調査隊の一日   作:辰伶

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調査隊の不幸な一日

あるぴになら、日光の森の奥で見かけたわ———

 

 日光助真は本部にそう報告した。

 事の発端は、観察方に所属するコードネーム「あるぴに」が突如として行方不明となったことに発する。彼は、観察方の本部主任であり、ある重要任務を帯びて小隊をもって山形に向かうはずだった。

 しかし、出立の日になっても彼は集合場所に姿を現さなかった。何度連絡をしても繋がらない。事態を重く見た本部は彼の足取りを追うべく調査を開始した。

 そんな時、有力な情報がもたらされた。それが先の発言である。聞けば、ひょんなことから日光に用があった助真がたまたまそこを訪れた際に見かけたというのである。

 

日光の森の奥————そこは、嘗てこの国を治めた男が眠る聖地である。助真には思い出深い場所でもある。

 しかし、そこは昔からあまりよろしくない噂が絶えないことでも有名であり、地元民もよほどのことがない限り寄り付かないところである。

 例えば

 

・微笑みながら人を斬る女がいる

 

・一度はいると二度と出ることができない

 

・人を惑わす妖がいる

 

およそこういった感じである。ほかにもいくつかあるが割愛したい。

 本部は調査隊を結成し、噂の検証と行方を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんぱーい。本当に、ここに『あるぴに』さん来たんすか?」

「の、はずなんだがな」

 眼の前に広がる暗闇の森林を前にして観察方の二人が話し込む。

 情報を集めて訪れたここが主任が最後に目撃された聖地である。だが、眼前に広がるのは、およそ聖地とは程遠く、光を遮るほど生い茂る木々が乱立している。更に、少し入ってみて調べてみたが、同じような景色であり、目印がないと簡単に迷ってしまうことが分かった。

「確かに二度と出れないような感じだよな」

 隊長が納得したように頷く。この中を主任は入っていったのかと思うとますます疑問がわく。主任は何故任務をすっぽかしてこんなこと路に誰にも告げずに来たのだろうか。

「先輩どうします? 行きます??」

「そうだな・・・・・・」

 隊長は話し合い、二班に分けることにした。隊長率いる小隊で主任の捜索と噂の検証を、残った小隊で周辺の警戒をすることになった。迷わぬように出発点に糸を括り付けて小隊は聖地へと足を踏み入れた。

 森を進むこと数十分。行けども行けども暗い。変わり映えのない景色。気が狂いそうである。

「噂だと・・・・・・・微笑みながら人を斬る女と惑わす妖がでるんだよな? ここ」

 ここに来る前に噂の調査をしたところ、先の噂の女と妖はこの森の中で遭遇するという。

「出る気配はないっすよねぇ・・・・・・」

「気配感じたら苦労ないけどなぁ」

 そんな話をしていると、眼の前に道しるべが見えてきたが、朽ちて汚れているのか文字が掠れていて読みにくかった。

「何て書いてあるんだ? 道案内だと思うんだが」

「そうっすね・・・・・」

 他の隊員にも見せてみるが一様に首を傾げる。今いる地点は二股に道が分かれておりどっちに行けばいいのか…

「主任はどっちに行ったのだろう?」

 目的は主任の捜索である。選択によっては主任に合えず自分らがこの森の糧になってしまう。

 そんな時、隊員の一人が声を上げた。

「ね、ねぇ、隊長? なんか、聞こえません?」

 女性隊員の声が震えている。考え耽っていた隊長は何も聞こえないと答え、他の隊員も同じように答えた。

「大体、俺達しかいねぇのにそんなこと・・・・・・」

 あるわけない、と言い切る前に立ちようは口を止めた。

 

 

 微かに、しかし、はっきりと耳に入ってきた。何者かの声。恐らく女性。それと足音がと何かを引きずる音。しかも後ろから。自分達の後を追ってきたように。

 全員が思わず後ろを振り向いた。漆黒の先からその声と足音は徐々に近づいてくる。

「だ、誰だ!」

 隊員の一人が叫んだ。返答はない。

 その代わり、笑い声がこの一帯に木霊し始めた。

 

