「へっ、こんなの楽勝だぜ!」
「お前、少しは俺らのことも考えて進め!」
出発早々、コニーが班員の先頭に立つ。ジャンが周囲に気を配りながらもコニーに向かって叫んだ。
一人が先走ると残りの班員が追い付くので精一杯になり、後続の班員の事故が起きやすくなる。それを懸念しているのだろう。まして今回は罠があると聞いているのだから尚更だ。
比較的この班は立体機動が得意な面々で構成されているから、そんなことは無いと思うけど。
「ったく、馬鹿なのか?アイツは…」
「この班は立体機動が苦手なやつがいるわけじゃないし、大丈夫だろう」
ライナーは流石と言うべきか、余裕をもって飛んでいる。ジャンも、さっきは後続のことを考えろとか言っていた割に苦労している様子はない。
「右手前方に3体、左手に2体だ。コニー、サシャ、左をやれ!残りは俺らだ!」
「任せろ!」
「分かりました!」
コニーとサシャが左手の森に消える。私はライナーとジャンに続いて右に進路を切り替えた。
適度に離れた場所の木にアンカーを打ち込んでからガスをふかす。ワイヤーが伸び切ったところでもう一度ガスを噴射し、2本のアンカーを回収しながらその反動で巨人模型の項部分を削ぎ落とす。地面に降りる前にガスとアンカーを同時に射出すると、そのまま木の上に戻った。
「メリナ、お前早くねえか?」
「そう?」
ジャンの言葉に思わず首を傾げた。ライナーも何故か驚いたような表情だった。
「あんなに滑らかな動きが出来るとはな。驚いたぜ」
「普通だと思うけど。ミカサの方が何倍も上手いし」
「比較対象がえげつねえな、お前は」
ミカサのことを言ってみたらジャンに呆れ顔をされてしまった。なんでだろう。
ライナーに聞こうとした時、サシャとコニーが合流してきたので後にしようと思い直す。二人のテンションの高さから見ると順調だったようだ。
「よしサシャ、次の目標まで勝負だ!遅かった方が夕飯のパンを譲るとかどうだ?」
「いいですねそれ!負けませんよー!」
コニーが吹っ掛けた勝負にサシャは乗り気なようで、二人は私を含めた残りの三人を置いてどんどん先に行ってしまう。何だか嫌な予感がする。
「私達もスピード上げよう!」
私の提案にジャンとライナーは頷いた。周囲を気にしつつ最短距離の軌道を進む。やっとコニーとサシャとの距離が縮まってきた時、並んで立つ二本の木の間に何かがキラリと光った。
「おい、罠だぞ!」
隣で同じく罠の存在に気づいたライナーが前方を飛ぶ二人に怒鳴ったが、そんな急に軌道を変更することは不可能だ。
案の定、木の間に張られていた細い糸はコニーとサシャの身体に当たる。罠が起動し、両脇から太い木の棒が倒れてきた。死にはしないだろうが、直撃したら大怪我は免れない。
その時、目の前の光景に違和感を覚えた。目に映る全ての動きがスローモーションに見えたのだ。木の棒が倒れてくる様子も、サシャとコニーがそれを振り仰ぐ様子も、全て。
私は咄嗟に立体機動を操作した。ブレードを鞘にしまう。アンカーを射出せずにガスを思いっきりふかし、両脇にコニーとサシャをそれぞれ抱えて近くの木の上に降り立った。
「た、助かったぜメリナ…」
「ありがとうございました…」
サシャとコニーの言葉に一度だけ頷く。近くにやってきたジャンはまじまじと私の顔を見つめた。
「どうしたの?」
「お前、ミカサと同じくらいすげえよ」
「は?」
思わず変な声が出た。今ミカサは関係ない気がするんだけど。
「あの状況で二人の人間を助けるなんて、俺には無理だぜ」
「…普通だよ」
「それよりも、だ」
ライナーが口を挟んできた。何事かと顔を上げると、その視線はサシャとコニーに注がれている。
「コニー、サシャ。先行することが危険な理由はわかったか」
ガタイのいいライナーが注意をする様は、まるで面倒見の良い兄貴だ。コニーもサシャも、ライナーの言うことに素直に頷いている。
