Side:
オレ、ショウ君。今、昇降口の前にいるの。
待ち合わせ時間に遅れているゆんゆんに電話をかけて、メリーさん風に脅してやろうかと思っていたら、ようやく待ち人きたる!
「ゆんゆーん、遅いでー。電車1本のがしたでー」
「ごめん、ヤボ用。色々対処することがあったんだよ。突然来いとか言い出すから」
「だぁって、ちょうど今日タイミングあったんだもんよ」
オレのハニーの
ウチの母親は面食いだからな。超絶美少年のゆんゆんを見たら、年甲斐もなく浮かれるのは目に見えてんよ。想像するだけで吐き気が……うええ。
「何より、肉の特売日だし」
「肉がなんだって?」
「ウチの小牧サンは無類の肉好きなんデス。肉・肉・肉な人なんデス。肉☆天使なんデス!!」
オレがビニール傘を掲げて熱弁すると、ゆんゆんは呆れ顔で「会う前から妙な印象植え付けるのやめろよ」と言う。ひっどォ~い。翔はぁ、ありのままの小牧を語っているのにぃ。
「翔の彼女……俺が
「知ってるよ、“友達”だって言ってある。だからどうってコトはないよ、いつも通り」
ゆんゆんは安心したように「……そっか」と答えた。相変わらず細かいトコロを気にするな、ゆんゆんは。
「本田さんは? あれから様子どう?」
昨日、オレは本田さんと会って話をした。それを小牧に報告したら、小牧は「今度はケンカ売ったりしなかった?」って聞いてきたけど。
オレは2年前にやらかしちゃったから、またポカすると思われてんのかな。悲しいことに否定できんわ。
「…………本田さんもいつも通り……笑ってる」
オレと話していた時も本田さんは笑っていたな。彼女は辛かった時のことを思い出して、最悪な気分になっていたと思うのに。
そんなことを考えながら「ふーん」って相槌打ったら、ゆんゆんがなんかムキになって言い返してくる。
「本田さんが何にも気にしてないとか、そういうんじゃないと思うぞ!!」
「オレ、なんも言ってねーよ? ……わかってるし。今は不幸ぶってやしなかったとか、意味なくヘラヘラ笑っていたわけでもないって」
「うん……」
「でも……ちょっと前までわかんなかったけどね。……考えなしだったからね」
ゆんゆんと一緒に電車に乗ったオレは、考えなしだった当時のことを思い出す。
オレが本田さんと初めて会ったのは、2年前の5月10日。小牧が本田さんの家に弔問に行くって聞いたから、オレが付き添うことにした。
小牧の親父さんが運転していた車に轢かれて本田さんの母親は亡くなったから、本田さん側の遺族が小牧を非難するかもしれないと危ぶんだ。
小牧が敵意に晒されるようなことがあったら、オレが守るつもりだった。小牧の親父さんは即死だった、小牧だって辛い思いをしているんだって言ってやろうと考えていた。
弔問に行く前から臨戦態勢だったオレは、玄関先に出てきた本田さんが着ていた制服を見て、同じ学校の生徒だったのかと少し驚いた。
だけどそれ以上に、俯きっぱなしの本田さんを見てムカついた。実際に言ったし。
――アンタ、ムカつくね。アンタ1人が全部の不幸を背負っているなんて思うなよ。アンタのほうが“可哀相”だなんて、勘違いするなよ。
帰宅してからオレは、不幸面するなと本田さんに言ってやったと小牧に報告した。
それを聞いた小牧がショックを受けたことに気付きもせず、オレは思ったことをそのまま言ったんだ。
――あいつの不幸のほうが“上”みたいだ。小牧の辛さは軽くみられているみたいだ。
――嬉しくない……。私のために言ってくれた事なんだって……わかっている。わかっている……けど。どちらがより不幸かを秤にかけて、それで勝ったって……嬉しくないよ……。
両手で顔を覆った小牧のか細い声は、涙のせいで掠れていて。泣いている小牧とオレの間に、見えない溝ができたように思えた。
「それまでオレ、好きになった相手は自分と同じ目線で同じ景色を見て、同じように感じ取ってるモンだって、なんか勝手に思い込んでた」
車窓の外を眺めるともなく眺めながら、オレは打ち明け話をした。
オレってお調子者のキャラで通っているから、真面目な話をするとネタだと思われることが多いけど、ゆんゆんは茶化すようなことを言わずに黙って聞いてくれる。
「でも現実はオレの考えも及ばない角度で、小牧が傷ついて。なんで小牧が泣いてんだか、ちっともわかんないオレがいて。……そういう自分がやたらショックで」
「さびしかった?」
ゆんゆんの言葉は、モヤモヤしていたオレの心の中にすとんと落ち着いた。
「そっか。アレがサビシイってコトかぁ……」
“さびしい”って感じたことのない気持ちだから、本気でよくわからなかった。こんなだから小牧を泣かせちゃうんだろうな。
小牧と同じ目線に辿り着きたいって思った。一握りでいいから理解したかった。だってそうじゃなきゃ、側にいたって意味ないだろ。
そう思って自分の意識改革を進めていた時、
生徒会長になる
――こっちのほうが倖せだとか、こっちのほうが不幸だとか、そんな事を天秤にかけて他人と比べて、そんな事で優劣を決めて、決められて楽しいかよ。嬉しいかよ!?