うふふふふ・・・・・・あはははは

 その笑い声は不気味であり、足音もゆっくりだ。

 言い知れぬ恐怖が小隊を支配している。時間がゆっくりと過ぎているのかと思うほど、彼らには長い時間だった。

 どれぐらいの時間がたったかは分からない。が、漆黒から『それ』はゆっくりと姿を現した。

 

 

 

 髪はざんばら。両眼はあらぬ方向に向き、口元は笑みを浮かべている。着ている服は元々は綺麗な純白だったのだろうが、血と泥で汚れ、所々擦り切れている。履物は吐いておらず、だらんと下げた右手にはボロボロになった錆びた刀を引きづっていた。

 あ、噂の正体はこいつだ。これまずい奴じゃね? これ死亡フラグ立った? これはまずい早く逃げないとけどどこへ?

 などと彼らが思考すること数秒。やがて、『それ』と眼があった時、彼らの行動は決まった。

 

「に、に、に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 誰かが叫ぶと同時に彼らの身体は咄嗟に右に向かって全力で走っていた。小枝が体に当たろうが皮膚が切れようがお構いなしだった。命の危機には代えられない。

———うフフフフフフフフフ————

「げっ!? 追いかけてきてる!?」

 誰かが後ろを向くと、『それ』は彼らとほんの数百メートルほど離れているがしっかりと追いかけていた。しかも、右手を振り上げてである。完全に狩りにきている。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 近づきつつある死の恐怖に誰かが思わず絶叫する。

「なんなんすか!? なんなんすかあれ!?」

「知るかっ! 死にたくなかったら走るんだよっ!!」

 死から逃れるために必死になって『それ』から逃げる。しかし、人間限界というものがある。

 誰かがたまらず煙幕を張った。そしてさっと右の茂みに逃げ込んだ。

 『それ』は不気味な声を発しながら過ぎ去ったようで、やがて声は遠ざかっていった。不幸中の幸いで『それ』は彼らが逃げ込んだ際の音が聞こえなかったようだ。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・もう、何なんだよあれ」

「し、知りませんよ。そんなの、知りたくもない!」

 息も絶え絶え、汗が滝のように流れる小隊の面々は、そんなことを考える余裕はなかった。多分あれが笑いながら人を斬る女だろう。ただ、今はその正体を知る気にはなれなかった。

