神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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22「売られた電波は買う主義なの……」

 中間試験の勉強計画表を渡すために花島(はなじま)さんを捜していたら、廊下で立ち話をする花島さんと3人の女生徒を発見した。

 花島さんと話をしている子は、僕と同じクラスの木之下(きのした)(みなみ)さん。彼女は由希(ゆき)のファンクラブであるプリ・ユキの2年代表だ。

 

 木之下さんの隣にいる子は、2年B組の八塩(やしお)麻姫(まき)さん。八塩さんはキング・ケンシ(略称はキン・ケン)という、僕のファンクラブに所属している。

 僕は綾兄のような王様キャラじゃないのに、なんでキングという呼称がついたのか。

 気になったのでキン・ケンのメンバーに聞いてみたら、「怜悧と傲慢を兼ね揃えた美貌を持つ建視君は、王と崇めるに相応しい方ですから」という答えが返ってきた。

 傲慢って……僕、そんなに偉そうにしていたかな。それはさておき。

 

 木之下さんと八塩さんの後ろに立つ子は、1年生の山岸(やまぎし)美緒(みお)さんだったかな。

 学年が違う山岸さんの事を知っていたのは、紅葉や春と同じ1年D組の生徒だからという訳ではなく。本田(ほんだ)さんと敵対する恐れのある、プリ・ユキの1年代表だから憶えていたのだ。

 

 にしても、花島さんが木之下さん達と話すなんて珍しいというより不穏だな。

 

 クラスメイトの西村(にしむら)(ひろし)ことろっしーから聞いた話では、木之下さんは由希と親しい本田さんを目の仇にしているらしい。

 本田さんの頭をサッカーのゴールポストにわざとぶつける凶行に及んだ事もあると聞いて、木之下さんは敵を排除するためなら手段を選ばない過激派だと認定した。

 ちなみに本田さんに危害を加えた数分後、木之下さんは意味不明な言葉を突然喚き出して、1週間ほど学校を休んだらしい。木之下さんが発狂したのは、花島さんが仕返しに毒電波を浴びせたからだと噂されている。

 

 そういう経緯があるせいか、木之下さんは今まで花島さんに近づこうとしなかったのに、今日は自ら話しかけている。

 関係の改善を試みているならいいけど、木之下さん達の胡散臭いほどにこやかな笑顔を見る限り、そんな感じじゃなさそうだ。

 とか考えている内に、花島さんと木之下さん達の会話が終わったらしい。僕は本田さんや魚谷(うおたに)さんと合流した花島さんに近づいて、声をかける。

 

「花島さん、木之下さん達に何か変な事言われなかった?」

「次の学校新聞で電波の特集を組みたいから、取材も兼ねて私の家に行っていいか……って」

「そんな特集してどうすんだ?」

 

 魚谷さんの問いかけに、花島さんは小首を傾げて「さあ……」と応じる。

 

「でも、なんだか……よからぬ電波をヒシヒシと感じたわ……」

 

 不安で顔を曇らせた本田さんは、「え……っ」と声を上げた。

 木之下さん達は花島家に上がり込んで、花島さんを脅すネタを捜そうと目論んでいるかもしれない。そう予測した僕は花島さんに忠告する。

 

「木之下さんはプリ・ユキの中でも過激派らしいから、家に上げるのは止めた方が良いよ」

「私は売られた電波は買う主義なの……」

「よっしゃ、そうこなきゃな! 胡散臭くて面白そうだっ。バイト帰りにでも寄っていいか?」

「僕も花島さんの家に行くよ」

「やめとけ。女同士の喧嘩に男が口を挟むと悪化するンだよ」

 

 魚谷さんに言われて、それもそうかと思い直した。僕が駆けつけたら、八塩さんの嫉妬心を煽って火に油を注ぐ結果になりかねない。

 一部のファンが暴走する事は、エン・ユキの特別顧問時代に思い知っていたから、僕のファンには前もって釘を刺しておいたんだけどな。

 