ゆんゆんは小牧とおんなじ気持ちを理解できるんだ。そう思ったら羨ましくてムカついて、ゆんゆんに八つ当たりしちまったっけな。
本田さんを傷つけて、小牧を傷つけて、ゆんゆんを傷つけて。幾人もの気持ちを踏みつけて、それでようやく知っていく気持ちがある。
――……あン時、あんなコト言って、ごめん。小牧にも怒られた。
オレは昨日、本田さんに謝った。
――オレ考えなしで、わかんないコトいっぱいあって……今は、今ならちょっとだけ、ちょっとずつだけ、わかってきたと……思う。
下手なことを言うと、余計傷つけてしまうんじゃないか。そんな風に思ったら何を言ったらいいのかわからなくなって、物凄くぎこちなくなってしまった。
――……あの……さ……その……小牧、元気にやっている。アンタも元気そうに見える、毎日。……良かった。
思い返すとヒドイな。小学生の作文以下だよ。
だけど、あの時はそう言うのが精一杯だった。タイムマシンがあってやり直しができたとしても、大差ないと思う。
――由希君……最近とても楽しそうです。たくさん笑っていらっしゃいます。それはきっと、
本田さんは精神的に追い詰められていたときに暴言吐いたオレを責めもせず、そう言って笑った。
誰かが悲しい気持ちにならないようにするために笑うのは、小牧とおんなじで。そういう人を傷つけてしまったんだと再認識したら、なんかすごく泣きたくなった。
「わからないとか、なくなったんだ?」
電車から降りて駅の外に出ると、ゆんゆんが話しかけてきた。
「まぁねぇ。たまにポカもするけど、前よりかは? うん、日々精進っての? 良き先生もいるし?」
「え? 先生って誰?」
ゆんゆんなんだけど正直に答えるの恥ずかしいなーとか思っていたら、天使がオレを呼ぶ声が聞こえた。
「翔くーんっ。お帰りなさーいっ」
道路の向こうから小走りでやってくる、紫がかった黒髪を肩の上で切り揃えたメチャメチャかわいー女の子がウチの小牧サン。わざわざお出迎えに来てくれたんだって。リアル天使がここにいるよ。
「初めましてっ、
「あ、初めまして、草摩です……可愛いですね」
あーあー、小牧が耳まで真っ赤になっちゃってら。
「なー? ゆんゆんは天然だろー?」
「肉好きなんですってね。さっき翔が肉☆天使……って」
ゆんゆんは天然と言われた仕返しに出た。オレはソッコーで逃げたけど、本気になった小牧の瞬足には勝てなかったよ……。
「もう、ホントなんでいつもっ、変な呼び方で、もうっ、もうっ。気にしないでくださいねっ、草摩くんっ」
オレに鉄拳制裁を下した小牧はプンスコ怒りながら、オレの腕に自分の腕を絡めて逃げられないようにした。あれ? これってご褒美?
