Side:
今日は和服って気分じゃないし、スーツにしよっかな。はーさんから友情の証として貰い受けたスーツは……やめよう。
最近のはーさんはピリピリしているから、繭ちゃんを煽ったスーツ姿で鉢合わせしたらまずい。こないだ作家友達との飲み会に着ていった、自分のスーツを着るとしますか。
お見舞いの手土産は用意してないから、持っていかなくてもいっか。リンが欲しがっている情報を教えてあげた方が、喜ぶでしょ。
タクシーに乗って
リンは本当なら今も入院してなきゃいけないんだけど、意識が混濁していた状態でも脱走するほど病院嫌いだからね。本家も嫌だと言うし、藉真殿の家で療養する事になったみたい。
藉真殿の家に到着した。家の裏側にある出入口に足を向けると、庭で掃き掃除をしているリンを発見。リンは長かった黒髪をばっさり切って、ショートヘアになっていた。
はーさんから聞いた話によると、リンは発見された時に髪を乱雑に切られていたらしい。
髪は女の命とも言うのに、無理やり切るなんてヒドイことをするよね、まったく。
「災難だったね、今回は」
僕が声をかけると、リンは竹箒で掃除をする手を止めてこちらを向いた。
「色々聞いたよ? 解く方法は見つからない上に、随分な目にあったようだね。軽挙妄動、痛感したかい?」
リンに色々掻き乱してもらおうと思っていたけど、予想していたほどの成果は出なかったんだよね。強いて挙げるとしたら、はーくんが慊人に直接抗議しに行った事くらいかな。
慊人がリンにした仕打ちに激怒したはーくんの呪いが解ければよかったけど、そういう話は今のところ聞かない。やっぱり呪いは、物の怪憑き本人の意思では解けない類のものか。
「方法は……わかるハズだったんだ。教えてもらえるハズだったんだ……
リンの反論を聞いて、今回の騒動の全体像がなんとなく見えた。
「楝さんにィ?」
「そうだよ、約束した。頼まれたコト……ちゃんとやっていれば教えてくれたんだ」
リンの言い分を聞きながら、僕は縁側に腰掛けて内心で溜息を吐く。
はぁ、まったく楝さんには困ったものだ。せっかく僕がとっておきの情報を提供してあげたのに、自分で動かないでリンをパシリに使うなんて。
あの箱は楝さんが持つに相応しい。だからこそ、楝さんが慊人から取り上げてほしかった。
「それさぁ……嘘だよ。楝さん知らないから、そんなコト。まんまと騙されちゃって。おおかた利用でもされたんじゃない? 慊人さんとの親子ゲンカに」
「……嘘」
「……別に僕を信じろとも言わないけど、君よりかは楝さんの事を知っているし、仲良しなんだよ。とても……とてもね」
楝さんの外見は嫌いじゃないんだよね。慊人が女として生きていたら、こんな風に育っていただろうなと妄想できるし。
「リン。僕が今日ここに来たのは君をからかうためじゃなく、空回っていたけどガンバった君に同情してひとつ、いい事を教えてあげようかなって思ったからだよ」
「……何……?」
短く問いかけるリンは警戒心剥き出しだ。
聞くだけなら損しないでしょと言ったら、リンは僕の隣に座った。うーん、リンは詐欺に引っかかりそうなタイプだね。
「……あのね、
リンは驚愕で目を見開いた。
今聞いた事が信じられないのか。それとも、僕が大事なコトを黙っていたせいで酷い目に遭ったと思っているのか。
「解放の日はいずれ来る。僕達は最後の宴に招かれた十二支だよ」
「いっ、いい加減な……こと言わないで。なんの確証も……無いのに」
制服姿の透君は庭に入ってきて、呆然としながら問いかけてくる。
「
そうだよね、駄目だよね。急がないと
「……? 駄目って……何が? もしも……これが嘘じゃなくて……ホントだったら」
「ですが、
「いずれでも、いつかでもっ、解けるなら……解放できるならアタシはそれでいいっ。永遠にこのままよりか、ずっといい!!」
立ち上がったリンが強い口調で主張すると、透君は必死な声で「駄目です……っ」と言い返す。
「春までには……次の春までには解けなくては駄目です。そうでなくては駄目です。そうでなければ、夾君……」
悲痛そうな面持ちで訴えていた透君は、夾の名前を口にした途端、虚ろな表情になった。
あれ? 予想外の反応だな。僕とリンの視線を避けるように、透君は後ずさりしてそのまま立ち去った。
「夾……? よりによって……?」
いやもうホント、リンの言う通りだよねぇ。僕は思わず苦笑してしまう。
透君と
だって、透君から見た夾の第一印象は最悪だったはずだよ? 僕の家に押しかけてきた夾は屋根をぶち抜いて、透君に怪我を負わせたからね。
さて、透君を追いかけないと。
透君の様子は少しヘンだったから、感情に任せて慊人に直談判しようとするかもしれない。慊人に直談判するのは構わないけど、無策で行っても門前払いされてしまう。
藉真殿の家を後にして夕闇迫る道を歩いていたら、透君を見つけた。「中」の正面玄関へと続く並木道に行こうとしていたようだから、透君の手を取ってやんわり止める。