「行くぞ」
説教を終えたらしいライナーがこちらを振り返る。ここから最終地点までは全体の残り三分の一ほどの距離だ。
私達は再び立体機動での移動を開始した。
♦
「そうだメリナ、言い忘れてたけどよ、さっきは助かったぜ」
夕食の時、食堂内でミカサの隣に向かおうと歩いていると、後ろから声をかけられた。声の主は今日の訓練で同じ班だったジャンである。
「さっき?」
「コニーとサシャを助けただろ。お前がいなきゃ正直間に合わなかっただろうからな」
「ああ、あれ。咄嗟に体が動いただけだから気にしないで」
私の言葉に何かを言おうとしたジャンの顔が私の背後を見て歪む。彼がこれほどまでに嫌悪を示す相手はただ一人だ。
「いつまで喋ってんだよ。飯が冷めちまうだろうが」
「エレン。ごめん、もう行くから」
エレンは私の話している相手がジャンだと気付いたようで、ものすごく嫌そうな顔をした。そんなにジャンが嫌いなら私の所に来る前に気付けよ。
「行くぞ、メリナ。ミカサとアルミンが待ってる」
「おい待てよ、死に急ぎ野郎」
ジャンが棘のある口調でエレンを呼び止める。“死に急ぎ野郎”と言われたことが気に食わないらしく、エレンは眉間に皺を寄せて振り返った。元々はっきりした顔立ちの為か、かなり険しい表情になっている。
エレンが何か言い返す前に、私はその背中を押した。この二人は相性が最悪なのだ。混ぜるな危険。
「はいはい、喧嘩はしないでくださいねー」
首だけで振り返る。ジャンに口の形だけでごめんね、と謝罪の意を伝えると、これ以上面倒なことにならないようにエレンを連れてミカサとアルミンがいるところに向かった。
「なんなんだよ、ジャンの野郎」
「いつまでも引き摺ってないで早く食べなよ」
文句を言い続けるエレンに釘を刺すと、エレンは素直に食事を再開した。アルミンがくすくす笑いながら私とエレンの顔を見比べる。
「メリナって年々エレンに対して毒舌になってるよね」
「そうか?」
「エレンが気にしてないうちは大丈夫だよ」
きょとんとしたエレンを眺めながら言うと、アルミンはまた愉快そうに笑った。するとその表情が、良いことを思いついた、と言いたげなものになる。
「ねえ、今度の休暇、三人とも空けといてよ」
「…急にどうしたの」
静かに夕食を食べていたミカサが顔を上げ、私達三人の気持ちを代弁してくれた。
「最近訓練でも別々になることが多かっただろ?久しぶりに四人でのんびり過ごしたいなあって思ってさ」
「私はいいけど。今度の休暇って明後日でしょ?」
「うん。外出許可は明日でも間に合うから大丈夫だよ」
アルミンは私の質問を汲み取って答える。エレンは口の中のパンを飲み込むと顔を上げた。
「じゃあ明後日出かけようぜ。四人でどっか行くのすげえ久しぶりだよな」
「最後に四人で出かけたのはシガンシナ区の川の近く。もう二年以上前」
淡々としているように見えるがミカサも嬉しそうだ。エレンは言うまでもなく、目を輝かせている。
もちろん私だって四人で出かけられるのは凄く嬉しい。
「でもどこに行くの?」
私の問いにアルミンは少し考えているようだった。
「漠然と街に行くことは決めてあるんだ。ただ、何があるのかは僕もよく知らなくて…」
「だったら、適当に街を見て回るとかでもいいんじゃね?」
エレンのその発言により、『とりあえず街を回り、面白そうな所があれば見てみる』ことになった。
明後日の休暇に思いを馳せながら、私は夕食を食べる手を進めた。
♦
そして、街に出かける日がやってきた。
ミカサが街に行く、しかもエレンが一緒にいるということをどこからか聞きつけたジャンは、今までより一層敵意を込めた目でエレンを見るようになった。ミカサとエレンが二人で出かけるわけじゃないからいいと思うんだけど。そんな感じのことをアルミンに言ってみたが、そう簡単なものじゃないんだよ、と苦笑されてしまった。
