寿司屋に来て早々に高木は後悔することになる。つまるところこの赤城という艦娘、やたら食べるのである。寿司屋に来て安く美味しく食べるコツにまずおまかせで一人前を頼み、それに好きなネタを二、三貫頼むというものがある。一通り赤身、白身、光物、貝類、卵、巻物と楽しめる上に旬のものも盛り込まれているからだ。高木もそれに則り一人前を頼んでつまんでいたのだが
「ここの大トロは脂が乗ってて、でもくどくなくて良いですね」
「小肌は酢がきいていて口の中までさっぱり。あ、次ウニお願いします!」
赤城は次から次へ好きなネタを注文しては口に放り込んでいる。同じネタも最低でも三周はしているのではないだろうか。それでも下品に見えないのは食べる時の所作、箸使いなどがきっちりしているからだろう。そしてその端正な容姿から客の中にも赤城の方をチラチラ見てくるのが何人かいる。
「長いこと寿司屋やっとりますが、こんな良い食べっぷりのお客様ははじめてだ。高木さんのコレですかい?」
「まさか、めったなこと言うもんじゃないよ親方」
寿司屋の主人が小指を伸ばし聞いてくるがとても高木にはこんなに食べる女と付き合えるほどの余裕はない。他人事とは言えこんなに食べる艦娘を何人も擁する鎮守府の台所事情が気になるところである。
「艦娘ってのは皆こう、サ◯ヤ人みたいに食うモンなのか」
「失礼な、誰がベジータですか」
「誰もそこまで言ってないが・・それに俺はブロリー派だ」
そんなことを言いながら二人はまた寿司をつまんだ。
やがて客も少しずつ減りカウンターには赤城と高木だけになった頃、二人はお茶をすすりながらショーケースのネタをぼんやり見ていた。高木は緩くなってきたお茶を喉に流し込むと話を切り出す。
「飯をご馳走したから取材を受けてくれ、とは言わないが一つだけ聞かせて欲しいことがある」
「何です?」
「そこまで頑なに取材を断る理由だ。それがわからねぇ」
職業柄高木は取材を受けたりメディアに出たりするのに積極的な人間とそうでない人間を見てきた。積極的な人間は承認欲求や自己顕示欲が高かったり満たされていない人間が多い。そう言った人間は小さな記事やしょっぱい取材でも飛びつく傾向にある。消極的な人間はもともと引っ込み思案であったり対人関係が得意でない場合や、メディアそのものを毛嫌いしている場合がある。一部あまりにプライドが高く取材する相手を選ぶような人間もいるが。
「だが、アンタの場合はそのどちらでもなさそうに見える。お高く止まってる訳でもないだろうし、上手く言えんが只者でもなさそうだし」
「買いかぶりですよ。私は何の変哲もないただの艦娘です」
「ただの艦娘が横須賀艦隊の、それも第一艦隊にいられるとは思えんがね」
その所属と肩書きが間違いなく一流の実力を持っていることを示している。高木の指摘にさしもの赤城も旗色の悪そうな顔になる。
「お断りしてる理由を聞いて、それでどうなるんですか」
「さあ?それは聞いてみないことには何とも言えない」
ただの勘だが高木は赤城の核心たる部分に触れられそうな気がしていた。取材を断る理由、その背景に何かしら赤城にとって大切な事情が絡んでいるはずである。もう一押し、そう思った矢先
「じゃあお答えしますね。人のことを根掘り葉掘り聞いてそれを世間にばら撒く、そんな仕事が好きじゃないだけです。では、私はこれで失礼しますご馳走様でした」
言うや否や赤城は寿司屋の主人にも会釈だけして店を後にした。機先を制された高木はポカンとしたまま赤城の出て行った戸をしばらく眺めていた。
次の日、高木の一日は早速次長の大目玉をくらいスタートした。記事にできない可能性があることを匂わせ変更の打診を伺ってみたもののどうしても横須賀には空母の取材でなければならない、クビを掛けててでもやれとのことであった。
「くそったれ、民間と違って潰れないからっていつまでもブラックでいて良いと思ってやあがる」
「あら〜?昼間からなんだか穏やかじゃないわね」
