・本作品はサクラ大戦の世界とアイドルマスターシンデレラガールズの登場人物達をクロスオーバーさせた作品です。
・大量の独自解釈とオリジナルキャラクターが含まれます。
・本作品はフィクションです。実在の国家及び地域、組織、団体、個人等には一切関係ありません。
――都市防衛構想――
太正期に提唱され、華撃団構想として具体化したそれは、照和を経て平誠に元号が変わる頃には既に歴史の遺物と化しつつあった。尤も、華撃団が無力だったためではない。想定された脅威に対して非常に有力であった、いや有力すぎたのだ。
魔の脅威に対して脆弱な帝都に霊的防御を施した華撃団は、実際に現れた「降魔」に対して五分以上に戦い、犠牲も大きかったとはいえ太正19年の「降魔大戦」で降魔皇を封印した。続く太正29年の戦役では、降魔皇が苦労して現世に送り出した復活のための刺客を撃破している。
つまるところ、太正の対降魔戦役で魔の脅威は完膚なきまでに叩き潰されてしまい、彼らが自力で都市に手を出そうにも出せなくなってしまっていた。照和初期までは小規模だが幾度かの降魔の攻撃が見られたが、太正末期に再建された華撃団はその後も油断なく機能し、彼らを問題なく撃退し続けた。照和も中期に差し掛かるころには、降魔の戦力が枯渇したのだろうか、彼らを見ることはなくなってしまった。
人々から降魔の脅威の記憶が風化すると、次に台頭するのは華撃団不要論であった。
当初「秘密防衛組織」として発足した華撃団であったが、太正19年の「降魔大戦」以降はその秘密のベールを脱がざるを得なかった。当時の表の顔であった「歌劇団」のトップスタァ達が揃いも揃って失踪するなど、華撃団の存在を公にする以外とても説明がつかなかったからだ。
降魔の脅威の記憶が新しいうちはそのような不要論を振りかざす連中は少なかったものの、平和な時代においては莫大な国費を無駄に大きい特殊軍備や役に立たない芸能活動に投じているようにしか見えず、国会やワイドショーでは度々「無駄遣い」の槍玉に挙がった。
それを象徴するのが「神崎事件」だろう。
照和末期、神崎重工と政治家・官僚による贈収賄事件が発覚した。神崎重工が次期霊子戦闘機の入札において、自社による落札を確実なものとすべく、主要な政治家や官僚を金品で買収したものである。世論の華撃団バッシングにより、日本政府は次期霊子戦闘機の調達を価格抑制のため国際入札にて行うことを考えており、入札の打診を受けた世界各国の企業も世界的な華撃団後退の流れで自国の発注数が激減していたこともあって概ね歓迎していた。対して、これまで帝国華撃団に霊子甲冑及び霊子戦闘機を一元的に供給してきた神崎重工は何としても国際入札を中止すべく、主要な政治家や官僚を金品で買収した。
神崎重工の目論見通り、次期霊子戦闘機は神崎重工との直接契約となったものの、国際入札が土壇場で中止となった不自然さをマスメディアや一部政治家に注目され、数年後にはこの贈収賄が露見して日夜ワイドショーと国会を騒がせる一大スキャンダルとなった。
この事件により、実戦部隊としての帝国華撃団は解体となり、残っていた僅かな施設ともども売却された。世論的に言えば、勧善懲悪の本家たる華撃団があろうことか「腐敗の巣」となっていたのだ。それはもう目を覆いたくなるような叩かれ振りであった。一部官僚の気転により、大帝国劇場が文化財として国有地に残ったのがせめてもの救いだろう。とはいえ、そこで恒常的に歌劇を行う人員はもうどこにも存在しなかった。
また、神崎重工は経営すら危うくなる程の大打撃を被った。蒸気機関・霊子機関の本家本元であり、維新以来の老舗企業である神崎が横浜の本社工場を売却せねばならなかったほどだ。もっとも、蒸気機関は霊子機関と相性が良かったものの、経済発展に伴うモータリゼーションや世界が重視する「人対人」の現代兵器とは相性が悪く、蒸気機関に固執する神崎重工は華撃団次第でいつ潰れてもおかしくない、時代に取り残された企業であった。本拠地横浜を失った神崎重工は九州に脱出し、蒸気機関のノウハウを生かしたプラント事業等で当座を食いつなぐとともに、多角化による生き残りを図ることとなる。
こうして華撃団が歴史の教科書上の存在になりつつあった平誠27年、「帝都に降魔出現」の報に永田町と霞が関は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