「あー、もう。ここがどこか分からなくなったしなー」

 隊長がぼやく。あれのせいで迷子になってしまった。これで、二度とこの森から出れぬかもしれない。

「さて、どうしようか?」

「どうしましょう?」

 ひとまず辺りを見回してみると、ある場所にぼろ小屋を見つけた。隊長はひとまずそこに行って今後の対策を練ろうと提案した。隊員もそれを受け入れた。

 一行はそのぼろ小屋の扉を開けた。何年も使用していなかったようで明けた瞬間埃が舞った。むせぶ一行だったが、同時に嫌な気配を感じた。

「人の気配・・・・・・・?」

 何十年も使ったことのないこのぼろ小屋に人が住んでいるなどありえない。あるはずもない。しかもここは闇が支配する聖地。人が好んで住む場所ではない。

 小屋は平屋。覚悟を決めて隊長達は歩を進める。少し進むと四畳ほどの部屋が見え、そこに、人がいた。後ろ姿で顔は見えない。

 意を決した隊長はその人に声をかける。

「勝手に上がり込んですみません。空き家と思ってしまって」

 すると、その人は彼の言葉に返してきた。

「いえ。こんな所で、ぼろいですからね。結構いるんですよそういう人」

「申し訳ありません。勝手次いでに、少しの間、ここで休ませてもらってもよろしいですか?」

「えぇ。何もお構いできませんが」

 それを聞いた一行はどっかりとそこに座り込んだ。疲労困憊でこれ以上動けなかったのだ。

「た、助かった」

 本当だったら今後の方針をと思ったのだが、思いのほか疲労がたまっていたようでそれを指摘することができなかった。実をいうと隊長自身も休みたかったのだ。

「助かります。お言葉に甘えて少しここで休ませてもらいます」

「好きなだけ休んでください。ここ、迷いやすいですから」

 主人の好意が心底嬉しかった。隊長も腰を下ろした。

「ご主人はここにもう長く住まわれているので?」

「はい。生まれてからずっと」

 安心したのか、主人と世間話ができるまで精神が回復したようだ。

「あ、そうだ。皆さん申し訳ないのですが、探して欲しいものがあるんですよ」

 世間話を始めて数十分経ったくらいだろうか。主人がこんなことを言い出した。

「ん? 探し物っすか? いいっすよ!」

 休ませてもらった好意を返すべく、後輩が笑顔で答える。他の隊員も同様だった。

「んで、何を探せばいいっすか?」

 後に、この隊員は今回の出来事をこう振り返った。何故、自分はあの時あんな言葉をなげたのだろうか、と。

「それはですね」

 そういって主人は彼らに振り向いた。

「私を顔を探して欲しいのですよ」

 主人の顔を見た一行はみるみると血の気が引いた。

 『顔』がなかった。主人には、目とか、鼻、口がなかった。一体どうやって彼らと会話していたのか。そんなことはどうでもいい。主人は立ち上がり、右手を振り上げた。そこには、鋭利な包丁が握られていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!」

 疲れなどすっかり吹っ飛んだ、というか忘れた。恐怖が一気に支配して一行は我を忘れて小屋を飛び出した。

「なんなんすか! 今日なんなんすか!!」

「知るかんなもん! くそぉ『あるぴに』のバカ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 『あるぴに』への怒りをぶちまけながら逃げる。全力で命の限り逃げる。後ろからは「顔を寄越せぇ」と包丁を振り回しながらぼろ小屋の主人が追いかけてくる。隊長を含め、今日という日ほど『あるぴに』を恨んだことはない。彼のせいで何故自分達がこんな田舎まで来て怪異に会わねばならぬのか。

 その時、隊長が何かに躓いた。

「え? ちょっ!?」

 それに続くように部下は巻き込まれコケてしまった。そしてそのまま滑るように茂みを抜けた。

「んお!? 何してんだお前ら?」

 そして、そこには『あるぴに』がいた。何も知らぬ彼がきょとんとしている。

 一行の何かが音を立ててブチ切れた。

「それはこっちのセリフだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「いや、すまんすまん。すっかり忘れてたわ」

「テメェこの野郎!」

「先輩ストップすとーっぷ!!!」

 襲い掛かりそうになる隊長必死に羽交い絞めする隊員。その中で別の隊員が『あるぴに』自分達が来たわけとにここにいた理由を聞く。

「いやな。俺の先祖が昔東照宮様の家臣でな。毎年この時期にお礼参りというか墓参りに来てるんだよ。今回も時期だったからきたんだが、いやーほんとすまん。任務と被ってたのすっかり忘れてた」

 頭を下げて謝る『あるぴに』。

 だが、ある一言が隊長達を凍り付かせた。

「けどよ。噂の調査ってなんだ?」

 それを聞いた隊長が答える。

「え? いや、ここには笑いながら人を斬る女とか人を惑わす妖がいるとか一度入ると二度と出てこれないとかって・・・・・知らないですか?」

「いや聞いたことねぇし、そもそもここ明るかったじゃねぇか」

 それを聞いた隊員が全力で否定する。

「いやいやいやめっちゃ暗かったしどこもかしこも同じ風景だし不気味な笑い声を発する刀引きずる女に追われたしぼろ小屋にいたのっぺぼうに俺ら襲われたんですよ!?」

 隊員たちの口から発せられるこれまで遭遇したことを聞き終えてから、『あるぴに』は首を傾げて、こう言った。

「は? 何言ってんだお前ら。道はここまで分岐もねぇ一本道だし第一ここにはそんなぼろ小屋なんて一つもねぇぞ?」

 刹那。皆が固まった。そして互いの顔を見つめた。

 数秒後、この聖地に大絶叫が木霊した。


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