神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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高2・1学期編
14「転校生の草摩建視です」


 都立海原(かいばら)高校の男子の冬用制服は、珍しい制服の部類に入ると思う。

 襟と袖と裾が白いラインで縁取られた紺青色のスクールシャツと、淡い水色のネクタイ。それにスクールシャツと同色のスラックスという組み合わせだ。

 ブレザーや学ランといった学校指定の上着はなく、寒い日は学校指定のカーディガンかセーターを着るらしい。

 

 僕の赤い髪と紺青色の制服の取り合わせは、歩行者信号を連想しちゃうんだよな。

 だからと言って、染髪する気も焦げ茶色のカラーコンタクトを入れる気もないけど。

 いつだったか慊人(あきと)に、「建視(けんし)の髪と瞳の色は、椿みたいで綺麗だ」と言われたからな。

 

 黒髪黒目じゃないと駄目だと言い張る教職員が、海原高校にもいるかもしれないので、僕の髪と虹彩の色は生まれついてのものだと証明する書類を兄さんに作成してもらった。

 毛色の違う物の怪憑きは面倒だなと思っていたら、僕を乗せた送迎車は海原高校に到着したようだ。

 

「それでは11時頃にお迎えにあがります。建視さん、いってらっしゃいませ」

 

 草摩(そうま)家の専属ドライバーさんが見送りの挨拶をした。後部座席に座っていた僕は「いってきます」と応えて、送迎車から降りる。

 

「あんな超絶かっこいい男子、うちの学校にいたっけ?」

「うわ。あいつ、髪が真っ赤だぞ。ヤンキーか?」

 

 僕が校門に向かって歩いていると、通学途中の生徒の注目を集めた。

 強面な上級生に目を付けられたらどうしようと思っていたけど、転校初日から体育館裏に呼び出される事態にならずに済んだ。できれば卒業まで呼び出されない事を願いたい。

 

 自分の下駄箱がどこにあるのか判らないので、職員用玄関から入って持参した上履きを履く。すぐに引き返してくるから、ローファーは職員用玄関に置いておいても大丈夫だろ。

 職員室に向かってノックをして、引き戸を開けた。出入口に立つ僕を見た教師の何名かが、ぎょっとしたように目を見開いている。

 兄さんに書いてもらった証明書は生徒手帳に挟んで、常に持ち歩いていた方がよさそうだ。そんな事を考えながら、僕はコーヒーの香りが漂う職員室内に呼びかける。

 

「失礼します。転校生の草摩建視です。僕が在籍する事になったクラスの担任の先生は、いらっしゃいますか?」

「――あたしだ」

 

 立ち上がって返事をした女性教諭は、20代半ばに見えた。

 ダークグレーのパンツスーツに包まれた細身の長身。薄茶色に染めた真っ直ぐな髪を、低い位置でポニーテールにしていた。

 クールビューティな印象を与える切れ長の瞳の持ち主だけど、左目の下にある泣きぼくろが淡い色気を漂わせる。

 

 あれれ~? この人、どこかで見た事あるぞ。

 以前、佳菜(かな)さんが見せてくれた写真に写っていた女性によく似ている。

 

「もしかして、佳菜さんの大親友の白木(しらき)繭子(まゆこ)さんですか?」

「……そうだ。学校では先生をつけて呼ぶように」

 

 やっぱり本人だった。世間は広いようで狭いっていう言葉は、本当だったよ。

 職員室から出た僕は、「うああ~!」と呻きながら頭を抱える。繭子先生は驚きながらも、「どうした?」と気遣わしげに訊いてきた。

 

「海原高校に繭子先生がいると知っていれば、ぐれ兄と取引しなかったのに……っ!」

「ぐれにいって紫呉(しぐれ)の事か? あいつと取引だと? 早まった真似を……とりあえず場所を変えて話そう」

 

 職員室の近くを通りかかった教員や生徒の注目を集めていたので、僕と繭子先生はすぐそこにある会議室に入る。

 

「それで、紫呉と何を取引したんだ?」

「ぐれ兄に頼んで繭子先生に連絡を取ってもらって、佳菜さんの結婚式の写真を送ってもらおうとしたんだよ」

「えっ? 佳菜が結婚する事を知っているの?」

「うん。兄さんから聞いた」

「ええっ!? はとり君、佳菜の事が気になって近況を調べていたのか……」

 

 兄さんにあらぬ疑いがかけられているようなので、僕は正月のニアミスを簡潔に話す。

 繭子先生は気の毒がるような表情になって、「はとり君……なんて間の悪い」と言った。

 気安い呼び方をしている事から察するに、繭子先生は兄さんと親交があるようだ。

 