慌てて軍人から霊力のある者を搔き集めたものの、肝心の装備が全く存在しなかった。栄光の華撃団は既に無く、それを支えた神崎重工も力を失って遥か西方へ落ち延びていた。
とはいえ、易々と降魔の跳梁跋扈を許したりはしなかった。帝都に緊急展開した陸・空軍はその科学技術の粋を集めた現代兵器を雨霰と降魔に打ち込んだ。霊的な要素が一切無く相性も糞もあったものではなかったが、降魔側もただでは済まなかった。ダメージこそ少なかったものの、地上で活動するためのエネルギーを消費するのは間違いなく、被害を抑え込むことに成功していた。
しかし、軍隊の活動はあくまでも対処療法に過ぎなかった。降魔を撃破できず、撤退させるだけの装備では降魔の数を減らせないため、事態の抜本的な解決には全く寄与しなかった。また、いつどこから出てくるかわからない降魔のために、帝都中を完全武装の兵士や装甲車両が所狭しと動き回り、空を対地攻撃機や軍用ヘリコプターが埋め尽くしているというのは、国民感情を大きく揺り動かした。それに、クーデターどころか軍事パレードでもないのに、戒厳令下の首都に正規編成の1個軍が常時展開しているというのは、かつての華撃団以上に国庫を圧迫した。
そして世論は「華撃団を解体した無能な政治家や役人」を叩き、「静かで」「経済的で」「効果的な」華撃団を求めた。あまりの無責任さに、当時を知る官僚や神崎重工職員は開いた口が塞がらなかったという。
しかし、30年も前に解体した華撃団を再建するというのは、並大抵のことではなかった。外国に助けを求めようにも、華撃団バッシングの中、最後までまともな戦力を有していた華撃団が帝国華撃団なのだから救いがなかった。むしろ、帝都の状況を見た外国の方がノウハウをよこしてくれと泣きついてくる有様であった。
物持ちが良いのか悪いのか分からない霞が関の文書管理も混乱に拍車をかけていた。30年以上前では公文書が残っているか怪しく、なおかつ価値のある文書は実戦のあった太正~照和初期と1世紀近く前であり、存在自体が文化財のようなものであった。
場当たり的な処置として霊力を有する軍人に霊的装備を与えようとも、神崎重工の霊子戦闘機の製造ラインは閉じて久しく、社内では物好きの技術者達がサークルを作って技術の維持に努めているという有様であった。霊子戦闘機の量産は夢のまた夢物語であり、霊的措置を施した小火器の少数生産ですら怪しかった。
かくして、陸・空軍は1世紀前の対降魔部隊の犠牲と教訓は何だったのかと言わんばかりの消耗戦に突入した。技術の進歩による現代的な重装備は降魔の攻撃によく耐えたものの、1匹の降魔を撤退させるために山のような銃砲弾を叩きこんでいては、余りにも損な取引だった。人員と装備(特に弾薬)の消耗は危険域に達しようとしていた。
市谷の司令部から「一刻も早い華撃団の戦力化を」と悲鳴のようなメールと電話が連日霞が関に殺到した。
そんな擦った揉んだの中、解散前の関係者や僅かな資料、太正当時の人間の子孫等をかき集めて「都市防衛構想の再建に係る委員会」が設置され、華撃団再建に向けた動きが緩やかながら進み始めた。
***
私が346プロダクションの人間の代表として、都市防衛構想の再建に係る委員会に参加することとなったのは、委員会設置から1か月後のことであった。当初、主要な政治家や軍人・官僚、防衛産業等の関係者が呼ばれていたようだが、どういうわけか芸能関係者も参加することとなったらしく、会議の席上には数人の商売敵の姿も見られた。
会議は司会を務める官僚――内閣参事官といった――の挨拶から始まり、新参の私達に対する簡単な状況説明があった後、本題に入った。
「本日ご参加いただいた芸能関係者の方々には華撃団の主要人員、特に"花組"と呼ばれる一線部隊の人員の供出をお願いしたい」
会場がシン、と静まる。
その言葉を普段の10倍程度の時間をかけて脳内で咀嚼した後、その意味を理解して怪訝な顔になり、そして同業者同士で目を合わせた。
――この官僚は何を言っているんだ、と。
「それは、芸能業界の人間を降魔との戦いに投入するということか?」
「その通り」
