神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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12「進級おめでとう!」

 3月19日の夜、僕の携帯にぐれ兄の家の番号から着信があった。

 僕が折り返し電話をかけると、本田(ほんだ)さんが弾んだ声で『こんばんは、建視(けんし)さんっ』と挨拶する。

 

『今日テストが返却されまして、はなちゃんと私は赤点を1つも取らなかったですよ……!』

 

 本田さんの報告を聞いて、僕は驚いた。

 赤点を取らなかったら焼肉食べ放題を奢るというご褒美を設定したとはいえ、基本的にやる気のない花島(はなじま)さんが真面目に試験を受けるとは、正直思っていなかったのだ。

 

「おめでとう! よく頑張ったね」

由希(ゆき)君の教え方が上手だったおかげです。建視(けんし)さんが持ってきて下さった美味しいお菓子は、勉強を頑張るエネルギーになりました。本当にありがとうございます……っ』

「本田さんの力になれて何よりだよ。試験をパスしたら焼肉食べ放題をご馳走するって花島さんと約束したから、本田さんと(めぐみ)君と魚谷(うおたに)さんも一緒に焼肉屋に行こう」

 

 魚谷さんは、花島さんが特殊な力を持つ事を知った上で受け入れたと聞いているので、直接会って話をしてみたい。

 すると本田さんが、『その事でお話があるのですが……』と切り出す。

 

『勉強を教えて下さった建視さんと由希君へのお礼も込めて、明後日のお昼にはなちゃんのお家で焼肉パーティーを開くからぜひ来てほしいと、はなちゃんのご両親とおばあさんから伝言を預かっております』

 

 花島さんの家に行って、花島さんのお父様やお母様やお祖母様にご挨拶するのか。やばい、妙な想像をしそうになった。

 

『あの、ご予定が入っていましたか?』

「いやいや。予定なんか入ってないよ。ぜひお伺いさせて頂きます」

 

 何故か敬語になってしまった。

 僕の浮かれ気分は夕食時まで続いたらしく、怪訝そうに眉を寄せた兄さんに「何か嬉しい事でもあったのか?」と聞かれた。

 

「友達が期末試験をパスしたって連絡が入ったんだ」

「そうか、友達か」

 

 口元を緩めた兄さんの口調は、からかう響きを帯びていなかったけど。何となく気恥ずかしくなった僕はそっぽを向いて、「そうだよ」と答える。

 

「明後日は友達の家を訪ねる予定なんだけど、親御さんへの挨拶って何を言ったらいいんだろう?」

 

 ゴフッ、と兄さんは飲んでいた緑茶にむせて咳き込んだ。

 

「建視、物事には順序がある。まずは自分の想いを告白して、相手の了解を得てから交際を始めろ。学生の間は清い交際を続けてお互いを理解して尊重できる関係性を築き、彼女と一生添い遂げる覚悟を固めてから、親御さんに挨拶しに行って結婚の承諾を得るんだ」

 

 いつになく饒舌な兄さんは、真剣な表情をしている。冗談ではなく、本気で言っているのだと嫌でも解った。

 

「僕が一足飛びに結婚の挨拶をしに行くと思ったの? いくら何でも僕は、そんな非常識な真似はしないよ!?」

 

 兄さんは「そうか……?」と言いながら、懐疑的な目を向けてきた。やめて、そんな目で僕を見ないで!