その後、ゆんゆんが家庭の事情で男装して学校に行っていると小牧に嘘ついたことがバレて、小牧とゆんゆんにシメられちゃった。何でも信じる小牧は可愛かったんだけど……ハイ、反省してマスヨ。
家に着いてオレが自室で着替えている間、居間でゆんゆんと2人きりになった小牧は何か話している。アパートの壁うっすいから会話は筒抜けなんだよね。
「翔くんは中学の途中までは、すごい無口だったんですよ」
え、ちょ、小牧サン、何話すつもりデスカ? オレは学園防衛隊のブラックだから、謎多き男って線でいきたいんだけど。
あー、でもゆんゆんにはオレと
「付き合い始めたのも、翔が変わった頃からなんだ?」
「はい、そうです。……好きなのは、私だけかと思っていたから……嬉しかった」
うわー……今すぐ小牧を抱き締めたい。
着替え終わったから今すぐ居間に突入しよう! と思ったけど、小牧が話を続けているから出入口で立ち止まる。
「翔くん……優しいです。いつも私をわかろうとしてくれます。守ってくれようとしてくれます。たまにはケンカもするけど、それだって意味のあることです」
……小牧と同じ目線に辿り着けたのかな、少しは。
「……じゃあ、翔がいて良かったね」
「はいっ、もちろんですっ」
オレも小牧がいてくれて本当に良かったよ。
小牧が悲しみや辛さを押し隠してオレのために笑ってくれた数だけ、報いてあげたい。そのためには、知らなきゃいけない気持ちはまだまだ沢山あるだろう。
この先、また傷つけてしまうこともあると思うけど、せめて優しくありたい。
「バカップルめ!!!」
「おまえのコトだろ。照れてんのか?」
「翔くん、きいてたのー!?」
△▼
Side:
「ようやく建視と2人きりになれたわね」
僕と楝さんは当主の屋敷の一室で、向かい合うように座っている。どうしてこんな状況になったのか。80字以内で説明せよ。
「楝さんのお付きの人は一緒じゃないんですか?」
「彼女達とずっと一緒にいるとね、見張られているようで息が詰まるのよ。たまにはこうして1人で散歩して気晴らしをしないと、体と心に悪いと思わない?」
「そうですね」
「ところで、慊人さんの具合はどう? 少しは良くなったかしら?」
慊人の体調は悪化する一方だ。僕と紅野兄が勝手にリン姉を連れ出した事が、よっぽどショックだったらしい。
それに加えて、ぐれ兄が慊人のお見舞いに行く度、慊人は天の岩戸に籠った天照大御神のようになってしまっている。
ぐれ兄が慊人に嫌味を言うのは好きな子いじめだと思っていたけど、ぐれ兄が鬼畜だから単にいじめているんじゃないかと思うようになってきた。
そんな内部事情は軽々に話せないので、当たり障りのない返事をしておく。
「梅雨の湿気が、慊人の体調に悪影響を与えているようですね。慊人は夏も苦手ですから、秋になって涼しくなれば元気になると思いますよ」
「本当に秋になれば元気になるかしらね。聞いた処によれば、慊人さんは建視と紅野に裏切られて、長期間寝込むほどショックを受けたんでしょう?」
それはもう愉しそうに楝さんは問いかけてきた。
「紅野兄はどうか知りませんが、僕は慊人を裏切ってはいませんよ」
「あら……ここには私しかいないから、本音を話していいのよ?」
僕は肩を竦めて「本音を話したつもりなんですけど」と答えた。薄い笑みの奥に不機嫌を隠した楝さんを前に、僕は言葉を続ける。
「ここだけの話、慊人は世話役に甘やかされたせいで我儘になってしまいました。リン姉を閉じ込めたのは、さすがにやり過ぎです。僕は慊人のためを思って、叱責を受けるのを覚悟の上で行動に出たんですよ」
僕はリン姉を助ける事しか頭になかったけど、紅野兄は慊人を諌めるために行動に出たんじゃないかと思う。
本当は、慊人の世話役が諌めなきゃいけないんだけどね。あの人達は、慊人が望む事は何でも叶えてあげるべきとか考えているから。