 僕は自分のファンクラブの存在を知った4月中旬の時点で、キン・ケンの各学年の代表と話し合いの場を設けて、僕と親しくしている人達を攻撃しないでほしいと頼んだのに。

 花島さんの許可を得て彼女の家に押しかけるのは攻撃に該当しないと、八塩さんは強引に解釈したのかもしれない。

 “攻撃”ではなく“必要以上の干渉”に、禁止事項を変更するべきか。考えを巡らす僕を余所に、花島さんは本田さんに話しかけている。

 

(とおる)君も来る……?」

「あっ、すみません。あの、今日も杞紗(きさ)さ……あっ、いえ、寄りたい所がありまして。その後はバイトで……」

 

 申し訳なさそうに本田さんが告げると、花島さんは心なしか寂しそうに笑って「そう……」と答えた。

 

 忙しい合間を縫って、本田さんは杞紗と会ってくれている。

 本田さんは大切な親友のピンチに駆けつけたいと思っているけど、杞紗を蔑ろにできないと悩んでいるようだ。

 草摩(そうま)の専属ドライバーさんに連絡して、下校した杞紗を海原(かいばら)高校に連れてきてくれるように頼んでみるか。

 お次は(めぐみ)君にメールを送って、花島さんに敵意を抱く人物が花島家に上がり込む事を知らせる。恵君が返信してきたメールには、『早めに帰宅する』と記されていた。

 

「花島さん、恵君が早めに家に帰るって」

 

 伝言を聞いた花島さんは、「そう……」と答えた。

 ちなみに花島さんは、機械全般の操作が苦手で携帯電話を持っていないらしい。

 

「木之下の奴、恵の呪いを喰らうんじゃね?」

 

 恵君に送ったメールに木之下さん達のフルネームを記しておいたから、彼女達は高い確率で呪われると思う。

 

 

 

 次の休み時間。僕は3年C組に赴いて、キン・ケンの会長兼3年代表の梅垣(うめがき)先輩を呼び出した。

 僕が呼んだのは梅垣先輩だけなのだが、同じくキン・ケンに所属する錦木(にしきぎ)先輩も付いてきている。

 草摩建視(王様)に話しかける時は常に2名以上で、という掟がファンクラブにあるらしいので、それを順守しているのだろう。

 

 生徒指導室に入った僕は、八塩さんがプリ・ユキのメンバーとつるんで、僕の親しい人を攻撃しようとしている事を伝えた。

 それを聞いた梅垣先輩と錦木先輩は、寝耳に水とばかりに驚いている。2つのファンクラブが結託して、花島さんを排除しようと動いた訳ではなさそうだ。

 梅垣先輩が八塩さんに厳重注意してくれるようなので、そちらは任せるとして。

 

 プリ・ユキのメンバーはどうするかな。

 木之下さんを呼び出して、「花島さんと本田さんへの嫌がらせをやめなければ、君達の所業を由希に言いつける」と脅してやるか。

 でも現段階では、プリ・ユキのメンバーが花島さんに嫌がらせをしたという明確な証拠はない。脅迫という強硬策は最終手段として取っておいて、まずは駄目元で由希に頼んでみよう。

 

「由希のファンクラブのメンバーが嫉妬に駆られて、花島さんの家に押しかけようとしているんだ。やめるように由希から言ってくれないか?」

「何を馬鹿な事を言っているんだ。俺のファンクラブなんて存在する訳ないだろ」

「はぁ……天然無自覚王子サマは使えないな」

「おまえに使われて堪るか」

 

 プンプン怒っている由希はほっといて。杞紗が学校帰りに、海原高校に寄る事を本田さんに伝えておこう。

 

建視(けんし)さんが杞紗さんに頼んで下さったのですねっ? ありがとうございます……っ。この埋め合わせは必ずしますっ」

 

 感謝で涙ぐんだ本田さんは、頭を下げてお礼を言う。そんな大げさな、と思っていたら視線を感じた。

 

 は、花島さんが僕を睨んでいる……!

 

 僕が本田さんに、無茶な要求をしたとか思われたのかもしれない。誤解を解こうとしたのだが、花島さんは僕を避けてさっさと帰ってしまった。

 

 まさかとは思うけど、嫌われた……?

