オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
その日、耳郎響香は少し遠出をして木椰区のショッピングモールに足を運んでいた。行きつけの楽器屋を冷やかしに行こうと考えていたのだ。
年末年始はすっかり受験勉強と特訓に費やされた。
つい1か月ちょっと後には日本最高峰の難易度を誇る高校への受験を控えているのだから、それは仕方ないことだけれども…それでもたまには息抜きが欲しかった。今日一日は楽器を好きなだけ弄って、明日からはまた頑張ろうと決めていた。そう、勉強はメリハリが大事なのだ。
そう思って外に出たはいいものの、生憎、その日はひときわ冷える日だった。
目的地は屋外型のショッピングモールだ。こんな大事な時期に風邪を引いてはたまらない、と響香は分厚く厚着をして家を出た。
トレードマークのイヤホンジャックも頭から被ったコートのフードの中に隠している。あれは見てくれこそまるで無機物で強度もあるが、一応響香の耳たぶの一部なのだ。雪がちらつきそうなくらい冷える日にプラプラさせていて平気なほど響香は寒さに強くなかった。
(ヒーローになるんなら、このへんも何かしら改善してかないとなぁ…)
ヒーローコスチュームやら、サポートアイテムでなんとかなるのだろうか。あるいはもっと鍛えたらその辺の感覚も我慢できるようになるのか。
と、ふいに響香は頭を振った。
(…やめやめ。せっかく今日は息抜きだってのに)
自分の目指すヒーロー像を考えるのは楽しいものだ。しかし、今日はそういうことは全部忘れてしまうのが目的だった。
ショッピングモールは人がまばらだった。寒さ故か、あるいはクリスマス・正月というイベントのセールが片付いた頃だったからかもしれない。
響香は両手をポケットに入れて軽く周囲を見回しながら歩いた。地図を見なくても楽器屋の場所は記憶しているので、その足取りには迷いが無かった。
そのさなか、響香の視界の端に服飾店の買い物袋を持った少女が映った。
高校生くらい…多分響香より1つか2つくらい年上だろう。上品なコーディネートが似合っている、なかなかの美少女だった。とはいえ、だからといってどうという事もなかったので、響香はすぐに少女への興味を失って視線を切った。
しかし、10歩分も歩いてから何の気なしにもう一度そちらのほうを見た時、響香は「おや」と思った。
少女は二人組の青年に話しかけられていた。
最初は知り合いだろうかと思ったが、少女のほうに微妙な距離感があるのを見てすぐにナンパか何かだと察した。
まああの容姿なら確かにナンパもされるだろう。響香はその様子を見ながらよくわからない感心を抱いた。
響香はその様子をなんとなくそのまま眺め続けた。どうも少女はああいう手合いに慣れていないらしく、青年たちをうまくあしらえていないように見えた。
そして、その表情に「誰か助けてほしい」とでもいうような色が見えた瞬間、響香はそちらに向かって駆けだしていた。
(えっと、え~っと…)「…お姉ちゃん!」
少女と青年たちが響香の方を見た。
言ってしまってから、響香はちょっと恥ずかしくなった。
(ヤバ、お姉ちゃんとか……!)
考えなしに飛び出したせいで咄嗟に適当な名前が出ず、少女が自分と同じ黒髪だと思ってつい口走ってしまった。
「こんなところに居たの? ほら、父さんたち待ってるよ!」
赤面してしまいそうなので取りあえず失敗は振り返らないようにして、響香はなぜか手袋を外しかけていた少女の手を強引に引いて小走りに駆けた。
青年たちは突然現れた響香にあっけにとられた顔のまま、二人が去っていくのを見届けていた。
多少離れた区画まで移動したところで響香は少女の手を放した。
触れるほどの近くまで寄って初めて気づいた。香水だろうか、うまく形容できないがその少女からはすごくいい香りがした。
響香は被っていたフードを少しあげて、改めて少女に向き直る。
「ごめん、いきなり。丁度目に入ったから助けたけど余計だった?」
「いえ、ありがとうございます。困っていたところでした」
万が一、先程の状況が彼女の望んだものだとしたら申し訳ないと思って一応尋ねてみたが、やはり間違いでは無かったらしい。
「どういたしまして」
恥ずかしい思いをした甲斐があった。少し得意な気持ちになりつつ、響香はひそかに胸をなでおろした。
少女は意外に図太いタチらしい。安堵や困惑ではなく興味深そうに来た方向を振り返っていた。
「ナンパなんて、初めて受けました」
あまつさえ、そんなことを独り言つよう呟いていた。
街でのナンパというのは実際、ドラマや漫画で描かれるほどありふれたものではない。が、全くないわけでもない。目の前の容姿に優れた少女がそれを初めて経験するというのは少し意外に思えた。
(ちなみに響香も1度だけだがその経験があった。中学2年生の時の事だった。その時は戸惑うよりも「なんだこいつロリコンか?」という警戒心が先立った)
さて。と響香は心の中で一つ息をついた。
「お姉さん、これから何か用事はあった?」
「もう買い物は終わって帰るところでした」
「それならよかった。一人で?」
「いえ、家族と」
ああいう形で少女を攫った以上、もし彼女がこれから一人でいるところをまたさっきの青年達に出くわしたりしたらトラブルになる可能性がある。助けた手前、最後まで面倒を見ようと思って尋ねると、ちょうど少女は家族と帰るところだという。
「…すみません、ちょっと連絡しておきますね」
「うん」
少女は肩にかけていたポーチから通信端末を取り出して通話を始めた。これでその家族とすぐに合流できそうなら響香はもうお役御免だ。
「もしもし? はい。俊典さん、ちょっと合流の場所を変えてもらってもいいですか?」
少女は「家族の俊典さん」にも丁寧語らしい。そう思いながら少女から目を離し、人波を見ていると…
「はい。どうも、ナンパを受けまして」
その瞬間、電話口の向こう側から『なんだって!? そいつは一大事だ!!』という、いやにアメリカンな感じのオーバーリアクションが響香にも聞こえてきた。
ついそちらを見るが、少女のほうはそれに全く動じていなかった。
「あはは、通りすがりの女の子が助けてくれてそれはもう終わりましたよ。………はい。今、○○って店の前に居ます」
少女はそのまま手短に通話を終える。響香は気を取り直した。そして…
「すぐ来てくれるって?」
「はい。なにか凄く驚いてて、急いで来てくれるみたい「桃香! 遅くなった!!」
「です」と少女が言い終えるより早く、先程電話越しに聞こえたのと同じ声が聞こえてきた。
(いや、早ッ…!)
