Cin・サクラ大戦   作:かがたにつよし

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華撃団実戦投入(「激突!ルウム会戦」的なノリ


p.2-華撃団実戦投入

 

 

 

 これから嫌な話をしなければならない。

 346プロダクションにてそれなりの役職に就いていた私は、部下へ左遷や降格処分の通達を出さなければならないことも少なからずあったが、それと比較しても今度の指示を伝えるのは抵抗が大きかった。仮に、実際の指示が隣の局長からなされるとしても、だ。

 

 永田町の総理官邸から銀座へと戻る。護衛の陸軍部隊は大帝国劇場前で我々が入り口をくぐるまで直立不動で待っていた。宮仕えの局長は慣れているのか気にも留めないが、私はどうも慣れることができず、無駄に気を張ってしまう。

 今日は未だ気苦労の多い出来事が待っているというのに。

 

「あ、皆さんお帰りなさい」

 

 劇場内に入ると、しんとしたロビーに売店兼食堂の安部君の声が響いた。

 

「静かだね、公演中かい?」

 

「はい! 楓さんの歌は幻想的で、会場を包み込むような深さがあるんです」

 

 現在、346プロダクションがプロデュースするアイドルは数多く存在するが、高垣楓はその中で最も売れているアイドルの1人と言っても良いだろう。モデルとしてのキャリアがあるためか撮られ慣れており、加えて歌も上手い。本人の纏う底知れぬ雰囲気と相まって、流行りに左右されない“個”を売り出せた成功例と言っていいだろう。

 美城常務の描く高級路線ともマッチしており、事実、この大帝国劇場の空気に飲まれることなく舞台に立つことができる数少ないアイドルでもある。

 そして、霊子甲冑量産1号機の搭乗員でも。

 

「聴いて行かれますか? あと10分程なので、入り口付近で立ち見されても大丈夫です」

 

「では、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 物音を立てぬようゆっくり押し開けた扉の向こうには、淡いスポットライトに照らされて歌う高垣君の姿があった。

 不思議なものだと思う。天は二物を与えずと言うが、モデルとして、そしてアイドルとしても成功した彼女には十二分な霊力があった。正確に言えば、346プロダクションのアイドルの多くが大なり小なり霊力を保持していた。アイドルになる者が霊力保持者なのか、霊力保持者がアイドルになるのか、因果関係は鶏と卵の問題に近い。

 

 彼女の歌の終わりと共に緞帳が下りて照明が切り替わると、まばらな客席からちらほらと拍手が起こった。

 普段ならこの程度の容量の箱を満席にすることなど造作もない彼女だが、このご時世に身を危険に晒してまで芸能に触れようとする猛者は少数だった。放棄された3区はもちろんの事、他の地域もいつ降魔が出現するか分からないため安全とは言えない。数を減らした陸軍部隊が張り付いているのは主要路線と繁華街――いわば点と線のみ。兵力の空白地帯で降魔と遭遇しようものなら、祈る以外に助かる術はないだろう。

 華撃団関連事業としての公金注入が無ければ、アイドルを始め芸能事業は全く商売として成り立たない状況であった。同業他社は降魔ではなく、何か別のものに滅ぼされるのではないだろうか。

 

 

 

「諸君、少し早いが――実戦だ」

 

 公演終了後、局長は主要人員を地下の指令室に集めてそう言い放った。官邸の末席で事前に聞いていた私達はともかく、この場で初めて耳にする者達には衝撃的だったようだ。特に、量産1号機に搭乗することが内定している高垣君には。

 

「実戦、ですか」

 

「そうだ」

 

「後半年以上先のはずでは」

 

「総理の要望を、私が飲んだ」

 

 神崎重工や346プロダクションからの出向組から溜息が漏れる。“これだから官僚は――”そう、顔に書いてあった。違うのは局長の人柄を比較的知っている省庁出向組と、誰とも目を合わせないようにしている私達だけだった。

