1限と2限の間の休み時間、僕は2‐Aに赴いた。
最初は、
そんな2人のどちらかが倉伎さんに手紙を渡す現場を女子が目撃したら、倉伎さんは嫉妬の対象になってしまう可能性が高い。
ただでさえ倉伎さんは生徒会で
かといって、モゲ太のシールを「下らない」と断じた由希に頼むのは癪だし。そもそも、由希が引き受けてくれるとも思えない。という訳で、真鍋君に白羽の矢が立ったのだ。
僕は教室の出入口にいた男子生徒をつかまえて、「真鍋君を呼んでくれないか」と頼む。了承してくれた彼は、教室の中に向かって呼びかける。
「ナベにお客ーっ!
「おわーっ!! マジで!? 本物の草摩建視じゃんよ」
大声を上げて出入口にやってきた真鍋君は夏服をラフに着崩し、赤みがかった黒髪はスタイリング剤を使って自然な動きをつけ、左耳には極小のピアスをつけている。
チャラい雰囲気を纏う彼は、生徒会副会長の肩書きを背負っているようには見えない。真鍋君はヤンチャ系の美形だから、人を惹きつけるという点では副会長に適しているかもしれない。
試験後に公表される成績上位者の中に真鍋君と
「なになに? アンタ、オレに会いに来たの? もしかして、学園防衛隊に宣戦布告をしに来たとか? よっしゃ、受けて立つぞー!!」
竹井前会長の他に、学園防衛隊って言葉を発する人がいるとは思わなかったよ。
「いや、宣戦布告はしないよ。ちょっと頼みたい事があるから、向こうで話をしよう」
「えーっ!? 宣戦布告しねぇのか? ライバルがいないと張り合いがないじゃんよォ。この際だ、フリでもいいから宣戦布告してくんない? 『学園警備隊である風紀委員会は、学園防衛隊である生徒会には絶対負けんぞ!』ってな感じで!」
どうしよう。僕が所属する風紀委員会が、学園警備隊とかいう謎組織に仕立て上げられちゃう。
今ここでキッパリ否定しておかないと……って思ったけど、人の話を聞かないタイプに言い聞かせるのは至難の業だ。
「はい、3、2、1、キュー!」
考えを巡らせる僕を余所に、真鍋君は演技スタートの合図を出した。
無視するか? いや、それを選択すると倉伎さんに手紙を渡してもらえなくなる。無視を選択してもライバルを求める真鍋君が、「風紀委員は学園警備隊だ!」と言い触らしそうだ。
……毒食らわば皿までと言うし、要望に応えてやろうじゃないか。
「貴様が学園防衛隊の副隊長だな?」
「そういうおまえは、学園警備隊の新隊長だな? 学園防衛隊のブラックになる予定のオレに、何の用だ?」
学園防衛隊に拘る真鍋君は、隊員が色で区別される戦隊物に憧れているようだ。そんな事を考えながら、僕はライバルキャラっぽい演技を続ける。
「まぁ、待て。人が多い場所で話す訳にはいかない。学園の危機に関する重要事項だからな」
「……っ! りょーかいっ」
学園の危機と聞いた瞬間、真鍋君は物凄く嬉しそうに笑った。学園防衛隊なのに学園の危機を待ち望むとか、なんというアンビバレンツ。
「なぁ、けんけんってゆんゆんのイトコだよな?」
屋上に向かう途中で、真鍋君が普通に話しかけてきた。学園防衛隊のブラック(予定)の演技は止めたらしい。
「そうだけど、それがどうかした?」
「けんけんとゆんゆんって、仲悪いってホント?」
どうでもいいけど、けんけんとゆんゆんって響きはパンダの名前みたいだ。続けて呼ばれると由希とセットにされているようで、なんか嫌だな。
呼び名は後で訂正するとして、確かめなきゃいけない事がある。
「僕と由希が仲悪いって誰から聞いた?」
「噂になってんよ。けんけんは竹井前会長から副会長にならないかって声をかけられたけど、ゆんゆんが嫌いだから断ったって」
あー、そういや竹井前会長から副会長の打診を受けた時、廊下で立ち話したんだっけ。
