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6/23(SUN) 13:03
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「お待たせー。さ、休憩しよ?」
Mayさんと先輩が撮影会をひと段落させるまで、俺はカメラさんの仲間入りをして、ひたすらシャッターを押していた。
結果、Mayさんの写真がいっぱい溜まったのは不可抗力だ。
先輩の写真もまあ、おまけで溜まった。
カメラさん達が撤収していった後、近くのベンチに移動して三人で座る。
俺、先輩、Mayさんの順番。
昼食はあらかじめ買ってある。サンドイッチと野菜ジュース。同人誌の重みで潰れかけてたそれを取り出していると、向こう側から視線を感じた。
「あの、その子は……?」
Mayさんが訝しげな表情で俺を見ている。
「ああ。私の後輩なんですよー。ね、ミウちゃん?」
「は、はい」
笑いかける先輩におずおずと頷く。
でも、Mayさんはますますわからないといった顔。
「この子も新しいアルバイト?」
「あー、いえいえ。ミウちゃんは私の母校の子です。ねー?」
「そうなんです。先輩とはたまたま趣味が合って」
「そうだったの」
ようやく表情が和らいだ。
警戒されてたのかな? そりゃそうか、今の俺は単に知り合いの知り合いってことになるし。
「じゃあ、あなたもコスプレするの?」
「あ、いえ。まだなんです。したいなあ、って思ってるんですけど……」
「興味はあるのね」
Mayさんは微笑んで頷いてくれる。
一方で、口元に手を当てて何かを考えてるみたいだけど、俺にはその意味がわからない。
先輩がくすくす笑って、
「ミウちゃんは、Mayさんに憧れてコスプレに興味もったんだもんねー?」
「……えっ?」
「そうですけど、なんで先輩が言っちゃうんですか」
割と本当にむっとして、俺は先輩を似合う。
紫式部と虞美人。ゲームも揃ってるし、東洋系のキャラってことで共通項もある二人は、よくお似合いだ。
知り合いでもあるので、一緒の撮影でも息が合っていた。
腹立たしい。
俺の機嫌が悪いことに気づいたのか、先輩は「ん?」と首を傾げ、ぽんと手を打った。
「もしかして、私が虞美人コスしてるのが気に入らない?」
「どういうこと?」
「この子、Mayさんが紫式部やるって聞いて、じゃあ自分は虞美人やりたいって言ってたんですよ。……ミウちゃん、私が虞美人やることにしたのはMayさんより前だからね?」
「別に聞いてないです」
「あ、やっぱり怒ってる。まあ、私の方がミウちゃんより似合うもんねー?」
イラっとした。
「貧乳の癖に」
「む。ミウちゃんなんかぺったんこの癖に」
いや、そりゃ男だからぺったんこですけど。
このタイミングで言われるとコンプレックス刺激されたみたいなるのは何故だろうか。
「私のおっぱいは触ったことあるでしょ?」
「触ってません。先輩が押し付けてきたんじゃないですか!」
「ほら覚えてる」
「っ。ううう~~」
「怖い怖い。あなたって怒らない子かと思ってたけど、さすがに嫉妬は別か」
嫉妬。
そう指摘されて、俺はそれが図星だと自覚する。
筋違いな怒りを抱いているのは、俺がやりたかったコスで、俺が並びたかった人と並んでいるからだ。
俺にはできない着こなしで、振る舞いで、たくさん写真を撮られていたからだ。
「……すみません」
理解してしまうと、炎が急速に収まっていく。
今度は自己嫌悪に襲われながら、俺は先輩に謝った。
先輩は苦笑して「別にいいのに」と言った。
「本気で憎まれちゃうのはアレだけど、憎まれ口叩き合うのも意外と楽しいんだよ? ミウちゃん大人しいからむしろほっとしたかな」
「先輩……」
「あ、ちょっとは私のこと見直した? でも惚れないでよ」
「惚れるわけないじゃないですか、馬鹿なんですか?」
「馬鹿とはなんだ」
結局、睨み合いになる俺達。
と、ぽかんと見ていたMayさんが突然、くすくすと笑いだした。
「仲がいいのね」
「あー、そうですね。知り合ったのはそんなに前じゃないんですけど、この子、可愛いじゃないですか」
いじめると楽しい的な意味ですね、わかります。
「うん、わかるかも」
「わかります? それなら可愛がってあげると喜びますよ」
「先輩は私をいじって遊んでるだけじゃないですか」
