Cosplay × Lover   作:緑茶わいん

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6/16(SUN)-6/18(TUE)

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6/16(SUN) 14:27

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「後輩君、ちょっと雰囲気変わった?」

 

 日曜日バイトの後半戦。

 ピークを過ぎて落ち着いた店内で、先輩が俺に話しかけてきた。

 

「そうですか……? 自分じゃよくわからないです」

「んー。確かにどこがどうってわけじゃないんだけど、なんだろ? 雰囲気が柔らかくなったというか、覚醒したっていうか」

「隠された能力に目覚めた覚えはないんですが」

「ふむ」

 

 笑って答えると、先輩はぴんと指を立てた。

 何やら俺をじーっと見て、

 

「後輩君。女装は好き?」

 

 何やら今更な質問をしてきた。

 

「は、はい。好きです……」

「今までに何回くらいした?」

「え。……っと、な、七回くらい?」

「やだこの子可愛い!」

「ちょっ……!?」

 

 歓声を上げて抱きついてくる先輩。

 待って、近い近い、良い匂いする! 柔らかい腕とか柔らかい胸とか当たるから、当たってるから! ちょっと落ち着いていただきたい!

 必死に離れてもらって、もう一回接近されないように警戒しながら、先輩に真意を問う。

 

「な、なんなんですか、いきなり」

「ふふー。後輩君、やっぱり覚醒したみたいじゃない?」

「……いや、まあ、その」

 

 自覚しちゃったから隠せなくなったっていうのはありますが。

 あらためて言われると妙に恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。それでもなお、先輩はにやにやしながら俺のことをじーっと見つめていて、なんかもう、どうしていいかわからない。

 俺は女装が好きだ。

 ただコスプレするだけなら男装でいいのに女装を選んだのは、単純にそっちがしたかったからだ。

 

「いいと思うよー。別に、今時そんなの珍しくないし」

「いや、世間一般では十分マイノリティですから」

「本人が真剣で、かつ可愛いならオールオッケーじゃないかな?」

 

 そんな簡単に行けばいいんですけど。

 俺は苦笑しつつ、ふと、先輩への用事を思い出す。

 

「そうだ。……先輩、その、良かったらアドバイスもらえませんか? 写真撮ったんですけど、他人の目からどう見えるかって」

「え、写真あるの? 見せて見せて!」

 

 大喜びだった。

 拒否られたらどうしようかと思った。俺はほっとしつつ、スマホから写真を呼び出して先輩に見せる。

 昨日新しく撮った写真だ。

 前回と同じく、頑張って腕を伸ばして撮った。服は春夏ものだという水色のワンピースに、前のより薄手の黒タイツ。

 昨日届いて、その日のうちに写真を撮った。

 ワンピースを着るのも結構どきどきした。こういう服も男物にはない。ある意味ではブラウス+スカートよりも頼りない感じがして、どうしていいかわからなくなる。戸惑いが大きいからこそ楽しいっていう矛盾した気持ちが湧いてきてにやけるのが止められなかった。

 

「へー、ふーん、ほほうー?」

「……どう、ですか?」

 

 画面をスクロールする先輩が感嘆符しか発さないので、だんだん不安になり、俺は自分の方から聞いてしまう。

 先輩は、ふう、と息を吐くとスマホを返してくれて、

 

「辛さはどのくらいがいい?」

「その時点でだいたい予想ついたんですけど……?」

「まあまあ。じゃあ甘口で言うと……うん、可愛い! 後輩君、そんなに頼りなくは見えないけど、こうやって見ると細いよねー。ちゃんとMで着られてるもん」

「そ、そうですか?」

 

 そう言われると照れる。

 思わず口元を緩める俺。

 

「じゃあ、辛口で言うと?」

「ダサイ」

「うっ」

 

 ストレートすぎる言葉が胸に突き刺さった。

 クリティカルだ。ギリギリ生き残った感じ。これが「キモイ」だったら即死だった。

 がっくり肩を落とすと、先輩はけらけら笑って、

 

「まあ、お洒落かどうかなんて主観だからねー。あんまり気にしなくていいよ」

「気にしますよ……」

「ほんとに気楽でいいのに。後輩君の場合、本格的に可愛くなるのはこれからでしょ?」

「ん? えーっと……?」

「だって、アクセもつけてないし、顔も写してない、ってことはお化粧もしてないよね? お洒落って全体のイメージが重要だし、その人に似合ってるかどうかが一番だし。それに――下着も、まだつけてないよねー?」

「っ」

 

 びくっとした。

 なんでこう、みんなして俺のことを見透かしてくるのか。

 恐ろしいとさえ思う。

 それから、すごく羨ましい。

 

「持ってないの?」

「……持ってます」

 

 ワンピースと一緒に買った。買ってしまった。

 

「でも、着けるの恥ずかしくて」

「手伝ってあげようか?」

「なっ!?」

「冗談だよー」

 

 本当に冗談だったのか……?