ほとんどオウム返しに尋ねた言葉が間髪入れずに肯定された以上、政治家や官僚達の気が狂った訳ではなく、何かしらの理由があるのだろう。しかし、民間人で公共事業にもほとんど携わらない我々としては、知ったことではなかった。各事務所が抱える人材をわざわざ国のために差し出すはずもなく、参加者は次々と席を立ち始めた。
会議卓の片側から次々と人が消え、ついに1人になってしまった。
そう、私だ。
「――346プロダクション殿は、都市防衛構想に協力していただけると?」
対面の政治家や官僚たちの視線に針の筵にされるのは非常に気分が悪かった。私だって帰りたい。しかし、相談役――美城のくたばり損ない――がそれを許さなかった。
「不本意ながら」
美城の爺の言い分も分からなくはない。昨今のアイドルブームに出遅れないため、業界最大級の投資と大量の候補生のスカウトを行った弊プロダクションは、他のプロダクションと比較にならないほど固定費が掛かっている。こうして1分1秒が過ぎている間にも、アイドル事業部は大量の赤字を垂れ流しているのだ。元の図体が大きいため多少の出血は屁でもないが、美城の爺はこの状態が長く続くことを良しとしなかった。
当分先のことだとしても、このままでは失血死しかねない346プロダクションだったが、そこに都市防衛構想――いや、大量の税金が現れた。近年の公共事業は
「個人的な意見を言わせていただければ、年端もいかない乙女達を戦場に送り出すことが大人の――国家のやることか、というのが本音だ。しかし、私も人間だ。務める組織があり養う家族がいる。やれと言われればそれに従うしかない」
「奇遇ですな、我々だって好き好んで降魔と戦いたくはない。100年前にさんざん叩いているんだ。我が国は諦めて他の国へ行ってもらいたい気分だとも。ああ、今のは議事録に残さないよう」
参事官は朗らかに笑い、それにつられて周囲の参加者も笑った。いや、笑わないとやっていられなかったのだろう。本来であれば守るべき国民、それも年端もいかない乙女達を前線に投入するのだ。いくらバックオフィスが重要とはいえ、いい歳の大人達が後方の安全地帯にいる等、とてもお天道様に顔向けできるようなことではない。
「それで、346プロダクションに何をお望みで?」
私の質問に参事官は指を3本立て、それを1つずつ折りながら言った。
1、霊力を有する御社所有の人員を"対降魔迎撃部隊:花組"の構成員として供出しすること。
2、大帝国劇場を運営する人員を供出し、運営を行うこと。また、運営人員は花組の後方部隊を構成すること。
3、大帝国劇場にて、花組の人員を含むアイドルによる定期的な歌劇の上演を行うこと。
1はおそらく問題ないだろう。346プロダクションは他のどこのプロダクションも及ばない3桁のアイドルを有している。1人くらいは霊子甲冑が動かせる程度の霊力保有者が居るのではないだろうか。居なくてもそういう目的でスカウトを行えば良いだけだ。だが、2と3が分からない。築100年以上の文化財の中でアイドルのライブを行うことに何の意味があるのだろうか。手狭で設備も古い大帝国劇場で行うより、最新のアリーナでやった方が効果的だ。
「2と3が分かりませんな。346プロダクションであればもっと大きな箱を用意できます。そこまでして大帝国劇場にこだわる理由は?」
「大帝国劇場にこだわっているわけではない。"銀座"で歌劇を催すことが重要なのだ。そして銀座で現在そのような施設は大帝国劇場しかない」
曰く、銀座は主要な霊地であると。寺社仏閣のようなものではなく、都市としての霊地ということだ。魔を祓う金属である銀を鋳造してきたこと、開国以降帝都で最も都市化が早く進んだ地区であること等の都民の営みが複雑に絡み合い、そのあたりに転がっているパワースポットではとても及ばないほどの重要地区とのことであった。
「花組は実戦部隊としているが、その第一任務は銀座で歌劇を催すことにより妖気を祓い、降魔の発生を抑えることだ。神社で舞を奉納するようにな。実戦になるのは非常事態と思ってもらって構わない」
その非常事態がこの帝都で毎日のように起こっているのだが。
「――分かりました。人員を用意しましょう。後日見積もお持ちします」
「吹っ掛けて構わない。このご時世だ、幾らでも出るだろう」
それが官僚のセリフか、という言葉は飲みこんで笑顔で退席する。これで美城の爺からのミッションは概ね――いや100点満点の達成と言っていいだろう。見方を変えれば非人道的行為の片棒を担う行為だが、未来ある人間に非道な判断をさせるより定年のカウントダウンが始まっている私がやる方が組織のためというものだ。
