」
いきなりのご指名とはいえ、取りあえず僕に異論はない。傷の深さはともかくとして、切り傷は僕にとって数ある症状の中でも最も治癒が簡単な部類の怪我なのだ。
治癒の行程も明確にイメージできる。僕は使い捨ての手袋を取り出してつけながら返事をした。
「よろしくお願いしゃす!」
鉄哲君は先程静かにしろと言われてから黙っていたけれど、流石に無言のままというのはいけないと思ったのか、僕が彼の前の椅子に座ると頭をさげつつ挨拶をくれた。まだまだ勢いはあるものの、さっきよりは小さい声だった。
「はいよろしくお願いします。初めまして、フィーネです」
「1年B組、鉄哲ッス!」
挨拶をしながら救急箱から大きめのガーゼをとり、腰の機械から取り出したアンプルを開けてそれに中身を沁みこませた。冷蔵されていたのでひんやりと冷たい。
「鉄哲君。腕を机に置いてね」
「ウス」
「痛かったでしょう」
「いえどうってことねえッス!!」
「あはは、偉いね。…ちょっと傷に触るからね」
十分な量をガーゼに吸わせたのを確認してから、鉄哲君が抑えていたタオルを取る。それから素早く傷口を覆うようにガーゼをぴたりと貼り付けて、その上から止血するように両手で押さえて真っすぐ圧迫した。僕の治癒の力は媒介する液体が体外に出ても触れてさえいれば少し操作ができる。適当に塗っておくだけでも傷を癒すことができるけれど、僕が触れながら個性を発動させることでさらに効率的に治癒ができる。
ただ、やっぱり自分以外の人に傷口を触られるのは痛かったのか、鉄哲君は眉間に皺を作って「む…」と言った。
「この傷はどうしたの?」
会話は続ける。会話もれっきとした医療行為の一部分だ。
切り傷を治癒するイメージで個性を使いながら話しかけると、鉄哲君は少し表情を緩めて口を開いた。
「俺の個性は体を鉄にするんスけど…斬る系の個性持ってる同級生の鎌切ってやつと模擬戦してた時、近くでキノコの個性のやつが滅茶苦茶胞子飛ばしてて、取っ組み合いながら二人揃ってでけェくしゃみして、そん時にこっちの個性切らしちまって斬れました!」
A組の体育祭前の最後の実習は昨日で、個性抜きの体術訓練だったけど、B組は違ったらしい。
あと、キノコの個性のやつというのは小森希乃子ちゃんだ。彼女も特殊な症状を発生させ得る個性持ちとしてリストの中に名前があった。
と、このあたりで僕はガーゼから手を放した。あれくらいの傷ならこんなところだろう。
「それはまた珍しい事故だね… はい、治りましたよ」
「え!?」「何!?」
話しながらガーゼを取って軽く拭いてあげると、血で汚れているけど傷が消えた腕が姿を現した。完治だ。
すると鉄哲君だけじゃなく、黙って見ていたブラドキング先生もリアクションをくれた。
「スゲェ!!? いつの間に!??」
鉄哲君は自分の腕を色んな方向から見ながらしきりに驚いていた。
僕は手袋を外してガーゼと一緒にゴミ袋に入れながら、水道を示した。
「嬉しいのは判るけどまずは手を洗おうね」
それから、血のついていた腕を水道でごしごしと洗って改めて「跡形もねェ!!」と叫んでいる姿を見て、リカバリーガールは「本当に騒がしいやつだね」と呆れていた。
僕は新しいタオルを取り出して哲鉄君の腕を拭いてあげた。ついでに血のついていた身体も拭いてあげようとすると、流石に恥ずかしいと思ったのか鉄哲君はバッと後ろに下がった。
「じ、自分で拭けます!」
「君は自分の二の腕とか背中が見えるの? やってきた患者を可能な限り完璧な状態にして戻すのが私達の仕事なんだから」
これはリカバリーガールの教えだ。
別に今手が離せないような作業があるわけではないし、それに中途半端に血や汚れの付いた状態で校舎を歩かせない方が絶対に良い。追いかけて背中や腹部を拭ってやる。
すると、くすぐったそうにぴくりぴくりと身体が跳ねた。なんだかおもしろい。
ふと思いついて口を開いた。
「くしゃみとか、くすぐりみたいな、体から力が抜けるような時でも個性を切らさない訓練をいずれやる必要があるかもね」
