バタフライ   作:非食用塩

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第十話 暗がりに潜むもの

 休暇が終わりハーマイオニーが学校に戻ってきたので『みぞの鏡』のことを話すと、信じられないという顔をされた。

「三頭犬の次は危険な術具(タリスマン)? 校長は学校をなんだと思ってるのかしら」

「それな」

 あれが貴重なものなのはわかる。だけど、まだ魔術師(ウィザード)としても人間としてもペーペーの子供が半数を占める学校に置く必要があるのか。大体、賢者の石だってそうだ。スネイプ教授とクィレル教授が黒魔術師(ダークウィザード)だったとして「石を出せ」と暴れられたら生徒に死人が出るかもしれないのに、えらく暢気に構えている。

 つい先日のハリーが箒から振り落とされそうになった事件だって、もしハーマイオニーが気づいて行動してくれなければどうするつもりだったのか。

 ハリーがまたクィディッチの練習に追われている。次の試合はスネイプ教授が審判をするそうだ。

「審判なら下手なことはできないね」

「わかるもんか。誰よりも近づけるんだから、いつ呪いで撃ち落とされるかわかんないだろ」

 おおっと、そうくるか。

「でも、今まで割と注意深くやってきた人が、いきなり人目も憚らず呪いをぶちかますものかなぁ。その気があるなら箒を呪った時点でもっと派手にやってるんじゃない?」

 それにハリーが箒の名手だと知っていたら、あんな方法を取るのは悪手でしかない。殺す気なら確実に殺せる魔法がいくらもあるのに、わざわざ助かりそうな魔法を使うなんて。

 ジャムサンド・ビスケットを齧って息をつく。

 あの呪いがが本当は物凄く凶悪なものであったとしても強力な魔法には()()()()()反対呪文が存在するので、ハリーが振り落とされずに済んだのは誰かが呪いの威力を下げる魔法を使っていたから、ということも充分にあり得る。

 これは先生のどっちがどうよりも、呪文を唱えていた人が二人いたことの方が重要だ。二人がかりで呪いをかけていたのだとすれば目的を完遂できないのはおかしい。途中であたしたちに止められたとはいえど、充分に時間はあったのだから。

 一連の状況からして、先生のどちらかが呪いを軽減していたと考えた方が違和感がない。

「次の試合はハッフルパフとなの?」

 びっくりするあたしにハリーが頷いた。

「そっかぁ。じゃあ、どっちも応援しないとね」

 グリフィンドールにはハリー、ハッフルパフにはセドリック。どっちが勝ってもおめでとうだ。

「なぁんだ。アレンは僕だけを応援してくれるのかと思ったのに」

 頭の上から声が降ってきた。真上を向いたあたしを馴染みの美少年が見下ろした。

「おはよう、セドリック」

「おはよう、アレン」

 にっこりしたセドリックが隣の空いた席に腰かけた。

「ハリーも出るのに、セドリックだけ応援するんじゃ片手落ちだよ」

 あたしはどっちが勝っても嬉しい。『どっちの味方』じゃなくて『どっちも味方』だ。セドリックは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした。

「君ってほんと面白いね」

 面白い、とは。

「堂々と敵のスパイしにきてんじゃねえよ」

「俺らの後輩を誑かそうとはいい度胸だな」

 むっとした顔で立ち上がったフレッドとジョージがセドリックに噛みつく。

「スパイのつもりはないよ」

 飄々と答えるセドリックを見てジョージがイラっとした顔をした。

「アレンにちょっかい出してるのは認めるのかい」

「それは君がどうこう言うことなのかな?」

「アレンは俺の後輩だ」

「友人とそれほど差のない関係だね。身内ですらないし」

 君たちは何ゆえに喧嘩腰なのでしょうか。バチバチと火花を飛ばし合う二人に、どう声をかけたものか悩む。

「試合開始早々ピッチの染みにされたくなければ口を慎んだ方がいいんじゃないか、ディゴリー」

「君こそ気を抜いてブラッジャーを打ち損ねないように気をつけるべきだよ、ウィーズリー」

 勢いよくテーブルを叩いたあたしをセドリックとジョージが見た。

「勝負は試合でつけなさい! 負けず嫌いもほどほどに!」

「あー、ごめん」

 ジョージがようやく表情を崩し、

「そうだね。正々堂々と勝負しないとダメだよね」

と、セドリックが微笑んだ。

 

