空と地の境目   作:Maisie

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投稿後に第1話を読み返してみたら、予想以上に短かったですね。自分でも驚きました。
というわけで、今回から文字数を増やしました。

UA204件、お気に入り3件とのことで、本当にありがとうございます!



第2話 憧れと現実

 

「エレン、起きて」

 

「んー…」

 

先ほどからミカサが眠ってしまったエレンを起こそうとしているが、当のエレンは一向に起きる気配がない。私がもう一度薪を集めてこれるくらいには深く眠っているらしい。

 

「メリナ、エレンが起きない」

 

「昨日寝るのが遅かったんじゃない?薪で頭叩いたら起きるかな」

 

「……」

 

「ミカサ、冗談だって。そんな顔しないで」

 

「ならいいけど」

 

私が左肩、ミカサが右肩を持って、二人でエレンの身体をめちゃくちゃに揺さぶる。うわあ、気持ち悪くなりそう。

やがて、呻き声をあげながらエレンは目を覚ました。

 

「・・・あれ?」

 

「エレン、もう帰らないと日が暮れる」

 

「そうだよ。おばさんに叱られちゃうよ」

 

エレンは寝ぼけまなこで私たちを見つめた後、ミカサの髪に目を留めてぽつんと呟いた。

 

「ミカサ…お前…髪が伸びてないか…?」

 

「…?」

 

ミカサはきょとんとした後、「何の話?」と言いたげな表情で私を見た。もちろん私にも分からない。

 

「エレン、ミカサはずっと髪を伸ばしてるでしょ?寝ぼけてるの?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて…って、お前、何で三つ編みしてんだ?」

 

「…は?」

 

「もっと短いだろ?」

 

いやいや、訳が分からない。髪が長いか短いかだけならともかく、髪型まで間違えるのはどういうことだろうか。

真面目に答えるのが馬鹿らしくなり、エレンに背を向けて自分の薪を背負った。

 

「…そんなに寝ぼけるまで熟睡してたの?」

 

「いや、なんかすっげー長い夢を見てた気がするんだけど…。なんだっけな、思い出せねぇな…」

 

「…ねえエレン、どうして泣いてるの?」

 

後ろの会話に、私は思わずエレンの顔を見た。確かにくっきりと、涙の跡が頬についている。まだ乾いていない。

 

「エレン、…なんか悩みがあるなら聞くよ?」

 

「そんなんねえよ!『かわいそうに』みたいな目で見るのやめろよな!」

 

「あはは、冗談冗談」

 

エレンはじっとりと私を見た後、「行くぞ」と言って歩き始めた。

 

 

「壁こそが神の御業なのだ!」とか叫んでいる、皆にことごとく無視されている神父的な人を同じように無視して、私はエレンとミカサと並んで歩く。

壁が神の御業だなんて妄言、私は一ミリも信じてない。そもそも神様なんているのだろうか、と聞くたびに思ってしまう。

神様がいるなら、壁を作る前に巨人をこの世から消してくれればいいのに。そうすれば誰も死ぬことなく自由が手に入る。

 

まあ、それはともかくとして。私は左隣を歩くエレンを見た。

さっき泣いていたことについて、「おじさんに診てもらった方がいい」というミカサの発言を秒速で否定したエレンに笑ってしまい、また文句を言われてしまった。笑えるんだから仕方ないじゃない、と心の中でぼやく。

 

「何泣いてんだエレン?」

 

「ハンネスさん!」

 

私が挙げた声に、エレンに声をかけた赤ら顔の駐屯兵━━ハンネスさんはこちらを見た。

 

「よう、メリナ。見るたびにアリアさんそっくりになってくなあ。あともう5年もすりゃあミカサもメリナも、誰にも負けねえ美人になるな」

 

「冗談言ってる場合かよ!また酒飲んでるじゃねえか!」

 

私の方にかがんで話しかけてきたハンネスさん。分かってはいたけど、息が酒くさい。エレンにもそれが分かったらしく、眉を寄せて抗議している。

 