「繭子先生、ぐれ兄から連絡あった?」

「今のところ紫呉から連絡は来てないよ。紫呉はあたしの実家の古書店によく来るけど、あいつから伝言を頼まれたって話は親から聞いてないし」

 

 ぐれ兄は繭子先生に連絡するのを忘れているのか、それとも故意に遅らせているのか。後者だろうな。それより、と思考を切り替える。

 

「繭子先生の実家の古書店に足繁く通うなんて、ぐれ兄は繭子先生に未練があr」

「ない。それだけは絶対にないから。というか、あたしと紫呉の関係は誰から聞いた?」

「佳菜さんから聞いたよ」

 

 安堵したように息を吐いた繭子先生は表情を引き締め、僕をまっすぐ見据えてくる。

 

「建視君は、佳菜の結婚式の写真を手に入れてどうするつもり?」

「学校の先生に、建視君と呼ばれたのは初めてだな」

 

 僕が思った事をそのまま口に出すと、驚いたように目を丸くした繭子先生の頬に朱が差す。

 

「……っ! 佳菜がそう呼んでいたから伝染(うつ)ったんだよ。あたしは正直に答えたんだから、建視君も質問に答えて」

「佳菜さんは兄さんの助手を務めていた時期があるから、兄さんは佳菜さんが倖せになった姿を見たいかもしれないと思ったんだ」

 

 僕は当たり障りのない返答をした。

 佳菜さんの記憶から兄さんと付き合った思い出が欠落した事を、繭子先生は不審に思っているかもしれない。

 それについて聞かれたら、病に伏せった影響で佳菜さんは部分的な記憶喪失になったのではないか、と言い訳するつもりだったのだが。

 

「……そうか」

 

 言葉短かに呟いた繭子先生は、物思いに耽るように目を伏せる。

 あれこれ聞かれるんじゃないかと思っていたから、肩透かしを食らった気分。

 

「もしかして……繭子先生、ぐれ兄から事情を聞いた?」

 

 無言で頷いた繭子先生を見て、僕は心の中で(何やってんだ、ぐれ兄は!)と叫んだ。

 兄さんの隠蔽術は草摩家の機密として扱われている。ぐれ兄の元恋人とはいえ、部外者の繭子先生に話していい事柄じゃない。

 この事が慊人に知られたら、兄さんは繭子先生の記憶を隠蔽せざるを得なくなる。兄さんと繭子先生のためにも、この件に関して知らぬ存ぜぬを決め込もう。

 

「はとり君は……元気にしている?」

「元気……とは言えない。疲れが溜まっているように見える」

 

 続出する花粉症患者の診察に加え、杞紗(きさ)に八つ当たりしても腹の虫が収まらない慊人を連日宥めているから、兄さんは2週間近く休日がない過労状態が続いている。

 

「相変わらずだな。あまり無理しないように……って、あたしが言っても仕方ないか」

「兄さんの事が気になるなら、会って話をすればいいよ。兄さんは明日の入学式を見に行くって言っていたから」

 

 佳菜さんの親友と対面するのは兄さんにとって心の準備がいる事かもしれないけど、草摩一族以外の知人に会って話をすれば気分転換になるかもしれない。

 そう考えて提案したのだが、繭子先生は片手で顔を覆って溜息を吐いている。

 

「教師としての仕事をほっぽり出して知り合いに会いに行ったら、生徒に示しがつかないだろ」

「じゃあ、仕事が終わった後に会えばいいじゃない。兄さんの携帯のメールアドレスを、繭子先生に教えるよ」

「本人の許可なく個人情報を他人に教えるなよ」

 

 本人の許可を得ればいいのか。

 僕がスラックスのポケットから携帯電話を取り出して、兄さんに送るメールを作成しようとしたら、繭子先生が「やめんか」と制止してくる。

 

「佳菜の結婚式の写真はあたしが建視君に渡すから、紫呉との取引は解消しなよ。あいつは何を吹っかけてくるか解ったもんじゃないぞ」

 

 繭子先生はぐれ兄の本性を知ったから別れたのだろうか。僕が想像を巡らせていたら、繭子先生は真剣な面持ちで「建視君に頼みがある」と切り出す。

 

「あたしと紫呉の関係を、他の人に言わないでほしい」

「言わないよ。僕の兄さんに誓う」

 

 繭子先生の後について会議室から出た僕は、職員用玄関に置いたローファーを回収してから昇降口へと向かった。

 僕の出席番号が記されたプレートがついた下駄箱にローファーを入れて、2‐Dの教室を目指す。

 

 海原高校はクラス替えが無いと聞いたから、慊人に頼み込んで草摩家の権力を行使してもらって、僕が2‐Dに在籍できるように仕向けた。

 だってせっかく転校したんだから、花島(はなじま)さんと同じクラスになりたいじゃないか!