「リンだけじゃなく、透君も解こうとしていたなんて知らなかったなぁ……」
「紫呉さんは御存じだったの……ですか? いつか……解けると。初めから」
「まさか、まさか。でもなんとなく、これが
透君と手をつないで歩きながら、僕はつらつらと話す。
「僕は違う事を考えていた。これが
そもそも、と説明を続ける。
「物の怪の“血”自体が、長い時間を経て薄く脆弱になっちゃったと思うんだ。変身する動物も、昔と違っていい加減になっている気がするんだよね。竜の落とし子とかさ。はーさんには悪いけど」
本当の姿が醜い猫憑きのように、特別呪われているだけなのか。絆をつなぎ直すための呪具としての役目があるのか。前者だといいなぁ。
「その証拠に紅野クン、自発でも強制でもなくポロッと呪い解けちゃったじゃない?」
歩みを止めた透君に、僕は微笑んで答える。
「……知っているよ。幼稚な言い方をするなら、紅野クンはもう
「あ……慊人さん……が、女性……」
「うん、きいたんだってね。秘密だから黙っていた。ごめんね」
我ながら白々しい謝罪だと思う。透君が何か言いかけたけど、それを遮って話を続ける。
「その紅野クンが言うんだ、もう終わりは近いだろうって。小さな変化やきっかけは積み重なって、動き出すって」
言葉を切った僕は振り向いてから、少し遅れてついてきていた透君に告げる。
「夾君もきっかけを作らないと幽閉されちゃうね」
透君は息を呑んで目を見開いた。
「……わかっているよ、ちゃんと。夾君が近い将来どんな目にあうか、
透君は愕然としたように「……何故……」と訊いてきた。
ここまで言っても解らないか。きれいすぎる心の持ち主は、薄暗い思考を理解できないのかもしれない。
つないでいた手を放してから僕は、「……“何故”……?」と透君の問いを返す。
「
酷くショックを受けたのか、透君は持っていた通学バッグと紙袋を取り落とした。
「……
僕にとって物の怪憑きである事はハンデにならないし、それで心を痛めた事もないんだけどね。
これを“歪み”と呼ぶのなら、僕はまさにそれだろう。そして、それすらも“悲しい”と思えないのは、とてもさびしいことかもしれない。
僕みたいな
などと思いつつ、僕は透君の心をズタズタにする話を続ける。
「そんな
透君にこんな事をわざわざ告げるのは、覚悟を決めてもらうためだ。
草摩家の闇は、君が考えている以上に深い。
ふわふわした恋心や、中途半端な同情心を原動力にして救いの手を差し伸べようとすると、
「そんな扱いを受ける彼を見て、
無言で涙を流す透君を見ると、流石に罪悪感のようなものが疼く。話すのは止めないけど。
「他の
透君はこんな事訊かないだろうけど、僕としては建視にこの質問をぶつけてほしいと思っている。
「猫憑きは
僕の言葉を遮るように、透君は両腕を突き出して僕の胸を軽く押した。
「紫呉さん……!!」
「怒った……?」
泣きながら透君は首を左右に振って否定する。
酷い事を言って、ごめんね。君を利用して、ごめんね。
でも、僕は
透君も同じくらいの覚悟を決めないと、夾は救えないと思うよ?
「……永遠に続くとされた十二支の宴も、いずれ終わる。紅野クンの言葉を鵜呑みにする訳じゃないけど、確信めいたモノなら僕にもある」
リンが呪いを解くために動いた事、由希が慊人に反抗した事、はーくんが慊人に直接抗議した事。
以前だったらあり得ない事が立て続けに起きて、絆が壊れていく音が聞こえる。
「
透君は恥じらいながらも覚悟を秘めた面持ちで、「夾君の事が好きだから救いたいです」と言うだろうと思った。
けれど僕の予想に反して、目の前にいる彼女は絶望に染まった顔をしている。……夾を救えないと思ったからじゃなさそうだ。
透君をこんなに動揺させた原因は何だろうと考えていたら、道路の向こうから夾が歩いてくるのが見えた。
「……一応弁明するけど……いじめてないよ?」
透君は顔を覆っていた両手を退けて、不思議そうに僕を見上げた。夾は「なんも言ってねぇだろ」と言いながら、鋭い視線を僕に送ってくる。
「だったら、そんな睨むコトないんじゃな~い?」
「地顔だよ、うるせぇな。こんな往来で何してんだか」
「透君、リンとケンカしちゃったんだって」
透君はリンと言い合いになっていたから、まるっきり嘘ってワケじゃない。驚く夾に、デリケートな問題なんだからあんまりツッコまないのと釘を刺しておく。
慰め役は夾に任せた方がいいよね。お邪魔虫は退散しますか。僕は透君が落とした紙袋を引き取ってから、「それじゃ、透君」と告げる。
「今の僕に言えるのは、それだけ。無理せずゆっくり、がんばって」
来た道を引き返して藉真殿の家に向かう。
僕が代わりに渡しに行くからとか適当に言って、透君の紙袋を持ってきちゃったけど、これってリンへのお土産でいいんだよね?