 

「僕は常識的な行動を心掛けてきたつもりだけど?」

「常識的な人間は、慊人(あきと)の事を『アキえもん』などと呼ばない」

「いや、あれは場を和ませるためのジョークだよ」

「あんなジョークは、綾女(あやめ)紫呉(しぐれ)でさえ言わないぞ」

 

 王様気質で破天荒な綾兄や、ちゃらんぽらんが服を着て歩いているようなぐれ兄以上だと言われてしまった。

 僕は宴会で気力・体力だけでなく、もっと大事なものまで失っていたようだ。なんてこったい。

 

 

 

△▼

 

 

 

 焼肉パーティー当日の日曜。僕が集合場所の駅前で待っていたら、「おっす」と気さくに挨拶された。

 声をかけてきたのは、きつめの顔立ちだけど綺麗な女の子だ。すらりとした長身を引き立てる、マキシ丈のシャツワンピースを着ている。

 一瞬誰だか判らなかったけど、人工的な色合いの金髪と薄い眉で人物の特定ができた。

 

「やぁ、魚谷さん。久しぶりだね」

「文化祭ぶりだな。リンゴ頭は目立つから遠目でも一発で判ったぜ」

「リンゴ頭って、もしかして僕の事?」

「他に誰がいるんだよ。族に入ってないのに髪を真っ赤に染める学生は、全国探してもそうそう見つからないと思うぞ。カラコンもつけているし」

 

 族って暴走族の事だよな。気になるけど突っ込んで聞くと藪蛇になりそうだと思ったので、「髪と虹彩の色は生まれつきだよ」と答えるにとどめた。

 

「はぁん。きょんといい王子といい、草摩(そうま)って変わった髪や目を持つ奴ばっかりだな」

「詳しい事は解らないけど、遺伝的な理由らしいよ。ところで、きょんと王子って(きょう)と由希のあだ名?」

 

 うなずいた魚谷さんの話によれば、海原(かいばら)高校にはプリンス・ユキ(略称はプリ・ユキ)と称する由希のファンクラブが存在するらしい。その会員数は、海原高校の女子半数以上にのぼるのだとか。

 

 そういや中学時代も、エンジェル・ユキ(略称はエン・ユキ)と称するファンクラブが結成されていたな。

 由希非公認のファンクラブだったエン・ユキは、むさ苦しい男子校に舞い降りた天使(由希)を崇め奉りながら、由希に近づく不埒な輩を密かに排除する活動を行っていた。

 エン・ユキのメンバー間で、天使(由希)はお触り厳禁の存在と定められていたせいか、由希とお近づきになるために従兄の僕に擦り寄ってくる輩が後を絶たなかった。夾は由希とあからさまに敵対していたので、そういった連中は寄り付かなかったようだけど。

 甘い汁を吸おうとする輩は徹底的に利用してやれと考えた僕は、エン・ユキの特別顧問に就任してファンクラブを牛耳った。陰の実力者になってみたいお年頃だったのだ。

 

 魚谷さんと雑談していたら、由希と本田さんがやってきた。

 

「おっとビックリ。由希が本当に来るとは思わなかったよ」

 

 僕が素直な気持ちを口にすると、由希が探るような目で僕を見てくる。

 

「俺が来ると都合が悪いのか?」

「いや、別に」

 

 積極的に他人と関わろうとしない由希が、女の子の家に行きたがるとは思えない。

 由希の目的は本田さん達と一緒に焼肉パーティーを楽しむ事じゃなくて、残留思念を読む力を持つ僕を見張る事だろう。ご苦労な事だ。

 

「あのっ、建視さん」

 

 花島さんの家に歩いて向かう途中、本田さんが話しかけてきた。僕は「何だい?」と応じる。

 

紅葉(もみじ)君からお聞きしたのですが、建視さんは春から海原高校に通われるのですか?」

「そうだよ。今年の春から同じ学校の同級生になるんだ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」

「新学期から賑やかになりそうだな」

 

 本田さんと魚谷さんは笑顔で迎え入れてくれたけど、由希の濃灰色の瞳には疑惑の色が浮かんでいる。僕が慊人の命令を受けて転校したんじゃないか、と勘繰っているのかも。

 

「ところで、(とおる)。もみじって誰だ? 草摩の奴か?」

「はいっ! 紅葉君は文化祭で建視さんやはとりさんと一緒に、私達のクラスに遊びに来て下さいましたよ」

 