「メリナ、準備はできた?」
「んー、髪が上手く結えない」
「…貸して。三つ編みでいい?」
「うん」
ミカサに髪を結ってもらい、私達は敷地の入り口で待っているエレンとアルミンの所へ向かった。
「遅かったな」
「メリナの髪を結うのに手間取っていた。それだけ」
「ふーん。じゃあ行こうぜ」
敷地を抜け、街への道を歩く。エレンの隣を歩いていたアルミンが振り返った。
「訓練兵団にいるから、私服見るの久しぶりだね」
「そうだね。ミカサのマフラーは相変わらずだけど」
今日のミカサが着ている服は白いシャツにピンクのロングスカートで、首元には赤いマフラーが巻かれている。幼い頃にエレンがあげたものだ。
私のマフラー発言に反応したエレンもこちらを振り向く。ミカサの首を見ると呆れ顔になった。
「お前、それしてて暑くねえのかよ?」
「この季節だったら別に暑くない。それにこれは大切な物だから」
マフラーを撫でるミカサから視線を移すとエレンと目が合った。長い付き合いだから、何を思っているかは何となくわかる。私は敢えて何も言わずに肩をすくめてみせた。
♦
「思ったより、人いるんだな」
街に着いてエレンが発した第一声だ。その言葉の通り、街は想像以上に賑わっている。今日は訓練兵団も休暇の為か、見かけたことのある訓練兵の姿もある。
「どこの店に入る?露店もいくつかあるみたいだね」
「私、本屋見てみたい」
目に留まった書店を見ながら私が言うと、アルミンは笑って頷いた。
アルミンは熱心に何か難しそうな本を読みふけっていて、ミカサはその隣で二言三言言葉を交わしている。エレンはその近くにいるようだ。
私は面白い物語が読みたくて、店の入り口付近にあるコーナーを眺めていた。
天井近くまである本棚の上の方にあった、『鳥になった女』という変わったタイトルの本を手に取ろうと手を伸ばす。
「これかい、お嬢ちゃん」
背伸びをする私の横からぬっと手が伸びてきて、私が今まさに取らんとしていた本を掴んだ。目の前に差し出された本に驚きながらも顔を上げる。
「ありがとうございます」
予想より遥かに大柄なその男性にお礼を言う。
しかし、その人は私の顔を凝視したまま動かない。それどころか私の手首を掴んでいる。
「……」
「あの、手、放してください」
話しかけてみるが返事は無い。
「アリア…」
「え?」
「お前、アリアか?」
「…は?」
全くもって支離滅裂だ。そもそも何で私の母さんの名前を知ってるの?
「…メリナです、けど。アリアは母さんの名前です」
男はそうか、と頷いた。何かを言おうと口を開いたようだったが、よく聞き慣れた声によって遮られた。
「おっさん、何してんの?」
男はエレンの存在に気付くと私の手をぱっと放した。エレンは男を睨みつけている。どっちが悪いのかわからないぐらい険悪な表情だ。
「ああ、この子が知り合いに似てたからな」
「へえ。知り合いだか何だか知らねえけど、人違いだと思いますよ。メリナは俺の妹なんで」
「妹?」
「そうです。じゃあ、これで」
エレンに手を引かれて店の奥、ミカサとアルミンがいたところに戻った。
二人は、エレンの表情の険しさに、何があったのかと気にしているようだ。口には出さないけどその気持ちがひしひしと伝わってくる。
「…昼飯食おうぜ。俺、腹減った」
そんな怖い顔で腹減ったとか絶対嘘だ。
でも、誰もそれに触れることは無く、私達は本屋を出ることになった。ちょうどお昼時になったというのもあるだろう。
私がさっき見ていたコーナーの近くを通ったけど、もうあの男はいなかった。
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