オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
高校二年生にあたる年の生まれの主人公が4月当初から既に17歳だったのはそのためです。
身体機能の一種たる個性には、「覚醒」あるいは「ブレイクスルー」とでも呼ぶべき地点がある。
それは例えば、自転車に乗れなかったのが、ある日乗れるようになる。もしくは逆上がりができなかったのが、あるときからできるようになる。そんな、明確なレベルアップの瞬間だ。
僕はそれを今までに2度経験している。
自分を治すにせよ他人を治すにせよ僕の個性は結局のところ「再生」だけれど、その性質の根本は僕の体液に含まれた再生のエネルギーを操作することにある。それを明確に認識してより繊細に扱えるようになった瞬間、僕が身体に納めていられるエネルギー量は飛躍的に増加した。
それ以来より多くのダメージを癒すことができるようになっただけでなく、以前をはるかに凌駕する体力の増加と高密度なトレーニングが実現した。
そしてもう一つのブレイクスルーポイントは、そのさらに先にあった。僕はそれを「脳のリミッター解除」と名付けた。
僕はエネルギー操作によって、意図的に人体の限界を超えたパワーを発揮することができる。
僕のお父さんもこれらの力を持っていたそうで、単なる再生能力者だったお父さんが俊典さんと肩を並べてヒーローとして活動できていたのもこのおかげだと僕は聞いている。
「623m」
僕のボール投げの記録をイカ澤先生が読み上げる。
名前の順は僕が最後だから、すぐに他の人の記録と比べることができる。八百万さんが砲弾として射出したり、爆発さん太郎こと爆豪君が爆発で打ち出したりしたのに比べれば記録は控えめだけど、特に工夫がない遠投としてはクラスで一番だった。
50m走、握力、立ち幅跳び、反復横飛び、いずれもそうだ。単純な身体能力は、今のところ僕がクラストップのようだった。
そして。
僕はちらりと横目で3つ前の出席番号の人物を見た。
天然パーマの緑髪で、そばかすのある少年。緑谷出久。俊典さんが見定めたワン・フォー・オールの後継者であり、原作の主人公だ。
俊典さんが急に「後継者を見つけた」と僕に言ってきたのは、ちょうど1年前の今頃だ。
もともと、原作と違って健康体だった俊典さんは、あまり性急に後継を探すことに乗り気ではなく、「もう若くないしぼちぼち後継は見つけておかないといけないかな」程度の姿勢だった。
でも、AFOの生存と死亡を知ってから 俊典さんは大きな心変わりをしたらしかった。
その出来事以来、俊典さんは前々からお誘いのあった雄英高校に就職することを決め、徐々にヒーロー活動を縮小していき、そして半年もたたない間に緑谷少年を見つけてきた。
どういう種類の思いを俊典さんがその時抱えていたのかは未だに分からない。ただ、僕がそれまで俊典さんに対していくら好意をほのめかしても「困ったな」という感じだったのが、それ以来真剣に受け止めてくれるようになって、ついには彼の方からプロポーズをしてくれたから、それは決して悪い事ではなかったと思っている。
…さておき、緑谷少年だ。
僕という人間が俊典さんと夫婦の関係にあることはAFOの存在が無かったとしても未だトップシークレットのため、僕は彼と顔を合わせたことは一度もない。
しかし、俊典さんの後継者教育に対する気合の入れようは十分だったし、原作と違って俊典さんは万全の体調だったから、緑谷少年を取り巻く環境は原作よりも良い方に変化していたはずだ。
僕も、緑谷少年が原作で死にそうになりながら10ヶ月間の訓練をこなしていた姿を不憫に思って、ばれない程度に僕の血液(回復効果あり)をこっそり仕込んだ弁当やドリンクを用意してあげたりもしていたし、その影響があってか、僅かにだけれどもワン・フォー・オールを使いこなせるようになっているようだった。
彼は今のところ、全体的に僕の半分くらいの記録でこのテストを進めていた。ボール投げならば300m近く。個性抜きではあり得ないスコアだ。「フルカウル1%」といったところだろうか。
緑谷少年は無個性ではありえないパワーを発揮したことで見事に爆発さん太郎に絡まれていた。
そんなこんなで、最終的に僕は2位という高順位で個性把握テストを終えた。
最下位は峰田君だった。イカ澤先生は最初「最下位は除籍」と言っていたので峰田君は死にそうな顔をしていたけど、最後に「合理的虚偽」の一言でそれを覆した。峰田君は泣いて喜んでいた。
そして1位は八百万さんだった。流石にバイクや万力や大砲まで持ち出すことのできる彼女に敵う人間は誰も居なかった。
ただ、測定のたびに前準備として道具を作り出してから臨んでいたから、彼女の成績は少々フェアではないところがあるかもしれない。イカ澤先生もテスト終了後に八百万さんにその点を注意していた。
テスト終了後、イカ澤先生はホームルームも無いままその場で生徒たちに放課を告げた。実に自由だ。