 そんな本音は慊人に言えないので、由希(ゆき)(きょう)を見張るためと言い訳したけど。

 

 目当ての教室の引き戸を開けた繭子先生は、生徒達の賑やかな話し声に負けないように凛とした声を響かせる。

 

「ほら、席に着け! ホームルームを始める前に、転校生を紹介するぞ」

 

 僕が教室に入ると、青いセーラー服を着た女子生徒達が「きゃー!」と歓声を上げた。

 出席簿で教卓を叩いた繭子先生は、「静かにしろ!」と注意を飛ばす。繭子先生の男勝りは口調だけじゃないらしい。

 教卓の前に立った僕は、爽やかな好青年に見える笑顔を浮かべる。自己紹介は第一印象が肝心だ。

 

「文化祭で会った人は覚えてくれているかな? 僕の名前は草摩建視。年の近い従弟がみんな海原高校に進学したから、僕も一緒に通いたくなって転校してきたよ」

「そんな理由で転校する奴がいるか!」

 

 勢いよく立ち上がって、キレのいいツッコミを入れてきたのは夾だ。僕は親指で自分を指差して「ここにいるぞ」と答える。

 

「おしゃべりはそこまでだ。ミカン頭は着席しろ。リンゴ頭は廊下側の最後尾の席に着け」

 

 繭子先生と魚谷(うおたに)さんが示し合わせたように僕をリンゴ頭と呼ぶのは、夾がミカン頭と呼ばれているからなのか。そんな事を考えながら、僕は指定された席に向かった。

 

 

 

 ホームルーム終了後、始業式が行われる体育館へと移動する。

 廊下に出た僕は花島さんや本田(ほんだ)さんと(魚谷さんの姿は見当たらなかった)話をしたかったのだが、他の女子生徒に囲まれて身動きが取れなくなった。

 

「建視君の髪って地毛?」

「カラーコンタクトをつけているの?」

「建視君は、由希君や夾君と仲が良いの?」

 

 次々と投げかけられる質問に答えつつ、僕に近づこうとする女子生徒とさり気なく距離を取るのは神経を使う。

 体育館に着く頃には気疲れしてしまった。出席番号順に並んだ僕は、後ろを振り返って由希に話しかける。

 

「共学って予想以上に大変だな。由希はもう慣れたのか?」

「慣れたよ」

「余裕があるな。さすがは王子様」

 

 嫌味っぽく言ったつもりはないけど、由希が僕を睨みつけてきた。こわやこわや。

 

「夾はどこ行った? トイレか?」

「知らないよ」

「きょんきょんはサボりだと思うよ」

 

 由希は素っ気ない答えを返したけど、由希の後ろにいるノーネクタイの男子生徒が教えてくれた。

 

「君は確か、文化祭で僕に金券を使う事を教えてくれたチャラ男君」

「なんか微妙な覚え方されてる。オレは高地(たかち)祐介(ゆうすけ)だ。ユウって呼んで」

「ユウだと由希と混同しそうだから、すけっちって呼ぶ事にする」

「すけっちって呼ばれたのは初めてだよ。建視君の事は、けんけんって呼んでいい?」

「よきにはからえ」

「なんで急に殿様言葉」

 

 会話に入ってこなかった由希は、不機嫌そうな仏頂面になっていた。うるさいな、とか思っているのだろうか。

 草摩の外に出ても真面目な優等生でいるなんて、由希は相変わらずお堅い。僕はすけっちとの会話を切り上げて前を向いた。

 

 

 

▼△

 

 

 

 Side:夾

 

 

 始業式に出るのはタルいから、教室で漫画を読んで時間を潰した。気になる事があったせいで、漫画の内容は殆ど頭に入らなかったが。

 

 なんで建視が海原高校に来やがったんだ。

 

 建視が通っていた男子高は、はとりの母校だったはずだ。ブラコンの建視が、自分から進んで転校するとは考えづれぇ。

 となると、やっぱ慊人に命じられて来たのか。他人を嘲笑って楽しむ慊人が何を企んで、建視を差し向けてきたかなんざ知りたくもねぇ。

 どうせ、俺とクソ由希を監視しろといった碌でもない命令を出したんだろ。

 

