神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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24「元気一杯に見えるか?」

 

 

 修行の旅に出ていた師範が帰還したと報せを受けたので、僕は草摩(そうま)の「外」にある道場へと向かった。

 道場には師範が帰ってきた事を聞きつけた門下生が集い、春も駆けつけている。楽羅(かぐら)姉も門下生なのだが、姿が見当たらない。

 

『師範が帰ってきたよ! 師範は今夜、しーちゃんの家にお泊りするんだって。しーちゃんが許可を出してくれたから、私もお泊りできるの!』

 

 昨日の夕方に楽羅姉から送られてきたメールを見て、僕は妙だなと思った。普段なら(きょう)と一緒に過ごせる喜びを長々と綴るのに、何故か夾の名前が1つも記されていない。

 少し気になったので、『何かあった?』と探りを入れるメールを送ってみた。数分後に楽羅姉から届いた返事は、『まだ何もない。今は何も話せない』という漠然とした内容だ。

 

 楽羅姉は朝になっても連絡を寄越さなかったので、何があったのか不明のまま。

 僕は釈然としない気持ちを抱えながら、緑がかった灰色の着物を身に纏った師範こと草摩藉真(かずま)と対面した。

 

「師範、お久しぶりです」

「久しぶりですね、建視(けんし)

「ども……」

潑春(はつはる)も元気そうで何よりです。2人とも背が伸びて、ひとまわり大きくなりましたね」

 

 温和な笑みを浮かべる師範は、孫の成長を見守る祖父のようだ。

 老成した雰囲気の持ち主だから祖父と表現してしまったけど、容姿端麗で引き締まった体格を誇る師範は、30歳前後に見える。

 師範の年齢を四捨五入すると、40歳になるんだけどね。戦闘能力がやたら高くて老いない処は、サイヤ人と一緒だな。

 そんな事を考えながら、僕はさり気なく探りを入れる。

 

「夾の姿が見当たりませんが、引っ越しの荷造りをしているんですか?」

「夾は紫呉(しぐれ)君の家から、道場に通う事になりますよ」

 

 穏やかに微笑む師範の返答を聞いて、僕は驚きのあまり言葉が出なくなる。

 夾は本田(ほんだ)さんには気を許していたけど、由希(ゆき)との同居生活は心底嫌がっていたから、誰よりも敬愛する師範と暮らす道を選ぶと思っていたのだが。

 師範は夾と本田さんがイイ雰囲気になっているのを見て、引き続きぐれ兄の家で暮らすように夾に指示したのかな?

 でもなぁ。夾が師範と暮らしたいと言ったら、師範は夾の意思を尊重すると思うけど。

 

 門下生が一通り師範に挨拶を済ませた後、道場の掃除をする。

 師範が不在にしていた約1年間、準師範の指導のもと、きちんと管理がされていたので汚れた箇所は見当たらない。

 僕は稽古に参加したけど、鍛錬をサボっていたから腕が思いきり鈍っていた。春に「具合悪いの?」と心配されるレベルだったので、鍛え直そうと心に誓う。

 

 

 

 帰宅してから新着メールを確認したけど、楽羅姉からの返事はない。

 楽羅姉の携帯に電話をかけてみたら、『おかけになった番号は現在電源が入っていないか、電波が届かない場所にあります』というアナウンスが流れた。

 (いのしし)憑きの従姉の自宅に電話をかけると、応対に出た楽羅姉の母親の幸実(ゆきみ)おばさんが困惑と心配を滲ませた声を出す。

 

『楽羅は家に帰ってきているけど、部屋に閉じ籠っているのよ』

 

 楽羅姉が自室に閉じ籠るほど落ち込んだ原因については、何となく見当がつく。夾が師範の家に戻らず、ぐれ兄の家で引き続き同居生活を送ると聞いて、ショックを受けたのだろう。

 亥憑きの従姉は、本田さんに対してあからさまな敵意は見せていなかったけど、夾が女の子と一つ屋根の下で暮らす事に危機感を抱いていたからな。

 これはあくまで僕の予想なので、幸実おばさんに教える訳にはいかない。僕は「いつでも相談に乗ると楽羅姉に伝えて下さい」とお願いしてから、電話を切った。

 

 

 

▼△

 

 

 

