神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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29「僕に指図するなっ」

 Side:慊人(あきと)

 

 

 四季の中で最も嫌いな夏が近づいていた。

 僕が住む屋敷は、全館空調完備で過ごしやすい温度が保たれているけど、空気を入れ替えるために窓を開けると、湿気を含んだ蒸し暑い風が入ってきて不快になる。

 ただでさえストレスが多い立場にいる僕は体が丈夫ではない事も相俟って、季節の変わり目には滅法弱い。現に今も体がだるくて辛い。

 

「……はとりを呼んで」

「かしこまりました」

 

 僕が命じた数分後、着物姿の世話役が「はとりさんは紫呉(しぐれ)さんの家に行っているため、留守にしています」と報告してきた。

 

 現在の時刻は20時過ぎ。こんな時間に大した用もなく、紫呉の家に行くとは考えづらい。

 紫呉か由希(ゆき)(きょう)が病を患ったか、あるいは怪我をしたのか。考えたくないけど、本田(ほんだ)(とおる)の治療をしに行ったのかもしれない。

 言い知れぬ不快感を覚えて顔を顰めた僕の機嫌を取るためか、最古参の世話役がはとりを責める言葉を口にする。

 

「慊人さんのお側から離れて外へ遊びに行くなんて、十二支としても草摩(そうま)の主治医としても自覚に欠けています。はとりさんを呼び戻しましょうか?」

 

 本音を言えば今すぐはとりを呼び戻したいけど、感情に任せて軽率な判断を下すのは悪手だ。

 紫呉は今も、(れん)と関わりを持っている可能性がある。

 僕がはとりを強引に呼び戻した事を紫呉が楝に密告したら、あの女は「あなたの言う“絆”って、命令でがんじがらめに縛りつける事なの? 付き合わされる十二支(みんな)が不憫だわ」とか嫌味を言ってきそうだ。

 あの女の事を思い出したら、腹の中で憎悪と憤怒が渦巻いて気分が悪くなってきた。

 

「はとりは呼び戻さなくていい。その代わり、建視を呼べ」

 

 建視は医療に詳しくないけど、僕の話し相手になる事はできるだろう。

 はとりが紫呉の家に行った理由を建視から聞き出せるかもしれないし、転校の条件として建視に授けた任務の進展具合も聞いておかなくては。

 

 世話役が建視を呼びに行ってから十数分ほど経って、ようやく建視が僕の所にやってきた。

 

「遅いっ。いつまで僕を待たせるつもりだ」

「ごめん。師範の道場で稽古をしていたから、慊人の呼び出しに応じるのに時間がかかった」

 

 入室して僕の近くに正座した建視から、制汗剤らしき石鹸の匂いがしたので、稽古をしていたというのは本当だろう。

 それはいいとして、建視が着ている海原(かいばら)高校の制服が目障りだ。

 本田透を筆頭とする愚かでブサイクな女共と、ほぼ毎日接している証を見せつけられているようで無性に腹が立つ。

 

「僕に会いに来る時は、その制服を着てくるな」

「解った。ところで、僕を呼び出した用件って何?」

 

 事務的な問いかけに苛立った僕は、失望も込めて建視を睨みつける。

 

「建視は本当に気が利かないな。僕の体調を気遣う言葉すら出てこないなんて……」

「大至急って言われたから、何か問題が起きたんじゃないかと思ったんだよ」

「僕の体調不良はいつもの事だから、大した問題じゃないって?」

 

 皮肉で応じてやると、建視は困ったような顔をして「そういう意味で言ったんじゃないよ」と言い訳をする。

 

「じゃあ、どういう意味で言ったの?」

「それは……あの人がまた暴れ出したんじゃないかと……」

 

 建視が奥歯に物が挟まったように言う“あの人”とは、楝の事だろう。あの女の存在を匂わす話題は続けたくないから、話を変える。

 

「建視がそんな心配をする必要はない。それより、心配しなくちゃいけない事が他にあるだろ?」

「慊人、体調はどう?」

 

 僕が水を向けてやらないと、気遣いの言葉が出てこないなんて。建視の配慮不足は深刻だ。何をおいても僕を最優先にするという、十二支の常識を後で建視に教え込む必要がある。

 

「最悪だよ。蒸し暑いから体がだるくて不快で、気持ち悪い。はとりはこんなに苦しんでいる僕を放って、紫呉の家に遊びに行ったんだ……っ」

「兄さんは遊びに行ったんじゃなくて、利津(りつ)兄の治療をしに行ったって聞いたけど」

 