 どういうわけだか知らないが、局長は“総理指示”を隠した。偏屈な官僚という人種の中でもさらに偏屈な彼のことだ、訳の分からないところに妙な美学でもあるのだろう。訂正しようかと目を泳がせる神崎社長を小突いて制止する。思惑はともあれ、野暮なことだ。

 

「他に、何か?」

 

「……いえ」

 

 彼女の透き通った視線を受けてなお、局長は態度を崩さなかった。

 

「ではよろしく頼む」

 

 

 

「神崎社長、霊子甲冑の状況は?」

 

 しばらくのにらみ合いの後、高垣君を下がらせた局長は次に神崎社長に話を振った。恐らく、華撃団実戦投入のボトルネックはここだ。

 

「量産1号機は地下格納庫に配備済み。汎用装備のままですが、一応稼働状態です。量産2号機と3号機は熊本工場で製造中、それぞれ進捗は工数で32%と18%です。量産4号機を今週中に新設したラインに乗せる予定でしたが、1号機の実戦投入のため中止します。新規ラインは戦闘で消耗する1号機の予備部品の製造に当てます」

 

 実質、4号機は共食い整備のために使われてしまったようなものだ。1号機の消耗状況によっては2号機と3号機からも部品を持ってくる必要があるだろう。弱体化した神崎重工では3ラインを並行してフル稼働させることなど不可能だ。莫大な公金注入があったとしても人材が居ない。華撃団の定数が揃うのは当分先になるだろう――損失が無ければ、の話だが。

 

「仕方がない――必要なものがあれば用立てする。可能な限り製造に注力して欲しい」

 

 その後局長が指示した華撃団の初陣は2週間後、官邸でメインテーブル以外の人員が追い出された後に何があったか知らないが、よくもまぁそんな準備期間をもぎ取ってきたものだ。華撃団の早期実戦投入というカードに対して、それなりの対価を要求したということだろうか。

 

 

 

 出撃までのスケジュールを伝えた局長は解散を命じ、集められた人員は文句や小言を言いながら散っていった。残されたのは首相官邸の打ち合わせに参加した我々4人のみ。

 容積の大部分を占有していた蒸気演算機を取っ払った甲斐もあって、やたらと広い司令室に沈黙が流れていた。

 

「なぜ、総理指示だということを隠したんですか?」

 

 貴方が反感を買う必要はなかった、と言うのは神崎社長。倒産寸前で首の皮が繋がった恩と政府と国民に切り捨てられた恨み、そして贈収賄に手を出した先祖の自責が複雑に絡み合っているだろうに、事実に基づいて局長を弁護する彼はきっと善人だ。

 私は今まで彼に死の行進のようなスケジュールで仕事をさせられてきたこともあって、積極的に助太刀するようなことは感情的にしたくない。

 

「三軍及び華撃団の最高司令官は御方を()()する内閣総理大臣だ。この非常事態に要らぬ疑念を抱かせるのは悪手だろう」

 

 何かあれば辞令という紙切れ一枚でどうにかなる前線指揮官(官僚)とは異なり、首相ともなると首を挿げ替えるのにも国会やら何やら面倒な手続きを得なければならない。降魔が跳梁跋扈するこの状況では非現実的だと言う。

 

「……忖度かい?」

 

 そんなことをしても、“降魔襲撃の責任”とやらで総理は引き摺り下ろされるだろう。そうなれば何も得るものは無いだろうに。

 そう溢した私に、彼は“それこそ、まさかだ”と笑った。

 

 

 

***

 

 

 

 大帝国劇場のスタァ達には劇場内に生活のための個室が与えられる。言うまでもなく、降魔出現に際して迅速に対応するためだ。軍隊の駐屯地に兵舎が併設されているようなものだろうか。

 100年も前の住居にしては設備も広く、346プロダクションが施した大規模改装で電気系統が強化され、インターネットも引かれた。都心のマンションの1室としては上出来だろう。

 しかし、21世紀にもなってバス・トイレ・キッチン共用というのは少しいただけない。

 

