神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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17「墓参り日和だなっ」

「おい、リンゴ頭。明日の午後は空いてっか?」

 

 2時間目と3時間目の間の中休みに、魚谷(うおたに)さんが予定を尋ねてきた。

 

「空いているよ。どこか遊びに行くのか?」

「うんにゃ。今日子(きょうこ)さん……(とおる)のかーちゃんの墓参りに行くんだ。王子は行くらしいぜ。きょんは解らんけど。おまえも来いよ」

 

 友達の家族のお墓参りに誘われたのは、初めてだ。驚いたけど断る理由はなかったので、魚谷さんの誘いを受けた。

 僕がお墓参りに参加する旨を本田さんに伝えると、彼女は嬉しそうに笑ってお礼を言う。

 

「ありがとうございますっ。お母さんも喜びます……っ」

 

 僕は死後の世界否定派だから、霊魂が実在すると信じる人の考えが理解できない。どう答えればいいのか解らなかったので、僕は曖昧に笑って返事に代えた。

 

 

 

 翌日の5月1日は、曇りや雨が続いたぐずついた天気から一転して快晴になった。

 僕がダークスーツにするか私服にするかで悩んでいたら、兄さんが「法要に出席するのでなければ、平服で構わないだろう」とアドバイスをくれた。

 兄さんの意見を取り入れて、グレーのTシャツの上に黒のジャケットを羽織って、黒のジーンズを穿いていく事にしよう。

 

 本田家のお墓がある寺は、周囲に住宅地があるせいか小規模だった。

 淡いピンクのカーネーションの花束を持った僕は、待ち合わせ場所の墓地に続く階段の下へと向かう。僕が1番乗りだったのか、まだ誰も来ていない。待つこと数分。

 

「オーッス! 墓参り日和だなっ」

 

 陽気な挨拶をしてきた魚谷さんは、白百合の花束を持っていた。そこまでは普通の墓参りスタイルだけど、装いが普通じゃない。

 魚谷さんが着ていたのは、足首まで覆う長さの真っ黒な特攻服だ。

 左胸元には日章旗と『南連合総番』、左腕には『五代目特攻隊長』、右腕には『黒衣蝶参上』という物々しい肩書きと口上が記されている。

 

 魚谷さんの特攻服が目立ちすぎて、その隣にいる花島(はなじま)さんが控えめに見えるほどだ。

 西洋の未亡人のように黒いベールを被り、露出が少ない黒のロングドレスに身を包んだ花島さんは、充分な存在感を放っているのだが。

 

「魚谷さん……お墓参りの後、集会に行くの?」

「あたしは族抜けしたから集会はもう行かねぇよ。おっ、透達が来たぜ」

 

 反り屋根の待合所の方から、本田さんと由希(ゆき)(きょう)が歩いてきた。

 夾は来るかどうか解らないと聞いていたが、今回も由希に対する敵愾心より本田さんへの配慮を優先したのだろう。

 

 3人の服装は普通だ。

 本田さんが着用しているのは黒のワンピース。

 夾は黒のジャージを着て、ダークグレーのジーンズを穿いていた。

 由希は白いシャツの上に濃紺のセーターを着て、黒のチノパンを合わせている。

 

「そのカッコはなんだー!!!」

 

 夾が真っ先にツッコミを入れると、魚谷さんは「なんだってなにが」と受け流す。

 自分のドレスを見下ろした花島さんは「やっぱり地味だったわね……」と、ボケているのか本気なのか判断しづらい発言をした。

 

「魚谷さん……それもしかして、特攻服ってヤツ……?」

「由希が特攻服を知っているなんて……もしかして、みつ先輩から聞いたのか?」

 

 僕の問いかけに、由希は頷いて答えた。

 みつ先輩こと友田(ともだ)邦光(くにみつ)は、師範の弟子兼秘書の青年だ。

 昔のみつ先輩は暴走族の遊撃隊長として環七で爆走していたらしいけど、師範に弟子入りして更生した今は面倒見のいい兄貴分として慕われている。

 

「これはなぁ、今日子さんからもらった由緒正しい、赤い蝶の特攻隊長服なんだぜ!」

 