霞が関の庁舎を出た私は、待たせていた社用車に乗り込んだ。
「今西部長、委員会はいかがでしたか?」
「相談役のご希望通りだ。公金と引き換えにアイドルたちは徴兵されるだろう。バックオフィスの人員も求められているから、千川君にも行ってもらうことになるかもしれん」
***
花組等の霊力保有者を提供する企業が346プロダクションに内定したため、霊的装備を供給する神崎重工と共に委員会は発展解消し、内閣直下の「華撃団再建準備室」となった。準備室は2週間に1度、政府・346プロダクション・神崎重工それぞれの進捗確認のために会合を行うこととした。進捗、とはいえ、華撃団は法的に発足しておらず予算もないが今から始めないと間に合わないため、金も人も持ち出しでこっそり大帝国劇場の改修や人員の選抜・訓練を行っていた(参事官も先に作業を始めることを「お願い」してきた)。図体が大きく余力のある346プロダクションはそれでも構わなかったが、熊本の零細企業である神崎重工はそうもいかなかったようで、資金がショートしたため
30年前に政府に裏切られ国民に切り捨てられた神崎重工が、贈収賄の贖罪をするがごとく働き続けているにも関らず、政府側の動きは悪かった。準備室の官僚達が悪いわけではない。閣僚に尻を叩かれた彼らはレース車の加速の如ぐ法案と予算案を仕上げて来たが、国会審議にあたってコンクリート壁に激突したように動かなくなった。
「なんてことだ。これが日本の立法府か」
会合開始前、会議室のTVで公共放送を見ていた神崎社長がポツリと漏らした。TVの向こう側では罵詈雑言の応酬に乱闘まで発生していた。
準備室にも落ち度はある。346プロダクションも神崎重工も大慌てで見積を準備したため、赤字が出ないよう多めのどんぶり勘定を行った(生死の狭間にいる神崎重工の見積はより酷かったようだが)。その突っ込みどころ満載の見積を基に作成した予算案が例年通りの完成度を出せるわけもなく、補正予算委は連日荒れに荒れ、昼のワイドショーでは346プロダクションと神崎重工による贈収賄だと報道された。華撃団設置の根拠法律となる「華撃団法」は「国民等の保護」ではなく「霊的脅威の迎撃」を目的と記載したため、華撃団を都民の盾とすべきと主張する一派から激しい反対を受けた。答弁に引きずり出された準備室長――例の参事官が「華撃団は少数精鋭であり防衛には不向きである。過去の例を見ても、降魔――特に群の長等――を叩くことで事態を解決している」と何度説明しても彼らは納得しなかった。
結果、政権与党は審議を打ち切り、数を頼みに採決に入った。衆議院では可決されたものの、連立与党が貴族院で離反したため差戻しとなり、本日衆議院の強行採決が行われている。一連の騒動で宝石より貴重な時間が無為に失われ、帝都は陸軍の努力虚しく降魔に侵食されつつあった。
「本日の予算案・法案の可決と同時に2社と契約、準備室は発展解消し、内閣都市防衛局と華撃団が発足する。華撃団は都市防衛局の1機関となる。金や紙などの面倒事は全部こちらで引き受けるので、2社には全力で作業にあたっていただきたい」
審議中であるにもかかわらず、既に可決されたような物言いは例の参事官である。初めて会った時からずいぶんやつれたように見えた。彼の前には既に政府側の印鑑が捺された契約書が置かれている。TVの向こうの騒ぎが出来レースと言わんばかりの態度であった。
***
無事――とは言い難いが、予算案・法案は可決され、華撃団は約30年振りに再建されることとなった。大帝国劇場の改修も今までは文化財管理の職員に化けてこっそり行っていたが、これからは大手を振るって行うことができる。そう、このように堂々と正門に社用車を乗りつけることも。
「いい所ですね」
「そうかい? 私は古くて狭い箱にしか見えないが……」
車から降り立つなり大帝国劇場を見上げて呟く美城常務に、思わず否定してしまったことを恥じた。そういえば彼女はこういったベタな建物の持つ雰囲気が好きだった。噂では渋谷の346プロダクション本館のデザインも彼女の趣味が多分に入っているという。