 出撃前倒しの報を受けて急に寝つきの悪くなった体を布団に入れるため、少しお酒を入れようとしたところで気付く。ここは自宅ではなく、豊富な備蓄も無いのだと。

 

 まるで初ライブ前日の新人アイドル――いえ、上京したてのような自分に苦笑する。

 遅かれ早かれ、来るべき日が来ただけなのに、この落ち着きのなさは何だろう。

 

 怖いのだろうか。あの化け物と戦うことを恐れているのだろうか。

 それとも怒っているのだろうか。突然、ただの民間人(アイドル)を捕まえてパワードスーツ――霊子甲冑といった――を着せて、「戦ってこい」という理不尽さに怒りを覚えているのだろうか。

 

 今日の講演も人入りが少なかった。

 大帝国劇場のチケット料が他の箱と比較して高いことが原因ではないだろう。もちろん、高額な料金で客足が遠のくこともあるだろうが、帝劇は高度な音響設計が施されており、私の歌の魅力を十二分に発揮できる。歌劇を観賞するための椅子はライブ会場と異なりふかふかで座り心地も良い。

 私のファンの皆さんに限って、それが分からないことはないと思う。

 

 要は、今日この帝都で不用意に出歩くことはもう危険な行為になり、人々に“芸能”などで余暇を過ごす余裕が失われているのだろう。

 そのような状況を打開する力が自分にあると言われれば――。

 

「夜風に当たってこようかしら……」

 

 コンクリートジャングルの帝都の夜が快適かと問われれば、そうと答えることは難しいけれど、部屋に閉じこもっているよりは気分も上向くのではないだろうか。

 

 個室のドアを開いた先の廊下は、飲みこまれてしまいそうなほど静かだった。当然だ。この時刻に帝劇に残っているのは、住んでいる私だけなのだから。

 誰とも会えないのは寂しくもあり、同時に安心もしていた。

 だって、私が魅せる“高垣楓”ではない私を見られなくて済むのだから。

 

 

 

 辿り着いた正面玄関2階のテラスには既に先客がいた。少し抜けていた自分の表情を取り繕い、何食わぬ顔でテラスの窓を開ける。

 彼は私を見ると、律儀に半分以上残っている煙草の火を消して灰皿に放り込んだ。

 

「お帰りにはならないんですか?」

 

「今から帰宅しても、3時間も寝ればすぐに出勤しなくてはならないのでね」

 

 それにタクシーを使うのは昨今聞こえが悪い、とは局長の談。

 確かに、帝劇の地下には大浴場がある。他の都市防衛局が使っている地下施設はあまり詳しくないが、仮眠室や給湯室もあるのだろう。その辺のオフィスより夜を過ごしやすいところであるのは間違いない。

 

「君は寝ないのか」

 

「先程の連絡を受けてから、なかなか床に就くことができなくて」

 

「それは悪いことをした……だが、必要なことだ」

 

 そういう彼の眉間には、深い皴が寄っていた。

 あの命令は局長にとっても不本意だったのだろうか。346プロダクションと神崎重工を鞭で叩いて急がせてまで完全編成の華撃団に拘っていた人間が、官邸から戻るなり態度を180度転換させたのだから。

 代議士に対する忖度というものだろう。しかし、官僚というそれなりに地頭の良い人種でありながら、打つ手があまりに下手ではないだろうか。

 

「局長は国会でも“華撃団は少数精鋭を以って降魔の長を叩く”と仰ってました。今になって何故単騎で、目的もなく、その辺りの降魔との戦闘に打って出ることにされたのですか?」

 

「そうだな……――それが、今の政府の役割だからだろうな」

 

「役割、ですか……」

 

 まるで、それは自分の意志ではない何かに強制されるような物言いで。

 

「貴方はどう考えているんですか」

 

 それが非常に腹立たしかった。

 

 

 

「個人の意見という意味では、前にも言ったその考え方が正解だと思っている」

 