 予想もしなかった人物の名前が、建視の口から飛び出した。どうして利津が紫呉の家に、なんて考えるまでもない。

 

「……っ! 利津の奴、あのブスに会いに行ったのか!」

「利津兄が本田さんに会いに行ったと決めつけるのは、早計じゃないかな。ぐれ兄か由希か夾に、何か用事があったのかも……っ」

 

 焦りを浮かべた建視が、取り繕うような言葉を並べた。

 ()を騙そうとするなんて、不敬極まりない。建視の頬を平手で打って罰を与えてから、僕は苛立ちを抑えた低い声を出す。

 

「下手な誤魔化しは止めろ。僕を馬鹿にしているのか」

「そんなつもりは……」

 

 僕が強く睨んだら、建視は口を噤んだ。

 馬鹿は黙って僕に従っていればいいのに、それすら解らないなんて救いようのない馬鹿だ。

 

「利津の動向を推察する程度、僕にとって造作もない事だ。燈路(ひろ)杞紗(きさ)がブスに会った事は、噂になっている。それを聞いた利津は……いや、愚図で腰抜けな利津は自発的に動かないな。利津は母親に言われて、ブスに挨拶しに行ったんだろう。ブスなんかに挨拶する時間の余裕があるなら、僕の処にご機嫌伺いに来るべきなのに……っ」

「本家に顔を出すように、利津兄に言っておこうか?」

「言わなくていいっ。女物の服を好んで着る奴を視界に入れたくない」

 

 嬉々として女装する利津を見ると、男装を強いられている僕が惨めに思えてくる。僕がこんな思いをする羽目になったのは楝のせいだ。

 草摩家の跡継ぎが女じゃ問題がある、男にしないなら産まないとか言い出して暴れたせいで、優しい父様が折れざるを得なかった。

 どす黒い憎悪の感情が溢れ出して八つ当たりしたくなった時、ぐーきゅるると間抜けな音が響く。

 

「慊人、ご飯食べたい」

 

 僕の前で腹を鳴らして恥じ入るでも謝罪するでもなく、建視はぬけぬけと要望を口に出した。

 

「……僕が気分を害している時に、よくそんなふざけた事が言えるな」

「ふざけてないよ。慊人の話を間抜けな音で遮るのは失礼だから、腹を満たしておきたいんだ」

 

 真面目な顔でもっともらしい事を言っているけど、単に腹が減っているだけだろ。物の怪憑きの魂を統べる僕に対して、恐れ知らずに物申すなんて生意気な。

 でも建視の余裕ぶった言動は虚勢だと、僕は知っている。凄惨な事件の残留思念を読んだ直後の建視は、恥も外聞もなく泣き喚いて震えて弱り果てる。

 紫呉みたいに人を食ったような態度を取る建視が、泣いて僕に懇願する姿は思い出すだけで愉快な気分になる。

 寛大な僕が隠蔽術を施す許可を出してやっているから、建視は澄ました顔をしていられるんだ。

 

「……建視の図太さには心底呆れる。内線電話を使って食事をここへ運ばせろ」

 

 僕が食事の許可を出すとは思っていなかったのか、建視は驚いたように赤い目を軽く見開いた。

 

「えっと、ありがとう。ところで慊人は夕飯を食べた?」

「具合悪くて食欲が出ないんだよ」

「慊人は痩せすぎなんだから、ちゃんと食べないと倒れちゃうよ」

「うるさい。僕に指図するなっ」

 

 主治医で年上のはとりの忠告なら聞くけど、年下の建視に口喧しく言われるのは気に食わない。

 建視は僕の勘気に触れたにも拘らず、特に萎縮した様子も見せずに立ち上がって、壁に設置された内線電話の方に向かう。由希みたいに怯えれば、まだ可愛げがあるのに。

 

「僕が以前命じた件はどうなった?」

 

 夕食の配膳を頼む電話を終えて僕の向かいに正座した建視は、僕の質問を受けて考えるように視線を泳がせてから口を開く。

 

「由希を宴会に出席させるための策は考えたよ」

「命令を下して半年以上経っているんだ。どんな馬鹿でも、策の1つや2つは思いつく。それで、策の内容は?」

「12月に入ったら由希の両親に頼んで、正月は実家に帰るように由希に伝えてもらう」

「由希が自分を見捨てた親の言う事を聞くと、本気で思っているのか?」

 