今度はちゃんと玄関から入ろう。
「お邪魔しまー……」
玄関の戸を開けた僕は、訪問の挨拶を最後まで言えなかった。白衣を着たはーさんが、三和土に立っていたから。
良心の権化みたいな
数日前、はーさんにネチネチと責められたせいもあると思う。
リンが閉じ込められていた事を知っていたんじゃないかとか。精神的に不安定な慊人に嫌味を言うなとか。建視をいじめて追い詰めているんじゃないかとか。
終いには僕が過去にやらかした悪ふざけをほじくり返して、おまえはこの時からああだったとか言ってきて、さすがの僕もうんざりしたよ。
僕が思わず顔を背けて、「……うわ……」と呟いてしまったのは仕方ない事だと思うんだ。
「やっだぁ、はーさん、ちょーキグーっ。リンの診察ぅ? 出迎えなんて待っていないで、入っちゃえばいいのにィ。MA・JI・ME♡」
「『うわ……』とは、なんだ?」
「こないだ、はーさんが僕を捕まえて何時間も愚痴をこぼしたから、つい……」
僕とした事が、言葉の選び方を間違えた。はーさんは先日のように据わった目になっている。
「おまえの愚痴をいつも聞いてやっているんだから、たまにはいいだろう。あれから考えたんだが、建視は俺をあの場所に近づけたくなかったから、俺に相談せず依鈴を助けたのではないかと思う。あの前夜、建視の様子が変だと気づいていたのだが。何かあったのかと、踏み込んで聞いていれば……」
「はーさん、ここで立ち話をするn」
「いや、しつこく聞いては逆効果だな。建視は俺を気遣って、総てを胸に納めたのだろうから。建視の気持ちに配慮して見守ればいいと解ってはいるが、あのまま溜め込んで思い詰めてしまうと建視が危うい」
はーさんの方が危ういよ、と言っても聞く耳持たないだろうな。彼は今、僕の言葉を意図的に聞き流しているから。
人に迷惑をかける生き方を改めない僕に仕置きをすると同時に、ここぞとばかりにストレス発散しているっぽい。
リンを助けるための行動に出た事で、建視が前向きになるだろうとはーさんは期待したのに、未だに建視は分厚い心の壁を築いたままだから不安は募る一方。
更に慊人の世話役や草摩の上層部の一部が、リンを勝手に連れ出した罰として建視を幽閉するべきだと声高に訴えているから、はーさんは神経をすり減らしているんだろう。
繭ちゃん、はーさんの心のケアをしてあげてよ。できれば今すぐ。
「紅野は依鈴の救出に手を貸し、自分が勝手にやった事だから建視を責めないでほしいと慊人や世話役達に言ってくれた。今の建視にとって1番頼りになる存在は、紅野なのだろう。俺ではないのだ。弟離れできないブラコンだと笑えばいい。おまえには解るまい。赤ん坊の頃から大切に育ててきた弟が思い悩んでいるのに、何もしてやれない兄の気持ちなど」
長くなりそうだと察した僕はこっそり立ち去ろうとしたんだけど、はーさんが僕の右手首を掴んできた。しかも、思いっ切り力を込めているし。
「はーさん、痛いよ。右手を痛めると執筆に差し支えるから、やめてほs」
「心配するな。手を痛めたら俺が治療してやる。この際だから、おまえの腐りきった人間性を変えるために、前頭葉白質切截術*1を施してy」
「藉真殿ーっ! リンーっ!
僕が必死に助けを求めたのに、誰も来ない。居留守使うなんてヒドイよ。リンにはいい事を教えてあげたのに。
もしかして重要な情報を伏せて、リンの上前をはねようとした仕返し? ごめんごめん、いくらでも謝るから誰かたーすけてー!
邦光「そろそろ玄関に行った方がいいのでは……」
藉真「たまにはゆっくり語り合う事も必要だから、2人きりにしてあげよう」←悪意は皆無。
依鈴「(ぐれ兄にはいい薬だけど、とり兄大丈夫かな)」