庁舎の一角に設けられた喫煙スペースで毒づいていると背後からどこかのんびりとした女の声がする。振り返ると茶髪の少しはねたボブカットをした艦娘がこれまたタバコ片手に立っていた。
「陸奥か。こんな時間にフケてて良いのか」
「大本営艦隊にいると肩が凝るのよ。ねぇ、火持ってない?」
新編された海軍を統括する大本営、その第一艦隊に所属する陸奥もまた相応の実力者だと聞いている。高木とは庁舎内の喫煙スペースでたまに話をする仲である。
「ったく、吸うんなら自分で持ってこいってんだ。俺がいなきゃ他の奴に借りてたのか」
「まあね、艦娘になら大抵の男達は鼻の下伸ばしてライターくらい貸してくれるものよ。それに、個人的にちょっと火は苦手なのよ」
なら吸わなきゃ良いだろ、喉まで出かかった言葉を飲み込みライターを差し出す。こんな場所で艦娘と言い争ったところで高木に何の得もない。
「それで?何があったのよ。どんな相手も立ち所に説得して記事にしちゃう広報室のエース様がそんな腐ってるなんて珍しいじゃない」
「別にエースでも何でもねえよ。仕事とは言え女一人口説けんようじゃな」
「へぇ、今度の仕事はそっちのほうなんだ」
新しい玩具を与えられた子供のように楽しげな顔を見せる陸奥。高木が迷惑そうな顔を返すと目だけは真面目になって言った。
「ま、女なんて話したくないことの五つや六つ平気であるものだから辛抱強くアタックしてみたら?」
「そんなにあんのか・・でもよ、いくらなんでもそれは大袈裟だろう。お前なんかは小ざっぱりしてるように見えるけどな」
「まさか、いろいろあるわよ。例えばこのタバコ、何でアタシがこれを飲み続けてるのかはアンタに聞かれても教えてあげない」
「そんなこと誰も聞かねぇよ」
やはりからかわれてるのだろう。高木はさらに重くなった頭を抱えデスクに戻った。
「高木、お前が担当してる赤城ってのは相当なタマらしいな」
デスクに戻るなり先輩広報官の一人が声を掛けてくる。高木の苦労を知ってか知らずかその声はどこか穏やかであった。
「ええ、そりゃもう。取材はスカった上に昨日は散々でしたよ。主に財布が」
「いや、そういう意味じゃない。かなりのキレ者だって話だ」
そう言って先輩が見せてくれたデータには過去半年に渡る横須賀艦隊の出動記録と演習の成績が記載されていた。
「赤城が参加した戦闘は97%がS勝利、こりゃ上が横須賀からは赤城を選ぶ訳だわな」
「それは凄いですが・・ちょっとおかしくないですか?」
「ん?何がだ」
高木が注目したのは勝率より艦隊の編成と制空権に関するデータだった。
「編成の中に赤城しかいない時でも制空権を失ったことがない。艦戦キャリアーにすれば多少は強いかもしれませんが限界はあるでしょう。まして空母機動部隊が相手の時も一人で拮抗まで持ち込んでる・・」
「たしかにそりゃ妙だな。よほど相手がしょぼかったのか・・良い艦載機を積んでたのか・・」
詳しいことはわからないが赤城という艦娘は突出した能力はないが各能力の水準がかなり高いレベルでまとまっていると聞いている。だが、目の前のデータはそれにしても異常と言える活躍ぶりを示していた。
「もしかしてこのあたりに取材を断ってきた理由が隠されてるのかも知れないですね」
「どうだろうな。まぁ頑張れや。これくらいでも多少はネタにできるだろ」
そう言って先輩が高木のデスクを離れようとした時、デスク上の内線が鳴った。
「はい、広報室高木です」
「高木さん、横須賀鎮守府よりお電話です。三番にお繋ぎします」
何度か声を聞いたことのある事務官が一方的に告げてきたので三を押すとまもなく電話口の向こうから昨日聞いた声がした。
「赤城です。その、昨日は失礼しました」
「いや、構わないが、どうした?」
しばしの沈黙の後赤城は意を決したように切り出した。
「昨日の今日で厚かましいとは思うんですが高木さんにお願いと言うか・・お話ししたいことがあります。どこかで会えませんか?」
高木は受話器を握りながら目の前の不可思議なデータに目を向けた。