オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
初日、最初に鉄哲君が訪れたのを皮きりに、保健室にはぼちぼちと来室者があった。
リカバリーガールは僕に個性を使わせるたびに「何をどう再生させるイメージを持ったか」を報告させ、工夫や改善できるポイントを教えてくれた。また、どういう治療をしたときにどれだけ薬(アンプル)が必要だったかも詳細に記録した。
この職場体験期間、僕はこの作業に終始することになる。何なら、仮免許取得後のインターンでもしばらくはそうだ。
他者の身体を治す経験を積むのと、自分の操る治癒のエネルギーを数値化することが、プロヒーローとしてのヒーラーを目指すにあたっての僕のひとまずの課題だった。
大前提として、治療対象自身の体力を使って治癒を行うリカバリーガールと違って、僕は僕の体力を使って他者を治癒する。この違いはすなわちキャパシティの違いを意味する。
大勢を治療する必要がある時、リカバリーガールだったら手あたり次第に治癒を振りまけるけど、僕は自分の残り体力の限界以上には治癒を施すことができない。これはヒーラーとして活動することを考えると大きな制限になってくる。
患者をトリアージし、自分の体力と相談しながらどれだけの治癒を施すかを考えていく。それが僕のスタイルになるだろう。
そこで重要になってくるのが「慣れ」と「数値化」だ。
他者の治癒に慣れればそもそも必要なエネルギーが減る。そして数値化が完了すれば、僕自身の持つ残りのエネルギーからあとどれだけの治癒を行使できるのかということが正確に把握し管理できるようになる。
リカバリーガール曰く、これが高いレベルで身に付き、少なくとも災害の救援を問題なく一人でこなせるくらいにならなければ正式にヒーローデビューさせるつもりはないという。もしもその域に到達する前に現場に出て、「もうエネルギーが残ってないのにさらに重傷者が運ばれてくる」なんてことになれば人を見殺しにすることになるからだ。その時の僕の心情はもちろん、僕のヒーローとしての風評も大変な事になるだろう。
それでも救われる人が一人でも多いならば…とかいう俊典さんみたいなキマッた志は僕にはないし、リカバリーガールもそんなことをさせるつもりはないって話だ。
未だ僕のヒーローとしての先行きは明確ではない。
でも、もしも僕が一人前のヒーラーとして身を立てることができたならば、僕は素晴らしいヒーローになれるともリカバリーガールは言った。
僕はリカバリーガールが治せない程の深刻なダメージを負った人間でも治癒することができるのだから。
そんなこんなで、僕の勤務が始まって3日目になった。
1日目は平日で、2日目は体育祭の準備日。そして3日目の今日は体育祭。
そう。今回の職場体験の山場である雄英体育祭だ。
雄英体育祭は、校地内に設置された3つのスタジアムで各学年に分かれて行われる。
各スタジアムにそれぞれ救護室と救護班が配置されることになっているけれど、特にリカバリーガールが詰める救護室は1年生のスタジアムに置かれることになっていて、ここが本部として扱われる。これは毎年の事だそうで、リカバリーガール曰く、入学したての1年生は個性のコントロールが甘く戦闘行動にも不慣れだから最も危険なのだとか。
考えてみれば、確かに1年生はまだ入学して一か月だ。サポート科も拙い技術で開発したアイテムで参加してくるし、一部の普通科もヒーロー科編入を夢見て必死になっているからますます危険だろう。
逆に、2年生、3年生にもなると安定してきて、ヒーロー科以外の生徒も良いように行動するようになって危険度はぐっと減るので、リカバリーガールはそちらに行くことは基本的にないということらしい。
2年生、3年生の負傷者は極力それぞれのスタジアムで対処して、リカバリーガールが処置する必要があると判断された者は、脱落扱いとなり本部に運ばれてくる手筈になっている。
「ケガしたらいつでも治してもらえるなんて思うなよ」というヒーロー科の生徒へのメッセージも含まれているらしい…
というわけで2年生と3年生の生徒達には悪いと思いつつ、僕はリカバリーガールと共に1年生ステージの本部に待機していた。
救護室本部に設置されたモニターには各ステージの様子が映されていた。