声の方を振り向くとそこに居たのは、手を伸ばしても届かないほどの長身でがっちりとした体格の金髪碧眼の男性だった。
男性は目にもとまらぬ素早い動きで少女に接近し、力強くハグした。彼のやたら大きな体に少女はすっぽりと隠れた。
「桃香!無事で良かった!!」
「むぎゅう…そんなまるで事故に巻き込まれたみたいに…」
そして男性は驚きに目を見張る響香の方を見ると、これまた素早い動きで響香の手を両手で掴んで握手してきた。
「君が妻を助けてくれたのかい? ありがとう! 握手しよう!」
「は、はぁ。…え? 妻?」
「ちょっと俊典さん、初めて会った女の子の手を握ったりしちゃ駄目です!」
響香の手を握りしめる「俊典さん」の腕を桃香と呼ばれた少女が咎めるように引っ張ると、「Oops! 失礼」と言って男性は響香の手を開放した。でも、そんなこと以上に聞き捨てならない言葉が「俊典さん」の台詞にあった。
響香は目の前の二人を交互に見た。二人はそれなりに歳が離れているように見えるが…
「あの、もしかして二人は、ご夫婦だったりするんスか…?」
「アッ…そうとも! 妻が世話になったね!」
男性は一瞬妙な間を作ってから胸を張って肯定した。
その隣で、うーん、というような表情をしながら少女は先程ナンパ男達の前で取りかけていた左手の手袋を外した。その薬指には、なんと銀色のリングが付けられていた。
それがどういったものなのか分からないほど響香は子供ではない。
「えっ、ええええええ!?」
新年早々、今年一番の驚愕が響香を襲った。
せいぜい高校生くらいだろうと思っていた少女が、まさかそんな大人の女性だったとは…
「そこまで驚かなくても…」
思わず声を上げると、少女は少し不満げに口を尖らせた。響香は慌てて弁解した。
「ご、ごめんなさい。てっきり、ウチと同じくらいかと思ってて…!」
「そんなに変わらないと思いますよ」
そんなわけあるか。結婚してるなら普通に考えたら10歳近くは上だろう。響香の脳裏をそんな言葉が占めた。
ともあれ…
一つ息をついて、響香は二人を見た。
「…さて、えっと、旦那さんが来たならウチはもう行きますね」
「もう行ってしまうのかい? フードの少女。君さえ良ければ何かお礼がしたいが…」
「いいっす。お礼が欲しくてやったわけじゃないし」
そんな事を言われるかもしれないと薄々思っていた響香はその申し出をきっぱりと断った。お礼が欲しかったわけじゃないのは全く本心だし、ここで謝礼を受け取ったりするのはヒーローっぽくない。そう思った。
そんな響香を見て男性は、にっ、と笑った。
「HAHAHA これは失敬。ヒーローに対して失礼だったね!」
その言葉に、胸がどきりとした。
それから、一つ二つ会話を交わして響香は二人と別れを告げた。互いに名前も名乗らなかった。もう会うこともないだろう。
ヒーロー。多分あの男性にとっては深い意図はなく放った言葉だっただろう。でも、その言葉は不思議と胸の中に残った。
よくわからない高揚感に包まれていた。やっぱりヒーローになりたい。響香は改めてそう思った。
そして、響香は仲睦まじそうに並んで立つ二人の姿を思い返す。
物腰の柔らかい、良い香りを纏ったお姉さんだった。
そして、男性はイケメンでは決してないが男前で、全身から「良い人」のオーラが出ていた。きっといい旦那さんなんだろう。…ノリも含めてなんかオールマイトみたいな人だったけど。
響香も思春期の少女だ。若くして素敵な男性と結婚する、というシチュエーションには強い憧れを感じるところがある。
あの女性と自分ではだいぶタイプが違うと思うけど、いろいろひっくるめて、自分もあんな大人になりたいな、と密かに思った。
この日の出来事は響香の大事な思い出の一つになり、受験勉強への大きな原動力になった。
そうして約二月後、響香は見事雄英高校に合格したのだった。
そして。
その思い出の相手がなぜか雄英高校で自分のクラスメイトとして現れた時、響香の「今年一番の驚愕」が更新された。
まずクラスメイトにこのポジションの女子がいるのは当初から想定していました。それがなんで耳郎ちゃんになったのかは自分でも覚えていません。でも耳郎ちゃんは可愛いので何も問題はないと思いました。
あとイヤホンジャックが冷たいのは苦手というのは原作のどこにも書いていないオリ設定です。あとナンパされた経験があるというのも。
そうだったら可愛いなと思ったゆえに。