「確かに! …随分ダセェ絵面の訓練になりそうスけど」
「あはは。相手を強制的に笑わせる個性を駆使して対人戦闘をするヒーローもいるくらいだし、生理反応も馬鹿にできないよ」
「なんだと…!!」
しかしこの人も結構いいリアクションするな。やっぱり俊典さんと同じ系統の人だ。
それから一つ二つ話をして、鉄哲君たちは演習場に戻ることになった。
「生徒をありがとうございました」
「あざッした!!」
鉄哲君は敬礼をし、ブラドキング先生も、にっ、と口元を綻ばせてこちらを見てくれた。
ブラドキング先生の中で僕は「謎の人物」から「同僚としてやっていけそうなやつ」くらいにはなれたかな。
二人を見送った後、僕はリカバリーガールが端末に入力した来室者記録を見せてもらいながら、その入力方法を教わった。端末のインターフェイス自体は良くできたもので、だいたいの事は見ればわかった。次に生徒が来たときにはリカバリーガールに見てもらいながら僕が入力することになった。
そんな話を終えた後、ふいにリカバリーガールが言った。
「しかしあんた、旦那に操立てるつもりなら他の男に色目使うんじゃないよ」
「えっ?」
そのあまりに予想外な言葉に、僕はリカバリーガールをまじまじと見た。
滅多な事言うのやめてもらえます??
そんな僕の思いをよそに、リカバリーガールはお茶をすする。
「『患者は可能な限り元の状態に』ってのは確かに私が教えた事だけどね。それはそれとして血の汚れぐらいだったら男には適当にタオル渡しときゃいいんだよ」
僕のさっきの言葉はいともたやすくひっくり返された。
「良い事教えといたげるよ」
そしてリカバリーガールはこちらをちらりと横目で見ながら、楽しそうに言った。
「あんたもそのうちわかるだろうけど、このポジションはすごく男からモテるんだよ。ヒーローのね」
「は、はぁ…」
「怪我を診てやるってのと、同じヒーローの立場ってのがいいんだろうね。私も若いころはそりゃもうモテにモテたもんさ。プロポーズも何回受けたことやら思い出せないくらいさね」
まるきり冗談みたいな話だ。でも、全く冗談を言っているふうではなかった。
「流石に今はもうそんな感じじゃないけどね、私がヒーローじゃなくてヒロインって呼ばれてるのも伊達じゃないんだよ」
確かに、リカバリーガールの称号は「妙齢ヒロイン」だ。
てっきり僕は「マダム」みたいな一種の敬称だとばかり思っていたんだけど……
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「あんたも順調にいけばヒロインとして相当な人気者になるだろう。来る患者全部にさっきみたいな対応してたら、そのうちせっかく治した旦那の胃に穴が開くよ」
その言葉で、僕は俊典さんの顔を思い描いた。
俊典さんはただでさえ僕と年齢が離れていることに引け目を感じている。それなのに僕が若い男から言い寄られているのを見たりしたら、地味に大きなショックを受けるに違いない…
「あ、明日から指輪つけてきていいでしょうか…」
「それがいいね」
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1年B組の実習担当はA組と同じく基本的には担任とオールマイトというコンビだ。
演習場に残った生徒達はオールマイトの指導と監督のもと訓練を続行していた。しかし、鉄哲とブラドキングが姿を現すとすぐにそれを中断して二人を囲んだ。そしてカマキリがモチーフの異形型である鎌切と、水玉模様のドレス型コスチュームを纏った小柄な小森がその中で申し訳なさそうに鉄哲の前に立つ。鉄哲の負傷事故に関わった二人だ。
「わりィな…」
「ごめんねぇ、鉄哲」
「いいってことよ。怪我してこその訓練だぜ!! つーか今回のは俺のミスだろ!」
気おくれした様子の二人に鉄哲は親指を立てて、さらに傷のあった部位を示して見せた。
「傷だってこうして綺麗さっぱり治ってんだしよ!!」
その様子を見て鎌切と小森の二人はほっとしたようで、周囲の生徒達も心配が解けたのか和やかな空気になった。