これから開会式が始まるというタイミングのため、どのステージにもまだ生徒達は居らず、満員の観客席だけが見えていた。ちなみに音声に関しては全てのモニターを同時にオンにすると意味が分からなくなるので、基本的に1年生ステージのものだけを流すようにしている。
保健室からマイカップとポットを持参した僕とリカバリーガールは、お茶を注いで、他の先生達がお土産に買ってきてくれた外の出店のたこ焼きをつまみつつそれを眺めていた。
外では花火がドンドンと打ち上げられ、大勢の人たちが集って賑わっている様子がわずかに響いてくる音として感じられた。
「さて、そろそろ始まるね」
リカバリーガールが湯呑を両手で持って、なんでもない風に呟く。
僕も体育祭の要綱をちらりと見て開会式の時間を改めて確かめ、モニターを見上げた。もうじき開会の宣言があり、生徒達が入場してくる。そしたら体育祭の始まりだ。
そんなことを考えていると、アナウンスがスピーカーを通して聞こえてきた。
『ご来場の皆さま、本日は国立雄英高等学校 体育祭へお越しいただき、誠にありがとうございます』
聞き覚えの無い、優しげな男性の声だ。
そのまま、開会に先立っての注意事項が述べられて、それが終わるとアナウンスは一拍置いた。
スタジアムを満たしていた喧噪が消えて、客席の誰もが固唾を飲んで開会の宣言の瞬間を見守っているのがモニターにも映っていた。
そして…
『ただいまより国立雄英高等学校 体育祭 一年生の部 開会式を挙行いたします。選手入場…エビバディクラップユォァヘァンズ!!!!!???』
アナウンスの声は突然最近聞きなれてしまった非常に特徴的なヒーローのものに変化した。
「えっ、今のプレゼントマイクだったんですか」
「今回はこういう趣向なんだねぇ」
『雄英体育祭!! ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』
それからプレゼントマイクは1年生11クラスを小気味いい調子で適当に紹介しながら、生徒達を入場させた。
「ヒーローの卵たち」。
雄英体育祭というのは明らかにヒーロー科の生徒たちが活躍する前提のお祭りだし、皆もそう思っている。そのことに関して僕が思う事は特に無いけれど、一部の普通科の生徒たちが体育祭に対してマイナスな思いを抱いていることを考えると少し微妙な言葉だ。
どうしようもない事を思い煩う子供たちに対してわざわざ丁寧に気を使ったりしないし納得するのを待つつもりもない、という大人たちの雄英魂を感じる。
そんなことを考えていると、一人のきわどいコスチュームを身にまとった女性がステージに立つのが映った。1年生では近代ヒーロー美術史という名の授業を担当しているヒーロー科の教員、ミッドナイトだ。
ミッドナイトはユニバース級のナイスバディだけど、それと比例して日本人女性としてはかなり大柄と言える身長の持ち主だ。
あんまり身長が高くても着れる服が少なくなるし、男の人より身長が高いのもどうかなと思うので、さほど羨ましいとは思わない。
別に羨ましくなんてないんだからな。
『選手宣誓!』
さておき、ミッドナイトは手に持った鞭を一振りすると、マイク越しに増幅された声で宣言した。
『選手代表! 1-A切島鋭児郎!!』
「切島君…?」
「今年の3位の子だね」
大会の実施要項は一通り眺めたけど、選手代表の欄は空欄になっていた。それが切島君だったとは。
僕が選手宣誓をしなかった場合は爆発さん太郎に話を持って行くとイカ澤先生は言っていたけど、爆発さん太郎がそれを断ってさらに入試実技3位の切島君まで話が回ったんだろうか。
確かに爆発さん太郎の性格なら僕の代わりに宣誓なんてのを嫌がることは十分あり得る。でも僕みたいにちゃんとした理由があるならともかく、ただ「嫌だから」なんて理由で役目を放棄するような真似をあのイカ澤先生が許すのか…
そんな僕の思いをよそに、切島君は緊張した面持ちで台の上に上がり、1年生たちの前に立った。そしてそのまま片手を高く上げて漢らしく言い切った。
『宣誓!! 我々雄英高校1年生は!! 正々堂々、全力で戦い抜くことを誓います!!!』
何の変哲もない、普通の体育祭らしい選手宣誓だった。