 放課後、談話室で本を読んでいたら変な音と悲鳴が聞こえた。談話室の入口に両足がくっついたネビルがいる。

「どうしたの?」

 うつぶせに倒れている側に駆け寄った。足が固まっているだけで怪我はしていないようだ。

 ネビルはぐずぐず泣きながら年上のスリザリン生に『足縛りの呪い』をかけられたと訴えてくる。スリザリンは気位の高い貴族階級が目立つけれど、性質が悪いのは貴族よりも下層階級だ。あいつらまったく躾がなってないんだもの。

 ネビルのふくらはぎに手をかざしてみる。もやもやした魔力の気配があった。

「Solvere」

 ネビルの足の上で杖をナイフのように振る。

「解けた?」

「うん」

 ネビルがしんどそうに立ち上がってお礼を言った。

「今のは固定された術式を(ほど)く呪文ね。簡単だから覚えておくといいよ」

『Finito Incantatem』を使えたら手っ取り早くていいのだけど、あたしは授業で使う以外にはできるだけ魔力の消費を抑える必要がある。今使ったのは、少量の魔力で術式の一番弱い箇所を切って編み上げた呪文を無効にする魔法だ。

 ネビルはうつむいて首を振った。

「僕は君みたいに上手くできないよ」

「やらないうちに諦めるの?」

 びくり、とネビルの肩が震えた。

「できないって言い続けてるだけでいいの?」

 どんなに頑張ってもできないことは誰にでもある。それはもうどうしようもないので誰かの助けを借りる他ない。

 だけど、何もしないうちから諦めたら本当にできないままだ。

「ネビルはあたしよりもずーっとたくさん魔力があるのに」

 魔力があれば魔法が使えないなんてことはまずない。魔力がなければホグワーツに入学すらできないのだから。

 ネビルは振り払うようにかぶりを振って男子寮に戻っていった。

 翌日の防衛術で人狼に噛まれた時の対処について習った。これはもう噛まれないようにするのが最重要かつ最優先だ、うん。

 授業中、クィレル教授は一度もあたしの方を見なかった。後ろ暗いことがありますと白状しているも同然の振る舞いだ。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 試合が近くなると、ハリー以外の選手にだんだん落ち着きがなくなってきた。

 アバフローケーキをもぐもぐしているあたしにロンが言った。

「これまで七年連続でスリザリンに優勝杯取られてるんだよ! 悔しいだろ?!」

「別に」

「即答?!」

 優勝杯は誰かがひとりで頑張ればなんとかなるものでもないので、地道に授業で点を稼ぐのみだ。

「あたしは自分が満足できればいい」

「自由か」

 翌日の午後、意気揚々とピッチに向かうハリーと、死んだ目をしたグリフィンドールの選手を見送って観客席のいちばん前の席に座る。

「あっ、校長先生が来てるよ!」

 ハーマイオニーの向こうでネビルが向かいの観客席を指さした。

 流石に前回の件で責任を感じたのか?

 いや、そうとも限らない。気紛れか、ちょっと牽制かけておくか、くらいの軽い気持ちかもしれない。

 試合開始のホイッスルが鋭く鳴ったので立ち上がって叫ぶ。

「どっちも頑張れー!」

 ハリーとセドリックがひらりと手を振って上空へ飛んでいった。

 目をこらして姿を追うと、上空に向かったはずの金と紅の稲妻が落ちてきた。ほんの少し遅れて黄色と黒の風が追いかけてくる。

 ふたりはスネイプ教授の側をギリギリでかすめ、地面より数メートル前でハリーがなにか掴んだようだった。どちらも地面にぶつかることなく方向転換したのを見てほっとしたのも束の間、ハリーがぐっと拳を上に突き上げる。