 考え事をしながら惰性的に漫画のページをめくっていたら、クラスメイトが教室に戻ってきた。嫌でも目に付く赤い髪を持つ建視が、こっちに近づいてくる。

 俺は漫画に集中して、話しかけるなと無言で主張した。それを知ってか知らずか、建視は俺の前の席に座る魚谷に声をかけている。

 

「やあ、魚谷さん」

 

 マスクをつけた魚谷は鼻声で、「おー……」と返事をした。

 

「風邪をひいているのか?」

「違ぇよ。花粉症だ」

「辛そうだね。症状を抑える薬を服用した方がいいんじゃない?」

「効かねーんだよ。若気の至りで色ンな薬、飲みすぎたかな」

 

 筋金入りのヤンキーの魚谷が言うと洒落にならねぇよ。俺は思わず「なんだよ、色ンな薬って……」と言ってしまった。

 

「夾……人には触れてはいけない過去が、1つや2つあるんだよ」

 

 残留思念を読む力を持つ建視が言うと、脅しに聞こえる。俺が後ろめたさを抱えているから、そう思っちまうのかもしれねぇが。

 

「建視さん……っ!」

 

 弾むような声と共に、(とおる)と花島が近づいてくる。

 満面の笑みを広げる透を見た瞬間、あの人の恨み言が頭を過った。落ち着け、動揺を表に出すな。建視や花島に不審がられたら厄介だぞ。

 

「やあ。本田さんと花島さんにまた会えて嬉しいよ」

「私もですっ。建視さんと同じクラスになれるなんて、夢みたいです……っ」

 

 俺にとっちゃ悪夢も同然だ。クソ由希だけでも我慢ならねぇってのに、建視まで同じクラスにいるなんざ新手の拷問かよ。

 紫呉に騙されて編入試験を受けた時、わざと悪い点数を取ってりゃこんな事には……っ。

 

「うちのクラスにはきょんが編入してきたから、リンゴ頭は別のクラスになると思っていたけどな」

「僕の髪と虹彩の色は特殊だから、クラスの中で浮いちゃう恐れがあるからね。無理を言って、由希や夾と同じクラスにしてもらったんだよ」

 

 よく言うぜ。中学時代に大勢の生徒を従えていた奴が、クラスの中で浮く事を恐れるなんてあり得ねぇだろ。

 無理を言って、という件は本当だろうがな。俺とクソ由希を監視するために、草摩の権力を行使して学校に圧力をかけたのかもしれねぇ。

 

「はいはいはーい! 今日の放課後に『進級祝い・THEボウリング大会』を開催しまーす。参加する人は、この紙に名前を書いてくださーいっ」

 

 クラスメイトの西村(にしむら)(ひろし)が、声を張り上げて呼びかけた。それを聞いた魚谷が、「ボウリングか。最近やってねぇな」と呟く。

 

「あたしは行くけど、透と花島はどうする?」

「今日のバイトは夜からなので、ご一緒させて頂きますっ」

「透君が行くなら私も行くわ……」

「僕も行こうっと。夾も行くよな?」

 

 今日は帰って武術の鍛錬をする予定だが、建視に教える義理はねぇ。俺が「行かねぇよ」と答えると、付喪神憑きはにやりと笑う。

 

「由希とボウリング勝負をする絶好の機会を逃すのか?」

 

 まさか、こいつ、俺が慊人と交わした賭けを知っているんじゃ……。

 いや、知っていても別に構わねぇか。草摩の連中の多くは、俺の行く末を知った上で蔑んでいる。

 そんなことより大事なのは、勝負と聞いて黙って引き下がるなんて男じゃねぇって事だ!

 

 ボウリング大会に参加しろとクソ由希に言いに行った建視は、苦笑いを浮かべて戻ってきた。

 クソ由希は、入学式の運営委員として放課後は会場設営に駆り出されるから、ボウリングに行けねぇらしい。ばっかくせぇ。がぜんシラけちまった。

 

「興醒めだ。俺ァ、帰るぞ」

「あ、あのっ。夾君も一緒にボウリングをしませんか? 卓球勝負では夾君に負けてしまいましたので、リベンジしたいと思います!」

 

 復讐なんて考えた事もなさそうな透の口から、リベンジって言葉が出てくると、違和感半端ねぇな。

 

「おまえの卓球の腕前を見るに、ボウリングもヘタだろ」

「喧嘩を売っているのね……買ったわ……」

「俺は花島に喧嘩を売ってねぇよ」

「透君を侮辱する事は即ち、私に喧嘩を売るも同然と憶えておきなさい……」

 

 あいつを侮辱した覚えはねぇと言っても、聞く耳持たねぇだろうな。

 すると花島は、「ボウリングもヘタだと決めつけて侮辱したじゃない……」と呟いた。電波を使って俺の心を読んだのか!?