 

 ぐらりと目眩がして、突然体に力が入らなくなって床に座り込んでしまう。

 うわぁ。自分でも引くほど落ち込んでいるな。ここまで気落ちしたのは、僕が初めて恋した人が利津(りつ)兄だと知った時以来だよ……。

 恋に落ちる前に、利津兄だと気付くだろうって? 女装のじの字さえまだ知らなかった幼気な僕は、従兄がフリッフリなワンピースを着るなんて夢にも思わなかったんだよ!

 

「けんけん、なんで教室の隅っこで体育座りしているんだ?」

 

 クラスメイトの高地(たかち)祐介(ゆうすけ)こと、すけっちが声をかけてきた。

 

「……ハートがブロークンして落ち込んでいるんだよ。すけっちが笑えるギャグを言ってくれたら、立ち直れるかも」

「ヘコんでいる時も無茶振りするんだね。よーし。そんじゃ、とっておきのギャグを披露しよう。校長先生、絶好調! 先生怒って、先制攻撃! 生徒も負けずに正当b」

「ありがとう、ちょっと元気出た」

「最後まで聞いてよ!」

 

 

 その日の夕方、恵君からメールが送られてきた。

 木之下さんと山岸さん、それにプリ・ユキの会長である3年代表の皆川(みながわ)先輩の3名が、花島家にやってきたらしい。

 彼女達は案の定というか、日記や写真やポエムといった花島さんの弱点になりそうなものを探し出して盗もうとしていたようだ。

 犯罪に手を染める事も辞さないプリ・ユキのメンバーを、追い出すのに手間取ったのではと思ったけど、僕の取り越し苦労だった。

 名前だけで人を呪う事ができると話した恵君に名を呼ばれた瞬間、彼女達は猛ダッシュで花島家から逃げ出したらしい。

 

 僕は皆川先輩の名前は恵君に教えていなかったけど、彼女達が互いに名前を呼び合っているのを恵君が偶然聞いて知ったようだ。

 恵君の報告メールの文末に、こんな事が記してあった。

 

『南さんと美緒さんの名前を俺に教えて、俺が本当に呪いをかけられるかどうか確かめようとしたの?』

 

 やだなぁ。木之下さん達を実験動物代わりにするなんて、そんな酷い事スルワケナイヨー。

 それはさておき、プリ・ユキは当分の間は花島さんや本田さんにちょっかいを出さないと思うけど、喉元過ぎれば何とやらでまた嫌がらせをするかもしれない。警戒は怠らないようにしよう。

 

 

 

「昨日は悪かったわ……」

 

 翌日、花島さんが僕に謝ってきた。

 

「え? なんで花島さんが謝るの?」

「透君が貴方に頭を下げるのを見て、睨んでしまって……」

「あぁ、あの時の。そんな気にしなくていいのに」

 

 花島さんに嫌われたんじゃないかと思い悩んで昨夜は眠れなくて、仔羊形態の燈路(ひろ)を1087匹数える事になったけど、花島さんが再び話しかけてくれたから元気100倍だ。

 すると、花島さんは憂うように目を伏せる。

 

「透君が草摩の人達にとられてしまったようで、少しさびしかったの……それで貴方に八つ当たりしたのよ……」

 

 しおらしい花島さんって激可愛い……! 僕が邪な考えを抱いている事を電波で読んだのか、花島さんは冷ややかな視線を投げかけてくる。

 兄さん、どうしよう。新たな性癖に目覚めそうだ。

 

 

 

▼△

 

 

 

 もう7日寝ると中間試験。という訳で、僕は家庭教師として花島さんの家にお邪魔している。

 本田さんはバイトで、由希は生徒会の引き継ぎがあるから、僕と花島さんは2人きりで勉強会をするはずだったけど、世の中そんなに甘くない。

 

「建視さん……問題解けたよ……」

 