「一日中ここにいるわけだから、やがて腹が減り喉も渇く。飲み物の中にたまたま酒が混じっていたことは些細な問題にすぎねえ」

 

「そんなんでいざって時に戦えんのかよ!」

 

始まった、いつものエレンタイムだ。ミカサを見るも、肩をすくめただけだった。止められないから放っておこうというわけだ。

ハンネスさんは飲み仲間…じゃなかった、仕事仲間の駐屯兵の人達と顔を見合わせる。

 

「…いざって時ってなんだ?」

 

つくづく思うけど、ハンネスさんはエレンのことをわかっていない。

今の発言は火に油を注ぐだけだと気付いてほしい。

 

ヤツら(巨人)が壁を壊して街に入ってきた時に決まってんだろ!!」

 

「元気がいいな、エレン!」

 

ハンネスさんの同僚が笑いながら叫ぶ。あの人の名前は知らない。あと、ちょっとお腹が出てるから食事に気を付けた方がいいと思う。

 

「ヤツらが壁を壊すことがあったら、そりゃあしっかりやるさ。しかしな、そんなことは100年間で一度もないんだぜ」

 

「でも、そういうときが一番危ないって、父さんも言ってたし、メリナのとこのおばさんも言ってた!」

 

エレンは言いざま私を振り返る。

 

「そうだろ、メリナ?」

 

「うん、言ってた」

 

「ほら!」

 

鼻息荒くまくしたてるエレン。ハンネスさんはその勢いに圧倒されつつも、まあな、と頷いた。

 

「だがな、エレン。壁の補強作業の時に巨人を見かけることがあるが、ヤツらに50mの壁をどうこうできるとは思えねえんだ」

 

巨人と戦うつもりなど毛頭ない様子のハンネスさんに、エレンは憤りを露わにして叫んだ。

 

「なんだよそれ…!もう『駐屯兵団』なんかじゃなくて『壁工事団』に改名しちまえよ!」

 

「はははっ!それも悪くねえな!だがな、エレン。ミカサとメリナもだが…兵士が活躍するのは最悪の事態だ…。俺達が『タダ飯食らい』って馬鹿にされてる時の方が皆は平和に暮らせてるんだぜ?」

 

ハンネスさんのその言葉を聞いて、私は父さんが生前に言っていたことを思い出した。

父さんは『大切にするものが違うだけで、どちらの兵団も立派な兵士達がいる』と言っていた。

ハンネスさんの同僚の一人が、私達の方を見ながら言った。

 

「ハンネスの言うとおりだ。壁の外に出ようっていう『調査兵団』の連中の気が知れねえ…。勝手に戦争ごっこに興じてろってな!!」

 

「…!」

 

私は思わず息をのんだ。エレンとミカサはその発言が聞き捨てならなかったのだろう、彼らを睨みつけている。

そしてそれは私も同じ。ハンネスさんは父さんの職業を知っているから少し慌てた様子だった。

 

「駐屯兵団がどんな人間の所属する所かよくわかった。『人の親の生き方を馬鹿にする』最低最悪のタダ飯食らいってことね!」

 

私はそう吐き捨てると走り出した。ハンネスさんの声が聞こえたけど、私は走り続ける。

完全に言い逃げになってしまったが、私は自分の親を悪く言われて黙っていられるほどお人好しでもなければ善人でもないのだ、仕方ないだろう。

どうせ相手は名前も知らない人だし。

 

「メリナ!」

「待てって!」

 

エレンとミカサの声が聞こえたので振り返った。私の方へ一目散に走ってくるエレンと、その後ろを同じく走ってくるミカサが見えた。

 

「お前、足速いんだよ…」

 

「…ごめん」

 

「いいって。親の悪口なんて最低だよな」

 

「うん、まあね」

 

へらりと笑って見せると、エレンとミカサは顔を見合わせた。

 

「大丈夫か?」「大丈夫?」

 

