オールマイト「マイワイフは女子高生」 作:ワイフマン教授
僕は急いで着替えて教室に戻った。
先生とそんなに長話をしていたわけじゃなかったけれど、クラスにはもう耳郎ちゃん以外に誰も残っていなかった。
窓際の席で耳たぶのイヤホンジャックをすいすいと動かしながら待っていた耳郎ちゃんは、僕が教室に入るとその動きを止めた。
「すみません。お待たせしました」
「や、ウチが話したくて勝手に残ってたんだし…」
待たせてしまったと思って謝ると、耳郎ちゃんはもじもじするようにして返事してきた。
少し考えて僕は彼女が座っている席の前の席に座る。
あらたまって二人きりになると少し戸惑いがあるのか、少し沈黙を挟んだ後に耳郎ちゃんが口を開いた。
「…お姉さん、あんなに強かったんですね」
あんなに、とは個性把握テストの成績のことだろう。確かにナンパから助けてもらった身分の僕があれだけの身体能力を持っていた思うとギャップがあるかもしれない。
逆に、耳郎ちゃんはあまり順位が振るわなかった。イヤホンジャックは今回のテストの競技ではあまり役にたたなかったし、彼女自身も常識的な範疇の身体能力しか持っていないようだった。
「鍛えてましたから。耳郎さんも体は鍛えておいて損はしませんよ」
「いやいや鍛えるって言っても程度ってものが」
「あはは」
まあ、確かに普通の人間が普通に鍛えただけではこうはならないだろう。
冗談を言っていると思ったのか真顔で言い返してくるのを、僕は笑って流した。
「ところで」
僕は話題を変えることにした。
この話をあんまり掘り下げると僕の個性のことだけじゃなくて、人に聞かせるようなものではない話までしなきゃならなくなる。まだ会って1日目だし、そこまで深い話をするつもりはなかった。
「耳郎さんはなんで僕に対して丁寧語なんですか?」
「えっ? だって、お姉さん年上だし…」
「歳の話しましたっけ?」
「したっていうか…」
耳郎ちゃんは僅かに顔を背け、ちらちらとこちらを見ながら言った。
「お姉さん、既婚者なんでしょ?」
ん??
僕は動きを止めた。
なんでそんなことを耳郎ちゃんが知っているんだ。
「ちょっと待ってくださいね…」
僕は窓の外に目を向けて、耳郎ちゃんとショッピングモールで会った日の事を回想した。
僕が下着を買いたいって言ったら俊典さんが「じゃあ私はヒーローグッズショップを冷やかしてこようかな!」とか言って逃げて…
下着とついでに服を買って、俊典さんを待っていたら二人組の男達からナンパされて…
そしたらフードを被った女の子が助けてくれて…そうそう「待ち合わせに来た妹」って感じの演技でその場から連れ出してくれたんだよね…
こういう事情で待ち合わせ場所が変わった、って電話で伝えたら俊典さんがすぐに来てくれて…
『君が妻を助けてくれたのかい? ありがとう! 握手しよう!』
『妻が世話になったね!』
…うん。 普通に言ってた。というか俊典さんとも会って会話してた。
そんな奴が自分と同じクラスに高校1年生として居たら、そりゃあ気になって仕方ないのも道理だった。
僕は窓から、耳郎ちゃんに視線を戻した。
「よく覚えていましたね」
「いやこんな印象的なこと普通忘れないから!?」
普通はそうなんだろうけど俊典さんと一緒にいるとこういうことが割とあるから…
僕は心の中で言い訳した。
っていうか俊典さん、初対面の女の子に平気で握手しようとか完全にオールマイトのノリだし、焦ってたにしてももっと自重しろ。
ちなみに、僕が俊典さん…つまりオールマイトと一緒に出掛けたりして大丈夫なのかと言うと、これが全然大丈夫だ。
夫婦で外出する場合、原則的に俊典さんは普段よりもだいぶ痩躯に変身した状態で出かけているのだ。その名もスマートフォーム。
これは僕が俊典さんに引き取られた当初、俊典さんがあまりに有名人すぎておちおち一緒に出かけることもできないということで無理やり捻り出された新たなフォームだ。
いわく、全身の力をなんか凄く抜くことで、いつものムキムキマッチョ状態を多少のマッチョくらいまで萎ませるテクニックなのだそうだ。
俊典さんは「プールでよく腹筋力み続けてる人がいるだろ? あれの逆さ!」と言っていた。原作のマッスルフォーム理論に輪をかけて意味が分からなかったけど、実現できているのだからすごい。