 不敵に笑った魚谷さんが後ろを向く。背中の部分に『紅』の文字と、大きな蝶が赤糸で刺繍されていた。

 

「あ、赤い蝶……?」

「えへへっ、お母さんの現役時代の名前ですーっ」

 

 現役という言葉の物騒さと、本田さんの人畜無害な笑顔のギャップが激しすぎる。

 

 

 階段を上って本田家のお墓に向かうと、お墓の周りは綺麗に掃除されていた。花立てには新しい花が飾られ、水鉢には清潔な水が注がれている。線香立てには煙がのぼる線香が立てられ、墓前にはパック包装された柏餅が供えてあった。

 

「誰かもう来たのか?」

「あ、きっとおじいさんですっ。おじいさんはお母さんの好きな食べ物知ってますからっ」

 

 夾は本田さんの祖父に会った事があるのか、「ああ、あの……」と呟いている。

 

「あのじーさん、どっちのじーさんだ?」

「お父さんのお父さんですっ」

 

 本田さんのお母さんのお父さんじゃなかったのか。

 母方の祖父母は他界したのだろうか。それとも疎遠なのか。立ち入った事を聞くのは躊躇われるなと思っていたら、由希が踏み込んだ質問をする。

 

「……お父さんは……どうして?」

「風邪をこじらせて、そのまま……だったそうです。私は小さかったので、よく覚えていないのですが……」

 

 父親の死因を語る本田さんは、悲しみを押し隠すような淡い笑みを浮かべる。

 本田さんは頻繁に「お母さんが」と言うけど、お父さんの話は初めて聞いた。父親の思い出が少ないから、話題に出さないのかな。……いや、他に理由があるのかも。

 

――……置いていかれるのは……とても寂しくて……とても怖くて……とても悲しいです……。

 

 思い浮かんだのは、正月に本田さんが見せた虚ろな表情。

 置いていかれる事に恐怖心を抱く本田さんが、母親より先に他界した父親に対する複雑な思いを、胸に秘めている可能性は無いとは言い切れない。

 父親に関する事柄は、迂闊に聞かない方がいいだろう。

 

「お母さん、来たですよーっ」

「来ました……」

「じいさんが掃除までしてくれたから、やる事あんまねぇな」

 

 お墓に向かって挨拶する本田さんを見て、不思議に思った。

 どうして、あんなに澄んだ笑顔を浮かべられるのだろう。

 小さい頃にお父さんを亡くした本田さんにとって、お母さんはとても大切で大きな存在だったはずだ。僕にとっての兄さんのような。

 

 兄さんが不慮の事故で突然他界してしまったら、と想像するだけで心が恐怖で凍てつきそうだ。そんな事態が現実になった場合、僕は半死半生になって立ち直れなくなるだろう。

 けれど、唯一無二の肉親と死別した本田さんは陰鬱さを感じさせず、上っ面だけではない笑みを浮かべている。寂しさや心細さや虚しさに蝕まれそうになる時も、あったはずなのに。

 

 ……本田さんは周囲の人達に心配をかけないように、ひたすら頑張ってきたんだろうな。

 

 両親を喪った悲しみを極力見せずに、僕を育ててくれる兄さんを連想した。僕は本田さんに尊敬の念を抱きながら、持参したカーネーションを包装紙から取り出す。

 

「本田さん、これも飾っていいかな?」

「はいっ。建視(けんし)さん、どうもありがとうございますっ。このお花は……あれれ? キレイに飾れません……っ」

「最初に葉物を活けて次に花を1種類ずつ、バランスを見ながら活ければ見栄えよく飾れるよ」

 

 僕はここぞとばかりに生け花の知識を披露したが、花島さんは少し離れた処で夾と会話している。

 2人が何を話しているか聞き取れないけど、夾は花島さんに気があるように見えないから放置しても大丈夫だろう。

 

「リンゴ頭は生け花をやってたんか?」

「僕が小さい頃に両親が他界したから、仏花を飾るのは慣れているんだ」

 

 僕は何気なく言ったつもりだけど、近くにいた3人は深刻に受け止めたようだ。

 本田さんは悲痛そうに眉を下げ、魚谷さんは気遣うような眼差しを僕に向け、由希は信じられないようなものを見る目を僕に向ける。

 僕が両親に花を供える事がそんなに意外か。由希は僕の事を、親を親とも思わぬ冷血漢だと思っているようだ。そんなのお互い様だろうに。

 