「スニッチを獲った!!」

 ハーマイオニーが叫ぶと同時に観客席がわっと沸いた。一拍遅れて事態を理解する。

 みんなが祝賀会をやろうと盛り上がっている。あたしは少し離れてのんびりと校庭を歩いた。赤く光る夕日が綺麗なので、沈むまで見ていたい気分だった。

 後で参加するようにと言って城に戻るフレッドとジョージに手を振って、湖を臨む場所へ足を向ける。 

 ふと誰かの気配を感じた。悪い気配じゃない。まるで優しく見守られているような雰囲気に戸惑って周りを見ても人影はなかった。

 気のせいかな。

「アレン!」

 呼ばれて振り返る。城の玄関からセドリックが手を振っていた。

「そんな所で何してるんだい?」

 西の空を指して答えた。

「夕日を見てる」

 セドリックは傍まで来て空を見上げると感嘆の声を漏らした。

「今日の夕日はとびきり綺麗だね」

「でしょ。これは見ないともったいないなって」

 ホグワーツは他に高い建物がなく空気が澄んでいるので、とても見晴らしがいい。プリベット通りでは見られない素晴らしい星空だって拝める。ここに来るまで、満天の星空はプラネタリウムでしか見たことがなかった。

 夕陽を見つめてセドリックが言った。

「あれどけ大見得切ったくせに負けちゃうなんて、僕ってほんとかっこ悪いよね」

 軽い口調なのに声が震えているのに気づいて危うく振り返りそうになったけれど、男はかっこつけたいものだ、とハリーが言っていたのを思い出して踏み留まる。セドリックもハリーに劣らぬ負けず嫌いのようなので、そこには触れない方がいいかもしれない。

「試合は次もあるんでしょ? だったらまたこの次に頑張ればいいんじゃないかな。今回負けたから応援しないなんてケチなこと、言わないからさ」

 頷いたセドリックが袖で顔を拭っているのが目の端で見えたのを、素知らぬ顔で見なかったことにした。

 冬の太陽が山間の彼方に沈んでいく。もうすぐそこまで夜が迫っていた。

 

 祝賀会が終わり、みんなが部屋に引き上げ始めた。あたしはひとりソファに座って談話室が静かになるのを待つ。

 今日の試合では何も起きなかった。それが早期に決着がついたからなのか、ダンブルドアの目をかい潜れないと思ったからなのか。ともあれ誰も呪いを被らずに済んだのはよかった。

「アレン」

「やあ、ハリー。お疲れさま」

 軽く手を上げて応える。ハリーは向かいのソファに腰かけた。

「学期前からのことを考えてみたんだ」

 ハリーが呼び戻されたのは英雄としてヴォルデモートと戦わせることが目的で間違いない。ハリーは目を伏せて言った。

「たぶんヴォルデモートは僕がこっちに戻るとわかってたんだ。ダンブルドアが僕を呼び戻して彼と戦わせると予測したから、賢者の石を狙ったんじゃないかな」

「んん? それだとヴォルデモートはダンブルドアの手の上で踊りまくってない?」

「そこは僕も変な気がしたんだけどさ、彼の勝ち目は、現状だと賢者の石を手に入れて復活する以外にないのかも。そうでなきゃ、わざわざ危険を冒してまで手下に石を盗ませようなんて考えないでしょ」

 ハリーは少し自信なさげな声で言って頬杖をつく。

「実は、クリスマスに『みぞの鏡』を見つけた時、スネイプ教授とクィレル教授を見かけたんだよね」

「え?」

 思わず身を乗り出しすと、きろりと眼鏡越しのエメラルドが見た。

「スネイプ教授がクィレル教授に『どちらの側につくのかはっきり決めておけ』って言ってた。ねえ、アレンはどう思う? どっちがどっちだろう?」

「それは……」

 断言できない。ただ、あたしに対しては二人ともいい先生だ。たとえ裏で何をしていたとしても。

「アレンは中立の立場で物事を見ようとするよね」

「人は善悪だけで語れるほど単純じゃないから」

 あたしは自分が完璧になれないことを知っている。大人がいつも正しく振る舞えないことを知っている。人間にはいいところも悪いところもある。絶対的に正しい人なんていないし、絶対的に悪い人だっていないのだ。

「真相がどうあれ、あたしはハリーの味方だよ」

 ハリーは笑って「知ってる」と頷いた。

 その後は復活祭の休暇も潰す勢いで猛勉強した。あたしは決して頭がいい方じゃないので、ハーマイオニーが一緒に勉強してくれるのはすごく助かる。それに何だかんだ言いながらロンもかなり頑張っていたので、これまででいちばん平和に過ごした気がした。

 試験が終わった翌日の夕食時、ハリーがふとなにか思い立った様子で顔を上げた。

「ハグリッドに会ってくる」

 何しに?