 僕が怪訝そうに眉を寄せて問いかけたら、建視は肩を竦めて「思ってないよ」と答える。

 

「由希の親が(ねずみ)憑きの息子に会おうとして連絡を取った、という事実が必要なんだ。僕は由希の両親から要請を受けたという大義名分を持って、実家に帰るように由希を説得する」

 

 建視が宴会に出席しろと由希に言うと、僕が裏で糸を引いているんじゃないかと由希が勘繰るから、親をカモフラージュに使うという訳か。そこまでは悪くないが。

 

「肝心な事を忘れているよ。由希は建視を信用してないから、説得に耳を傾けない」

「そうだね、僕の説得は高確率で失敗するだろう。困り果てた僕は、由希の同級生にこういう相談を持ちかける」

 

 困惑したような表情を作った建視は、「反抗期の由希は実家に帰ろうとしないから、由希の親御さんが心配している。年末年始に由希が実家に顔を出してくれたら、由希の親御さんを安心させてあげられるんだけど、由希は僕の言葉に耳を貸さないんだ。君から話してみてくれないか?」と実演してみせた。

 

「同級生に『実家に帰りなよ』と言われたら、由希は無視できない。由希は“ともだち”を大切にしているからね」

 

 話し終えた建視は薄く笑った。建視の由希に対する敵意は薄らいだと思っていたけど、今も含む処があるようだ。

 

 子憑きと盃の付喪神憑きは、いがみ合っているくらいが丁度いい。

 つまらない由希を必要としてやっているのは、僕しかいないんだから。皆に忌避される建視を上手く使ってやれるのは、僕しかいないんだから。

 由希と建視が以前のように険悪になればいいけど、本田透が2人を仲直りさせようとするかもしれない。

 

 紫呉の話だと、本田透が来てから由希も夾も良い意味で明るくなってきたらしい。不登校になっていた杞紗も、本田透が励ましたおかげで再び学校に通うようになったとか。

 僕の物の怪憑き(モノ)に僅かな影響を及ぼしたからって、物の怪憑きの関係を修復できると思い込むなんて図に乗り過ぎだ。

 

「建視が相談を持ちかける同級生は、本田透か?」

「いいや。本田さんに話すと、由希の親子関係を改善しようとするかもしれない。余計な動きをされると、策に支障が出る恐れがある」

「身の程知らずが」

 

 僕が毒づくと、建視は「本田さんは草摩家の事情をよく知らないからね」と軽く流して話を続ける。

 

「相談を持ちかけるのは、由希のファンの女の子にしようと考えている。他人の家庭問題に口出しするのは結構ハードルが高いけど、由希のファンは由希に近づくためなら何でもするんだよ」

「由希に下らない女が近づくのは許し難いけど……まぁ、いいだろう。善人ぶってお節介を焼いて、由希に迷惑がられればいい」

 

 善人ぶっている本田透は、由希や夾を救えたと思っているだろうけど、思い上がりも甚だしい。本田透が勘違いしたままだったら、夾は高校を卒業したら幽閉される事を教えてやろう。

 部外者の本田透は何もできない。精々、自分の無力を嘆くといい。

 由希も建視も物の怪憑きは皆、最後は僕のところへ戻ってくる。だって僕らには“絆”があるから、離れることができない。

 

 赤の他人が入る余地なんて微塵も無いんだよ。

 

 

 

▼△

 

 

 

 Side:建視

 

 

 はぁ、昨夜は気疲れした。慊人のご機嫌取りって神経を使うな。兄さんと紅野(くれの)兄はあれを毎日やっているんだから、恐れ入るよ。

 

「トール、ここに座ってねっ」

 

 紅葉(もみじ)の明るい声で、僕は我に返った。

 今は昼休み。一緒に弁当を食べるため、僕と紅葉と本田さんと由希は屋上に集まっている。

 本田さんが屋上のコンクリート床に直接座る前に、紅葉はウサギの顔を模ったレジャーシートを敷いて勧めた。紳士だ。

 

「昨日はりっちゃんさんとはとりさんに、お会いしましたっ。りっちゃんさんの事は女将さんからお話を伺っていましたので、お会いできて感激です……っ」

「リッちゃん、楽しい人でしょー!! 元気だしー、パワフルだし!!」

「はいっ。それに、とてもキレイな方ですねっ」

「本田さん、利津兄は男だよ」

 

 誤解しないように僕が教えると、本田さんの笑顔に困惑の色が少し浮かんだ。

 

