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7/06(MON) 14:10
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月曜五限の世界史は相変わらず気怠い。
昼休み後の眠気に加え、黒板の方から聞こえてくる甘い声が、俺を強制的にリラックスさせてくるせいだ。
「次は教科書の四十三ページです。千六百――」
萌花さんの眠りパワーは前より上がった。
前より読み上げが流暢になり、心なしか声も通るようになった。おかげでヒーリング音声のごとく、耳にすらすら入ってくる。
もともと綺麗な声だし、俺にとってはこれ以上ない凶器だ。
「ダルい」
「相変わらず札木ちゃんの授業退屈だわー」
「ねー、今日どこ寄ってくー?」
|他の生徒のひそひそ声(ノイズ)のお陰で若干マシだけど……。
うるさい、先生の声を遮るんじゃない、と言いたい気持ちもなくはない。
萌花さんの声だけ録音できたら眠れない夜にピッタリだろうな、なんてことを思いながら必死に板書を写す。
写す、写す、写――うつ、う……。
「羽丘くん?」
「っ!」
名前を呼ばれてびくっと目覚める。
「寝るなら、バレないように寝てくださいね?」
「……すみません」
羞恥を感じながら頭を下げる。
周りでくすくす笑いが起こり、それに混じってクラスメートの驚いたような声が聞こえた。
「札木先生って注意するんだ」
「羽丘は自分とこの部員だからだろ」
生徒を注意するのは当たり前のことなんだけど、今までの萌花さんなら滅多に注意なんかしなかった。
たとえ相手が俺であっても、何も言わず授業に集中していただろう。
あらためてシャーペンを持ち直し、黒板とノートを見比べながら、俺は密かに笑みを浮かべた。
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7/06(MON) 16:50
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「お待たせ、由貴くんっ」
「こんにちは、萌花さん」
部室にやってきた萌花さんはさっそく声を弾ませていた。
俺は立ち上がって彼女を迎えた。
すると萌花さんは駆け寄ってきて、笑顔で俺を見上げてくる。
「由貴くん。……えへへ、由貴くんっ」
可愛い。
この人と恋人同士? 最高じゃないですかね?
今すぐ抱きしめたい衝動を抑えつつ、至近距離で見つめあう。
「萌花さん、鍵は……?」
「……閉めたよ?」
言って、萌花さんは軽く背伸びをして目を閉じる。
俺は、彼女の柔らかな唇にそっと唇を重ね、一秒待ってから離れた。
――キスくらいならセーフだろう、たぶん。
鼓動の高鳴りを感じながら、思う。
萌花さんも、どこかうずうずするような表情を浮かべつつも、荷物を置いて自分の席に歩いていく。
「ぶ、部活しよっか?」
「そ、そうですね」
付き合いだしてからの部活はこんな感じだ。
いや、むしろ、これでも少しは落ち着いてきてる。
先週の水曜、付き合うことになった翌日の部活はひどかった。
俺も萌花さんも、前日に言いたいこと言い合った反動で恥ずかしくて恥ずかしくて、お互いの顔が見られないくらいだった。
それでもなんとか活動しようとすれば、向かい合う度に真っ赤になって目を逸らす。
結局、盤面に集中できる将棋を始めて、ほとんどずーっと下を見てた。っていうか最近、定番のテーブルゲームばっかりになってるな……。
「そうだ。あれ、持ってきてみたんだけど」
「あ。じゃあ、やりましょう」
「うんっ」
心なしかわくわくした様子で、萌花さんが鞄を探る。
取り出されたのは二つの小さな箱。
片方には格好いいドラゴン、もう片方には美少女キャラの絵が大きく描かれている。カードを集めてデッキを作り対戦ができる、いわゆるトレーディングカードゲーム(TCG)というやつだ。
Mayさんが持ってきたのは、初心者でも遊びやすいように、あれかじめ内容の決まったカードがセットになっている「構築済みデッキ」。未開封のが二つあるというのは、つまり、
「一度やってみたかったけど、やってくれる人がいなかったの」
「女の人ってこういうの、あんまりやりませんよね」
友達いない宣言に聞こえかねない台詞を無難な相槌でキャンセル。
実際、Mayさんには店長もいるし、レイヤーの友達も複数人いたはずだから、別に友達がいないわけじゃない。
「うん。お金がかかるからね。女の子は買うもの色々あるし」
「ああ。服とか化粧品とか、いくらあっても足りないですよね」
「そうそう、そうなの」
我が意を得たりとばかりに頷くMayさん。
そのあたりも俺も実感としてある。お洒落には際限がないから、そっちに興味のある女子はなかなか手を伸ばしにくいだろう。
ちなみに言っておくと、男のお洒落を否定するわけじゃない。単に俺が興味ないだけだけど、でも、女子ほど金使わなくないか?