筋肉が減るのと同時に顔の印象もだいぶ変わるし、これであの特徴的な髪型さえ変えてしまえばもう別人だ。そのおかげで、今までこの状態の俊典さんがオールマイトだと気付かれたことは1度もない。
通勤中も基本的にこのフォームなので、「あの家をオールマイトが出入りしている!!」なんて事態にはならないで済んでいる。
それにしても、釘を刺されたばかりなのに早速こんなことになるとは。これがイカ澤先生に知れたら、僕もそうだし俊典さんも何を言われるかわかったものではない。
「あの、このことは学校では秘密にしておいて貰えると嬉しいんですが…」
「もちろん。言いふらすようなことじゃないっス」
「ありがとうございます…!」
低姿勢で頼んでみると、返ってきたのは頼もしい返事だった。僕は少しほっとした。後でもう一度念を押しておこうと思うけどこの分なら大丈夫だろう。
あの時、何も僕たちの関係を自分からばらさなくてもいいだろうに、と思いつつも、まさかそれが後々問題になるなんて僕も考えていなかった。このことで俊典さんを責めるつもりは全然ないけれど、これからは互いに雄英高校に通うんだし二人とももう少し慎重に行動するようにしないと…
まあ、別に僕の夫がオールマイトだとばれたわけでもなし、まだ当初想定していた許容範囲内。そう考えよう。
僕は気を取り直して耳郎ちゃんと会話を続けることにした。
「で…話を戻しますけど、もっとフランクな言葉遣いで接してください。クラスメイトですし」
「…って言っても、お姉さんも丁寧語じゃないスか」
「僕はもともとこういう喋り方の人間なので…あともう自己紹介もしたんだから呼び方も『お姉さん』じゃなくて普通に呼んでください。なんなら『お姉ちゃん』でもいいですが」
「うっ、余計なとこも思い出してる…!!」
耳郎ちゃんは顔を覆った。
「う~…」
「あはは」
「お姉ちゃん」とは、僕を助けてくれた時の耳郎ちゃんの台詞だった。これはどうやら彼女にとっては覚えていて欲しくなかったことらしい。顔を隠しているけど、その頬は少し赤い。
「っていうか…お姉さん、八木さんは本当に生徒なの?」
この子もちょっとからかい甲斐があるかもしれない、なんて思いながらにやにやと眺めていると、耳郎ちゃんは頬から下は手で覆ったまま半目でそんなことを言ってきた。
どういう意思表示なのか、イヤホンジャックの片方がこちらを指している。あと取りあえず丁寧語はやめたようだ。
「ん、どういうことですか?」
「だって、結婚してるってことはそれなりに年上なんでしょ? 社会人が雄英に入れるとか聞いた事ないんだけど…」
その言葉で僕は納得した。確かに一般的にはそういうことになるだろう。
「年齢制限は無いみたいですよ。でも、ヒーロー志望の人は経歴が気になるから普通は高校浪人してまでこの学校には来ないんだと思います」
「それは確かに」
「僕は中学校卒業から高校に行かないまま主人と結婚して、専業主婦をしてました。でも改めて、この学校でヒーローについて学びたいと思ったからこの学校を受験したんです」
僕はすらすらと喋った。志望理由についてはほんの少し嘘を含んでいるのが申し訳ないけれど、それこそこれ以上の事は語りようがない。
「専業主婦があの身体能力を……!? なんて宝の持ち腐れ…」
耳郎ちゃんは別のところに反応してわなわなと震えていた。それは僕もそう思う。
たぶん耳郎ちゃんは僕が20歳とか、あるいはもっと上だと思っているんだろうけど、それは訂正しないでおいた。本当の年齢を言ってもいいんだけど、「じゃあ16歳で結婚したのか」とか敢えて驚かせたいわけじゃないし。
夫の存在だけじゃなくて、年齢に関しても耳郎ちゃんは秘密にすると言ってくれた。
それから僕は耳郎ちゃんと少し話をして学校を後にした。
時刻はもう昼時を過ぎていたけれど、今日は入学式だけのはずだったので互いに昼食も持ってきていなかった。
耳郎ちゃんは電車通学らしく、道が分かれるまでは一緒に帰った。その道すがら聞いた話によると、どうやら僕以外の女子はみんな体力テストの後に連絡先を交換していたとのことだった。
明日こそはと思いながら、僕もさっそく耳郎ちゃんと連絡先を交換した。
オールマイトは主人公の後見人を買って出た訳ですが、一緒に外出もできないような身分ではとても役目を果たせません。なので必死に頑張りました。