「あー……なんつうか、おまえも苦労してンだな」

「うーん……まぁ、それなりに?」

 

 本音を言うと、兄さんがいてくれたから両親がいない苦労は感じた事はないんだけど。両親を喪った本田さんの前で、それを言うのは無神経だと思ったから自重した。

 

「あ、あの……っ。建視さんが悲しい気持ちを抱えていらっしゃるならば、どうか私に話して下さいっ。心に重いモヤモヤを溜め込んでしまわれると、お辛いと思いますので……っ」

「本田さん、ありがとう。自分の気持ちを持て余した時は、本田さんに話すよ。本田さんも何か困った事や悩み事があったら、僕に話してね。僕が対応できる事であれば力になるから」

 

 僕が胸の内を明かすつもりがない事を察したのだろう。本田さんは躊躇ったような表情を一瞬浮かべた。

 

「あ……えと……私の事を気遣って下さって、ありがとうございます……っ」

 

 ごめんね。本田さんを拒絶している訳じゃないんだ。

 僕は親がいなくて悲しいっていう気持ちが、よく解らない。そんな僕の本音を話したら、他人の気持ちを受け止めようとする本田さんを困らせてしまうだろう。

 

 

 仏花を飾り終えると、本田さんは手提げ袋から取り出したレジャーシートを広げて、本田家のお墓の前に敷き始める。

 何を始めるのかと思って僕と由希が見ていたら、紙コップと紙皿と割り箸、緑茶が入った2リットルのペットボトル、3段重ねの重箱がレジャーシートの上に並べられた。

 

 えええー……墓地(ここ)でお弁当を食べるのか?

 

 魚谷さんと本田さんは当たり前のような顔で、昼食の準備を進めている。自分の中の常識が揺らいだ僕が(ねずみ)憑きの従弟を見ると、由希も戸惑っていたので安心した。

 

「夾君? どうかされましたか?」

 

 本田さんに問いかけられた夾の顔には、動揺が浮かんでいた。何かあったように見えるが、猫憑きの従弟は「なんでもねぇよっ」と答える。

 いつの間にかベールを外した花島さんは、夾に同意するように「ええ……」と返事をした。

 

「墓の前で弁当を広げるなー!!!」

 

 動揺から一転、大声を上げた夾は根っからのツッコミ体質だ。

 

「いいんだよ。騒がしくした方が今日子さんも喜ぶってな」

「寺のモンに見つかったらどうするっ」

「謝りゃいいだろ~」

「他の参拝者は見当たらないから大丈夫じゃないか?」

 

 僕は意見を述べながら、花島さんの隣に腰を下ろした。

 呆れ顔の夾は「大丈夫な訳ねぇだろ」と言いつつも、本田さんの隣に座って本田さんに料理をとってもらっている。

 

「魚谷さん達は……本田さんのお母さんと仲が良かったの?」

 

 由希の質問に、魚谷さんが笑って「よくしてもらってたぜ」と答える。

 本田さんのお母さんは赤い蝶伝説を打ちたてた有名人だったから、魚谷さんは出会う前から憧れていたらしい。

 

「今日子さんがバイク転がすと、蝶が飛んでいるみたいにこう……赤いテールランプが……」

「わっかんねぇよ」

「きょんは想像力無ぇな~」

「あ゛あ゛!?」

「これ、おいしいわ……」

「ありがとうございますっ。はなちゃんのお好きな肉団子の甘酢あんかけもありますよ」

「透君、私の好きなものを作ってくれたのね……嬉しいわ……」

「由希、お茶のペットボトル取ってくれ」

「……ほら」

「さんきゅ。花島さん、お茶のお代わりはいる?」

「そうね……もらおうかしら……」

 

 墓地の中でお弁当を食べるなんて、非常識だと批判される行為だろう。でも、こんな穏やかな気分でお墓参りをしたのは初めてだ。

 遺児に対する陰口が飛び交う草摩(そうま)家のお墓参りと、型破りだけど温かな雰囲気の本田家のお墓参り。どちらが良いと聞かれたら、僕は迷わず後者だと答える。

 