 歩きながら腕組みをした魚谷さんは、「思い出した」と言って手をポンと打つ。

 

「屋台に登った小学生か」

「あ、いえ……紅葉君は私達より1つ年下です」

「はぁ!? どう見ても小学生だったろ」

「私も小学生だと思ってしまいました……」

 

 項垂れた本田さんを見かねてか、由希が慰めの言葉をかける。

 

「紅葉の年齢を見抜ける人は中々いないから、本田さんが落ち込む事はないよ」

「そうだよ。紅葉は言動もお子様だから、年齢推察の難易度が高いんだ」

「建視も中身はお子様だろ」

 

 ツッコミを入れた由希の声は冷ややかだ。

 バレンタインのトリプルデートで、僕がモゲ太グッズを押しつけた事を根に持っているのか。器のちっちゃい奴だな。

 

 程無くして庭付き一戸建ての花島家に到着した。魚谷さんがインターホンを鳴らすと、玄関のドアが開く。

 出てきたのは、緩やかに波打つ明るい茶髪をハーフアップにした40代前後の華奢な女性だ。花島さんのお母様と思われる女性は、朗らかに笑いかけてくる。

 

「いらっしゃい! さぁ、上がってちょうだい」

「ウース、おっじゃましまーす」

「お邪魔しますっ」

「……お邪魔します」

「お邪魔しましゅ」

 

 うわぁ、噛んだ。

 魚谷さんは「緊張しすぎだろ」と言いながら笑い、本田さんは「私も緊張すると、言い間違える事がよくあります」と励ましてくれた。

 由希は、呆れ混じりの視線を僕に投げかけたけどな。微笑ましそうな目で見守ってくる花島さんのお母様の前で、由希に対する文句は言えない。

 

 僕は何事もなかったように靴を脱ぎ、案内されたリビングに入る。『進級おめでとう!』と書かれた手作りの横断幕と、カラフルなフラッグガーランドがリビングの壁に飾られていた。

 

「おや、まぁ。美形だと聞いていたけど、予想以上だねぇ」

 

 驚きの声を上げた60代前後の女性は、花島さんのお祖母様だろう。薄灰色の髪を短く整え、シンプルなピアスを耳に飾っている。

 

「いらっしゃい……」

 

 歓迎の言葉をかけてきた花島さんは、黒のロングワンピースの上に紙エプロンをつけている。

 恵君も紙エプロンを既に着用しており、花島姉弟が焼肉を食べたがっている事が伝わってきた。

 

「初めまして。(さき)と恵の父です」

 

 縁なしの眼鏡をかけた40代前後の男性が、快活に挨拶してきた。柔和な雰囲気を纏った花島さんのお父様と対面した僕は、軽くお辞儀をする。

 

「初めまして。僕は草摩建視です。花島さんや恵君とは、親しくさせていただいております」

「そうか、きみが建視君か。咲に勉強を教えてくれてありがとう。これからも“友達”として、咲や恵と仲良くしてほしい」

 

 にこやかに笑う花島さんのお父様は、友達という言葉を強調したような気がした。

 

「大人げないね。未成年相手に牽制するんじゃないよ」

「未成年だからこそ、節度は必要だろう」

 

 花島さんのお祖母様が呆れ顔で窘めると、花島さんのお父様は眼鏡のブリッジを押し上げながら言い返す。

 僕は愛娘に近づく悪い虫だと見做されているのかな。何となく恵君を見遣ったら、彼は黒い笑顔を見せた。花島さんのお父様が僕を警戒しているのは、恵君の仕業だったようだ。

 僕は花島さんや恵君に何かした訳じゃないのに、なんでこんなに嫌われているんだろう。

 

「みんな、こっちに集まってーっ」

 

