神様と十二支と猫と盃と《完結》   作:モロイ牛乳

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07「春が行方不明になったんだけど」

 3学期が始まった頃、草摩(そうま)一族の間でインフルエンザが大流行した。

 それと同時期に、自転車で出かけた春が丸2日も帰宅しない事件が起きた。春は携帯電話を自室に置きっぱなしにしたから、連絡もつかない状態だ。

 普通なら家出かと疑うけど、極度の方向音痴の春は1人で外出して、数日間帰ってこなかった事が何度かあった。今回も迷子になっている可能性が高い。

 春の両親は「そのうち帰ってくる」と言って、失踪した1人息子を捜す素振りすら見せない。昔は過保護な親だったけど、ブラック春の凶暴な人格に手を焼いて放任主義に切り替えたからな。

 

 春を捜索するために、草摩の人員を駆り出す許可を慊人(あきと)に願い出るっていう手もあるけど。それをやると、帰還した春が慊人に叱責されそうだ。

 下手をしたら、春は海原(かいばら)高校を受験する許可を取り消されるかもしれない。

 春は僕が通う男子校に進学する予定だったけど、由希達が通う高校に受験先を変更した。インターナショナルスクールに通う紅葉(もみじ)も、海原高校を受験するらしい。

 年が近い従弟達は同じ学校に行くのに、僕だけ別の高校だからちょっと寂しい。

 

 それはともかく、春は正月に(きょう)とファイトし損ねた事を不満に思っていたから、夾に会うためにぐれ兄の家に行ったのかもしれない。

 僕は兄さんにメールを送って、ぐれ兄の家の電話番号を教えてもらって電話をかけた。

 

「春が行方不明になったんだけど、ぐれ兄の家に寄った? あるいは海原高校に出没した?」

『あらら。はーくんは僕の家に来てないよ。高校の近くではーくんを見たって話は、今のトコロ聞いてないなぁ』

「それじゃ、由希(ゆき)と夾にも話しておいてよ。春を見かけたら、早く本家に帰るように伝えてって」

『いいよ〜』

 

 ぐれ兄と電話でそんなやり取りをした翌日。2時間目の授業終了後に僕が携帯を見ると、ぐれ兄の家の電話番号から着信があった。

 その数分後に兄さんがメールで、『潑春(はつはる)紫呉(しぐれ)の家にいる』と知らせてきた。メールの続きには、『由希が発作を起こしたから、紫呉の家に往診に行く』と記されている。

 報告してくれた礼を伝えるメールを兄さんに送信してから、ぐれ兄の家に電話をかけると何故か本田(ほんだ)さんが出た。

 

「本田さん、今日は休校日なのか?」

『いえ、学校の授業はありますが、私と由希君は早退したのです。それには訳がありまして……』

 

 体育の授業で持久走をしていた本田さんは、川の土手に寝転んでいた春と偶然出会ったようだ。そこに由希と夾もやってきて、春は夾に念願のファイトを挑んだらしい。

 

『夾君は由希君と持久走勝負の真っ最中でしたので、潑春さんとの勝負は帰ってからにしようと夾君はおっしゃったのですが……潑春さんがブラックさんになってしまいまして……』

「あーあ……本田さん、ブラック春に何かされなかった?」

『え!? いえ、その……っ』

 

 本田さんの慌てた声を聞いて、僕は頭を抱えた。

 春を問いつめて説教してやりたいけど、ホワイト春の時に叱っても意味はない。ブラック春は本当にタチが悪い。

 

『あ、あのっ。ブラックさんに抱きしめられましたが、あれは気管支の発作を起こしてしまわれた由希君を運ぶために、潑春さんが牛さんに変身する必要がありましたので……』

 

 川の土手からぐれ兄の家まで、牛に変身した春の背に由希を乗せて運んだのか?!

 うわぁ、めちゃくちゃ目立っただろうな。牛舎から脱走した牛が公道を歩いていると、通報されていたかもしれない。

 

 どうせなら由希を鼠に変身させれば、持ち運びやすかっただろうにと思ったけど。由希が体調を崩した時に鼠に変身した場合、発作が酷くなると兄さんから聞いた覚えがある。

 最適解は公衆電話を捜して本家に連絡して、送迎車を手配してもらう事なんだが。どうせ、由希が本家に行くのは嫌だと言い張ったんだろう。

 

「本田さん。春がブラックになった時は、5メートル以上距離を置いて離れた方がいいよ」

『え……ええと。でも、それでは潑春さんに失礼では……』

 

 僕は笑いながら「ブラック春は礼儀知らずだから気にしないで」と言い、本田さんに頼んで春に代わってもらった。

 