 

 

「明日から旅行に行くぞ」

 

 お墓参りを終えて僕が帰宅したら、兄さんが唐突に宣言した。

 一族の主治医であり、慊人(あきと)の世話係でもある兄さんは立場上、遠出を許されないのだが。

 僕は驚きつつも、兄さんが旅行に行くと言い出した理由を考えてみる。

 

「慊人が仕事で遠方に行くから、兄さんも付き添う事になったのか?」

「違う。紫呉(しぐれ)が草摩の別荘に行こうと誘ってきたんだ」

 

 インドア派のぐれ兄が旅行に誘うなんて、初めてじゃないか?

 ぐれ兄の事だから何か企みがありそうだけど、オーバーワークが続いている兄さんは心身の疲れを取る必要がある。

 (いぬ)憑きの従兄の企みは気になるが、旅先で兄さんを陥れるような事はしない……はずだ。多分。疑い出したらきりがないので、考えるのは後回しにするとして。

 兄さんの不在中に代理の医者がうちの診察室兼客間を使用するかもしれないから、家に出入りする人を確認しておかないと。

 

「兄さんが旅行に行っている間、慊人の検診は誰が行うんだ?」

 

 慊人は1日に2回、検診を受けている。

 多数の傘下企業を抱える草摩家の当主だから、体調管理は万全にしておく必要がある……というのは表向きの理由で。慊人はちょっとした体調不良でも大袈裟に主張するから、頻繁に検診が行われるというのが実情だ。

 

 仮病を使っている訳じゃないから、厄介なんだよな。若くして他界した草摩の先代当主は病弱だったらしいけど、慊人もその体質を受け継いでいる。

 その上、病は気からという言葉通り、慊人は具合が悪いと言い続けている内に、本当に体調を崩してしまう悪循環に陥っているのだ。

 

修景(しゅうけい)叔父さんが引き受けてくれる事になっている」

 

 父方の叔父である修景おじさんは、草摩総合病院の院長を務めている。

 往診に行くような立場の人じゃないけど、草摩の当主であり特殊な事情を抱える慊人の診察を行える医師はごく少数だからな。

 修景おじさんは僕の事を良く思っていないから、家の中で鉢合わせするのは避けたい。

 紅葉(もみじ)の家に泊まらせてもらおうかと僕が考えていたら、兄さんが思案するように人差し指を顎に宛がってから質問してくる。

 

「建視は明日から予定が入っているのか?」

「予定は入れてないよ。任務が入るかもしれないから」

 

 言ってから気付いた。兄さんの旅行中に任務が入ったら、帰宅してすぐに隠蔽術を施してもらえない。うわ、どうしよう。

 凄惨な残留思念を隠蔽してもらうために、旅先でリフレッシュしている兄さんの所に押しかけるのは気が引けるし。耐えるしかないのか。いつまでも兄さんに頼りきりはよくないからな。

 僕がうんうん悩んでいたら、兄さんが「心配は無用だ」と言う。

 

「建視も旅行に行けるように紫呉が前もって慊人に話をつけて、ゴールデンウィーク中に任務が入らないように手を回したと聞いている」

 

 ありがとう、ぐれ兄……って素直に感謝できない。だって戌憑きの従兄の親切に見える行動には、必ず裏があるんだよ!?

 ぐれ兄が「気軽に遊べる女の子を紹介してあげる」と言って引き合わされた人が、お淑やかな美女にしか見えないニューハーフだったとか。

 ぐれ兄が「お勧めの本だよ」と言って貸してきた『夏色の吐息』を読んで感銘を受けた後、ぐれ兄が別のペンネームで書いた少女小説だと教えられ、トラウマ級のダメージを受けたとか。

 

「紫呉の思惑に乗って旅行するのは嫌か? 思い返してみれば、俺は建視と旅行らしい旅行をした事がなかった。いい機会だと思ったのだが……」

「行くよ、行く行く!」

 

 慌てた僕が了承すると、残念そうに目を伏せた兄さんが満足げに口角を上げた。ぐれ兄ほどじゃないけど、兄さんも人を操作するのが上手いらしい。




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