「だって可愛いんだもん」
うん、でもなんか、先輩に反撃するのがちょっと楽しい。
普段いじられてるのも決して嫌じゃないんだけど。アニメとかでも、仲の良い同士のちょっとした言い合いって見てて楽しかったりする。
と、Mayさんがお腹を押さえだした。
「ごめんなさい。なんだかおかしくって」
俺は先輩と顔を見合わせ、なんだかほっこりした気分になった。
話を変えるならここだろうか。
意を決して口を開き、Mayさんに話しかける。
「あの、Mayさん。私、先輩が言った通り、Mayさんに憧れてコスプレに興味を持ったんです」
「……うん」
ようやく笑いを収めたMayさんは、表情をあらためて俺を見つめた。
緊張が高まるけど、ここまで来たら言わないといけない。
「だから、その、良かったら、私とお友達になってくれませんか……?」
胸が締め付けられるように痛くなる。
まるで愛の告白をしたみたいだ。
いや、俺にとってはある意味、告白そのもの。でも、本番はもっと痛かったりするんだろうか。そう考えると少し怖くなる。
Mayさんの目を見るのも怖い。
でも、思いきって見つめながら返事を待つ。
「ありがとう。女の子でそんな風に言ってくれる子、あんまりいないから嬉しい」
笑ってくれた。
「私で良かったら、お友達になってください」
「~~~っ!」
衝撃が胸を貫いた。
甘くて痺れるようなそれは、まさに『幸せ』だった。
友達。
Mayさんと友達。にやけるのが抑えられない。踊り出したい気分、というのはまさにこういうのを言うんだろう。
「じゃ、じゃあ、連絡先、交換してもらえますか……っ?」
「うん、もちろん」
言って、スマホを取り出すMayさん。
やった。まさかこんなチャンスがあるなんて、女装して良かった。先輩や店長のアドバイスを聞いて本当に良かった。
Mayさんの気が変わらないうちにと、俺はスマホを取り出そうとして――。
「あ」
「どうしたのミウちゃん? スマホ持ってないわけじゃ……あっ」
先輩も気づいたらしい。
当たり前だが、俺が持っているスマホは「羽丘由貴」のものだ。「レイヤー志望のミウ」のものじゃない。呟きアプリのアカウントは使えない。
電話番号とメールアドレスは教えても平気かもしれないけど――先輩が「駄目、絶対」とアイコンタクトしてきている。
別に教えちゃってもいい気はするんだけど、万一、何かの形で「ミウ=羽丘由貴」とバレた時が怖い。
多分、Mayさんは俺を普通の女の子だと思ってるだろう。
流れで普通に自己紹介したのが失敗だった。ここでバラしたら「二人にからかわれた」+「男だって黙って近づいてきた変態」という判定になりかねない。というかなる。
そうなると、手はあれしかない。
ミウのハンドルネームで登録されてるチャットアプリ。
「どうしたの?」
「あ、あの、実は私、本名が好きじゃなくて、明かしたくないんです」
不思議そうにするMayさんに嘘をつく。
一応弁解するなら、まるきり嘘ではない。女みたいな名前って言われるという意味で「羽丘由貴」という名前はあまり気に入ってないし、明かしたくないのも本当だ。
「だから、別のアプリを使ってて、それじゃ駄目ですか?」
「そうなんだ」
Mayさんは完全には笑顔を崩さなかった。
ただ、困ったような笑い方になって、首を傾げる。
「気持ちはわかるから協力してあげたいけど、なんていうアプリ?」
「えっと――」
アプリの名前を口にする。
すると、Mayさんが口をぽかんと開けて硬直した。
「それなら、アプリはもう入ってるから……IDだけ教えてくれる?」
「そうなんですね」
レイヤーさんも公私の使い分けが大変だろうから、その辺の兼ね合いなんだろうか。
俺はチャットアプリを起動して、MayさんにIDを伝えた。
Mayさんは「やっぱり」と呟いて、スマホを見つめたまま動かない。どうしたのか心配になって声をかけようとしたら、
「それなら、登録はいらないね」
「え?」
「もう登録されてるから」
「は?」
言われた意味がわからなかった。
もう登録されてるって、ハンドルネーム同士では知り合いだったってことか? でも、俺がこのアプリに登録してるのは一人だけだ。
一人だけ。
Mayさんは、それはもう困った顔をして呟いた。
「……もう、ミウちゃん。中学生だって言ってなかった? 今、高校生くらいだよね?」
「か、寒ブリ?」
Mayさんが、寒ブリ?