 じーっと見つめてみても、俺には第六感なんて備わってない。

 

「最初は服の下に着けてればいいじゃん。学校じゃなくてここでさ。それならバレても平気だし」

「な、なるほど?」

 

 バレにくく、かつ気分を味わう方法として「下着女装」が結構ポピュラーだというのは俺も調べて知っていた。

 外側は普通に男物なので、学校とか職場でも気軽にできるのがウリらしい。

 ただまあ、男にはバレないけど女には割とバレるって話もあった。ブラの線とか、結構気づかれるんだそうだ。

 その点、この店なら、俺がブラをしていようが「ふーん」で終わる……か?

 

「でも、Mayさんが来るかもしれないんですよね……」

「あれ? 女装してMayさんと仲良くなりたいんでしょ?」

「そうですけど、見せるなら完成系がいいじゃないですか」

「あー、それはわからなくもないなあ」

 

 先輩もちらっと言ってた通り「可愛いから許す」っていう概念は割と存在する。

 そして、可愛いと思われるかキモイと思われるか、一番のキーポイントは第一印象。最初こそ、できるだけ良い状態を見せるべきなのだ。

 

「なんか恋バナしてる気分になってきた」

「俺的には完全に恋バナだったんですが」

「そうじゃなくて、女の子とってこと」

 

 ああ、なるほど……って、マジですか。

 なんか恥ずかしくなって目を逸らすと、先輩が何か言おうと口を開いて――。

 からんからん、と、入店を知らせる音が鳴った。

 

「「いらっしゃいませー……あっ」」

 

 打ち合わせてもいないのに声がハモった。

 

「こんにちは」

 

 天使か女神のような笑顔で、Mayさんが現れた。

 

 

 

 

=====

6/16(SUN) 14:39

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 今日のMayさんは薄手のセーターにカーディガンという服装。

 外は日が出ているからか、彼女はするりとカーディガンを脱いで腕に乗せる。すると、下に着ているセーターがノースリーブだということが判明する。

 くらっときた。

 これが写真なら頭を左右に傾けて色んな角度から堪能するところだけど、目の前に本人がいる状況ではできないし、それどころでもない。

 

 Mayさん、素肌は破壊力が強すぎます……。

 

「こんにちは。店長は裏ですけど、呼びましょうか?」

 

 迷わずカウンターに歩いてくるMayさんを見て、先輩が尋ねる。

 

「ううん。今日は大丈夫」

 

 言って、彼女が視線を向けたのは――え、俺?

 正面に立って、真っすぐに目を見てくる。綺麗な目だ。吸い込まれそうに感じると同時に、無性に気恥ずかしくて、むずむずする。

 ずっと見ていたいのに、今すぐここから逃げたい。

 緊張して声が出ない。

 今、どんな顔をしてるだろう。こんな近くにMayさんがいて、俺のことを見てるなんて夢みたいだ。

 

「ごめんなさい」

「え?」

「先週会った時、無視するみたいになっちゃったでしょう?」

「あ、ああ」

 

 現実感がなさすぎて、何を言われたのか一瞬わからなかった。

 先輩も横目に驚いたような顔をしている。

 

「気にしないでください」

 

 ともあれ、俺は笑顔を浮かべて答えた。

 

「むしろ、俺は嬉しかったくらいです。Mayさんと会えるなんて思ってなかったから」

「本当?」

 

 Mayさんの口元が綻ぶ。

 可愛い。ええと、可愛い。駄目だ。思考が吹き飛んで「可愛い」以外に何も考えられない。とにかく可愛い。

 これ、もう、目標達成なんじゃないだろうか。

 しばしトリップしていると、Mayさんの視線が俺の胸元へ向けられる。

 

「ええと、羽丘くん?」

「は、はい」

「下の名前はなんだっけ?」

 

 片手で髪をかき上げながら、上目遣いに見てくるMayさん。

 

「ゆ、由貴です」

「由貴くん。……由貴くんね、うん、覚えた」

 

 ああ、もう死んでもいいや。

 なんだこれ。これだけで金取れるぞ。むしろアイドルになればいいのに。そしたら必死にバイトして、バイト代全部貢ぐ自信がある。

 

「由貴くん。また、お話しに来てもいい?」

「もちろんです」

「ありがとう」

 

 微笑んで、Mayさんはカウンターを離れていった。

 それほど広くない店内をゆっくりと、可愛らしく回り始めた彼女をついつい眺めてしまっていると、先輩が寄ってきて耳元で囁く。

 

「……後輩君、何したの?」

「え?」

「Mayさんってすごくガード固いんだよ。普通、男から声かけられても当たり障りないことしか言わないの。自分から近づいて下の名前で呼んだりとか絶対しない」

「そう、なんですか?」

 

 じゃあ、さっきのはなんだっていうんだ……?