 

「きょんがボウリング勝負を受けねぇってんなら、あたしが相手になってやんよ」

 

 魚谷はそう言いながら、通学バッグから取り出したメリケンサックを右手に装着している。なんで学校に凶器を持ってくるンだよ。どこかに殴り込みをかける気か?

 

「俺は女と拳を交えようなんざ思わねぇよ」

「バーカ。ボウリング勝負で拳を交える訳ねぇだろが」

「ボウリング勝負を持ちかけるならメリケンサックを装着すンなよ、このヤンキーが!」

「ボウリング大会の参加者名簿に、夾の名前も書いてきたよ」

 

 しれっと事後報告した建視の胸倉を掴んで、「勝手に俺の名前を書くな!」と怒鳴った。

 建視は俺を小馬鹿にするように、ペロッと舌を出してやがる。殴り飛ばしてやりてぇ……!

 

 

 

 結局、俺もボウリング場に行く事になった。

 当初は透のリベンジ戦だったはずのボウリング勝負は、俺を叩きのめしたいと言い出した魚谷とそれに便乗した建視のせいで、ペアを組んでのダブルス戦に変更された。

 

「ダブルス戦の組み合わせは、本田さんと夾VS魚谷さんと僕だー!」

 

 無駄にテンションの高い建視が叫んだ。隣のレーンにいた高地が、「オレは姐さんとけんけんのペアに賭けるぞ」と言い出す。

 

「現金を賭けたら賭博罪になるぞ」

「きょんきょんって意外と真面目だよね」

「夾は不良だけど根は善良だからな」

「優等生の仮面を被った性悪に、不良呼ばわりされたくねぇよ」

 

 警戒心の薄い透は建視の本性に気付いてなさそうだから、暴露して注意を促した。

 笑みを深めた建視が、余計な事を言うなと釘を刺す視線を俺に送ってくる。性悪呼ばわりされたくねぇなら、腹黒い言動を改めろってんだ。

 

「え……けんけんって性悪なのか?」

「僕は性悪説を支持しているからね」

 

 西村からの追及を避けた建視は、「負けた人がお金を出し合って、勝った人に缶ジュースを1本ずつ奢る事にしよう」と勝手に決めた。

 

「私は透君に賭けるわ……」

 

 賭けに乗った花島は、建視が買ってきた飲み物と大量の軽食をお供にして観戦体勢に入っている。こいつは食ってばっかだな。

 

「あああ……っ。ボールがまたしても溝に落ちてしまいました……っ」

 

 やはりというか、透はボウリングの才能に恵まれていなかったようでガターを連発している。

 透のミスを補うべく、俺は真剣に投球してストライクを続けて出した。

 

「夾君、スゴイですっ!」

「ミカン頭め、調子に乗りやがって……ぶえっくしょぉいっ!」

 

 ボウリング場に入ってマスクを外した魚谷は、くしゃみが止まらなくなっていた。投げる時もくしゃみが出るせいで、透並みにガターを頻発している。

 建視はストライクとスペアを取っているけど、今のところ俺と透のペアが優勢だ。この調子で得点差を広げてやる。

 俺は慢心しないように気を引き締めてからボールを持って、アプローチへと向かう。狙いを定めて投球に入った瞬間、後ろから建視の大声が響く。

 

「夾は7歳の時! 包丁を持った楽羅(かぐら)姉に脅されて、結婚すると約束したーっ!」

「んな……っ」

 

 動揺を誘われたせいでフォームを崩してしまった。レーンに転がったボールは左側の溝に無様に落っこちる。

 あンのゲス野郎……っ! 怒りに駆られた俺はボウラーズベンチに引き返し、花島の隣の席に座っていた建視の胸倉を掴み上げた。

 

「建視、てめぇ! あんな方法で妨害するなんて卑怯だぞ!」

「どんな手を使おうが……最終的に……勝てばよかろうなのだァァァァッ!」

 

 あくどい笑みを浮かべた建視は、恥ずかしげもなく叫んだ。

 近くにいた西村が「カーズの名台詞を本当に言う人がいるなんて……」と呟いていたが、さっきのゲスな言葉は建視の本音に違いねぇ。

 