それを聞いていた生徒が友達に教え、校内で伝言ゲームをしている内に尾ひれや背びれどころか手足まで付いたせいで、噂話が1人歩きするようになったのか。
「僕は由希が嫌いだなんて言ってないよ。高校卒業後も由希と顔を合わせるから、由希を側でサポートする役職に魅力を感じないって言ったんだ」
「それって、ゆんゆんの側にいたくないって事じゃないの?」
僕と親しい男友達のすけっちやろっしーでさえ、そこまで踏み込んだ質問はしないぞ。由希との関係は触れてほしくない事柄じゃないから、別にいいけどさ。
「それを聞いてどうする? 真鍋君は僕が由希を嫌っているという言質を取って、それを皆に言い触らして、生徒会と風紀委員会が対立するように仕向けようと考えているのか?」
真鍋君はライバルがいないと張り合いがないとか言っていたけど、お遊び感覚で組織間の対立を発生させられると困る。生徒会と風紀委員会が一緒に仕事をする時、支障が生じるかもしれない。
複数の人に迷惑がかかるおふざけをするつもりなら容赦しないぞ、という意味を込めて睨みつけると、真鍋君は大袈裟に目を見開く。
「その手があったか……! ってのはジョーダンでぇ。ゆんゆんとの仲を聞いたのは、単なる興味本位だから。2年の草摩3人組って仲良さげに見えねぇのに、つるんでいる事が多いじゃん? やっぱり、あの子が一緒にいるから?」
「本田さんって密かに有名なんよ。2年の草摩3人組と仲良いから。本田さんとオレンジの……
第三者からは、本田さんと夾が付き合っているように見えるのか。未だに「本田さん」と呼んでいる由希に対し、夾は「透」って名前を呼び捨てているからな。
「その質問も興味本位?」
「まぁね」
ひょいと肩を竦めて答える真鍋君。
単なる思いつきで聞いたなら良いけど、からかい目的で本田さんに近づかれると不愉快だから、軽く釘を刺しておくか。
「他人の恋愛話に興味を持つなとは言わないけど、あまり詮索しない方が身のためだよ。真鍋君だって、他人に知られたくない事の1つや2つはあるだろ?」
「そりゃまぁ。オレのロッカーに写真集が3冊入っている事を女子に知られたら、学校に来られなくなっちゃう……っ」
「肌色が多い写真集を学校に持ってくるなんて、危険な真似を……せめて漫画にしておけよ」
「なんと!? けんけんはエロ漫画を学校に持ってきてんのォ!?」
「大声で言うな。2年A組の真鍋翔はー! 自分のロッカーにアダルト写真集を3冊も隠しているぞー!」
「あ゛ぁ!! やめてちょー!」
雑談している間に屋上に到着。僕は2つに折り畳んだ封筒をスラックスのポケットから取り出して、真鍋君に差し出す。
「倉伎さんにこれを渡してくれないか」
「おぉわっ!? けんけん、
真鍋君が自然に「真知」と呼び捨てるのを聞いて、ちょっと不思議に思った。倉伎さんはお世辞にも社交的とは言えないから、「倉伎」と呼ばれていそうだけど。
ノリの良い副会長は男女問わず、名前で呼ぶ主義なのかもしれない。
「違うよ。こないだ倉伎さんと話した時、ちょっとした行き違いがあって彼女を怯えさせてしまったから、お詫びの手紙を書いたんだ」
「はぁ……ご丁寧なこって」
手紙を受け取った真鍋君は、面食らったように呟いた。
用は済んだので僕が「頼んだよ。それじゃ」と言って立ち去ろうとしたら、真鍋君が「ちょい待ちィ!」と呼びとめてくる。
「学園の危機に関する重要事項を話してくれよ」
「スマン、ありゃウソだった」
金髪コロネの主人公の真似をして告げると、真鍋君は地団太を踏んで悔しがった。
「ひっでー! 騙されたーっ! これが学園警備隊の手口か……っ」
「風紀委員会を、仮想敵に仕立てようとするなよ。ニーチェ先生はこう言っている。『あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身であるだろう』ってな」