 リビングの椅子に座った恵君は、僕が用意した数学のプリントを提出した。

 自分で立てた勉強計画に沿って復習している恵君に、僕が勉強を教える必要はないと思うけど。姉を守る守護神と化した恵君と交流を持つため、課題を出しているのだ。

 恵君は僕の下心を見抜いた上で、様々な応用問題を僕に出させる事で今から高校入試対策を行っているようだ。実に抜け目がない。

 

「花島さん、解らない処があったら遠慮なく聞いてね」

「…………」

 

 花島さんが勉強に集中してくれるのは家庭教師として嬉しいけど、無視されるのは悲しいよぅ。

 以前のようにおやつを用意できれば、それが会話の取っ掛かりになったんだけど。焼肉パーティーの折に花島さんのお父様に、「おやつはこちらで用意するよ」と言われてしまったのだ。

 

 

 ぐれ兄の家で、由希や本田さんや花島さんと一緒に勉強会をする日。

 僕がここぞとばかりに大量のお菓子を持参したら、呆れ顔になった由希に「花島さんの親御さんに言いつけるぞ」と脅された。

 

「由希……てめえの血はなに色だーっ!」

「馬鹿な事言ってないで、花島さんに勉強を教えろ」

 

 花島さんは自力で問題を解いちゃうから、教えたくても教えられないんだよ! 解った上で言っているだろ、このネズ公!

 

 

 

 そんなこんなで、中間試験がスタート。花島さんに勉強を教えるために万遍なく復習したから、僕は全ての教科で高得点を取れたと感じた。

 

「全教科で1つでも赤点を取った奴は、日曜日追試だ!」

 

 テストの返却日。繭子(まゆこ)先生は自分が受け持つクラスの生徒に、ビシッと告げた。クラスメイトの男子達は嫌そうに、「うげろォ」と声を上げる。

 花島さんは普段通りの無表情なので、赤点を取ったのか取らなかったのか見た目では判断できない。反対に、本田さんは見るからに落ち込んでいる。

 

「本田さん……? もしかして追試……なの?」

 

 繭子先生が教室から立ち去った後、由希が躊躇いがちに聞いた。

 目に涙を浮かべた本田さんは、フェードアウトするように由希から遠ざかり、教室の床に正座して項垂れる。

 

「申し訳ありません……!!」

「そんなに気にしちゃダメだよ。誰にだって調子が悪い時はあるんだから」

 

 全力で謝罪する本田さんに、由希は戸惑いながらも優しく声をかけた。

 

「赤点取ったっつっても1つだろ? だーい丈夫、落ち込む事ねぇって!」

 

 明るく笑い飛ばした魚谷さんに続いて、僕も本田さんに慰めの言葉をかける。

 

「追試は本試験より簡単な問題が出ると思うから、気楽に構えた方がいいよ」

「そう……楽勝よ……」

 

 花島さんの励ましの言葉は実感がこもっていた。

 まさかとは思うけど、追試の方が楽だからわざと赤点取っていた訳じゃないよね?!

 

 本田さんが席を外した時に確認を取ったら、花島さんは今回も赤点を取らなかったらしい。

 花島さんは残念そうに「透君と一緒に追試を受けたかったわ……」と言ったので、僕はよく頑張ったねと労う事ができなかった。

 

 

 

 その日の夕方、紅葉(もみじ)が僕の携帯に電話をかけてきた。

 

『ケン、大変なのっ! トールがカゼをひいて熱を出しちゃったの!』

「えっ? 学校で本田さんと話した時は、体調が悪そうに見えなかったのに……紅葉は誰から、本田さんが風邪をひいたって聞いたんだ?」

 

 紅葉は『シーちゃんが教えてくれたのよっ』と答えた。

 38度2分の高熱を出した本田さんが今日バイトをするのは無理だから、本田さんのバイト先と繋がりがある紅葉に連絡が行ったようだ。

 

『だから、今日はボクがトールの代わりにバイトするのっ』

 

 箱入り坊ちゃんの紅葉に清掃ができるとは思えなかったが、本田さんのバイト先は紅葉の父親が所有する自社ビルだから大丈夫だろう。

 