「開き直るな! 師匠が帰ってきたら、その曲がった根性叩き直してもらえや!」

「師範に叩き直される前に、夾を叩きのめす」

「上等だ……っ。返り討ちにしてやる!」

「おまえら、ガキの頃から付き合いあるのに仲悪ぃンだな」

 

 魚谷の発言を聞いた瞬間、俺と建視は石のように固まった。

 

「僕と夾は小学校と中学校が同じだから付き合いは長いけど、気が合う訳じゃないからね」

 

 3歳頃から付き合いがあると言わなかったのは、建視があの出来事を無かった事にしているからだろう。

 あんな事があったら、普通は俺を避けたり距離を置いたりするはずなんだが。楽羅が俺にこだわっているから、建視は俺を避けるに避けられねぇのかもな。

 

 試合を再開したが俺は調子を崩し、ボウリング勝負で敗北を期してしまった。項垂れた透が「すみません……」と謝ってくる。

 

「私が夾君の足を引っ張ってしまいました……」

「おまえのせいじゃねぇよ。楽羅の名前を出して揺さぶりをかけてきた、ゲス野郎のせいだ」

 

 そのゲス建視は、賭けに負けた西村から「てめーの根性は、畑に捨てられカビがはえてハエもたからねーカボチャみてえに腐りきってやがるぜ!」と言われていた。

 ひでぇ例えだが的を射ている。ちったぁ反省しろと思ったのだが。

 

「正体を知らなくても、知らず知らずのうちに引き合うんだ……」

 

 建視は意味不明な事を言いながら、西村と握手を交わしていた。

 はとりは常識を弁えた奴なのに、その弟は綾女(あやめ)紫呉(しぐれ)の影響を強く受けた性格だなんて皮肉だな。

 以前も同じ事を思ってそのまま建視に言ってやったら、激怒した建視が密室で俺と楽羅が2人きりになるように謀りやがったから、言わねぇけどな!

 

 

 

▼△

 

 

 

 Side:建視

 

 

 ボウリング大会で、新しいクラスメイトと親交を深めた日の夜。

 僕は提灯型の照明に照らされた食堂のテーブルに着いて、仕事がひと段落ついた兄さんと向かい合って夕飯を食べていた。

 

「兄さん、聞いてよ。僕の担任の先生は白木繭子さんだった」

 

 僕が菜の花の辛子和えを飲み込んでから報告すると、兄さんが箸を持ったまま固まった。

 

「白木が海原高校で教鞭を執っている事は知っていたが、建視の担任になるとはな……」

「え、待って。繭子先生が海原高校の教師だと知っていたの?」

「ああ。佳菜から聞いてなかったか?」

「聞いてないよ……っ」

 

 繭子さんが高校で古文を教えている事は、佳菜さんから聞いていたけど、勤務先の学校の名前は知らなかった。

 過去の僕が繭子さんにもっと興味を持っていればと思うが、後の祭りだ。気持ちを切り替えて、繭子先生との会話を兄さんに伝える。

 

「繭子先生に『はとり君は元気にしている?』って聞かれたから、兄さんは疲れが溜まっているって答えたんだ。そしたら『あまり無理しないように』って伝言を託ったよ」

「インフルエンザが流行した頃に比べれば、楽になった方だ」

「休日がない勤務形態は、楽になったとは言わないよ」

「ハードワークに耐えられないと、医師にはなれん」

 

 そういう考え方が、ワーカーホリックに繋がるんじゃないかな。僕の物言いたげな視線を感じたのか、兄さんは話題を変える。

 

「明日の入学式だが、綾女と紫呉も出席する」

「えっ? あの2人が高校に来るの? ぐれ兄は大勢の女子高生が目当てだろうけど、綾兄もそうなのか?」

「綾女は由希の様子を見に行くと言っていた。由希は正月に本家に帰らなかったからな」

 

 世間一般の兄の行動としては不自然な点はないけど、綾兄は今まで由希に関わろうとしなかったから驚いた。心境の変化でもあったのかな?




今回名前が出た2年D組の男子生徒2名はオリキャラじゃなく、フルバの漫画やアニメにも出てくる愉快なダチトモーズです。
フルバの漫画では名前がないキャラとして紹介されていましたが、ダチトモーズが登場した回のアニメのEDクレジットで「ひろし」「ゆうすけ」と名前だけ出ていたので、それを参考にさせていただいて独自設定を作りました。
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