 あたしだけじゃなく、ロンとハーマイオニーも首を傾げている。

「あれを守ってるのは三頭犬だけじゃない。僕なら『鏡』を何かに使うとしても、そこまでに何か足止めできるものを用意するよ」

「『グーニーズ』でも財宝の前にトラップを仕掛けるもんね」

 誰それ? と尋ねるロンをスルーしてハリーは続けた。

「『あれ』は無人の洞窟じゃなく学校で現在進行形で守られてるから、泥棒がトラップを解くのに時間がかかればかかるほど守る側には有利に働くんだ」

「侵入したことがわかる仕掛けがあれば、より効果的ね」

 ハーマイオニーが頷いた。

「それは複数の先生に協力してもらえばいいんじゃないかしら。私が校長なら、簡単には破れないあくどいトラップを先生方にたんまりお願いするわ」

「だよね。僕でもそうする。で、そのトラップの中でも三頭犬は入口を守るだけあってかなり難関なはずなんだけど、ひとの手に負えない幻獣を四階の廊下までそう簡単に連れていけるものなのかな?」

「あれってハグリッドの飼い犬だよ!」

 ロンが勢いよく立ち上がった。

「あの口の軽いハグリッドから犬の扱いを聞き出すなんて簡単じゃないか」

 ハリーがさらに問いかけた。

「じゃあさ、ここ数週間、何も起きなかったのはどうしてだろう?」

「ハグリッドの口を割らせるための準備期間!」

 日付が変わる頃、あたしたちは人目を忍んでハグリッドの小屋に向かった。ハグリッドは最初こそ巨体で何か隠そうとしたものの、折れて渋々あたしたちを小屋の中に通した。

 ひと抱えもある卵を鍋から出してテーブルの上に置く。

 ぱきぱき音を立てて割れた卵から孵化したのは、両腕に羽を持つドラゴンの幼生だった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 早足で歩くドラコに追いついて笑いかける。

「言いそびれてたけど、すぐマクゴナガル教授に言ってくれて助かったよ。ありがとう」

 ドラコは変な顔をしてあたしを見た。

「どうして君に礼を言われなくちゃならないんだ」

「あたしたちが話す手間が省けたからさ。ドラゴンの飼育は法律違反なんでしょ?」

 ロン曰く、一七〇九年に制定されたワーロック法で民間人によるドラゴンの飼育は違法になったんだそうだ。見た目がどんなに可愛くても凶暴なのには変わりない。そんな危険生物を学校の敷地内で飼育しようとするハグリッドの思考回路が謎だけど、追求しだすと終わりが見えないので横に置いておくことにする。

「よく知ってるじゃないか。そんなことも知らない野蛮人を学校で雇うのか気が知れないね。さっさと人事を雇うなり、校長を挿げ替えるなりすればいいのに」

「それには同意せざるを得ないわ」

 ダンブルドアは頭がいかれてるとしか思えない。もちろん、悪い意味で。

 ハリーを矢面に立たせるとしたって、学校で教えていることは初歩の初歩だ。

 子供を英雄に仕立て上げたければ幼いうちから手許に置いて鍛え上げればいいのに。大した魔法も使えないレベル1かそこらで魔王と戦わせたらどうなるかもわからないらしい。

 したたかな性格だけで魔王が倒せるなら、最初から勇者なんか必要ないっての。

 小屋の前で罰則の内容を聞いた全員揃って声を上げた。

「「「「「はあ?」」」」」

 禁じられた森での探索や作業自体はいい。管理者や教師が許可して同行することが前提だし、今回もハグリッドがついてくる。問題は探索の内容だ。

「この罰則を決めたのは誰なの? 怪我した一角獣を保護するだけならまだしも、危害を加えた犯人は捕まってないんでしょう? ハグリッドがついて行かないグループが犯人に遭遇したら危険じゃないの!!」