「……346プロダクションに限らず、アイドル達は様々な箱でライブを行ってきました。ですが、その中に一つとして"アイドルのために"に建てられた箱はありません。ただ一つ、誰も手を出すことのできなかった大帝国劇場だけが、その城でした」
扇状に広がった階段を上がると、部下が背の高い扉を開け放つ。赤絨毯で彩られた吹き抜けのロビー、正面の大階段、天井から吊るされたシャンデリア。しかし本家欧州のオペラ座と比較すると、どうも荘厳さや精緻さに欠ける。かつて「東洋のオペラ座」と謳われた大帝国劇場は、有色人種の猿真似だとの欧米人の揶揄だったのだろう。だが、かつてこの国が欧米に追い付き追いつこうとした精一杯の背伸びが、彼女は嫌いではないという。
「大帝国劇場で歌い踊っていたのは熟練のオペラ歌手ではなく、年端もいかない乙女達による"歌劇団"――今風に言えば"アイドル"というのが適切でしょう。1世紀前から30年前まで、途切れることなくアイドルの城であり続けました」
「その歴史に価値を感じるというのかい」
「私が――ではなく、多くの人々が伝統に価値を感じていることが重要です。価値があるから目的たり得、少女達が目指す城となる――そう考えています。それに、ガラスの靴は踵が高いものです」
大階段を上がり、2階席から劇場を見下ろした。埃塗れだった椅子は全て生地が張り替えられ、虫の巣となっていた緞帳も新調されている。今は舞台の床板を取り換えているところであった。オーケストラピットすら解体して舞台を大改修しているため、劇場に似つかわしくない鈍色の装甲板が床面に露出していた。
「ここは白亜のシンデレラ城ではない、鉄骨とコンクリートの旅順要塞だよ。これから少女達の血が沢山流れるだろう。深紅に染まった城にも価値があるというのかい?」
「それを言い出したらキリがありません。この国は維新で、日清で、日露で、そして太平洋と世界中で血を流してきました。私達の足元は既に赤い海です。自分達だけが綺麗であろうとすることに意味などありません。それに、庇護欲を誘う――というのも悪くありませんが、城に辿り着く者は自分の足で歩ける者です。歌い、踊り、そして戦えるというのは、輝ける者たる条件かと」
彼女は踵を返して2階席を後にする。米国帰り早々に相談役から面倒事を押し付けられた哀れな孫娘かと思っていたのだが、どうにもよく分からない。米国に行く前はよく相談もしてくれたものだが、そのような弱みは見せなくなってしまった。彼女は美城の血を引く生まれながらの資本家であり、労働者の延長線上にいる私との間には、いつの間にか大きな隔たりができてしまっている。同じ言葉を話しているようで、育ちも考え方も異なるのだから、きっとお互いズレが発生しているのだろう。
彼女が見下ろしていた劇場をもう一度見た。舞台には煤けたシルスウス鋼の鈍い反射光だけが残っていた。
***
華撃団設立から3か月、委員会設置から半年が経過してようやく華撃団が形になってきた頃、我々は首相官邸に呼び出された。既に陸軍に降魔を止める術はなく、帝都23区の内、外縁部は放棄され防衛線を縮小しつつじりじりと後退を続けている。その防衛線の内側も決して安全とは言えず、我々は装甲車両の護衛付きで銀座から永田町へと移動しなければならなかった。
「降魔出現当初から事態の対応に当たった近衛師団と第1師団(東京)は既に半壊。充足率5割を下回り再編成中です。現在帝都に展開中の第13師団(新潟)第14師団(宇都宮)第19師団(甲府)も全滅判定は時間の問題です」
「経済への影響も深刻です。足立、葛飾、江戸川の3区を放棄して荒川まで撤退したため、常磐線、総武線、京葉線が寸断されました。日経平均は連日ストップ安、対ドルレートは対米戦時代へ近づきつつあります」
上座の総理大臣に対して次々と悪い報告が投げるけられるこの会議室は、決して居心地の良い場所ではない。あの不良参事官――今は出世して審議官となり、都市防衛室長を務めている――に執拗なほど尻を叩かれ続け、「もっとゆっくりやっても良いんじゃないか」と思っていた我々だが、存外時間が無かったことを知った。
「兵力が足りん。兵部大臣、もっと回せないのか。都民の避難が間に合わない」
「総理、過去の軍縮で我々の兵力は28個師団しかありません。台湾軍3個師団、関東軍3個師団、南洋旅団及び在満軍として派遣中の3個師団は動かせませんから、我々の手札は本土の18個師団のみです。その内、3個師団はロシヤへの抑えとして、2個師団は中国への抑えとして必要ですから、他をガラ空きにしても残り13個師団で戦う必要があります。既に5個師団は使い物になりませんが」