このクラスの生徒達は皆協調性に富んでいて、まだクラス結成からひと月ほどだが非常に仲が良い。このことは担任であるブラドキングにとっても嬉しい事だった。
他の生徒達も口々に鉄哲を労わる言葉をかけた。もちろんオールマイトもだ。
「血がいっぱい出てるのを見た時はどうなることかと思ったけど、痕もなく治ったんなら良かったよ」
「流石はリカバリーガールですな!」
「ん」
ブラドキングは適当なタイミングで私語を終わらせて実習を再開させようかと考えていた。しかし、注目度の高い話題がポンと出て少し思案する。雄英高校に現れた新たなヒーロー、フィーネのことをこのタイミングで生徒達に説明してしまうのも良いかもしれない。
案の定、生徒たちはそれに食いついた。
「いや、それがよ、保健室に知らねェヒーローが居たんだよ。その人に治してもらったぜ!」
「! リカバリーガール以外に、治癒を為せる個性を所持したヒーローが居たのかい!?」
「おう、フィーネって名前のヒーローだったぜ」
鉄哲が同意を求めるようにブラドキングを振り向くと、ブラドキングもそれに頷いた。
「ちょうど今日赴任された先生だ。これからずっと学校に居るというわけではないらしいが、不定期で保健室の手伝いをされるとのことだ」
「先生、教えてくれても良かったのに」
「教えたら大して用もないのに保健室にお邪魔する奴が出るだろうが」
「嫌だなぁ僕たちそんな事しませんよ」
クラスのリーダー格である物間が他の生徒達を代表するように言ってくるが、ブラドキングはそれをぴしゃりと跳ね返した。物間はヘラヘラと笑った。
物間は身内と認めた相手以外には人を食ったような不遜な態度をとるが、基本的に頭は良い男だ。彼ならば「大人の視点」を持たずとも、リカバリーガールに匹敵する治癒の個性を持ったヒーローなどという前代未聞の存在が何の前触れもなく雄英高校の保健室に現れたことの意味を理解できる筈であり、姉御肌の拳藤と共にクラスを内部から良いようにコントロールしてくれるだろう。
「まあともかく、その先生にはこれからお世話になることがあるだろう。特に明後日の体育祭ではな。くれぐれも失礼のないように!」
「はーい!」
ブラドキングは「くれぐれも」の所で力を込めてクラスを見る。生徒達は素直に返事を返してきた。こういうところもこのクラスの好ましいところだ。
それから改めて時間を確認するともう授業時間があまり残っていなかったので、ブラドキングはオールマイトと軽く相談して撤収の準備を始めることにした。準備と言っても、細かいゴミや動かした設備などは施設管理ロボットが元通りにしてくれるので、生徒達がやることはクールダウンをして忘れ物がないかを確認するだけだ。
生徒達の新しいヒーローへの興味は強いようで、クールダウンの最中にも鉄哲は数人の生徒達に囲まれていた。
「ねえ鉄哲。そのヒーローってどんな人だったの?」
「おう、かなり若そうだったな。ありゃ10代っつっても信じられるぜ。そんでもって白衣着てて、太縁の眼鏡で、長い赤毛で、あとなんだったかな…そういや胸がでかかったな! あといい匂いした!!」
「おい」
ブラドキングは鉄哲の頭に拳を落とした。
ゴツンと大きな音がして、生徒達は苦笑した。
特徴を言うにしても胸や匂いは無いだろう。
ところで、鉄哲が「10代つっても信じられるぜ」だとか「胸がでかかった」などと言うたびにピクリピクリと密かにオールマイトが振動していたことに気付いた者は一人もいなかった。
本文中でブラドキング先生が考えた「大人の視点」というのは、突然前触れもなく現れたフィーネという治癒の個性持ちのヒーローが公安委員会の秘蔵っ子なんじゃないかとか、それに伴ってその人物の背景にはいろんな事情があるんじゃないかとか、そういうある程度社会的な基盤がないと出てこない発想のことです。
物間はまだ子供ですが頭がいいからその辺も何となく「多分何かあるんだろうな」と察してくれるだろうということを言いたかったわけですが、文章の流れが悪くなるので省略してしまいましたね。