ただその際、僕だけ職員室について来るようにと言われた。
朝から結局僕と話ができないままだった耳郎ちゃんは、さらに会話が遠のいてショックを受けていた。
「長くなりますか?」
「お前次第だ」
イカ澤先生の返答は微妙だったけれど、その後すぐに耳郎ちゃんがやってきて、教室で待っていると伝えてきた。そんなに僕と話したいことがあるのだろうか。僕は首を傾げながらも、それに了承した。
そういう訳で、僕は着替える間もなくイカ澤先生の後について校舎を歩き、職員室へと向かった。
なぜ着替えさせてくれないのか尋ねてみると、イカ澤先生はじろりとこちらを見た後、「お前が着替えている間俺が待つのは時間の無駄だし、俺が案内しなかった場合お前が何らかの事情ですぐに職員室にたどり着かない可能性もあるから」と言った。なるほど合理的な判断だった。
身体を動かしたから汗はかいていたけど、個性の影響で僕の汗は臭くない。僕としても一応許容範囲内だった。
イカ澤先生が用があったのは、正確には職員室ではなく職員室に併設されている面談室だったらしい。いくつかある面談室のうちの一つに僕は通された。
「座れ」
面談室にはソファーが二つと、その間に机が設置されていた。
僕はイカ澤先生と向かい合う形でソファーに腰かけた。
「二つある。まずは補講についてだ」
補講。その言葉を聞いて僕は気持ちを引き締めた。彼が僕とさっそく面談する用事があるとしたらそこだろうと思っていたから、動揺は無かった。
「取りあえず今日は午後からばあさんが留守で、明日のヒーロー基礎学の実習は多分夕方までかかる。ばあさんのところには明後日挨拶に行け」
「はい」
「そこで説明を受けて、初回は来週の頭からだそうだ」
彼が「ばあさん」と呼んでいるのはリカバリーガールのことだ。
僕はリカバリーガールから特別補講を受けることが決まっていた。
正直なところ、僕はいわゆる「ヒーロー」になりたいとは徹頭徹尾思っていない。ヒーローに対する憧れも特に無いし、目立つことも好きではないのだ。
それでもこうして雄英高校ヒーロー科にやってきたのは、数少ない僕の相談相手である根津校長に、ある可能性を提示されたからだった。
雄英高校の養護教諭。治癒の個性を持っている僕ならば、もう高齢であるリカバリーガールの後継者になり得る。
昨年度、AFOが居なくなったことを受け入れてこれからの身の振り方を考え始めていた僕に、彼はそう言った。
君の個性を活かしたいのならそんな選択肢もあるってことさ。…逆に、そうでないなら個性を使うことは考えないほうがいいと思う。
何のバックアップも持たずに治癒の個性をひけらかせば、確実に不幸な目にあう。
市民から無責任かつ際限ない奉仕を求められて疲弊するか、特権階級に囲い込まれて飼い殺しになるか、あるいはヴィランに捕まって奴隷のように酷使されるか。
修善寺(リカバリーガール)君も、今の立場だからこそ人間的な生活を送れているのさ。
それでも日々、制約は多いけどね。
そう根津先生は語った。
僕は少し悩んだけれど、この提案を受けることにした。
目立つ、行動に制約があるという難点はあったけれど、僕にとってリカバリーガールの後継者になるメリットは多かった。
今までAFO陣営との戦いに備えるつもりで死ぬ気で鍛えてきた個性と身体を活かすことができるし、もしも僕の身が危険にさらされればヒーロー達が死に物狂いで守ってくれるようになる。これらは僕にとってはかなり喜ばしいことだった。
そして何より名誉。
治癒の個性はかなりレアなもので、さらにそれが有用なほどの能力を持っている例は日本ではなんと1例しか報告されていないという。それがリカバリーガールだ。
彼女の後継者ともなれば、その地位にはかなりの名誉が伴う筈だ。
そうなればもしかしてオールマイトの妻であると口にしても他者から認められる日が来るかもしれない。僕はそんなことを考えたのだった。
というわけでこれは僕の人生に直接的にかかわってくる話題だった。イカ澤先生も真剣な表情を浮かべていた。
「一応確認しとくぞ。在学中はお前の個性は『自己再生』で通す。そうだな」
「はい」
彼が低い声で言うのに、僕も同意した
リカバリーガールは僕が彼女のもとで学ぶにあたって、ある条件を出した。それは、後継者候補としての教育は秘密裏に行うこと…ひいては、通常のヒーロー科の課程も他の生徒と同様に履修することだった。
ただでさえ大変な雄英の学業に加えて、プラスアルファで勉強をしなければならないのは正直かなりキツイだろう。でも、これは彼女の優しさだった。個性を周囲に明かしてしまえばもう後には引けなくなるのだから。
僕が本当に彼女の後継になるかは、卒業してから、あるいは卒業して十分経験を積むまで待ってから決める、とリカバリーガールは言った。
そんな訳で、僕がリカバリーガールの後継者候補として入学してきたということどころか僕が治癒の個性を持っていること自体、事前に知っていた俊典さんと根津先生とリカバリーガールの他には担任のイカ澤先生にしか知らされていないという手筈になっていた。