「りっちゃんさんは美人な方ですので、私はてっきり女性だと思い込んでいました。私がりっちゃんさんにうっかり抱きついてしまったため、男性だと知る事ができたのですが……」

 

 本田さんが誤解してしまうのも無理はない。利津兄は大人しくしている時は仕草も口調も女性っぽいし、声も成人男性にしては高めだから、男だと見破るのは難しいと思う。

 

「それはそーと、トールっ、その手どうしたの?」

 

 本田さんの右手に巻かれた包帯が気になっていたのか、紅葉が問いかける。

 

「あ……」

「これは利津が暴れた時に……」

 

 言葉に詰まった本田さんを見かねてか、由希が溜息交じりに話した。

 昨日ぐれ兄の家に泊まった兄さんはメールで、『利津が紫呉の家の屋根に登って足首を捻挫した』と知らせてきたけど。一体どんな暴れ方をしたら屋根に登る事態になるのやら。

 

「いっ、いえ、あの、ドジってしまいまして……。でも、大丈夫なのですよっ。かすり傷なのですっ」

 

 本田さんは割れた皿の破片で手を少し切ったって、兄さんがメールで教えてくれた。大した怪我じゃないとアピールしている本田さんは、暴れた利津兄を庇おうとしているんだろう。

 

「本田さんは利き手を怪我しちゃったんだね。ノートを取るのに支障があるようなら、後で僕のノートを貸すよ」

「建視さん、お気遣い頂きありがとうございますっ」

「それにしても、すごいホータイの巻き方ねーっ。もういっぱいいっぱい精一杯ってカンジの巻き方だねー!」

 

 本田さんの右手を覆う包帯は巻き方が緩い。兄さんの処置ではないのは明らかだ。

 邪気のない笑みを浮かべる紅葉の発言を聞いて、気まずそうに視線を逸らした由希が包帯を巻いたに違いない。

 

「……リッちゃんはパニっくになると暴れるけど、でも優しいのよ」

 

 紅葉が利津兄をフォローすると、本田さんは屈託のない笑顔を広げて「はいっ」と返事をした。

 豹変して暴れる利津兄を初対面の人が見たらドン引きすると思うけど、懐が深い本田さんは利津兄を受け入れてくれたようだ。

 本田さんは利津兄に会う前に女将さんと対面していたから、耐性ができていたのかもしれない。

 

「そういえば春は……?」

 

 由希が投げかけた疑問に、紅葉が寂しそうに眉を下げて答える。

 

「ハル、もう学校にきちゃダメなんだって。キンシなんだって」

「ええっ?! そんな、あんまりです……っ」

 

 紅葉の言葉を素直に受け止めた本田さんは、悲痛そうな面持ちになったけど。

 僕は日本語の語彙力が少ない紅葉が度々聞き間違いをする事を知っていたので、禁止の意味を推察する。

 

「禁止じゃなくて、謹慎じゃないか?」

「そうだったかも……それって別なの? ハルはまた学校にくるの?」

「今回は怪我人が出た訳じゃないから、数日休めば春の謹慎が解けて学校に登校してくるよ」

 

 僕の言葉を聞いて、紅葉と本田さんは安心したように胸を撫で下ろした。

 由希は何やら考え込んでいる。暴れた後の春と話をした際に、深刻な相談を持ちかけられたのだろうか。

 

 

 

 その日の夕方。春の携帯に電話をかけても出ないから、(うし)憑きの従弟の家に行って様子を見に行こうとしたら。春の家の前で、思いもよらぬ人物と鉢合わせた。

 

「……由希のドッペルゲンガー?」

「本人だよ」

 

 制服姿の由希は嫌そうな顔で言い返した。

 発作を起こしても本家に行こうとしなかった由希が本家に来るなんて、明日は雪が降りそうだな。冗談はさておき。

 

「春の見舞いに来たのか?」

「そうだよ」

「慊人には会って行かないのか?」

 

 顔を強張らせた由希は、「会わない」と答えて走り去った。

 

 トラウマを完全に克服した訳じゃないのか。それでも、由希が自ら本家に近づいた事は大きい。

 

 子憑きの従弟を宴会に出席させるためのハードルが1つ消えたから、由希の変化は僕にとっては都合が良いけど。

 由希の中で魂の支配者(慊人)の存在が小さくなった事を、慊人が知ったら荒れそうだ。ご機嫌斜めの慊人を宥める兄さんの負担が増える事を思うと、素直に喜べないな。

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