慊人の世話役達はリン姉救出の一件で、僕に対する不信感を強めた。
僕が楝さんと会った事がバレたら、厳しい処罰をと騒ぎ立てるだろう。幽閉しろと再び言う人も出てくるかもしれない。
以前の僕にとって幽閉は何が何でも回避しなくちゃいけない事態だったけど、今はそうでもないから怖くない。
「リン姉を助け出す事で、誰かを閉じ込めるのはいけない事だと慊人に教えようとしたのですが、慊人は心を閉ざしてしまいました。日を経るごとに益々自分の内側に籠っていく慊人を見ているうちに、僕はこのままではいけないと思うようになったのです。膠着状態を破って変化をもたらすためには、思い切った行動を起こさなければいけません」
僕が変化をもたらすと言った瞬間、楝さんは勝ち誇ったように笑う。
「素晴らしい決断をしたのね。建視が何をしようとしているのか教えてくれる? 私にできる事があれば、力になってあげるわよ」
欲しかった言葉をもらったので、僕は「ではお言葉に甘えて……」と言ってから説明を始める。
「処分を免れた
晶さんの名前を出した瞬間、余裕を漂わせていた楝さんから笑みが消えた。
「どうして晶さんの遺品を捜しているの?」
「怒らないで聞いて下さいね。晶さんが楝さんにも打ち明けなかった重大な秘密を僕の力を使って探り当てて、それを取引材料にして慊人に交渉を持ちかけようと思っているんです」
僕が前置きで怒らないでと頼んだのは、晶さんの遺品から残留思念を読む事だ。
晶さんに異常なまでに執着する楝さんは不快そうに眉をしかめたけど、慊人に交渉を持ちかけると聞いて喜色を浮かべる。
「慊人さんに交渉を持ちかけて何を成し遂げようとしているの?」
「
軽く目を見開いた楝さんは、「は?」と言いたそうな顔になった。僕が夾のために危険を冒すなんて思ってもみなかったんだろう。
「それは……先代の盃の付喪神憑きと、同じ事をしようと考えての行動かしら?」
「僕の先代も猫憑きを助けようとしたんですか?」
「そうみたいよ」
もしかして、と思った。父さんが猫憑きと馴れ合うなと言ったのは、僕が先代と同じ事をするんじゃないかと危ぶんだからなのか。
……父さんの考えなんて、今はどうでもいい。楝さんとの会話に集中しろ。
僕が自分にそう言い聞かせたのを読んだ訳じゃないだろうけど、楝さんは楽しそうに話を続ける。
「これは
先代の盃の付喪神憑きは
山奥に逃げた末乃と捨丸は慎ましくも睦まじく暮らしていたけど、当時の十二支憑きがそれぞれ意志疎通できる動物に命じて逃げた2人を捜し出し、末乃と捨丸はあえなく捕まってしまう。
離れに幽閉された捨丸は伴侶を得る事なく孤独死したが、蔵に幽閉された末乃は当時の草摩家の当主の妾になったんだとか。
「家中を騒がせた先代が、当主の妾になれるとは思えませんが……」
「残留思念を読む力は便利だから、妾という立場を与えて引き続き利用しようとしたんじゃないの? 末乃が駆け落ちする前まで、盃の付喪神憑きは
付喪
盃の付喪神憑きは草摩家にとって利用価値の高い力を持つから、ちやほやして操りやすい傀儡に仕立てたと考えた方が妥当だ。
僕が考えを巡らせていると、楝さんが赤く塗った唇の両端をニイッと吊り上げる。
「十二支の“絆”なんて不確かなモノより、建視の力の方がよっぽど有益だわ。神様として崇められるのは、慊人さんじゃなくて建視の方が相応しいと思うの。建視が私の養子になってくれたら、慊人さんをここから追い出して貴方を草摩家の当主に据えてあげるわよ」
とんでもない提案を持ちかけられて、僕は思わず息を呑む。
楝さんは本気で言っているのか、それとも僕をからかっているのか。普通に考えて後者の可能性が高いな。
「僕が草摩家の当主なんて恐れ多いですよ。晶さんは深く愛し合った楝さんを守るために、病を押して当主としての務めを果たされたのでしょう。僕には晶さんのような命がけの覚悟はありません」