 キッチンで準備していた花島さんのお母様が弾む声で呼びかけた。リビングにいた面々はキッチンへと移動する。

 6人用と思しきテーブルの椅子は取り払われている。焼肉パーティーは立食形式で行われるようだ。

 テーブルの上に置かれた2つのホットプレートには、肉や魚介類や切り分けた野菜が並べられてじゅうじゅう音を立てていた。

 飲み物を注いだグラスを全員が持つと、花島さんのお父様が乾杯の音頭を取る。

 

「建視君と由希君のおかげで、皆揃って進級する事ができた。本当にありがとう。皆、進級おめでとう!」

「「「おめでとう!」」」

 

 僕はウーロン茶の入ったグラスをテーブルに置いて、取り皿と箸を取った。何から食べようかなと迷っていたら、花島さんのお祖母様が僕に声をかけてくる。

 

「食べたいものがあれば、遠慮なく言っとくれ。いい塩梅に火が通ったのを取ってあげるよ」

「えーと、じゃあ……人参と玉ねぎとホタテと椎茸をもらえますか?」

「肉は食べないのかい?」

 

 焼き色がついた肉は、花島さんと恵君と魚谷さんが自分の取り皿に素早く確保している。

 それに気付いた花島さんのお祖母様は、取り皿に肉を山盛りにした孫達に向かって「ちょっとは遠慮しな!」と叱った。

 

「おばば……焼肉は早い者勝ちが原則だよ……」

「弱肉強食ね……」

 

 恵君と花島さんが淡々と答えると、花島さんのお祖母様はやれやれとばかりに溜息を吐いた。

 その時、花島さんのお母様が肉を載せた取り皿を持って僕に近寄ってくる。

 

「建視ちゃん、お肉を取っておいたわ。よければ食べてちょうだい」

 

 楽羅(かぐら)姉と燈路(ひろ)の母親の五月(さつき)おばさん以外に、僕をちゃん付けで呼ぶ人がいるとは。僕はお礼を述べてから、肉が載った取り皿を受け取る。

 

「由希ちゃんの分のお肉もあるわよ」

「あ、どうも……」

 

 おい、由希。顔が引きつっているぞ。楽羅姉に「ゆんちゃん」って呼ばれているのに、ちゃん付けに戸惑っているのか?

 

「あっ……由希ちゃんはお肉が嫌いなのかしら?」

 

 花島さんのお母様が困ったように眉を下げると、由希はきらきらしい笑顔に切り替えて「嫌いじゃありません」と答えた。

 由希は自分の女顔を嫌っているようだが、いざとなったら美麗な顔を利用する強かさを身につけたようだ。

 僕は醤油ダレにつけた肉と人参を味わってから、「花島さんにはまだ言っていなかったけど」と話を切り出す。

 

「僕は今年の春、海原高校に転校するんだ」

 

 それを受けて「まぁ!」と喜びの声を上げたのは、花島さんのお母様とお祖母様だ。

 花島さんと恵君は無表情なので、どう受け止めたのか判断しづらい。花島さんのお父様は余程驚いたのか、目を見開いた状態で固まっている。

 

「建視ちゃんが咲ちゃん達と同じクラスになるといいわねっ」

「同じクラスにならなくても、また咲に勉強を教えてくれると助かるんだけど」

「僕でよければ、いつでも花島さんに勉強を教えますよ」

「いや! いやいや……建視君1人に負担をかける訳にはいけない。試験対策を講じるなら、由希君にも協力を仰いだ方がいいだろう」

 

 焦った表情を浮かべた花島さんのお父様は、必死な眼差しを由希に向ける。急に話を振られた由希は躊躇いがちに口を開く。

 

「ええっと……本田さんと花島さんが、試験に専念できるように尽力します」

 

 花島さんのお父様は由希と固い握手を交わしながら、「頼りにしているよ」と言った。

 由希は困惑しているように見えたけど、僕は助け舟を出さなかった。花島さんのお父様に頼られるポジションを奪われたからな。

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