Cosplay × Lover   作:緑茶わいん

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6/11(THU)-6/14(SUN)

☆☆☆☆☆

6/14(SUN) 14:12

☆☆☆☆☆

 

「……恨むからね」

「えー? 私はむしろ感謝して欲しいくらいなんだけど?」

「彼がいるなんて全然教えてくれなかったでしょ!」

 

 萌花の声は喫茶店中に響いた。

 視線が集まってくるのを感じ、赤面して顔を伏せた。目立つのは嫌いだ。少なくとも『萌花モード』の時は。

 恥をかいた恨みも込め、向かいに座った友人を睨む。

 

「どうして黙ってたの?」

「その方が面白いと思ったから」

「……む」

「ごめんごめん、悪かったってば」

 

 友人は苦笑を浮かべて謝罪してくれる。

 

「でもあんた、あの子のこと教えてたらうちに来なくなってたでしょ?」

「……それは」

 

 そうかもしれない。

 無理やり対面させられた今となってはどうでもいいが、もし、由貴の存在を先に教えられていたら、正体発覚を恐れて友人の店を避けたかもしれない。

 近隣にはあそこ以外にコスプレ専門店がないので、意外と難儀したことだろう。

 なんとなく釈然としないものを感じつつ、アイスティーをストローで啜る。友人の奢りだ。ケーキも追加してやろうかと思ったが、イベントに向けて甘いものは控えたいのでぐっと堪える。

 

「でも、どうして羽丘くんが『ファニードリーム』に……?」

「さあ? っていうかあんた、本当にあの子のこと好きなんだ」

「うん」

 

 躊躇なく頷いてから、「大好き」と付け加える。

 友人は「ごちそうさま」と息を吐いて、

 

「っていうか、最初はあんたの紹介かと思ったのよ?」

「ち、違うよ」

 

 友人から「いい子がいたら紹介して」とは言われていた。

 由貴に相談された時も店のことが頭をよぎったのは確かだ。しかし、さすがにコスプレ専門店を紹介する気にはなれず、『ファニードリーム』が求人を出しているサイトをさりげなく教えるに留めた。

 なので、間接的には紹介したことになるのかもしれないが。

 

「でしょうね。あんた、あの子にバレたくないみたいだし」

「当たり前でしょ……?」

 

 今の格好を見下ろして言う。

 札木萌花は大人しくて地味な世界史教師だ。量販店の安物をただ着ているだけの格好で、露出はないし、大きな胸も隠している。髪は後ろで縛っただけで、Mayとして活動する時はコンタクトだが、今は眼鏡。

 私服は私服でも公私(?)の区別はきちんとつける。

 普段の萌花とMayでは存在のベクトルが違いすぎるからだ。

 

「私がコスプレ好きだなんて知ったら、きっと幻滅されるもん」

「あの子、Mayのファンだけどね」

「それは、うん。羽丘くん、すごく楽しそうだったけど……」

 

 Mayとして会った由貴の表情はとてもきらきらしていた。

 楽しくてたまらないといった様子で――学校や部活での彼の表情が嘘だとは思わないものの、萌花が見たことがないほど生き生きしていた。

 思わず嫉妬してしまったくらいだ。

 札木萌花が、Mayに。

 

「いっそバラしちゃえば向こうから告白してくれるんじゃない?」

「それは駄目」

「どうして?」

「だって、Mayが私だって知られたら、きっと幻滅される」

 

 さっきとベクトルが逆だが、結果としては同じこと。

 水と油。違いすぎるペルソナは、印象としてはマイナスにしか働かない。

 

「じゃあMayとして付き合っちゃうとか」

「やだ」

 

 それではまるで、札木萌花がMayに好きな人を寝取られたみたいだ。

 

「うわ面倒臭」

「誰のせいだと思ってるの……?」

「一年も片思いしてる誰かさんのせい」

「う」

 

 言葉につまる。

 

「で、でも、そもそも羽丘君が私――Mayを好きとは限らないでしょ?」

「あー、まあ、あんたがそう言うならそうかもしれないわねー」

 

 妙に棒読みなのが気になったが、友人も「どうしたものか」と頭を抱え始めたので、言いたいことは伝わったらしい。

 と思ったら彼女はがばっと顔を上げて、

 

「いっそ私が羽丘君に告ってみようか」

「……うん。それは私には止める権利ないし」

「待った。急にスマホ取り出して何してるの? 止め、止めなさい! 冗談、冗談だから! 通販で練炭ポチるのは待って!」

 

 冗談じゃない。

 好きな人と大切な友人、両方を同時に失ったら、もう生きる意味なんてない。そんな辛い世界で生きるくらいなら死んだ方がマシじゃないか。

 

「あ、でもそうだよね、死ぬなら保険金降りる死に方しないと」

「あんたいつからそんなヤンデレになったの!?」

「恋を知ってから、かな?」

「もういっそ清姫のコスしなさい」

 