 やはり、折れたのだ。

 少々バツが悪そうに目線を外して答える彼を、睨んで非難する。

 

「なぜ、その考えを通さなかったのですか」

 

 例えば、私以外でアイドル:高垣楓の事を最も知っているのは、プロデューサーだ。

 プロデューサーは私の魅力が最大限に発揮できるような仕事を探して日夜駆け回っていた。

 もちろん、探すだけではなく、こちらから提案することも多い。あるかも分からない仕事を探すより、自分達で需要を作って受注する方が確実だから。

 そんな芸当ができるのも、プロデューサーがアイドル:高垣楓の強みを十二分に理解し、それに基づいて行動しているからだ。

 

 そんなアイドル経験があるからこそ、この華撃団における局長の思いと行動のズレが気に食わなかった。

 

 局長は理解しているはずだった。この華撃団が張りぼての急造品であることも、私や他のアイドル達が霊子甲冑の扱いに関してズブの素人であることも。だからこそ、十分な訓練期間と数量を揃えた後の“完全編成の華撃団”が必要だったはずだ。

 なのに、その最善手を捨てて意図的に悪手を指す思考が理解できなかった。

 

「貴方は帝都を守る()()()()()()()()()()。貴方が譲歩するということは、その分帝都が魔の手に落ちるということです。より多くの方々を助けるためにも、貴方が最善だと考えている行動を取る必要があるのではありませんか」

 

 せめて、その肩書に見合う意思を持っておいて欲しい。そう告げた私に返ってきたのは、私が知らない――知りたくもない話だった。

 

 

 

「降魔の脅威を排除するという事態の最終的な解決に対しては、完全編成の華撃団を待って攻勢に転ずるのが最も有効かつ迅速――それは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それの、何がいけないのだろうか。

 失うものを最も小さくできる方法は、今日の帝都に生きる人々が皆切望していることであり、組織の自分勝手だと言われる理由が分からなかった。

 

「――君は、君のファンを一人一人区別するかね?」

 

「いえ――」

 

 極々初めの方からずっと応援してくださっている方の顔を覚えていることはあるけれど、今となっては客席の人数を数えることすら難しい。嬉しい悲鳴ではあるけれど、同時に申し訳ないと思う。

 だけど、アイドルとしてはファンの一部を特別扱いすることは御法度、“みんなの高垣楓”でいるために必要なことだ。

 

「奇遇だな。私も君と同じく、“個人を区別しない”。

 だから、降魔による1日の平均犠牲者数と華撃団の編成に要する期間から、特段状況に変化が無ければ1(),()0()0()0()()()()()()1()%()()()()()()で納まるだろう、と計算してしまう。損害比でいえば陸軍の方が大きい程だ」

 

 内容相応の冷たい抑揚だった。

 だからこそ、私は背中を流れる悪い汗を無視することが出来なかった。私と局長の発言には、“今この瞬間の犠牲を視野に含めるか含めないか”という違いしかないことに気付いたから。

 

「しかし、家族や友人といった親しい人を失った者にとっては、“1%”などではない、かけがえのない存在だ。その感情、あるいはそれに伴う行動や発言を禁止することは出来ない」

 

 自分の良く知る人が犠牲になったとき、“たった1%だ”と言われて納得できる人間は居ないだろう。例えば――考えたくもないけれど――それがプロデューサーだったとしたら、私は平静で居られるだろうか。

 

 結果が全て、だから最善手を指すべきだ。その思考には過程で生まれる損害が欠けていた。

 いえ、欠けていたとしても、最善の手段の方が結果として失われるものが少ないだろう。けれど、そうやって犠牲になってゆく人々が、動かない華撃団を見て何を思うのだろうか。想像に難くない。

 

 今の華撃団を出撃させるのはポーズに過ぎない。後から振り返れば、愚かな判断だと歴史家に笑われるのだろう。けれど、今日帝都に生きる人間の一人として、それを笑うことが出来ようか。