「草摩先輩、おはようございますっ」

「けんけん、おっはー」

「建視君、おはようっ」

「おはよう。今日も1日頑張ろうね」

 

 6月7日の朝。僕は風紀委員の一員として、校門に立って挨拶運動に励んでいる。衣替えが6月1日から始まったので、夏服を着崩している生徒に口頭注意するのも仕事の内だ。

 男子生徒が着る夏服の白い半袖のシャツは、襟と袖と裾が青いラインで縁取られている。ネクタイも白で、太い方の剣先は青いラインで彩ってあった。スラックスは冬服と同じ紺青色だけど、薄手でサラサラとした感触だ。

 

 冬服姿の僕は歩行者信号のようだったけど、夏服姿の僕はフランス国旗を連想する。僕はこんな見た目なのに、風紀委員として活動していいのだろうか。

 疑問に思った僕が風紀委員長に聞いたら、「君のように派手な生徒でも、制服を正しく着ているという良い見本になる」と言われた。誉められているんだか、貶されているんだか。

 

 そもそも風紀委員なんて、僕の柄じゃない。にも拘らず、委員会を決めるホームルームでクラスの女子達が一致団結して、僕を風紀委員に推薦したのだ。

 僕が辞退しようとしたら、目を輝かせた女の子に「竹井(たけい)会長に真っ向から異議を唱えた建視君以上に、風紀委員に相応しい人はいないよ!」と言われてしまった。

 紅葉(もみじ)の制服を巡って僕が新入生を煽った事が噂になり、竹井会長に真っ向から異議を唱えたという事になったらしい。

 校則を無視した紅葉の制服を是とした僕は、風紀委員に相応しくないと主張したのだが。生活指導の一端を担う風紀委員は皆やりたくないのか、押しつけられてしまった。

 

「Guten Morgen!(おはよう!)」

 

 スキップしながら登校してきた紅葉は白い半袖のセーラー服を着て、青いショートパンツを穿いた格好だ。

 制服の時点でアウトなのに、ウサギ形のピアスをつけ、ビーズで作った指輪を嵌め、両手の爪に水色のマニキュアを施している。

 

「おはよう。紅葉の制服は先生達も諦めの境地に達しているけど、アクセサリーは外しとけよ」

「Ja!(うん!)」

 

 良い子のお返事をした紅葉は、足取り軽く昇降口へと向かった。僕の注意は聞き流されたな。

 溜息を吐く間もなく、(うし)憑きの従弟がやってくる。チェーンピアスや革製のチョーカーなどをつけた春は、相変わらずジャラジャラしていた。

 装飾品は外せばいいけど、左上腕にある無限マークが連なったような文様はボディーペイントやシールじゃない。本物のタトゥーだ。隠しときゃいいのに、春は注意できるものならしてみろとばかりに半袖を捲っている。

 

「おはよう、春」

 

 僕は挨拶しながら春の袖を元に戻した。よかった、袖口でギリギリ隠れる。僕が安堵したのも束の間。

 

「おいっ! タトゥーを入れた草摩潑春は見逃されて、なんで俺が注意を受けるんだよっ」

 

 シャツの下に赤いタンクトップを着た男子生徒が、抗議の声を上げた。近くでじっくり見ていないのに、タトゥーだと判別できるとは思えないから言いがかりだろう。

 それでも春がタトゥーを入れているのは本当なので、騒ぎ立てられると面倒だ。騒動の芽は今の内に摘んでおこう。

 

「春は宗教上の理由で、タトゥーを入れているんだよ」

 

 僕がでっちあげの理由を話すと、赤いタンクトップを着た男子生徒は怪訝そうに「は?」と言った。

 

「宗教上の理由と言われても解らないよね。詳しく説明しよう。春の母親は若い頃に、ヒイロイッペー教という新興宗教に入信したんだ。荒木冬彦尊師は25年前に南米アマゾンを旅行した際、マングローブに宿る精霊アベラネダエが助けを求める声を聞き、自然回帰を教義の柱に据えたヒイロイッペー教を立ち上げた。ヒイロイッペー教は、自然を愛する者なら来る者拒まずというスタンスを取っている。戒律はあるけどそんなに厳しくないよ。割り箸を使わずにマイ箸を持ち歩いて使うようにするとか。レジ袋をもらわずにエコバッグを使うようにするとか。冷房の設定温度を28度にするとかね。精霊アベラネダエを助けるための小さな活動が、地球温暖化防止の一助になるんだ。ヒイロイッペー教の教えは、素晴らしいと思わないか?」