原作の爆発さん太郎のような宣誓はあれだとしても、自由な雄英高校としてはちょっと盛り上がりに欠ける宣誓だったかもしれない。あんまり興味はなかったからよく覚えてないけど、例年はもう少し特徴のある挨拶だった気がする。
切島君の宣誓に応えるように、ほどほどに盛り上がった感じの拍手や歓声が起こる。
それから切島君は深くお辞儀をして…
……そのまま動きを止めた。
礼にしては、頭を下げている時間が長い。
1秒、2秒とたつにつれて会場がざわつき始める。
『つまんねぇ挨拶で悪かったな…』
ふいに、切島君の呟くような声が聞こえて僕は少しどきりとした。
それは小さな声だったけれど、マイクは拾っていた。
モニターには、頭を下げたままの切島君のアップが映された。
切島君はそのまま口を開いた。
『1年ステージの選手宣誓は、ヒーロー科入試の実技首席がやるのが慣例なんだって…。でも今年は、1番の奴も2番の奴も代表を蹴りやがったから3番手の俺のところまで回ってきたんだ…』
突然語り始めた切島君に対するみんなの困惑する様子がモニター越しに伝わってくる。
何が始まるのか目が離せないぞ。リカバリーガールは僕の隣でにやりと愉快そうに笑っていた。
っていうか爆発さん太郎、本当に選手代表を断ってたのか…
そんな僕の思いをよそに、皆が見守る前で切島君はばっ、と顔を上げて、大きく息を吸った。
そして
『俺は!!!!』
マイクがキーンと鳴る。
『そんな理由でこの場所に立ってることがすんげぇ悔しいんだよ!!』
『だから、俺はこの体育祭で勝つ!! 俺が代表だったのが偶然とか間違いじゃなかったんだってここにいる全員に認めさせてやる!!』
その言葉から数瞬して、会場が大きなどよめきに包まれた。
フィールドに出ている生徒たちの声もどこかのマイクを通して聞こえてきた。
『テメェが勝つだあ!!??』
『黙って聞いてりゃカマしてくれんじゃねェかオイ!!!』
…聞き覚えのある声だ。というかカメラが生徒たちの方を映して、ヤジを飛ばす爆発さん太郎や鉄哲君が映った。他の一部の生徒達も「調子乗るなよオラァ!」とばかりにヤジを飛ばしている。
君たち、これ全国放送になるんだけどそれでいいのか…
画面には、反発して声を上げる者以外にも、多くの生徒達が切島君の言葉を真剣な表情で聞いているのが映っていた。
切島君が腕を大きく振り、生徒達に叫んだ。
『そうだ…お前らも目指せよ、1番を!!』
『A組もB組もC組も、どこの科だって関係ねえ!!! お前らも悔しくねえのかよ!!??』
その熱気に釣られ、生徒達も口々に反応を返す。
その声はだんだんと大きくなっていき、観客の歓声と混ざっておおきなうねりになった。
そしてそれが最高潮に達したとき、強い緊張を含みながらも好戦的な笑みを浮かべて、切島君は空を仰いだ。
『っしゃあああ!!!!! やるぞ!!!!』
『以上!! 選手宣誓!!!』
今日最大級の歓声が会場を包み込んだ。
後から聞いた話だと、切島君は、代役として宣誓をする以上あまり我を出した宣誓はできないと思っていたという。
そうでなくとも、この宣誓は2番手どころか3番手とたらい回しになってやってきた役目なのだから、あまり胸を張って挨拶できる気分でもなかっただろう。
そんな中精一杯の挨拶をしたつもりだったのに、会場はいまいち盛り上がり切らない雰囲気。
しかも、限られた画面越しに見ていた僕にはわからない事だったが、切島君が主席でも次席でもないことを知っている目の前の1年生たちはことさら微妙な反応をしていたらしく、それを見て切島君はついプッツンしてしまったらしい。
『静まりなさい!!!』
『いいわ…最高よ!! 1年生ステージでこんな青臭くて燃える選手宣誓、未だかつてあったかしら!!!』
画面の中ではミッドナイトが大盛り上がりしている。
それを見ながら、僕は知らないうちに両手で持っていたカップからお茶を一口飲んだ。
熱い。今年の雄英体育祭は熱いぞ。
何かが起こってもおかしくない。
「あんたこういうの好きだねぇ…」
「……いいじゃないですか」
僕自身が冷めてる人間だから、熱い人のことは応援したくなるんだ。
二次創作における雄英体育祭の宣誓にはいろいろパターンがあると思いますが、切島宣誓パターンはまだ見た事がない…
(基本的に特殊タグは使わないんですが、今回は必要かなと思って使用しました)