 

 たかがポーズ、されどポーズ。

 ()()が重要なのは、アイドルである私にも十分理解できた。

 ただ、その格好のために危険な橋を渡り、結果として被害を増やすことへの理解はできても納得するのは難しかった。

 

「……正解はあるのでしょうか」

 

 あっちを立てればこっちが立たない。

 都市防衛局と華撃団のリソースは多くない。それが可能な()()()()()は30年前に失われてしまった。今の私達では、何かを守ろうとすれば、それ以外の何かがこぼれ落ちていくのだろう。

 

「無い、答えなどどこにも無いのだ。ただ、我々は生きている限り、その答えの無い問いに答え続けていかなければならない」

 

 “答えの無い問い”

 私はずっとその答えを聞くだけの立場だった。聞いて、無責任に喜んだり、憤ったりするだけのただのアイドルだったのだから仕方がない、というのは言い訳だろうか。

 けれど、私に霊力――降魔を倒す力があると分かって以来、否応なしに答えを出す立場になった。いえ、初めから私も来るべき日に備えて答えを考えておかないといけないのに、それを怠っていたのだと。

 そのツケは大きく、そして苦しかった。

 たった1機の霊子甲冑。そこに事態解決への期待が重くのしかかっている。求められた役割に対する答えが見つからないまま、誰かと共に支え合うことも、あるいは誰かに肩代わりしてもらうこともできない。

 

「私が努力すれば――いえ、犠牲になれば、最善の場合に準ずる結果になるのでしょうか」

 

 安直に“楽になりたい”と思ってしまった。

 全てを放り投げて逃げ出すことができれば、どんなに楽だろうか。

 

「残念だが、そうはならないだろう。霊子甲冑がたった1機では出来ることが限られている」

 

 その霊子甲冑ですら、かつての霊子戦闘機には劣るという。この30年、華撃団が失ったものは大きかったが、それは神崎も同じなのだと。

 

「無論、努力は必要だ。だが、死んでもらうわけにはいかない。君には生きて事態を終わらせてもらう必要がある」

 

 生きて、と。

 この状況ではあまりにも重たい言葉だった。

 私は軍人でも官僚でもない、ただのアイドル。霊子甲冑どころか、撮影の小道具以上の武器を握ったことすらない。

 

「君は、日本で――否、世界で唯一の実戦経験を有する霊子甲冑の搭乗員となる。その価値は何物にも代えがたい。

 華撃団は未成状態で実戦に供される。機材の消耗を考慮すれば、定数の霊子甲冑が揃うのは予定よりさらに後ろ倒しになるだろう。だが、君が得た実戦経験により後進の育成がスムーズに進むのであれば、その遅れは取り戻すことが出来る。

 今日まで何もできなかった官僚が言うのはおこがましいことは百も承知だが、どうか力を貸してほしい。そして、生きて帰ってきてほしい」

 

 不思議な感覚だった。

 片や“死んで来い”と言わんばかりの命令に、片や“生きて帰って来い”との願い。矛盾するそれらを、論理的整合性を重視する官僚が口にしているのだ。

 

「――無茶です」

 

 だが、だからこそそれが局長の本心なのだろう。

 けれど、そんな方法を、そんな生き方を私は知らなかった。アイドルとしてただひたすら頂きに辿り着くために駆け上がってきた。その後も自分が目指すべき星があった。

 

 ただ、今度はなにもない。

 

 上も下も右も左も分からない真っ暗闇の中、私は進み続けなければならない。正解のない問いに答え続けていく、そのチップは自分の命か、あるいは帝都に住む誰かのそれか。

 

「出来ません……私が何をすればいいのか、どうすれば良いのか……分かりません」

 

 せめて、何か道標が欲しかった。

 自分や他人の生命や財産を賭して霧の中を進めるほど、私は強い人間ではないと思い知らされた。アイドルをして進めていたのも、ひょっとするとプロデューサーが道標を立てていてくれたからで、本当は弱い人間だったのかもしれない。