「あー、えっと、俺は宗教には興味なくて……」

「宗教に興味なくてもいいけど、地球温暖化問題には関心を持つべきだよ。助けを求めている精霊は、アベラネダエだけじゃないんだ。そういえば、春のタトゥーの説明がまだだったね。あれはアルプスの氷河から発見された、5300年前のアイスマンの肌に刻まれた入れ墨が基になっているんだけd」

「すんまっせんでしたーっ!!」

 

 赤いタンクトップを着た男子生徒は、逃げるようにして走り去った。

 綾兄は高校の校長先生に長髪を注意された際、王族の掟で髪を伸ばしていると主張して言い逃れたと聞いたので応用してみたら、効果は抜群だった。

 教師陣にも同様の説明をして、春のタトゥーを見逃してもらおう。

 と、その時、夾が校門に近づいてきた。今朝は本田さんや由希と一緒に登校しなかったようだ。

 

「おはよう、夾。黄色のタンクトップは校則違反だぞ」

「……っせぇな」

 

 夾が左手首につけている紅白の数珠も校則違反の装身具に該当するけど、注意はしない。あの数珠は、猫憑きの本来の姿を封じるお守だ。

 昔から根回しが苦手な夾は、数珠をつけている理由を海原(かいばら)高校の教師陣に説明しているとは思えなかったので、僕が「夾は当主命令で数珠をつけています」と話しておいた。

 

「おはよう、魚谷(うおたに)さん」

「うーす。そういや、リンゴ頭は風紀委員だったな。あたしに注意するか?」

 

 魚谷さんはセーラー服の胸当てを付けておらず、襟元から紫色のインナーが覗いている。青いスカートは当然のように足首丈。

 校則違反上等とばかりの服装に目を奪われがちだが、金色に染めた髪とメイクとマニキュアもアウトだ。

 

「それが仕事だからね。魚谷さんは化粧をしなくても十分綺麗だよ」

「口説き文句は花島(はなじま)に言えよ」

「え!? いや、その、僕は、えっと」

「この程度で動揺すンなよ。童貞丸出しだぞ」

 

 校門で僕が公開処刑を受けた数分後、由希と本田さんが並んで登校してきた。

 同じタイミングで校門を通った女子生徒達は、恋する乙女の顔で由希を見つめた次の瞬間、般若の顔になって本田さんを睨む顔技を披露している。

 

「建視さん、おはようございますっ。風紀委員のお仕事、頑張って下さい……っ!」

 

 白いセーラー服姿の本田さんが朗らかに挨拶してきた。女子の二面性を目の当たりにした直後だから、裏表のない本田さんを見ると安心する。

 挨拶を返そうとした僕は、本田さんの首の付け根を覆うガーゼに気付いた。

 

「おはよう、本田さん。首を怪我したの? 大丈夫?」

「あっ、これは……大した怪我ではないので、大丈夫ですっ」

「楽羅姉が暴れた余波を食らったんじゃない?」

「え……えっ!? 楽羅さんは暴れてなどいませんですよ? 私が勝手に転んだのですっ」

 

 首を左右に勢いよく振って否定する本田さん。嘘を吐いている事が丸わかりだけど、本田さんを追い詰めると可哀相なので追及はしない。

 

「本田さん、行こう」

「はいっ。では、建視さん。教室でお待ちしていますねっ」

 

 (ねずみ)憑きの従弟は、なんとなく沈んでいるように見えた。また悩み事か? 由希自身に関する事なら放置でいいけど、本田さんの怪我に関する事だったら放っておけないな。

 思考に耽っていた僕は校門に近づく花島さんを見つけた瞬間、考え事を頭の隅に追いやった。

 

「花島さん、おはよう!」

「おはよう……」

 

 静かに挨拶を返した花島さんの服装は、ぱっと見た感じでは何の問題もない。

 大半の女子が短くしているスカートは規定の膝丈で、靴下は学校指定の黒。長い黒髪は三つ編みにして、シンプルな黒いヘアゴムで留めている。

 絵に描いたような優等生の出で立ちだけど、1点だけ規則に違反している処がある。

 

