「高木さん、聞きましたよ!」
手早く支度を済ませ外に出ようとした高木を若い女の声が引き止めた。振り返るとそこには薄い桃色の髪にセーラー服姿という、およそ軍には似つかわしくない格好の女が立っていた。
「何の用だ青葉」
「なんでも横須賀鎮守府の赤城さんに取材しに行くそうじゃないですか!青葉も同行します!」
彼女の名は青葉。青葉型重巡洋艦の一番艦である紛うことなき艦娘なのだが彼女は軍令部広報室に所属している。聞けば同じ名と容姿の艦娘というのは山ほどいるらしく他の艦隊や鎮守府に所属している青葉もいるという。広報室の青葉は以前高木が仕事をともにした時以来、その取材ぶりや記事が気に入ったらしくよく声をかけてくるようになった。
「チェンジだチェンジ。俺はこれから遊びに行くんじゃない」
「だからなおのこと青葉が一緒に行った方が良いんじゃないですかー」
「お前の力が必要になったらその時言うからそれまで待機しとけ」
そんなことは今まで一度もなかったがな、と心のなかで付け加え高木は横須賀行きの電車に遅れぬよう駅へ急いだ。背後で青葉がふくれっ面していることくらいは察しがつくがそんなことに構ってる場合ではない。
横須賀鎮守府に着くと警備の者に所属と来訪目的を告げ確認を受け中に通される。途中から艦娘が案内を引き継ぎ、この鎮守府を預かる提督の執務室に通された。
「すぐに呼んでまいりますのでこちらでお待ちください」
応対した艦娘は青葉よりひと回り小さな艦娘で、あれは恐らく駆逐艦あたりだろう、そんなことを考えながら広々とした執務室を見回す。豪華な調度品の数々や軍における表彰状が額縁に飾られこれ見よがしに置かれている。ここの主は嫌なやつだ、そんなふうに思った。
「お待たせした。横須賀鎮守府所属、村上だ」
「広報室より参りました、高木です」
自室とはいえ客を待たせているにもかかわらずノック一つせず、部屋に入ってきたのは横須賀鎮守府に君臨する村上剛裕大将である。どっかりソファに腰を下ろし目も合わせずタバコに火をつける様子から一広報官である高木を見下していることは明らかだ。村上大将の横には彼の秘書艦であろうか、背の高い艦娘が控えていた。雪のような白い肌と長い黒髪が美しい彼女は会釈のみでその場に畏まって立っている。
「お忙しいなかお時間を割いていただきありがとうございます。早速なんですが例の赤城に話をさせていただけないでしょうか」
「あぁ、構わんよ。恐らく午後の演習を終えて戻ってくる頃だろう。おい扶桑、赤城にすぐこっちに来るように言っておけ」
「了解致しました提督」
高木は一連の会話ですでに目の前の年寄り軍人を相手するのが嫌になってきた。会話の端々に相手を見下してるが故の横柄さが滲み出ている。とはいえ一広報官が取材相手の機嫌を損ねては仕事にならない。しばらくはビジネススマイルを絶やさないよう気をつけなければいけなさそうである。
「ところで他の鎮守府はどうなんだね?記事のほうは」
「他の者が担当しておりますので詳しいことはわかりかねますが、特集する艦娘くらいなら」
「聞かせてくれ」
「大湊が吹雪、舞鶴が金剛、呉から大和、佐世保が神通となってます」
村上大将は興味があるのかないのか、聞きながら顎に指をやりヒゲを撫でてている。
「なるほど、艦種の都合上ウチは赤城というわけか」
「必ずしもそうとは言い切れないかも知れませんが・・何か不都合な点でも?」
「いや、別に。ただあいつはウチの
含みのある村上大将の言葉に高木が眉をひそめ扶桑と呼ばれた艦娘の表情が険しくなる。そんな時だった。小気味良いノックが一つされたかと思うと一人の艦娘が執務室に入ってくる
「大将、お待たせ致しました。赤城、ただ今帰着致しました」
敬礼とともに入ってきたのはこれもまた綺麗な長い黒髪をなびかせ、和を思わせる装束に紅の袴が眩しい艦娘だった。高木から見ればまだ若い年齢に見えるがどことなく大人の雰囲気を感じさせる佇まいである。
「ん、ご苦労。こちらが広報の方から来られた高木君だ。お前の取材のためわざわざ足を運んでくれたそうだ」
「高木です。よろしく」
立ち上がり軽く頭を下げた高木を一瞥すると赤城は彼にではなく村上大将に向けてため息交じりに話し始める。
「取材ならお断りしますと前にも申し上げたと思いますが・・それにいくら第一艦隊所属とは言え私では他の娘達も納得しないでしょう」
「広報の方にもいろいろと都合があるらしい、受けてやったらどうだ」
「お断りします」
村上大将も難しい顔をしつつ説得してくれているがとりつく島もない。やがて諦めたように、あとは君の方から何とかしてくれと高木に言い残し扶桑を連れて執務室を後にした。部屋には高木と赤城、そして居心地の悪さだけが残った。
「わざわざお越しになったところ申し訳ありませんが、そう言うことですので」
「赤城さん」
やがて踵を返そうとした赤城を高木はどうにか呼び止める。
「何ですか?」
「あなたが取材を受けたがらない理由はわかりませんが、嫌なら仕方ない。無理にお願いはしません」
「でしたら、これで」
「が、俺もここまで来て手ぶらで帰るわけにはいかない。そこで取材は一旦置いておいて飯でも行きませんか」
「食事で釣ろうという魂胆ですか」
「そんな性急じゃないですよ。ただまぁ、綺麗な艦娘の方と食事したってなれば今後何かと話のタネにもなるかなと思いましてね」
赤城は高木の真意を計りかねている様子だったが少しして
「・・わかりました。食事だけはお付き合いします」
そう言うと外出の手続きをしてくるから正門で待つよう言って執務室を出た。
「こりゃあ、なかなか手強そうな相手だな・・」
やや曇った表情を浮かべながら高木は馴染みの寿司屋に予約の連絡を入れた。
高木は取材に応じない相手にも粘り強く行き記事にすることで知られているがそれは必ずしも毎回毎回相手の嫌がることを強行しているわけではない。お高く止まった高官や政財界の人間のような彼が嫌いな人種にはそう言ったやり方をすることもあるが、基本的にはまず『お近づきになる』ことが高木のやり方である。
「ここのご主人は銀座で長く修行されて十年ほど前にここに店を出されたんですよ。腕もしゃべりもかなりイケる方です」
「はぁ・・・あの、高木さん」
寿司屋のカウンターでおしぼりを受け取りながら高木は軽く店について説明する。夕飯時に近く店内は二人の他にも客が入っておりカウンターに二、三席空きがある程度である。
「何です?」
「敬語じゃなくて良いですよ。かなり無理してらっしゃるでしょう?」
「・・・・そんな無理してるように見えます?」
「ええ、とっても」
赤城の指摘に高木は内心苦い表情になる。仕事柄高官や目上を相手にすることもある為ある程度弁えてはいるが高木は元々敬語や空気を読むのが好きでも得意でもない。とは言え初対面の艦娘にそれを指摘されるのは彼の作り笑顔や敬語がよほどザルなのか赤城が慧眼なのか・・おそらくは後者だろう。
「じゃ、じゃあ、改めて・・よろしく、赤城」
「ええ、ご馳走になります」
わかっていたことではあるが完全に食事だけしか頭になさそうである。まだまだ警戒心も解いていないだろう。ここはしばし食事を楽しんだ方が得か、そんなことを考える高木だった。