「残り8個師団は何をしている」
「順次動員中ですが、民心の安定のため千葉や埼玉等に展開せざるを得ない部隊もあります。全軍の帝都投入は不可能です」
総理は苦虫を嚙み潰したように顔をしかめたが、それ以上兵部大臣を追求しなかった。例え「降魔が帝都外縁部で発生し、帝都中央を目指して侵攻してくる」とこの半年間の経験で分かっていても、それを科学的に証明する術はないのだ。仮に科学的に証明されたとしても、例えば江戸川の対岸に降魔が跳梁跋扈していると知った千葉県民は軍の駐留を望むだろうが。
「華撃団はどうなっている?」
「大帝国劇場および地下施設の整備が完了し、神崎重工から新型霊子甲冑の量産1号機が納入されました。現在、346プロダクションから選抜された花組隊員による完熟訓練中です」
既に稼働する霊子甲冑が1機ある、と分かった軍部の連中の眉がピクリと動いた。
「それは実戦投入可能ということか?」
「お言葉ですが兵部大臣、実戦投入は不可能です。華撃団の霊子甲冑は定数5機を予定しておりますから充足率で言えば2割、まだ近衛や東京第1を投入する方がマシです」
バックシートの私や美城常務、神崎社長とは異なり、都市防衛局長はメインテーブルの末席に着くことを許されている。気に食わない不良官僚だが、あの妖怪みたいな閣僚連中にハッキリとモノが言える能力は評価したい。余計な一言どころか二言三言付いて来るのが今まで出世できなかった原因だろうが。
その後も華撃団を整備途中で前倒し投入しろと主張する兵部省及び陸軍に対して、局長は真っ向から反対した。あれほど346プロダクションや神崎重工を急かし続けた局長が反対するのは妙な光景だったが、不完全な華撃団を実戦投入して敗北した場合の責任も彼にあるのだから仕方がない。しかし、立場が変われば人も変わるもので、同じ官僚の兵部省関係者や陸軍は兵法の愚であることを承知で華撃団の逐次投入を主張した。
「華撃団は既に主任務の一つ――歌劇団として公演を開始しており、降魔の発生数は減っているはずです」
「確かに降魔の"発生数"は減っているが、地上に出てしまった降魔を減らすことができない限り、降魔は増え続ける一方だ。陸軍は通常兵装が通じない降魔相手に疲弊し、士気の低下は著しい。"降魔を撃破する"光景を見せるだけでも意味があるのだ」
「降魔の1匹や2匹撃破したところで、再建途上の華撃団を失ってしまえば、我々が降魔に対抗する戦力を手に入れるのは大きく後ろ倒しになります。例え、更に防衛線を下げてでも完全編成の華撃団を待つべきです」
両者一歩も譲らずに議論が硬直したところで、総理大臣が咳払いをした。政治家と官僚という越えてはいけない壁を乗り越えて反対し続ける局長をたしなめるものであったことは明らかだ。
「局長、君の言い分も理解できる。しかし、我々が苦しいのは"今"だ。明日の心配も必要だが、まずは今日を越さねばらない。華撃団には
総理大臣の言葉に、局長は返答しなかった。彼がじっと総理とにらみ合ったまま、たっぷり1分程度の時間が流れる。しびれを切らした官房長官が重い腰を上げた。
「局長、総理の指示だぞ」
この部屋の誰もが、局長の返答――もちろん肯定以外にないのだが――を待っていた。再建途上とはいえ、華撃団の出撃を期待するからこそ、この居心地の悪い時間を我慢しているといえるだろう。
しかし、私はこの無為な時間が1秒でも長く続いて欲しかった。彼が頷いたが最後、彼女らは文字通り実戦投入されることになる。花組隊員として選抜された彼女らは既に訓練という非日常に片足を突っ込んでいるとはいえ、まだ戻ってくることのできる場所に居る。死の商人にもかかわらず、自分本位で身勝手な願いであったが、それは叶えられず、また懺悔の時間も与えてはくれなかった。
「――承知しました」
暑い、夏の日だった。
次回予告
再建途上の華撃団に出撃命令が出ました。
機材も人員も揃ってはいません。しかし、私達は明日を犠牲にしてでも今日を生き延びる必要があります。
次回、Cin・サクラ大戦『華撃団実戦投入』
プロデューサーさん、貴方が戻ってくるまで、この帝都は守ります。
***
書くかどうかは分からないけど、お楽しみに!