「兄さん、本田さんが熱を出して寝込んでいるんだ。時間の都合がついたら、本田さんを診察してほしいんだけど」

 

 夕食時に僕が頼むと、兄さんは微笑ましそうに目元を緩める。

 

「明日、紫呉(しぐれ)の家に行く。紅葉と紫呉が同じ頼み事をしてきたからな」

 

 

 

 翌日、僕達は本田さんのお見舞いに行った。

 白衣を着た兄さんや紅葉や杞紗と一緒に、僕も本田さんの部屋にお邪魔する。

 

 本田さんは必要最低限の私物しか持ってないのか、インテリア雑貨やテレビや音楽プレーヤーなどは室内に見当たらなかった。

 棚の上に置いてあるやや古びた青い帽子は、幼い男の子が使用するようなものだ。本田さんが買い求めたものとは思えないから、貰い物だろう。

 帽子の近くには、写真立てと湯呑みが置いてある。写真立てに入っていた写真に写った人物は、オレンジ色に染めたショートヘアの活発そうな30代の女性だ。あの女性(ひと)が本田さんのお母さんなのかな?

 

 写真の人物もだけど、ピンクのフリルで飾られた大きなベッドがすっごい気になる。

 あれって、ぐれ兄の趣味で購入した寝具だろうな。兄さんも本田さんが横たわっているベッドを見て、一瞬硬直したから間違いない。

 

「トールっ、具合はどう?」

「ご心配をおかけしてしまって、申し訳ありません……。ゆっくり寝かせて頂いたおかげで、熱は少し下がりました……」

「本田さんは最近頑張りすぎちゃったから、疲れが溜まっていたんだよ。無理をせずに休んだ方がいいよ」

 

 本田さんはぐれ兄の家で家事を行いながら学校に通い、ビル清掃のバイトで学費や生活費を稼ぎつつ、中間テストの試験勉強に励む合間を縫って、杞紗と会う時間を作ってくれていた。

 ここ最近の本田さんの生活を振り返って改めて驚愕するけど、普通の女子高生の仕事量じゃない。体調を崩す前に気付いてあげられたらよかった。

 

「トールっ。フルーツを持ってきたから、アトで食べてねっ」

「ゼリーとスポーツドリンクも……持ってきたよ……」

「本田さん、これ。春と楽羅(かぐら)姉から」

 

 春と楽羅姉から預かったお見舞いの品を、本田さんに渡す。(うし)憑きの従弟は熱冷まし用の冷却シート、(いのしし)憑きの従姉はラベンダーのポプリ。2人は所用があって、本田さんのお見舞いに行く事ができなかったのだ。

 お見舞いの品を受け取った本田さんは涙ぐんで、「ありがとうございます……っ」とお礼を述べた。

 

「疲労が原因なら、疲労回復を促すビタミン注射を打つか」

 

 眼鏡をかけた兄さんはそう言って、往診鞄の中から注射に必要な道具を取り出す。本田さんが横たわるベッドの上に身を乗り出した紅葉が、不安そうな声を上げる。

 

「間違えないでね、ハリィっ。トールが痛がったら、すぐやめてねっ」

「大丈夫ですよ。全然痛くないですよ」

 

 ベッドの上で上体を起こした本田さんは、注射を受けながら笑って答えた。

 

「でも、シーちゃんは痛いって言ってたよ! すごくすごく痛いんだって! 何回も何回も打ち間違えるんだって!」

「あれはワザとやったんだ」

 

 兄さんがさらっと暴露すると、本田さんの部屋の入口でガタッと物音が聞こえた。立ち聞きしていたぐれ兄が涙を流している。

 

「はーさん……っ。ひどいよ、ワザとだなんて……っ。なんとなく気付いていたけどね!!」

 

 ぐれ兄は注射を打たれる前に、グチグチ文句を言ったのだろう。

 僕もインフルエンザの予防接種を受ける時、痛くしないでとしつこく頼み込んだら、苛立った兄さんに「喚くと打ち間違えるかもしれんぞ」と脅された事がある。

 