「おぉ~、自分との戦いってヤツか。少年漫画とかでありそう」
「そりゃもう、山ほどあるぞ」
自分との戦いを描いた少年漫画を思いつくままに挙げたら、真鍋君が笑いながら「けんけんはオタクなのか。意外ーっ」と言った。
真鍋君の笑いは嘲笑じゃなかったから、まぁいいか。いや、良くない事があった。
「僕の事は建視って呼び捨てていいよ」
「んぁ? けんけん呼びはお気に召さない? でも、けんけんのクラスメイトもけんけんって呼んでるよな?」
「クラスメイトとはあだ名で呼び合っているから。真鍋君の事は翔って呼ぶよ」
「翔じゃなくてショウって呼んで!」
訓読みの“かける”もカッコいいと思うけど、本人的には音読みの方がいいらしい。こっちが呼び名の変更を頼んでいるんだから、彼の要望を聞き入れようじゃないか。
「解ったよ、ショウ」
「あんがと、けんけん!」
「だから、けんけんって呼ぶなと……」
僕の言葉を遮るように予鈴が鳴った。
「じゃあな、けんけん!」
確信犯か、こいつ。ショウって呼んでやらん。ナベで充分だ。
▼△
「建視君、おはようっ」
「けんけん隊長、おっはー」
「草摩先輩、おはようございます。委員長就任、おめでとうございます!」
「ありがとう。今日も1日頑張ろうね」
制服の衣替えが始まる10月1日は、朝から雨が降っていた。
校門の近くに立った僕は外側が黒で内側が赤の傘を差しながら、風紀委員長として初めての挨拶運動に臨んだ。
生徒の範たる風紀委員の長が赤髪赤目なんておかしいだろ、とツッコまれるかもと思っていたけど、今の所は特に何も言われてない。
「おぃーっす! 学園警備隊の皆の衆、お務めごくろーさんっ」
ビニール傘を持ったナベが、今日もテンション高く挨拶してきた。
学園警備隊という言葉が出た瞬間、挨拶運動に励んでいた風紀委員達が一斉に僕を見遣った。期待と怖いもの見たさが入り混じった視線を浴びながら、僕は心の中で涙を流す。
僕が密かに泣く羽目になったのは、先月の中旬辺りから広まった妙な噂のせいだ。
噂の内容は以下の通り。風紀委員会は校則違反をしている生徒を取り締まる裏で、学園警備隊として活動している。その目的は、地球侵略のために
紛れもなくナベが噂の発信源なのだが、ウル○ラマンみたいな設定を考えたのは僕だと噂されてしまっている。誠に遺憾な事に、草摩建視は竹井前会長の同類だと全校生徒に思われている訳だ。
ンな事認めて堪るかと噂の火消しに奔走したけど、僕が否定すればするほど生温かい目で見られた。とどめにキン・ケンのメンバーから、「私達は学園警備隊を応援しているから頑張ってね!」と言われる始末。
事ここに至って訂正は不可能と判断した僕は、名誉棄損の被害を少しでも軽減するために新たな設定を付け足した。生活指導を行うが故に煙たがられてしまう風紀委員会に親しみを持ってもらうために、学園警備隊を設立したのだと。
僕の趣味で学園警備隊が設立された訳じゃない事を周知させようとしているんだけど、目の前にいるナベのせいで上手くいかないんだよな。
「おはよう、ナベ。今は風紀委員として挨拶運動をしているから、学園警備隊の名は出さないでくれ」
「はっ……そうか! 挨拶運動をしながら生徒を観察して、宇宙人を捜しているんだな!?」
「何度言えば解るんだ。僕らは宇宙人を捜してなんかいない」
「わーってるって、秘密裏に捜し出そうとしてんだろ? 学園防衛隊も負けてらんねーな。敵は募集中だから、ガンガン名乗り出てくれィ!」
「副会長!! 朝っぱらから校門の近くで、生徒会の恥をさらさないで下さい!!」
怒号を上げながら校門にやってきたのは、黒い傘を差した小柄な男子生徒だ。
黄みがかった茶髪の持ち主だけど、装飾品の類は一切付けておらず、服装も校則を遵守している事から察するに地毛だろう。