「これ以上お金かからないからって言ってもなかなか付き合ってくれなくて……ううう」
「だ、大丈夫です。俺ならいくらでも付き合いますから」
「本当……?」
「もちろんです」
ああ、涙目の上目づかいが本当に可愛い。
「俺もこういうの興味ありましたから」
それに、Mayさんも本格的にプレイしたいってほど熱意はないっぽい。
あくまで絵柄が綺麗だから遊んでみたいって程度で、だからこそ、構築済みデッキ二つだけなら、と手を出せたようだ。
もし「本格的にやりたい」と言われたら……バイトを増やすか、金のかからないデッキを模索しなければならない。高く売れるレアカードを徹底的に調べるくらいは辞さない。
「萌花さん、カードゲームは経験ありますよね?」
「うん。由貴くんと一緒にデジタルのをやってたでしょ?」
「はい。覚えてます」
虎とかライオンとかドラゴンとかを好んで使ってたのを覚えてる。
あの頃は男だと思ってたから何の違和感もなかったけど、遡って考えると、もっと小動物とか使えばいいのに、と思わなくもない。
「由貴くんはどっちがいい?」
「えっと、そうですね……」
あの頃の記憶から考えると、萌花さんの好みは、
「こっちにします」
「♪」
美少女の方を手に取ると、萌花さんが目を輝かせた。
よし、正解。
俺は頷き、包装を剥がしながら苦笑した。
「ドラゴンとか好きですよね」
「由貴くんこそ、妖精とかうさぎとか大好きだよね?」
「あれはあいつらがゲーム的に強かったからですよ」
「そう? お家にうさぎのぬいぐるみが余ってるから、お裾分けしようかと思ってたんだけど――」
「ください」
全く格好がつかなかった。
中にはカードの他に簡易マニュアルなども入っているので、ざっと流し読みした後、デッキをシャッフルして対戦を開始。
萌花さんのドラゴンの方はバランスが良く、小型ユニットから大型ユニットに繋いでいく戦闘主体のタイプ。俺が担当する美少女の方はユニット以外のサポートカードを使いつつ、美少女をいっぱい並べてわーっとする、ちょっとテクニカルなタイプだった。
一番勝敗を左右するのが、美少女デッキが回るかどうかという、駆け引きを楽しみたい勢にはやや物足りないものの、勝った負けたで一喜一憂するにはいいバランスになっていた。
「由貴くんはこういうのやらないの?」
「資金が心もとないですし、相手がいなかったので」
デジタルカードゲームなら無料でできるし。
でも、テーブルゲーム研究会ならTCGやってる人もいるかもと、部員実質ゼロという状況を知る前はちょっと期待してた。
「ふふっ。じゃあ、ちょうどよかったねっ?」
「はい。萌花さん様々です」
俺も男なので勝負事は勝ちたくなるけど、ガチ勢になるほどの熱意もない。
萌花さんとわいわい楽しむくらいがちょうどいいかなと思う。
「そういえば、萌花さん。俺がこういうカード使うのは嫌じゃないですか?」
ひらひらした服の可愛い女の子が満載だ。
最近のカードゲームは攻めてるから、結構エロい絵もある。
すると萌花さんは首を傾げて。
「二次元の子に嫉妬するほど心狭くないよ?」
「女神ですか」
「普通だよ。……それに、私だって三か月ごとに嫁が変わったりするし」
アニメの感想とかも普通につぶやいてますもんね。
「だから、私より二次元にならなければ気にしないよ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、くすりと笑われる。
「由貴くんの場合、嫁のコスプレがしたいって言いだしそうだし」
「……難しいですね。『したい』のか『して欲しい』のかはキャラによると思います」
「どう区別するの?」
「体型ですかね、って痛い痛い!」
頬をつねられた上にジト目で見られた。
「男の人ってそんなにおっぱい好きなんだ?」
「すみません、大好きです」
「でも、私の胸はあんまり見てくれなかったよね?」
「Mayさんの写真は穴が開くくらい見ましたけど、札木先生の胸を見るのはセクハラじゃないですか」
「好きな人が見てくれなかったら、魅力ないのかなって思うじゃない……?」
「萌花さんの地味な格好って男避けなんだとばかり」
「好きな人は別なの!」
難しい。でも、わかる。
わかるけど、見て欲しいって要求が無茶なのもわかって欲しい。女性教師の胸を見るのは普通に駄目だ。
駄目だけど、恋人同士になったわけだし、二人っきりのところでならいいかな……?