 その発想はなかった。

 悪くないが、もう既にコスの材料を作り始めてしまっている。やるとしても次以降のイベントになるだろう。

 

「……そうなるともう、あんた自身が告白するしかないんだけど、駄目なんでしょ?」

「うん。絶対断られると思う」

「まあ、あの子とは付き合い浅いけど、私もそう思うわ」

 

 羽丘由貴は誠実で一途な少年だ。

 好きな人がいるかは不明だが、いるなら他人からの告白は百パーセント断る。他に好きな人がいるから、と。

 好きな人がいなくても、ただの札木萌花じゃ彼とは釣り合わない。

 歳が違う。教師と生徒でもある。彼のクラスには可愛い子が何人もいる。あの子達に勝てるかといえば、全くもって自信はない。

 

 今まで彼女がいなかったのが不思議なくらいだ。

 

 誰かに片思いしてるんだろうか。

 可能性は高い。

 だとしたら、その恋が終わらない限りはチャンスがない。せめて好きな人がいるのかいないのか、それだけでも突きとめたい。

 

 由貴のバイト先がよりによって『ファニードリーム』なのだ。

 女性の利用率が非常に高いあそこの危険度は非常に高い。

 早くしないと事態が進展していく可能性がある。

 

「……Mayの方で仲良くなって、彼女がいるかどうか聞いてみる」

「普通に部活の時にでも聞きなさいよ」

「聞けないよ。変な風に思われたらゲームオーバーじゃない」

「絶対大丈夫だと思うけど」

 

 いや、恋の世界に絶対なんてない。

 これがゲームなら成功率がパーセント表示されるかもしれないが、現実にはそんな便利なものは存在しないのだ。

 

「あー、はいはい。もう好きにしなさい」

 

 何もしないよりはマシだろうし。

 友人は何故かげんなりした顔でそんな風に呟いた。

 

 

 

=====

6/11(THU) 18:07

=====

 

「ねー。後輩君は女装して働かないの?」

「ぶっ!?」

 

 平日バイトの手が空いた時間。

 コスプレ用品の種類と使い方くらいはひととおり覚えようと頭を働かせていたら、先輩から突拍子もないことを聞かれた。

 覚えた内容が一割くらい頭から飛んで行った気がする。

 

「できるわけないじゃないですか、そんなの?」

「えー? でも、店長はそのつもりで雇ったらしいよ?」

「は?」

「そのうち女装が板についてきたらその格好で接客してくれれば、お客さんもより安心してくれるかもーって」

 

 マジですか……?

 そりゃまあ、コスプレの店に女装したいって来たんだからそりゃそうなるのかもだけど。

 でも、そうすると女の格好で接客するわけだろ? この店、結構常連さんが多いせいか雑談になることも多いから、コスの話題とか服の話題とかで盛り上がったりして――あ、やばい。楽しそうだ。

 

「あ、興味出てきたでしょー?」

「いやいや。俺なんて色々調べてる段階ですから」

「そう? 毛の処理とかスキンケアとか気を遣ってるっぽいけど」

 

 言って俺の手を取る先輩。

 一瞬、びくっとしてしまったら、意味ありげに唇を歪める。完全に把握されてる。

 平常心、平常心。

 この人はただのバイトの先輩で、俺にはMayさんっていう好きな人がいる。つまり、同性の友達みたいな感じで接すればいいのだ。

 

「普段、着たりしてないの?」

「二、三回、試しに着てみたくらいです」

「えー、勿体ない。もっとがんがん着て慣れちゃえばいいじゃん」

「でも、中途半端な出来にはしたくないじゃないですか」

「ほほー?」

 

 あれ、真面目なことを言ったつもりなのにニヤニヤされた。

 

「つまり、後輩君は可愛い女装しかしたくない。興味本位じゃなくて本気でやりたいんだ、と」

「なんか言い方に悪意がありません?」

「そんなことないよー。可愛いなーって思ってるだけ」

 

 女の子に面白がられてるのって、男からしたらしたら割とストレスなんですよ、先輩。

 

「でもほんとに、調べるよりやってみた方が早いと思うよ? やってみないとわかんないこともあるし」

「それは確かに、そうかもしれませんけど」

「もしくは普段から女の子っぽいこと少しずつしてみるっていうのはどう? 裁縫とか」

「多分、俺を育てても売れる衣装は作れませんよ?」

「すぐに戦力になるなんて期待してないってば。でも、売ってないコスを着たくてお金もなかったら、自分で作るしかないんだよー?」

「……あ」

 

 そりゃそうだ。

 あのMayさんだってコスは自作してる。下手な市販品より上手く作れるから、っていうのもあるんだろうけど、その方が安いっていうのも大きいはずだ。

 差額が出るってことは、その分で小物を買ったり、多く衣装が手に入ったりするわけだ。

 

「勉強してみます」

 

 意気込んで頷くと、先輩もうんうんと頷いてくれた。

 