「建視は身の程を弁えているのね。草摩家の当主に相応しい者は、後にも先にも晶さんしかいない。晶さんの暇を潰すための玩具なんかが当主を名乗るなんて、おこがましいにも程があるわ」
そう言い捨てた楝さんは、一見優しげな薄笑いを顔に貼り付けてから話題を変える。
「晶さんが大切にしていた物の詳細を教えてあげてもいいけど、条件があるの」
楝さんがタダで情報提供してくれるなんて端から期待してないから、僕は頷いて続きを促す。
「晶さんの遺品を見つけたら、私に返してちょうだい。私以外の人間が、晶さんのものに触れるなんて許されないのよ。魂も血も肉も、晶さんの名がつくものは総て、手にしていいのは私だけ。唯一、晶さんに愛された私だけ……」
ここではないどこかを見つめながら語る楝さんから、狂気じみた妄執が感じ取れた。
これを愛と呼べるのか僕には解らないが、誰かを深く愛し続ける事ができる楝さんはある意味倖せだと思う。
「晶さんの遺品を見つけたら、必ず楝さんにお渡しします。人目に触れない場所に仕舞いこまれているより、愛しい奥方の手元にあった方が晶さんも喜ぶでしょうから」
僕の返事を聞いた楝さんは満足そうに目を細めて、「それともう1つ」と条件を付け加える。
「慊人さんが隠し持っている箱を取ってきて、私に届けてちょうだい。その箱の中には、晶さんに関係する物が入っているらしいの」
「いったい何が入っているんですか?」
「それが解らないの。箱の存在を教えてくれた紫呉は知らないと言うし……彼の事だから、知らない振りをしているのかもしれないけど」
ぐれ兄が楝さんに教えたのか。めちゃめちゃ胡散臭いな。
慊人が隠し持っているという箱には関わらない方がいい気がしたけど、楝さんとの取引を成立させるためには呑むしかない。
「わかりました。その箱を取ってきて、楝さんにお渡しします」
「お願いね」
それから楝さんは晶さんが大切にしていた物と、問題の箱に関する情報を教えてくれた。これで後戻りはできなくなったな。
晶さんの秘密を取引材料にして慊人に交渉を持ちかけると言ったけど、猫憑きを解放すると言ったら草摩の「中」で猛反発が起きるのは火を見るよりも明らかだ。下手をすれば、慊人の当主の地位が揺らぎかねない。
慊人は交渉に応じないだろうから、僕が夾の代わりに幽閉されると申し出るつもりだ。
任務に明け暮れていればそう遠くない将来、僕は人格が崩壊してしまう。
草摩の上層部のいいように使い潰されるのは嫌だし虚しいから、夾を救おうとしている本田さんの手助けをしたい。
こんな醜い自己満足の押しつけは、手助けとは言えないだろうけど。そう思った瞬間、由希が兄さんを介して渡してきた
花島さんはただ一言、『待っているわ』とだけ書いてくれた。
……ごめんね、花島さん。もう君には会えない。
本田さんと夾が「外」で自由に暮らすには困難がつきまとうだろうから、花島さんは師範と協力して2人をサポートしてあげてほしい。事情を説明する手紙を後で花島さんに送っておこう。
僕が身代りになったとしても、猫憑きを幽閉しろと騒ぎ立てる輩は必ず出てくる。盃の付喪神憑きを幽閉した後で、猫憑きを幽閉すればいいとか言い出す連中も。
僕の要求が踏み倒されそうになる場合に備えて、晶さんの秘密を師範に教えておかないと。
夾を捕まえて幽閉しようとする輩を抑え込めないなら、晶さんの秘密を公にすると慊人に迫ればいい。公明正大な師範が脅迫を良しとするとは思えないが、夾の自由を守るためならやってくれるはず。
「あら、もう行くの?」
僕が立ち上がると、楝さんは残念そうな声を出す。
「これ以上遅くなると怪しまれますので」
「そう。それじゃ……がんばってね」
楝さんの応援の言葉は、障子紙より薄っぺらく聞こえるな。僕は愛想笑いを浮かべて「頑張ります」と答えてから、部屋を後にした。