 怒り心頭のハーマイオニーがキリキリ問い詰めにかかる。ハグリッドは頭を抱えて唸った。

「ダンブルドアの指示だ! 俺に言わんでくれ!」

 この時、居合わせた生徒全員の気持ちがひとつになったと思う。

 ダンブルドアはやばい。ハリーに功績を与えるためなら生徒に死者が出ても平気なサイコパスなんだ、と。

 ハーマイオニーとロンはハグリッドと、あたしとハリーとドラコはビビリだという大型犬のファングと一緒に森に入った。

「どうして犯人は一角獣を襲いまくってるのかな? 彼らって、かなり凶暴だよね?」

 小動物を殺傷するのとはわけが違う。俊敏で警戒心の強い大型の奇蹄目を襲ったとして、即死させられず下手に手傷なんか負わせようものなら逆襲される可能性が高い。いくらヒト科の中でも頑丈とされる魔術師だって彼らの蹴りを食らえばただでは済まないはずだ。

「聞いた話だが」

 ドラコが前方に目を凝らしながら言った。

「一角獣の血には命を長らえさせる力があるらしい」

 痛いくらい心臓が跳ねた。

「それを得たとしても代償があまりに大きすぎる。一角獣は聖なる生きもの。……だから、殺してその血をひと口でも飲めば呪われ、生きながら死ぬことになる」

 命を長らえる必要がある者。心当たりはひとりしかいない。

 今まで危害を加えられたと判明している一角獣は三頭。二頭は軽傷で一頭は重傷で命に別状はなし。今のところは。

「アレン」

 腕を掴まれて振り返ると、ハリーがきつい眼差しであたしを見た。

「ひとりで行動しない。迷子になったらどうするの」

 無意識に単独行動しようとしていたらしい。犯人の目星がついていたとしても、夜の森で一人別行動をとるなんて死にに行くようなものなので素直に頷いて返す。

 だけど、悠長にしてはいられない。

「犯人が間違いを起こす前に止めなきゃ」

 どっちでも、どっちもでも、ヴォルデモート本人でも止める。効果はどうあれ呪われて生きていくなんて辛いことになるべきじゃない。

「ちょっと待て。いつから犯人を助ける話になったんだ?」

 ドラコが怪訝な顔をした。

「……君たち、まさか犯人を知ってるのか?」

「知ってるっていうか」

「おおよその目星はついてる」

 ドラコが何が言おうとしてハッとした。何か聞こえる。二人して周囲を見回した。

「動物の鳴き声みたいなのが聞こえないか?」

「聞こえるね」

「行こう」

 小道を抜けて藪をくぐり、ひらけた平地に出る。踏み出した足が、べちゃりとしたものを踏みつけた。

 足下に水銀に似た色合いの液体が飛び散っていた。見たこともないのに一角獣の血だとすぐ理解できる。森に落ちているにはあまりに異質なそれ。

「うぁ」

 ハリーが呻いて額を押さえた。

「おい、どうしたハロルド」

 ドラコがハリーの様子を窺ってくれているので、あたしは銀色の血溜まりの先を見た。一角獣はまだ生きていて、その上にのしかかるようにして黒い影がある。

 この場にいない者の声が聞こえた。

 そいつが唆している。

 笑いそうな膝を励まして、あたしは一歩前に踏み出した。

「先生、」

 もう一歩。

「先生、飲んじゃダメです」

 どっちが誰とか何者かとか、そんな下らないことにかまけている余裕はない。あたしの目の前で禁忌を犯そうとしている人を止められるなら、それだけでいい。

 影がすっくと立ちあがる。渦巻いていた疑念が確信に変わった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 森を出て頭痛が落ち着いたハリーから、それはもうカンカンに怒られた。

「どうして無茶をするの」

 確信を持って呼びかけた直後、ハリーの姿を捉えた影に襲いかかられ、あたしがハリーと影の間に立ち塞がったのでドラコは相当慌てたらしい。そこへ更なる影が飛び込んできた。

 森に住むケンタウルスだ。

 影はケンタウルスの突撃から逃れて、箒もなしにどこかへ飛び去っていった。

「君も魔術師なら杖くらい構えろ」

 ドラコにまで叱られている。

 あたしはどっちにも怪我してほしくなかっただけなのに。

 使える魔法に大した威力はないけれど、それでも本気を出せば怪我をしない訳じゃない。

 それにハリーとドラコは焦っていたから気づいてないようだけど、あの場には姿のない──あの人に寄生しているやつがいた。でなければ「血を飲め」と言う甲高い声が聞こえたことの説明がつかない。