生徒会の一員である事を匂わせる発言をした彼は、生徒会の書記を務める1年C組の
ちなみに桜木君は、美少年といって差し支えのない容姿の持ち主だ。竹井前会長は由希を補佐する新メンバーを選ぶ際、顔を重視した事は最早疑いようがない。
「朝から元気だなー、チビ助!」
ナベがナチュラルに煽ると、桜木君は更に怒って言い返す。
「誰がチビだ、このバカ!!」
「バカって言った方がバカなんだぞーっ。やーい、バーカバーカっ」
「むっきィィィっ!」
「桜木君。ナベと同じ土俵に下りて相手してやると、疲れるだけだぞ」
ナベに振り回されている被害者同士として助言すると、桜木君が物言いたげな顔をした。
桜木君のジト目は、「学園警備隊とかいうバカげた組織を設立したアンタが、それを言いますか」と物語っている。
ちゃうねん。学園警備隊を発案して広めたのはナベであって、僕じゃない。
そう言おうとした矢先、レース柄がプリントされたピンク色の傘を差した女子生徒が近寄ってくる。
「おっはよォ、けんけぇ~ん♡ あっ、直ちゃんと翔もいるぅ。ふふ♡ 朝から皆に会えて、
青いセーラー服の上にクリーム色のカーディガンを着た藤堂さんが、小走りで校門に近寄ってきた。ふわりと漂う甘い香りは、香水だろうか。
「おはよう、藤堂さん。メイクとマニキュアとピアスは校則違反だよ」
「はぁ~い、気をつけまぁ~す。それよりィ、明日は生徒会の任命式があるからぁ、今から緊張してるのォ。けんけん、公を励ましてぇ?」
傘を持った状態で両手を合わせてお願いポーズを取る藤堂さんに、登校中の男子生徒が何名も見惚れている。
魔性の女に視線が集まった隙を衝いて、桜木君は逃走を図った。学園警備隊に関する誤解を訂正できなかったよ……。
「公ちゃん、ガンバ!」
「翔に励ましてもらっても嬉しくなぁ~い。けんけんの励ましじゃなきゃダメなのォ」
上目遣いで僕を見上げる藤堂さんの背後では、登校途中のキン・ケンのメンバーが憤怒に駆られる阿修羅のような顔になっていたりする。
藤堂さんは反感を買っている事を承知の上でやっているから、タチが悪い。やっぱりこの子、ぐれ兄属性だな。
「ナベ、藤堂さん。生徒会の任命式、頑張ってね」
藤堂さんだけ励ますと角が立ちそうだから、ナベにも激励の言葉をかけた。
「うん♡ 公がんばるからぁ、任命式では公の事ちゃんと見ててね~っ」
「翔もガンバルから、任命式では翔の事ちゃんと見ててねーっ」
「んも~ぅ、公の真似しないでよォ」
新生徒会の副会長と書記の彼女が去った数分後、水色の傘を差した倉伎さんがやってきた。倉伎さんは僕と視線を合わせないようにするためか、傘を盾のように使いながら校門を通過している。
ナベは僕のお詫びの手紙を、倉伎さんにちゃんと渡してくれたのだろうか。
とか考えていたら、本田さんと由希と夾の3人が登校してきた。本田さんはピンク色の傘、由希は青色の傘、夾はオレンジ色の傘を差している。
「建視さん、おはようございます……っ!」
「おはよう、本田さん。由希と夾もおはよう」
猫憑きと
夾の機嫌が悪いのは、雨が降っているからで。由希の機嫌が悪いのは、日延べになっていた三者面談が今日行われるからだろう。
クラスメイトの面談は半月前に終わっているのにね。普通の親だったら急用が入って面談を日延べせざるを得なくなっても、ここまで大幅に日程を遅らせるような事はしないはずだ。
由希の両親は、学校側の都合は一切気にしない。
草摩の上層部の一員である自分達が、名門でもない学校の教師が組んだ予定になんで合わせなきゃいけないんだ。という身勝手な言い分が透けて見えるよ。
あーあ。
由希の両親は金と地位を得るためなら我が子さえも道具として使う、非常に利己的な人間だ。そんな連中に借りを作ったら、奴隷のようにこき使われるのは目に見えている。借りを作らなくても、こき使われそうだけど。