「“大人”にならなくてもいいが、自分の行動や発言には責任の持てる奴になれ。……ま、そっちのほうが難しいが……」
1学期最後の日。教卓に腰掛けた
すでに浮き足立っている僕を含めた生徒諸君は、エサをお預けされているわんこのように話が終わる瞬間を今か今かと待っていた。
「……てな訳で、教師からの説教は――以上! せいぜい休みを満喫しなよ」
繭子先生は去り際に「課題もやれよ?」と念を押したけど、教室のそこかしこで歓喜の声が上がっているから、クラスメイトの大半は聞いてないだろう。
「皆の衆、恵みの雨だぞー!!」
「夏休みだぞー!!」
「僕達の夏はこれからだ!!
テンション爆上げの勢いに任せて僕が叫ぶと、ろっしーが「けんけん、その台詞って打ち切り漫画っぽい」とツッコミを入れてきた。
次期生徒会長は冷ややかな目で僕を睨みつけてくるが、他に目を向けるべきだと思う。
プリ・ユキのメンバーはうっとりした顔で、「早く2学期にならないかな」とか口走っているんだぞ。好きなだけ遊べる夏休みより由希を重視するなんて、もはやカルトの域だ。
「遊ぶぞー!! 食うぞ、寝るぞ、バイトするぞー!! 勉強なんざクソ喰らえだー!!! 今のあたしなら車だってブチ壊せるぞ、うらぁ!!」
「ありさ……少し落ち着いたら……? 休みが始まって浮かれる気持ちも
親友を制止する
子供みたいに浮かれる花島さんも、激可愛い……っ!
「花島さん、遊び道具を預かるよ」
「お願いするわ……」
浮き輪とビーチボールは空気を抜いた方が持ち運びやすいけど、これから皆でプールに行く予定だからペシャンコにしない。
長期休暇中は草摩の上層部の嫌がらせ(任務の前日通達)があるから、友達と前もって話し合って日程調整をした上で遊びに行く事ができないんだよな。
カラオケやゲーセンに行くなら、当日いきなり遊びに誘ってもOKをもらえるかもしれないけど。プールに行くには色々と準備するものがあるし、体調が悪いと入れないからさ。
「ですがっ。夏休みの始まりというものは、やはりウキウキワクワクですね!!」
昇降口を出た所で、
「おまえはホント単純だな」
「誰が単純ですって……?」
「
ぎょっとした顔になった夾は、「俺は透を……」と言い訳を述べようとしたけど、言い終える事はできないだろう。何故なら。
「きょーうー……君!!」
校門から駆け寄ってきた
「嬉しい……っ。今日は逃げないでいてくれたね……っ」
夾の逃亡を防ぐために、仕留めたようにしか見えなかったけど。花島さんの水着姿を拝む前に息絶えたら死んでも死にきれないから、余計な事は言うまい。
気を削がれた面持ちの魚谷さんが「誰だ?」と言ったので、僕が紹介する。
「彼女は草摩楽羅。僕らより2つ年上の従姉で、夾の婚約者だよ」
「や……やだ、建ちゃんったら……そんなハッキリ言ったら……恥ずかしいじゃない……」
伸された夾の足を掴んで恥じらう楽羅姉を見て、魚谷さんは「例の包丁女か」と呟いた。
包丁女って犯罪者みたいな響きだな。小さい頃に楽羅姉が夾を包丁で脅して結婚の約束を取り付けた一件は、強要罪が成立しそうだけど。
「楽羅! なんでここにいやがる!」
「一緒にプールに行こうって、建ちゃんが誘ってくれたんだよ」
それを聞いた夾が殺気を込めて、僕を睨んでくる。今回は、楽羅姉と夾を2人きりにしてやろうという意図はないのに。
「楽羅姉だけ誘った訳じゃないよ。紅葉と春は当然として、
リン姉はもうすぐ退院できるらしいけど、病院を抜け出して遊んで体調を崩したら元も子もないので、今回は見送った。
「まさか兄さんにも声をかけたんじゃ……」
顔を引きつらせた由希の問いかけに、僕は「声をかけたけど、綾兄は夏コミ用の大量のコスプレ衣装製作で忙しいから参加できないって」と答える。
夏バテや夏風邪に見舞われた患者の対応に追われる兄さんも、残念ながら遊ぶ余裕はない。
ぐれ兄は水着姿の女子を見に来るかなと思ったけど、用事があるらしい。
「……春、何やってるの?」
呆れ声を出した由希の視線の先、中庭で春は制服を着たまま、スプリンクラーから放水される水を一身に浴びている。水も滴る良い男ってのを体現してんのか、こいつ。
「涼しい……」
「これからプールに行くのに、今からずぶ濡れn」
僕が最後まで言い終える前に、「えーいっ」と聞き慣れたボーイソプラノの声が響いた。それと同時に、僕の顔面に水をかけられる。
「あっつい日は水浴びするのが1番だよー!」
ファンシーな鳥の形をした水鉄砲を持った紅葉が、これまたびしょ濡れの制服姿で現れた。
濡れた顔を拭きたいけど、僕の両手はビーチボールと虫取り網と虫かごで塞がっているから無理だ。ちなみに浮き輪は首にかけている。
「
本田さんがハンカチを取り出して、僕の顔を拭いてくれた。僕は本田さんにお礼を言ってから、水遊びに興じる紅葉に注意を飛ばす。
「紅葉。これからバスで移動するのに、ずぶ濡れになるなよ」