「何度も言われてるだろうし、とっくに自覚してるだろうが、迂闊な事はするなよ」
イカ澤先生は、本当に何度も言われてるし、誰に言われるまでも無く自分でそう思ってることを改めて言った。でも、僕はその言葉に神妙に頷いた。
「さて…補習に関してはそれだけだ」
「はい」
「で、もう一つは、お前の配偶者についてだ」
イカ澤先生はここでバッサリと話を切った。そして、いきなり完全に別の方面の話題を切り出した。
そうだ。この人はそのことも知っているんだった。
「最初に聞いておく。お前は100%自分の意思であの人と結婚してんのか」
「そこからですか」
と思ったら、真面目な表情でイカ澤先生が予想外のことを尋ねてきた。
「主人とは愛し合っているつもりですよ」
「ノロケは聞いてねえ…!」
「すみません」
さらっと答えてあげるとすごく嫌そうな顔をされた。まあ僕も同じ立場だったらそんなことは聞きたくないだろう。
わかってて言ったけど。
「ハァ…じゃあ、言うがな」
さっきの話題と変わって僕がヘラヘラしていると、イカ澤先生がまた真剣な表情を作った。
「これを聞いたら人権がどうたらって言い出す奴もいるだろうが敢えて言うぞ。お前、間違っても在学中に子供作ったりするんじゃねぇぞ。いいな」
「もちろんそのつもりです。ただでさえ特別なご配慮を頂いているんですから」
すごい内容だったけど僕は即答した。これはさっきの話ともリンクしてくる真面目な話だった。
いろんな方面に迷惑をかけることになるし俊典さんの名誉にも関わってくるから、雄英高校に在籍しながら子供を作ったりはしない。
「あと他の連中に悪影響が出るようなマネはするなよ。青春ドラマやりながら過ごせるほどこの学校は甘くない」
「はは、他の子達に異性交遊を特別オススメしたりするつもりはありませんよ」
校則で禁止されているわけでもないみたいだから止めもしないけど。
「取りあえず、言っておきたかったのはこの辺だ」
僕が修正が必要な特異な考えを持っていないことを確認できたのか、イカ澤先生はさして満足そうな顔はしていなかったけど、ひとつ頷いた。
「話はそれだけだ。行っていいぞ」
「はい」
どうやら話はこれで終わりのようだった。
僕は立ち上がるけど、イカ澤先生はだらんとソファーに座ったままだった。
「…相澤先生」
「なんだ」
僕は扉をあける前に、ふと思いついてそちらの方を振り向いて頭を下げた。
「ご存じだと思いますが、主人は非常識なところがある人なのでご迷惑をおかけするでしょうけど、どうかよろしくお願いします」
「子供は自分の心配だけしてろ」
「あはは、すみません」
ぴしゃりと言われてしまった。
僕が笑っているのを見て、イカ澤先生はまた、ハァ…とため息をついた。そんなにハァハァ言ってるとステインになっちゃうぞ。
「…あのひとは俺が物心ついたくらいの頃からずっと非常識だよ」
イカ澤先生は、「ったく、夫婦揃って……」とつぶやいて、さらにだらけた感じでソファーに沈んで天井を見上げた。
もう僕と会話をする気はないようだった。僕は「失礼しました」と言って、部屋を後にした。
廊下に出て、すぐに僕は早歩きで歩き出した。教室では耳郎ちゃんが待って居る筈だ。急いで着替えて戻らなければ。
そうして歩きながら、僕はふと気になった。
そういえば、イカ澤先生は僕の事情についてどこまで聞かされているのだろうか。
僕は個性が本来「自他再生」であるところを「自己再生」と偽っていて、そのことは彼も了承している。
でも、そもそも個性とは、幼少のうちに必ず医師の元で確認を受けて国に報告することが義務付けられているものだ。それをどうやって偽ることができるのか?
そこまで考えようとすると、僕の生い立ち以前のところにまで関わる根の深いストーリーを説明しなければならなくなる。
僕は生まれてすぐにヴィランに誘拐され、10歳までその人物を親と信じて育てられていた。
彼の名は、望月駆(かける)
便宜上ヴィランとは呼んでいるけれど、正確なところを言うと、彼をヴィランに分類するべきかは微妙なところがある。望月は、言ってみれば、AFOの側近の「ドクター」と殆ど似たような立場の人間だった。
医者として活動する表の顔を持ち、裏ではAFOの元で個性を研究するマッドサイエンティスト。
彼は僕の本当のお父さんの個性が再生だったことから、その子供も再生の個性を受け継ぐ、あるいはそこからさらに発展した個性を持つ可能性を考えて、僕を誘拐したのだという。
そして、果たして僕が「自他再生」の個性をそなえていたのを確認すると、注目を集めるのを避けるために僕の個性を「自己再生」と偽って報告した。
医者なので望月は当然医師免許を持っていて、個性を鑑定し申請する資格も持っていたわけだ。
それから今に至るまで、僕の個性届にはずっと「自己再生」とだけ書かれているのだった。