「おい、春……出かける時は携帯電話を必ず持って行けと、前にも言ったよな? 誰にだってミスはあるから、携帯電話を携帯するのを忘れた事は仕方ないとしてもだ。公衆電話を使って、居場所と安否を親に伝える事はできただろ?」

『公衆電話は見つからなかった。ミステリー……』

 

 出たよ、春の口癖。普段なら聞き流すけど、今回は春が失踪して気を揉んだので「何でもかんでもミステリーにするな!」とツッコミを入れる。

 

「飲み物や食べ物を買うためにコンビニやスーパーに立ち寄った時、店の近くに公衆電話があったはずだ。気付かなかったという言い訳は通じないからな」

『あー……ごめん、建兄』

「普段は呼び捨てなのに、こういう時だけ建兄と呼ぶなんてあざといぞ」

 

 そういえば、と遅ればせながら気付いた。本田さんは由希を「草摩君」と呼んでいたはずなのに、さっきは「由希君」と呼んでいたな。

 何か進展があったのだろうかと思っていたら、電話を通して春の悲しげな声が聞こえる。

 

『許して、建兄……』

「……っ! 許してやるのは今回までだからな」

建視(けんし)、悪い女に引っかからないように気を付けなよ』

 

 ちょろいから、と暗に言われた気がした。

 佳菜さんのおかげで僕の人間不信は緩和されたとはいえ、簡単に御されるほど単純になっていないぞ。

 僕の中で春は信用できる人間のカテゴリに入っているから、対応が甘くなってしまうのだ。と、自分で自分を納得させた。

 

「兄さんはぐれ兄の家に往診に行く気らしいけど、今はインフル患者が続出しているから兄さんはすぐに行けない。由希を草摩の送迎車に乗せて本家に運んだ方が、早く治療を受けられると思うけど」

『由希が本家は嫌だって訴えたから、先生の家で休む事にしたんだよ』

 

 やっぱりか。由希にとって本家はトラウマの宝庫だから、近づきたくないって気持ちは解らなくもないけど。多忙な主治医を駆り出すんだから、ちゃんと兄さんに感謝してほしい。

 

 それはそうと、春は未だにぐれ兄を先生って呼んでいるのか。

 春がぐれ兄を先生と呼び始めたのは、約1年前――由希が中学校を卒業したら、ぐれ兄の家で生活すると言い出して草摩の「中」が騒然となった頃だ。

 呼称の変化に気づいた僕が何かの罰ゲームかと聞いたら、春は罰ゲームじゃないと否定した上で事情を説明してくれた。

 

 自室に軟禁されて抜け殻のようになっていた由希を案じた春は、草摩の「外」の家で暮らし始めたぐれ兄に由希を助けてほしいと懇願したらしい。

 春の頼みを聞いたぐれ兄は、「先生って呼ぶならいいよ」と条件を出したようだ。

 慊人の寵愛を受ける由希を本家から連れ出すには、かなりのリスクが伴う。そんなふざけた条件で引き受けるような事柄じゃない。

 

 草摩の当主を激怒させた事件を起こした前科のあるぐれ兄は、春に依頼されなくても由希を本家から引き離して、再び慊人を挑発しようと画策していたんじゃないか。

 そう推測した僕は、春にこう言った事がある。ぐれ兄はふざけて条件を出したと思うから、先生って呼ぶ必要はないよ、と。

 「先生の思惑はどうあれ、由希が助かったのは事実だから」と答えた春は、今もぐれ兄を先生と呼び続けている。

 

 春がそこまで由希に肩入れするのは、春にとって由希が初恋の人だからだ。初恋といっても同性愛的な意味合いはなく、敬愛が大部分を占める。

 

 幼い頃の春は由希を敵視していた。鼠は牛の背に乗って宴会に行ったという十二支の昔話を引き合いに出して、(うし)はバカでマヌケだから利用されるのだと嘲笑する大人が多くいたせいだ。

 何の落ち度もないのに嘲られた春は荒れて、キレると手が付けられなくなるブラックな人格が生まれてしまった。春は小学校でも暴れたから、僕と夾は何度も鎮圧に向かう羽目になったっけ。

 

 現在より頻繁にブラックが降臨していた春は、ある日を境にキレる回数が減った。

 春は偶然会った由希に鬱屈した思いを全て吐き出し、心が軽くなったらしい。それが切っ掛けで、春にとって由希は特別な存在になったようだ。

 昔の僕は由希に対して悪感情を抱いていたので、(ねずみ)憑きを憎む仲間だと思っていた春が由希ラブに転じた時は裏切り者と思ってしまった。

 かくいう僕も綾兄との会話が切っ掛けで由希を敵視しなくなったけど、春のように由希に対して好意を抱くまでは至っていない。

 

 

 