二人に頷いたとき、街中に鐘の音が鳴り響いた。調査兵団が帰還したのだろう。

英雄(ヒーロー)”の凱旋である。

 

 

「見に行こうぜ!」と言うが早いか、エレンはあっという間に人混みの方へ向かっていく。

ミカサはエレンを追いかけようとして、私を振り返った。さっきの駐屯兵のこともあるし、私の父さんがどう死んだかを知っているから気にかけているんだと思う。

それとこれとは話が別だ。私はミカサに笑いかけた。

 

「私達も行こう、ミカサ」

 

「うん」

 

エレンは人混みの後ろで、積み上げられた空箱の上から調査兵団の列を見ているらしかった。ミカサはそちらに向かって走っていく。私はどうしても確かめたいことがあったから一番前まで進んだ。

 

「ひどい…」

 

思わず独り言が口から洩れる。それぐらい、帰還した調査兵の様子はひどかった。

瀕死で担架に乗せられたまま運ばれている者、包帯から血が滲み、仲間の肩を借りながら歩いている者、片腕が無い者もいる。

私は馬に乗っている兵士達に目を凝らしていく。━━いた。良かった、生きている。

 

エルヴィン・スミスさん。調査兵団の分隊長で、父さんの上司だった人だ。父さんが死んだという知らせを持ってきたのもあの人だった。

子どもの私にも敬礼を取ってくれたのが印象に残っていて、ああ、この人のために死ねたなら父さんは後悔していないんだろうな、となんとなく思った。

 

「モーゼス…?モーゼス⁈」

 

女の人が名前を呼びながら兵団の前に出てくる。

ああ、きっとこの人も私と同じだ。

案の定彼女の息子さんは亡くなっていて、しかも遺体は腕しか取り返せなかったとのことだった。

 

「でも、息子は…役に立ったのですよね…!息子の死は、人類の反撃の糧になったんですよね⁈」

 

涙にまみれたその悲痛な声を聞きたくなくて、私は顔を背ける。その時、エルヴィンさんが目の前にいることに気づいた。

目の前で団長と兵士の遺族との会話を静かに眺めている。その瞳に人間らしい感情は一切浮かんでいなかった。彼が前方に向け続ける視線に引き摺られるようにして、もう一度女の人を見る。

 

「今回の調査で我々は、今回も、何の成果も!得られませんでした!!」

 

団長が涙をこぼしながら叫ぶと、その女性は道の真ん中で腕を抱きしめながら泣き崩れる。

不謹慎だけど、こういう時、父さんの遺体に欠損が無くて良かったと思う。

 

「…ひでえもんだな、壁の中にいれば安全に暮らせるってのに…」

 

「兵士なんて税の無駄遣いだな」

 

私の左隣にいたおじさん二人が調査兵団の文句を言っている。それに気付いたとき、私は自分の耳を疑った。

その人達を振り返ろうとして誰かに当たったのか、道に飛び出すような形で転んでしまった。背中の薪が音を立てる。

 

「君は…」

 

「?」

 

頭上から声が聞こえる。私のことだと気付いて顔を上げると、エルヴィンさんが私を見ていた。

突然のことで声が出ず、ただただ馬上からこちらを見下ろしている青い瞳を眺めることしかできない。

 

「メリナ!」

 

エレンが私の名を呼びながら走ってくる。ミカサが転んだままの態勢だった私を起こしてくれた。

 

「帰ろうぜ。母さんに怒られる」

 

「わかった」

 

私はそう返事をすると、エルヴィンさんに一度だけお辞儀をしてエレンの後を追いかけた。

そうしてエレンとミカサ(家族)と一緒に帰路についたのだった。

 




《現在公開可能な情報》

◦メリナ・シュナイダーについて

髪は亜麻色で、三つ編みにしている。
844年に調査兵だった父が、その翌春に母が亡くなり、隣家のイェーガー家に食事などを頼っている。
首に母の形見である銀色のロケットペンダントを下げており、中には家族3人の肖像画が入っている。

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