 会ったのはこれで二回目。

 一回目の時はただの店員とお客さんとしてで、しかも、大した話はしなかった。気にしてるわけじゃないけど、フレンドリーに話せるほどの仲ではない。

 だとしたら、どうして。

 言われたことをそのまま受け取るなら、

 

「……案外、後輩君に気があるのかもね?」

 

 意味ありげな先輩のささやきに、俺は「まさか」と答えたながら、内心では動揺しまくっていた。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

6/16(SUN) 21:33

☆☆☆☆☆

 

『羽丘君、あんたのことが気になって仕方ないみたいよ』

『ほんと?』

『本当。……誘惑、したんだって?』

『ゆ、誘惑なんてしてないよ。ほんとはもっとお話したかったけど、恥ずかしくてすぐ離れちゃったし……』

『え? わざと見えるところで服脱いだうえ、近づいていって甘い声で名前を囁いたって聞いたけど?』

『ち、違うもん! 脱いだのは暑くなっちゃっただけだし、名前、呼んだ時だっていっぱいいっぱいで……』

『はいはい。早くくっついて結婚式の招待状送りなさい』

『け、結婚……!?』

『しないつもりだったの? ……っていうか、イベントにまで招待しなくて良かったんじゃない?』

『だって、仲良くならないと恋バナなんてできないし……』

『……あんたって、変なところで積極的よね』

 

 

 

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6/18(TUE) 18:55

=====

 

「こんばんは、由貴くん」

「こんばんは、Mayさん」

 

 表向きは爽やかに応じつつ、俺は内心で「なんだと……?」と声を上げていた。

 これまでは一週間おき、日曜日に来ていたMayさんが平日夜に来店した。しかもレディーススーツに眼鏡という格好でだ。

 髪はアップにまとめていて、足元はローヒールのパンプス。肩からは小さめのバッグを下げている。

 綺麗だ。

 お洒落な感じの格好いい眼鏡がいい感じに印象を引き締めて、できる女というイメージを作り上げている。

 

「お仕事帰りですか?」

「うんっ。仕事が早く終わったから、つい寄っちゃった」

「そうなんですね」

 

 仕事、何してるんだろう。

 社会人二年目だって話だけど、気になる。本人が仕事帰りだってバラしてきたんだし、聞いても大丈夫か……?

 

「あの、差し支えなければでいいんですけど……OLさん、なんですか?」

「え?」

 

 きょとん、と、目を丸くするMayさん。

 見当違いだったか? それとも「店長さんから聞いてないの?」的な反応だろうか。

 内心びくびくしていると、小首を傾げて微笑んでくれる。

 

「うん、そうなの。近くの会社でちょっとした仕事を」

「へえー」

 

 当たりだったのか?

 それにしては濁された感じあるけど、やっぱ個人情報は言いづらいのか。

 イメージ的には秘書か何かやってそう。

 いや、駄目だ。秘書とかエロい妄想しか出てこない。実際はそんなことないんだろうけど、でも、社長とか重役の愛人率は高そうな気がする。

 

「め、眼鏡だと雰囲気変わりますね」

「あ、これ?」

 

 慌てて話題転換。

 Mayさんも嬉しそうに手を持ち上げてフレームに触れる。

 

「お仕事する時だけかけてるの。実はそんなに目、良くないんだ」

「結構ゲーマーですもんね」

「知ってるの? うう、恥ずかしいなあ」

「そんなことないです。ゲームする女の人、いいと思います」

「本当? そういう女の子、好き?」

「は、はい。好きです」

「良かったぁ」

 

 嬉しそうに微笑むMayさんを前に、俺の胸はうるさいほど高鳴っていた。

 そういう意味じゃないとしても、好きな人に好きっていうのは恥ずかしくて、緊張する。

 

「そうだ」

 

 そこでMayさんは思い出したように鞄を探り、一枚の紙を取り出した。

 

「由貴くん、コスプレのイベントに興味あるんだよね? 良かったら、ここ、どうかなって」

「これ……Mayさんが次に出るイベントですよね?」

「知ってるんだ。じゃあ、良かったら来て。ね?」

 

 イベント概要の書かれた紙が渡され、手がぎゅっと握られる。

 温かい。

 柔らかくて、すべすべの、女の人の手だった。

 

 イベントは来週の日曜日。

 店長にシフトの調整を相談してみようと心に決めた。

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