「騒ぐだけなら出ていけ。病人の体に障る」

 

 兄さんは、杞紗以外の者に退室を言い渡した。僕は騒いだ覚えはないけど、仕事モードの兄さんに逆らうような愚は犯さない。

 

「紅葉、本田さんに果物とスポーツドリンクを持っていこうか」

「そうだねっ!」

 

 僕と紅葉が台所に向かったら、(きょう)が床に座り込んで本を読んでいた。猫憑きの従弟が熟読している本のタイトルは、『体にやさしい料理集』だ。

 夾が師範以外の人のために料理を作るなんて……楽羅姉が知ったら暴れそうだな。この事は楽羅姉に黙っておこう、そうしよう。

 

「なになに、キョーっ。ハナヨメシュギョー!?」

「ちっげぇよ、タコっ。おまえら、あっち行けっ」

「本田さんに食べてもらう果物を用意したら、退散するよ」

 

 僕は果物盛り合わせの中にあったさくらんぼを取り出し、戸棚から出したガラスの器に入れて持っていこうとしたのだが。オレンジ色の目を見開いた夾が、「待ちやがれ!」と呼びとめてくる。

 

「そのまま持っていくバカがいるか! 果物を洗えよ!」

「店で買ったものだから綺麗だぞ」

「小せぇゴミがついているかもしれねぇだろ! てめぇは無駄に記憶力がいいくせに、家庭科の授業で習った事を憶えてねぇのか!?」

 

 家庭科は僕の鬼門だから、記憶が曖昧だ。

 小学5年の調理実習の時、僕がニンジンのグラッセを黒焦げにしたら、同じクラスだった夾に「建視の料理は師匠と大差ねぇな」と呆れられた事は憶えているんだけど。

 

「キョーはシュートメみたいねっ」

「誰が姑だ、このクソガキっ!」

「夾、この家に新品のビニール手袋ってあるか?」

「知るかっ! もういい、貸せっ、俺が洗う!」

 

 ボウルに水を張った夾は「なんで俺がこんな事を……」と愚痴りながら、ざるに入れたさくらんぼを軽く揺らして濯いだ。夾の手際の良さに感心した僕と紅葉は、「おおー」と声を上げる。

 

「夾は由希と料理対決をすれば、確実に勝てるぞ」

 

 中学時代の家庭科の調理実習で、由希は数々の危険な創作料理を作っていた。目玉焼きの水煮とか、いちごジャムをかけたハンバーグとか、ラードを混ぜ込んだポテトサラダとか。

 それを思い出しながら僕が提案すると、夾は「ンな女々しい勝負できっか」と却下する。

 女々しい勝負って……料理人同士の戦いを取り扱ったテレビ番組では、男性の料理人が数多く登場するんだぞ。

 

「これ持って、さっさと行きやがれ!」

 

 夾は新しい器にさくらんぼを入れて、差し出してきた。口は悪いけど面倒見のいい処は、昔と変わってないな。

 

 

 

 風邪が治った本田さんは、追試で無事合格点を取れたようだ。本田さんは見舞いのお礼に、手作りのレアチーズケーキを振る舞ってくれた。

 

「キャラケーキ第2弾……だと……!?」

「このモゲ太、トールが描いたの? とってもジョーズねっ!」

「可愛い……っ」

 

 カップ入りのレアチーズケーキには、チョコペンといちごジャムでモゲ太の絵が描いてあり、僕と紅葉と杞紗は大喜びだ。

 兄さんと由希と夾と春と楽羅姉とぐれ兄のために作られたレアチーズケーキは、キャラケーキ仕様ではなくブルーベリーソースがかかっている。

 

 お礼のケーキはすごく嬉しいけど、ちょっと気になる事があった。

 

 本田さんはバレンタインの時にガトーショコラをたくさん作るために自腹を切って、修学旅行の積立金が払えなくなったと紅葉から聞いている。

 今回はぐれ兄が本田さんを説き伏せて、食費を追加で渡して材料を買わせたと聞いて一安心した。




キン・ケンのメンバーはオリキャラです。
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