 由希の診察に赴いた兄さんが帰宅したのは夜遅くだった。

 春の話では由希の発作は軽めで済んだと聞いたのに、なんでこんなに時間がかかったのか。僕が疑問を投げかけたら、兄さんは深い溜息を吐いて答える。

 

「紫呉と夾が寒空の下でババ抜きに興じて、風邪をひいて高熱を出したんだ。犬と猫の姿に変身するほど体が弱っている」

「寒空の下でババ抜きをするなんて馬鹿だろ」

「持久走をサボって道端でトランプ遊びを始めたのは、本田君の友人の花島(はなじま)(さき)という女生徒だと紫呉から聞いたぞ」

「馬鹿じゃない。全然馬鹿じゃない」

 

 

 

▼△

 

 

 

 2月13日の午後。学校から帰宅した僕は、校門前で待ち構えていた女の子達から渡された大量のプレゼントの開封に取りかかる。

 手作りのお菓子は、早めに食べないと傷んじゃうからな。結構な量があるからひと口分だけもらって、残りは道場の門下生仲間に分けて食べてもらおう。

 

 開封作業が半分ほど終わった頃、僕の部屋のドアをノックしたお手伝いさんが、「紫呉さんからお電話です」と声をかけてきた。

 ぐれ兄が僕に電話をかけるなんて珍しい。罠を仕掛けるつもりじゃないか。

 少し警戒しながら自室にある電話の子機を取って、外線のボタンを押してから「もしもし?」と応じた。

 

『やあ、けーくん。ハッピー・バレンタイン!』

「バレンタインは明日だよ」

『細かい事は気にしな~い。ところで、けーくんは明日の予定は空いている?』

「空いているけど、それがどうしたの?」

『由希君と(とおる)君と楽羅(かぐら)と夾君が、ダブルデートするんだって。けーくんも一緒に行ったらどう?』

 

 すげぇ面子だな。

 由希と夾の関係は昔に比べればマシになったけど、女性のパートナーを連れてダブルデートするほど親しくなったとは思えない。楽羅姉が夾とデートするために、本田さんを味方につけたのだろうか。

 

「デートする4人を1人で眺めろと? 何それ、新手の嫌がらせ?」

『心外だなぁ。僕はけーくんに嫌がらせなんかしないよ?』

「へーえ? ぐれ兄の新刊に出てきた“暮野(くれの)健史(けんし)”という脇役が、恋人に利用されて捨てられてヤク中になった末にビルから転落死する最期を辿ったのは単なる偶然だと? しかもぐれ兄は他のペンネームで書いた本でも、“くれの”と“けんし”という読み方の名前の登場人物を散々な目に遭わせているだろ」

『よくチェックしているねぇ。ご愛読ありがとうございまーす』

 

 天は何故、ぐれ兄のような人非人に文才を与えたのだろう。僕がこの世の不条理を嘆いていたら、ぐれ兄が笑いながら言葉を続ける。

 

『けーくんは中学生の頃は女遊びをしていたのに、最近はそういう噂をとんと聞かなくなったからさ。若いのに枯れちゃったのかなと心配したおじさんが、咲ちゃんとのデートをお膳立てしてあげようと思ったワケですよ』

 

 驚きのあまり、僕は子機を取り落としてしまった。

 ぐれ兄は僕が女をとっかえひっかえしていたような言い方をしたけど、そこまで爛れた生活は送っていない。中学時代は色々鬱憤が溜まっていたのと異性への好奇心も相俟って、気楽に遊べそうな女の子とよくデートしていただけだ。

 佳菜(かな)さんに出会って女性に対する理想が高くなっちゃったから、中学3年頃には遊びは控えるようになったけど。そんなことより、だ。

 

 いったい誰がぐれ兄に話したんだ。僕が文化祭で花島さんと知り合った事を!

 兄さんは口が堅いから、紅葉が喋った可能性が高い。援交云々まで言い触らしていたら、紅葉に激辛チョコを食べさせてやる。と、心に決めながら僕は子機を拾って質問する。

 

「僕と花島さんが顔見知りだと、誰から聞いた?」

『透君からだよ』

 

 まさかの人物の名前が出てきて、僕はまたもや驚いた。

 ぐれ兄が言うには、文化祭で僕と花島さんが一緒にいた事を本田さんが話したらしい。紅葉、疑ってすまん。

 

「僕も一緒に行くって由希達に伝えてよ」

『はいよ~。これから透君が咲ちゃんに電話をかけて明日の予定の確認をするけど、咲ちゃんに先約が入っていても泣かないでね』

 

 泣かないよ、と答えてから僕は電話を切る。そわそわしながら待っていたら、電話がかかってきた。

 

『咲ちゃん、明日行けるって~』

 

 電話の向こうでぐれ兄が報告するのを聞いた僕は、思わずガッツポーズを取った。

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