「その意気その意気。じゃあ、はいこれ」

「? 本屋の紙袋?」

「私と店長からのプレゼントだよー」

 

 中には「ゼロから始める裁縫 ステップアップレッスン」なる本が入っていた。

 なんとご丁寧に縫い針と縫い糸、端切れが付属品になっているらしい。

 

「コスプレ用品の名前覚えるのも大事だけど、君なら自然に覚えそうだし。暇な時間に練習するといいんじゃない?」

「やっぱり、ゆくゆくは手伝わせる気ですよね?」

 

 先輩は「なんのことー?」と視線を逸らした。

 

 

 

 

=====

6/11(THU) 20:13

=====

 

 裁縫ブックをプレゼントされた日の夜。

 俺は自分の乗せられやすさをあらためて実感していた。

 

「……やってしまった」

 

 夕飯を食べて、風呂も入って、剃毛(二、三日に一回)、スキンケア(毎日)を終え、後は寝るまで特別にすることはないという時間。

 親から呼ばれることも滅多にないということで、絶好のタイミングだった。

 何って、女装するのに。

 アイテムはこれまで通りブラウスとスカート、黒タイツ。

 身に着けてまず感じたのは自己嫌悪。しっかり勉強してからと思っているのに、先輩にも言われたし、と、うずうずするのを抑えられなかった。

 心地いい布の感触が着終わった瞬間からじわじわと「ときめき」のようなものが湧きあがってもいて、頭がくらくらしてくる。口元がにやけるのを抑えられない。傍から見たら完全にやばい人だと思う。

 

 駄目だ。

 やっぱり俺、完全にハマってる。

 Mayさんと仲良くなるためっていうのもあるけど、それ以前に、もっと女装したくてたまらなくなってる。

 女装は癖になるっていうけど、本当だったんだな……。

 遠い目になりつつ、俺は余計なことを考えるのを止めてベッドに上がった。寝るまでこの格好で過ごしてみるためだ。ほら、どんどんやれって先輩も言ってたし。

 

 ついでに女の子座りってやつをやってみる。

 正座した足を両側に崩すような感じにして、ベッドにぺたんと座るようにする。……っと、微妙に足がきついな、これ。

 やり方が違うのかと思ってネットで検索してみると、男は骨格的にこれができない、もしくはやりづらいらしい。体勢としても間違ってなさそうなので、俺がきついと感じてるのは正常ということだ。きついけど、繰り返しやってれば慣れそうなので、男としては向いてる方なんだろう。

 

「うわ、スカートでこれやるの癖になりそう……」

 

 ふわっと広がったスカートから黒タイツに覆われた足が伸びているのだ。

 足を伸ばしたり、持ち上げたりも自由自在。可愛い上にエロいんだから最強に決まってる。

 

 でも、ブラウスもタイツも汚れてきたな。

 

 特にブラウスなんて、普通は一回ごとに洗うものだろうし。

 捨ててもいいつもりで買ったとはいえ、せっかくなら洗って使いたい。といっても、うちの洗濯機を使うのは絶対怪しまれる。親がいない時にこっそり回すにしても洗剤の量とかでバレるだろう。

 となると、コインランドリーか。

 でも、俺が女物の服持って行くのも怪しいんだよな。夜行くと補導される可能性があるし……。先輩に頼むとか? いやいや、一回二回なら協力してくれるかもだけど、毎回お願いするわけにもいかない。

 じゃあ、女装してコインランドリーに行く?

 それなら怪しまれる確率はぐっと減る。問題は、この服を洗濯物にすると着られる服がないこと。俺がまだまだ女装初心者だってこと。

 

 ……買うか、新しい服。

 

 どうせコインランドリー使うならいっぺんに洗った方が経済的だし、どっちにしろ着替えは必要なわけだし。

 練習して慣れて行かないと、いつまで経っても外出なんてできないし。

 

「よし」

 

 自己暗示をきめた俺は新しく買う服を決めるためにブラウザを立ち上げ、通販サイトにアクセスした。

 何が必要だろう。トップス、ボトムス、靴下orタイツ、あと靴もいるのか。顔はある程度マスクで隠せるとしても、ウィッグも要るよな。まあウィッグは店でも買えるし先輩とかにも相談してみるとして……下着? 要るんだろうけど、心の準備が足りてない。でもどうせいつかは買っちゃいそうだしなあ。

 あ、洗う前提だとしたら水洗い可なのかどうかも確認しないといけないのか。うわ面倒臭。単に安くて可愛い服を選ぶだけで終わらせてくれないものか。

 あとは化粧品? うーん、それも先輩や店長に相談した方が良さそうだ。

 

 と、そんな風にあれこれ悩んでいるうちに夜は更けていって、結局、その日中には選びきれなかった。

 寝る時間のリミットである十一時を迎えた俺は泣く泣く、注文を翌日に回し、結果として授業中もえんえんと女装のことを考え続けたのだった。

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