 

 そう気付いてしまうと、もう“高垣楓”の仮面を維持することは難しかった。

 ボロボロと雫になって崩れ落ちるのを押しとどめていると、局長は身を翻してテラス出口へ向かいながら言った。

 

「着いて来たまえ。君に渡したいものがある」

 

 

 

 局長が案内したのは、地下の霊子甲冑格納庫や司令室より更に下。美城プロダクションによる帝劇大改修ですら触れられていない最下層だった。もう使われることが無くなった蒸気機関用の配管が所狭しと並ぶ中、ポツンと開けた一角があった。

 

「祠……ですか?」

 

 その一角は木製の祠のために設けられているようだった。周囲の鉄パイプと全く馴染んでいない異物が、その違和感を強調している。

 

「ここは代々帝劇の支配人しか知らない場所でな。この祠には色々“ヤバいモノ”を隠していたようだ」

 

 祠の大きさからして、それほど大きなものが入るとは思えない。せいぜい手持ちの小道具程度だ。降魔に対抗するためには、霊子甲冑や戦車といった、大道具程度の大きさの兵器が必要なのではないか、と素人考えが浮かんでしまう。

 

「例えば“魔神器”あるいは“二剣二刀”。共に然るべき者が使用すれば魔を封印できたらしい。華撃団設立以前の降魔戦争では魔神器を使って戦争を終わらせた、と言う」

 

「そんなものがあるなら――」

 

 魔神器は大きめのアクセサリー程度、二剣二刀もその名前のとおり通常の刀剣程度の大きさなのだろう。それで降魔を追い払えるのであれば、美城プロダクションや神崎重工がこんな苦労をしなくても良いのではないだろうか。

 けれど、返ってきたのは当然の答えだった。

 

「今はもう無い。魔神器も、二剣二刀も、そしてそれを使用できる人間も。魔神器は太正の降魔戦役の最中に失われ、破邪の血筋も二剣二刀を持ったまま降魔大戦で行方知れずだ」

 

「では何が残って……」

 

 局長が祠の中から取り出したのは1本の刀。白鞘に赤紐が巻かれたそれは、その簡素さに反して言い様のない神聖な雰囲気を纏っていた。

 

「平誠に残る最後の二剣二刀の一振、銘を“神剣白羽鳥”。伝わる話では使い手に目指すべき道を指し示すという。今の君に必要なものだ」

 

 差し出された刀はずっしりと重く、見せかけだけの小道具ではない、生き物を殺める力を持った武器だと理解できた。けれど、その武器に対する忌避感は無く、むしろ抗いがたい魅力に飲まれそうになる。“神剣”というけれど、妖刀の類だったりするのだろうか。

 試しに鯉口を切ってみたところ淡い光が見え、そのまま刀身を抜き放てば解放された光が立ち昇った。

 

「何か見えるのか?」

 

 局長は白羽鳥に見惚れる私を怪訝な表情で見つめながら口を開いた。

 抜き身で構えたまま呆けていたのだから、ひょっとすると変に思われたかもしれない。

 

「ええ、光が」

 

「恐らく、それが神剣白羽鳥の使い手に選ばれた証だ。出撃時にも持って行くと良い」

 

「良いのですか?」

 

 刀剣の素人の私にすら、霊的な価値のみならず文化財的な価値すら感じる神剣だ。一端のアイドル如きが戦場に持ち出して、万が一があったらどうするのだろうか。

 

「構わない。白羽鳥が君を認めたのだ。

 胸を張りたまえ。君は正しく、帝国華撃団の後継者だよ」

 

 

 

 




次回予告

ついに出撃する新生華撃団。
私達には足りなかった準備時間、けれどそれを待ちわびた人々には長すぎた時間。
降魔を倒す度、その時間が期待となって襲い掛かります。

次回、Cin・サクラ大戦『高垣攻勢』
プロデューサーさん、私は帝都を守れましたか?

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