「じゃあ、これからはちらちら見てもいいですか?」
「う、うん。恥ずかしいから、少しだけね……?」
本当に恥ずかしそうに頬を染める萌花さんをそっと、じっと見つめる。
相変わらず野暮ったいくらいの地味な服装。でも、よく見ると大きいのがわかる。柔らかそうで、形もいい。
紫式部コスの写真と脳内合成すれば再現するのは余裕だ。
うん。前から綺麗だと思ってたけど、Mayさんだったなら納得だ。一目惚れした相手そのものなんだから、好みドンピシャに決まってる。
「も、もう終わり……っ!」
「残念です……」
「ま、また見せてあげるから、ね?」
えっちなことをさせてくれるって話はどこに行ったんでしょうか。
って、その場の勢いだったのは知ってるので、無理に要求したりはしないけど。
腕を交差させて胸を隠した萌花さんはため息をつく。
「うう、女の子ばっかり不公平だよね」
「男だって見られたら恥ずかしいんですよ……?」
「男の子の恥ずかしいところは隠れてるじゃない」
「攻撃されたらクリティカルなんですから隠させてください」
ズボンで隠れてても人目が気になる時もあるし。
「由貴くんもミウちゃんの時に体験すればいいんだよ……」
「それはむしろ体験してみたい気もしないでもないです。俺には似合わないと思いますけど」
「そんなことないよ。肩幅が広めだし、身長もあるから、おっきくしても違和感ないんじゃないかな。それで可愛い格好したら、きっと――」
「きっと」
「オタサーの姫みたいになりそう」
「それ絶対褒めてないですよね……?」
その単語に可愛いという意味合いは含まれていない。
レアリティ的にはSSRかLRくらいあるから、高く売れそうではあるけど、俺には萌花さんがいるから売れ残りで構わない。
げんなりする俺を見て、萌花さんはくすくすと楽しそうに笑っていた。
でも、胸か。
詰め物によって「ほぼゼロ」から「巨乳」まで可変なのは、男、というか女装の数少ない利点かもしれない。
ずっと付いてると肩凝りとか色々大変なんだろうけど、自分の胸元にああいう曲線を生み出せるのは絶対楽しいと思う。Aカップ相当のパッドでもかなり楽しかったし。
「由貴くん、今はブラはつけてるの?」
「いえ、今は。夏服だと透けそうですし」
「薄着だから気を遣うよね」
クラスの女子がどれくらい透けてるか、透けてる子の色は何か、端からチェックしたい衝動にかられたけど、今のところは我慢している。
いかがわしい意図がなくても変態にしか見えない。いや、女装の参考にするんだから十分に変態か。
「じゃあ、デートの時に思いっきりしようね?」
「化粧とか、手伝ってもらえますか?」
「もちろん。あ、でも、どこですればいいのかな? 私の家はまずいよね?」
確かに。
女装状態なら訪問できるけど、それはつまり、女装するために訪れるのは無理ってことだ。
「イベントの時は公園の多目的トイレを使ったんですけど……」
「ああいうところはあんまり占領しない方がいいと思う」
「ですよね。……あ、開店時間以降なら『ファニードリーム』を使わせてもらえないですか?」
「あっ。それなら大丈夫そう」
お客さん用じゃなくて従業員用の更衣室を使うなら迷惑にもならないだろう。
「あ。今週からはシフト変えてもらえたので、出かけられますよ」
「本当? 良かったぁ」
「でも、無理はしないでくださいね? 萌花さんの体調が一番なんですから」
「はぁい。……でも、もし風邪ひいちゃったら、看病してくれる?」
「したいですけど、一人で女装できるようにならないとお家まで行けないです」
「あ。……もう、早く由貴くんにお化粧覚えてもらわないとっ」
あらためて奮起する萌花さん。
だからあんまり頑張りすぎないようにって言ってるのに……。
と。
そんな感じで、その日の部活時間は緩やかに過ぎていった。
そして、俺達の恋もずっと続いていく。
これでひとまずお話は終わりです。
お読みいただきましてありがとうございました。
ネタを思いついて、まとまった量が書けたら続きを投稿したいと思います。
続編があるとしたら?
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由貴と萌花がひたすらいちゃいちゃ
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ヒロイン追加
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サブキャラの掘り下げ
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主人公&ヒロイン交代