「花島さん。マニキュアは校則違反になるから、服装検査の時は落とした方が良いよ」

「これは罪人の証だから、落としたくないのだけど……」

 

 花島さんは答えながら、黒く彩られた自身の爪を見遣った。

 罪人の証とは、一体どういう事なのか。気になったけど、大勢の生徒が行き交う校門付近で聞くような事じゃない。

 贖罪意識を持ち続ける事は花島さんにとって必要な事かもしれないけど、あまり自分を責めないでほしい。僕はそう思いながら、挨拶運動を再開した。

 

 

 

▼△

 

 

 

 6月の第2土曜の午前中、僕は草摩総合病院に訪れた。

 2階の窓から落ちたリン姉が大怪我を負って入院したと兄さんから聞いたので、見舞いに来たのだ。

 僕は昔からリン姉に避けられているので、下手したら病室に入れてもらえない可能性がある。

 巻き添えで締め出しを食らったら気の毒なので、一緒にお見舞いに行こうと誘ってくれた紅葉には1人で行くと言っておいた。

 

「リン姉、お見舞いに来たよ」

 

 僕は病室のドアをノックして声をかけた。返事はないけど開けるなとは言われなかったので、思い切ってドアを開ける。

 

 漆黒の絹糸のような長い髪を背に流す女の子が、病床から上半身を起こしていた。彼女がリン姉──(うま)憑きの依鈴(いすず)だ。

 病室の入口に立つ僕に、リン姉は黒曜石の刃のように鋭利な眼差しを向ける。左目はガーゼで覆われていたから、右目のみで睨んでくる。

 僕より1学年上のリン姉は、妖艶な美貌と抜群のプロポーションを誇る美少女だから、凄むと迫力があるんだよな。

 

「具合はどう?」

「……元気一杯に見えるか?」

 

 棘のある口調で答えたリン姉は、2階から落ちて右の肩甲部を大きく切る大怪我を負ったと聞いている。リン姉が着ているパジャマの襟から覗く、胸元から首にかけて包帯が巻いてあった。

 

 言葉の選び方を失敗したなと思いながら、「……見えない」と答える。気まずい。話題を変えよう。

 

「ゼリーを持ってきたよ。気が向いたら食べてね。冷蔵庫開けるよ」

 

 病室に備え付けてある小型の冷蔵庫を開けると、ゼリーが既に8個入っていた。

 リン姉の両親が持ってきた……訳ないか。実の娘を虐待した揚句、当時中学生だったリン姉と絶縁する奴らに親心があるとは思えない。

 楽羅(かぐら)姉の母親の幸実(ゆきみ)おばさん、もしくは楽羅姉が持ってきたのかな。

 僕のように楽羅姉からリン姉の好物を聞いて、ゼリーを持ってきた見舞客がいたのかも。昔からリン姉と仲が良い春は、リン姉本人から聞いて知っていそうだけど。

 

 僕は○疋屋で買った果実ゼリーを、冷蔵庫に入れた。手を動かす僕の背中に、リン姉の鋭い視線が突き刺さるのを感じる。

 リン姉が僕に向ける感情は、嫌悪が1割、敵意が2割、残りの7割は警戒といった内訳だろう。

 

 昔のリン姉は親から虐待を受けている事をひた隠しにしていたから、僕が力を使ってリン姉の家庭事情を暴くんじゃないかと警戒していたようだけど。

 今はリン姉と春の関係を暴かれる事を恐れているはずだ。

 僕は物の怪憑きの残留思念を読み取る事はできないけど、物の怪憑きの関係者の私物から読んだ残留思念を繋ぎ合わせて、仲間の動向を推測する事はできる。

 春とリン姉が付き合っている事に僕が気付いたのは力を使ったからじゃなく、2人がデートしている処を偶然見ちゃったからなんだけど。

 

「おまえは……」

 

 リン姉は僕に向かって何か言いかけて、口を閉ざす。気になった僕は「何?」と尋ねた。

 

「用が済んだなら出て行け」

 

 違う事を言おうとしていたよね、と突っ込んで聞こうとしたけど止めた。目を閉じて俯いたリン姉は、何があっても黙秘を貫く構えだ。

 

「また来るから。お大事にね」

 

 そう告げて僕は病室を後にした。




楽羅の母親の名前は独自設定です。
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