「ボクは着替えを持ってきたから、ダイジョーブ!」
「ならいいけど、春はどうするんだ。体操着に着替えるか?」
「俺の体操着……クラスの女子が持ち帰って洗ってくれているから、学校にない」
春の発言を聞いて、由希と夾と楽羅姉と本田さんと魚谷さんが驚愕で目を見開く。僕は1年のキン・ケンのメンバーから、恐るべき1‐Dの内情を聞いていたので驚かない。
常に手ぶらで登下校する春は、自分の体操着を洗うために持ち帰る事をしなかったようで。それに気付いた1‐Dの女の子は春を不潔だと忌むどころか、「私が春君の体操着を洗うよ!」と率先して申し出たらしい。
今では春の体操着や上履きや館履きを洗う権利を巡って、1‐Dの女の子は水面下で激しい戦いを繰り広げているのだとか。
「それじゃ、僕の体操着を着るか?」
「んー……」
僕の提案を流した春は、由希をじーっと見つめた。無言の懇願が通じたのか、由希は諦め顔になって「俺の体操着を貸すよ」と答える。
なんだろう、この敗北感。密かに気落ちした僕の肩を、紅葉がぽんと叩いてくる。優しさがツライ。
紅葉と春が体操着に着替えた後、
「なんだ、このバス。座席の向きが変だし、中にテーブルがあるじゃねぇか」
湖畔の別荘に行く際にぐれ兄が手配したサロンバスは結構楽しめたので、今回も同じバスにしてみた。バスに設置された冷蔵庫に入っていた缶ジュースを皆に配って、出発進行。
途中で
黒尽くめの服装の恵君を見慣れたせいか、白い半袖のスクールシャツを着て黒のスラックスを穿いた恵君を見ると、違和感を覚えてしまう。
「初めましての方もそうでない方も、こんにちは……
「心外だな、恵君。僕の目的は皆で楽しくプールで遊ぶ事だよ」
「女子のプールを覗こうとした奴の発言とは思えないな」
由希の奴、言ってはならない事を……っ! はっ……花島さんが僕に向ける眼差しが、心なしか冷たくなったような……。
「違うんだ、僕はぐれ兄のような変態エロ魔人じゃない。下心は一切ないと言ったら嘘になるけど、健全な青少年の範囲内だから!」
「苦しい言い逃れをする所が、むっつりだよな」
ありさの
魂が抜けた屍と化した僕を余所に、他の皆がカラオケをしたりお菓子を食べたり口喧嘩をしたりしている内に、目的地に着いた。
「おい、リンゴ頭。あたしらはプールに来たんだよな?」
「そうだよ」
「これのどこがプールだよ。どう見ても豪邸じゃねぇか」
魚谷さんがビシッと指差した先には、白亜の洋館があった。慊人が住む屋敷の方が大きくて立派だから、僕はこの洋館を豪邸とは思えないけど。
それはさておき。魚谷さんはウォータースライダーや流れるプールなどが楽しめる、レジャープールで遊ぶつもりだったのだろう。期待を裏切ってしまったから、謝らないと。
「東京サマー○ンドを貸し切ろうとしたけど予約が取れなくて、屋内プールがある草摩の別荘しか押えられなかったんだ。ごめんね」
実を言うと、東京サマーラ○ドの予約は取れなくもなかった。
けど、アクシデントが起きて物の怪憑きの誰かが変身してしまった場合、目撃者が多いと隠蔽術を施す兄さんの負担が増えると思ったから、泣く泣く草摩の別荘にしたのだ。
こちらの事情でがっかりさせて申し訳ないと思っていたら、魚谷さんが宇宙人を見るかのような目を僕に向けてくる。
「……サ○ーランドを貸し切るとか、当たり前のように言うなよ。リンゴ頭は学校でキングとか呼ばれてっけど、マジでどこぞの国の王様だったりすンのか?」
「由希の兄貴は王を自称しているけど、僕は王族とは無関係だよ」
「身内の恥をバラすな……っ」
由希はさっき、僕が女子のプールを垣間見ようとした事をバラしただろ。綾兄の実態を暴露した程度じゃ、仕返しになってないけどな。
そんなやり取りを経て別荘の中に入ると、先に到着していた制服姿の杞紗が小走りで駆け寄ってくる。
「杞紗さん……っ」
「……っ」
玄関先で抱き締め合う杞紗と本田さんから、ハートが乱舞しているような幻覚が見えた。
この光景を燈路が見たら2人を引き剥がしにかかりそうだが、
「透、その子も草摩?」
「あ……はいっ。草摩杞紗さんです。とても仲良くしてもらっています!」
「……あ、の……はじっ……初め……まして……っ」
杞紗の挨拶はたどたどしかったけど、声を封じ込めてしまうほど苦しんでいた時期があった事を鑑みれば、大きな進歩だ。
「あたしは魚谷ありさ。透の
「私は花島咲……同じく透君の親友よ……貴女とは、透君を愛する同志になれそうな予感がするわ……」
「咲の弟の恵だよ……透さんとありささんには、よく面倒を見てもらっているんだ……仲良くしてね……」
魚谷さんと花島さんと恵君の自己紹介を受け、杞紗は3人に向かってぺこりとお辞儀をしてから、本田さんを見上げる。
「みんな……お姉ちゃんの大切な……お友達……?」
「はい、そうですっ! 杞紗さんも私の大切なお友達ですよ……っ!」
嬉しそうに笑う杞紗を、ほっこりしながら眺めたのは僕だけじゃないと思う。