「うん。まさか、こんな形で会うとは思わなかったけど」
「え、二人、知り合いなんですか?」
「偶然だけどね。May名義じゃない秘密のハンドルで知り合ってたみたい」
「うわ、そんな偶然あるんですね……」
呆然としてる間にどんどん話が進んでいく。
本当に寒ブリなのか。
ってことは、俺とMayさんは以前から繋がっていて、話をしていた?
いや、待った。あんなことやこんなことを話していた相手がMayさん? ノリのいい男子中学生とかでも、暇を持て余したおっさんでもなく?
俺、けっこうきわどいことも言ってた気がするんだけど!?
「……Mayさんだって、男だからファッションのことわからないとか、言ってたじゃないですか?」
恥ずかしさが高まりすぎて逆に冷静になった俺は、ちょっとばかり責任転嫁をする。
Mayさんは照れたように笑って、
「ごめんね。その方が気楽だったから、男の子のロールプレイを楽しんでたの」
「まあ、私も、ゲームの話とかできて気楽でしたけど……」
「ふふっ。二人で『おっさん乙』とか言い合ってたもんね」
ほんとだよ。
俺はこんな綺麗で、可愛くて、素敵な人をおっさん扱いしてたのか。罰が当たるぞ。
「ふーん。Mayさんだってミウちゃんと随分仲良しじゃないですかー?」
「だ、だって、前からお話してたんだって思ったら、なんだか親近感湧いちゃって……」
うん、それはある。
Mayさんがあのゲームとかこのゲームとかやってて、このキャラが好きで、って全部わかるから、すごく親しみが持てる。
気負わずにゲームの話していいんだな、って思える。
「でも、会えて良かった」
俺の方を見て、Mayさんが言う。
「変な人に捕まったりしないかって、ミウちゃんのこと心配してたの。本当に、私に会いに来てくれるなんて嬉しかった」
「Mayさんは私の憧れなんです。他の人なんて目に入りません。……変な人には捕まっちゃいましたけど」
「ミウちゃん? それは私のことかなー?」
睨んでくる先輩を敢えて無視してやると、Mayさんがまたくすくす笑った。
「お友達になってください、なんて言う必要なかったね。ミウちゃん、いつでもなんでも話してね? 私は、ちょっと恥ずかしくて素になっちゃうかもだけど……二人だけのチャットがあるんだから」
「は、はい。私も、Mayさん相手じゃ今まで通り喋れないかもしれませんけど……」
二人だけのチャット。
Mayさんとプライベートチャットなんて、世界で他の誰にもできない、俺だけの特権じゃないか。
ああもう、一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうか。
「っていうか、いい加減ご飯食べませんか? お腹空いちゃいました」
「あ、そうですね」
「うん。そうしよっか」
気づくと、俺達三人の間で流れる空気はとても柔らかなものになっていた。
サンドイッチを小さくかじり(頬張ると口紅が落ちるからと先輩に注意された)、ストローでジュースをちゅーちゅー啜りながら、Mayさん達と他愛ないことをお喋りするのはとても楽しかった。
どうやら、先輩は俺――『羽丘由貴』とは別口で来てることにしたらしい。
当の俺がここにいるわけだから、そうとでもしておかないと辻褄が合わなくなる。
「羽丘くん、来てくれたのかな……?」
Mayさんはちょっとしょんぼりしていた。
そりゃそうだ。
彼女が誘ったんだから、来てなかったら「何かいけなかったのか」って思う。
そう思ったら、俺は口を開かずにいられなくなっていた。
「羽丘君なら、さっき会いましたよ。『Mayさんに話しかけるのは恥ずかしいから』ってこそこそしてました」
「え? ミウちゃん、羽丘君とも知り合いなの?」
「え? ……あー、えーっと。はい。あいつとは中学が一緒だったんです。高校は違うんですけど、先輩のつてで再会して」
「そうだったの」
こくり、と、Mayさんは頷いて、
「じゃあ、羽丘くんとお付き合いしてるとか……じゃ、ないんだよね?」
「ま、まさか! なんで私があんなやつと!」
自分と付き合うことはできないので、それだけは天地が裂けてもありえません。