 十年前のあの日、あいつの体が使い物にならなくなっていたのだとしたら。あいつがあの人を唆して、新しい体を手に入れようとしているのだとしたら。

 ハグリッドの小屋に戻ってきて自分の手がひどく震えているのに気づいた。無我夢中でも怖いのには変わりなかったらしい。

「どうしたらいいんだろう」

 甘い紅茶を出されても全く気が休まらない。

「何かわかったのなら話して」

 あたしのつぶやきをハーマイオニーが耳聡く拾った。

「犯人がわかった」

「え?」

 ノーバートがルーマニアに連れていかれた悲しみですすり泣くハグリッドを確認してから、ハーマイオニーの耳元で囁く。

「あれはクィレル教授だよ」

 驚いて僅かに身を引いたハーマイオニーも声を潜めた。

「どうしてそんなことがわかるの?」

「身長」

「え?」

「この学校でクィレル教授より背が高いの、ハグリッドしかいないんだ」

 初対面の時にも思った。クィレル教授は飛び抜けて背が高い。

 少なくともあたしには優しくしてくれているから、ハリーを殺そうとしたり石を盗もうとしたりする理由が全くわからなくて本気で疑いきれなかった。だけど、さっきのではっきりした。

「先生はヴォルデモートに体を乗っ取られかけてるかもしれない」

 ハーマイオニーが青ざめて、あたしとロンの腕を取った。

「戻りましょう」

「ねえ、ハグリッド」

 唐突にハリーが声を上げた。

「なんだ?」

「ドラゴンの卵を手に入れた時の話をしてよ。僕たちも知る権利があると思うんだ。なんせ、今回の罰則はハグリッドの巻き添えを食ったようなものだしね」

 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべているが、その口調は有無を言わさぬものだ。ハグリッドは「あー」とか「うー」とか呻いていたけれど、じき観念したように話し始めた。

 曰く、ホグズミードのパブでフードをかぶったままの怪しい人物にたっぷり酒を飲まされた挙句、より凶暴なドラゴンを育ててみたいことから、もふもふちゃんの手なづけ方まで詳しく話してしまったと。

 ハリーは聞き出すだけ聞き出すと、引き留めるハグリッドをスルーして小屋を出た。

「ダンブルドアに話した方がいいよこれ」

 早足で歩きながらロンが提案した。

「無理ね」

 ハーマイオニーがかぶりを振る。

「今までもそうだけど、校長は何もしないわよ。ハリーに解決させたいんだもの」

「そうなんだよねえ」

 ハリーがため息をついた。

「どうあっても僕が英雄として動かなきゃいけないように仕組まれてるからね。でも、ここでクィレル教授を見捨てるのは寝覚めが悪い」

 今ならまだ間に合うかもしれない。

「あの廊下に忍び込むならタイミングが大事だな。もし盗みに行くとして、どんな時が狙い目だろう?」

 ハリーがハーマイオニーに目を向けた。

「私なら校長がいない時にするわね」

 即答するのを聞いて笑う。いや、でも確かにそうか。

「でもさ、ハリーに解決させるなら学期中に対決させなきゃいけないんじゃない? ちょうど今試験が終わってみんな気が抜けてるし」

 一大イベントが終わって先生も生徒も気が緩み切っている。

「校長の所在をきいた方がいいかもしれないね」

 あたしたちは急いで駆け出した。

「マクゴナガル教授!」

 ドアを叩くと、何事かと言いたげな顔をしたマクゴナガル教授が部屋から出てきた。

「そんなに慌ててどうしました。罰則は終わったのですか?」

 ハーマイオニーが息込んで言った。

「はい、ついさっき! 校長先生が今どこにいらっしゃるかわかりますか?」

「校長ならつい数時間前に魔法省へ出かけられましたよ」

「いつお帰りになるでしょうか。学期末には間に合いますよね?」

 ハーマイオニーの問いかけをマクゴナガル教授はいい方に誤解したらしく、ほんの少し目許を緩めた。

「明日の午後には戻られますよ。さあ、寮へ戻ってお休みなさい」

「はい、ありがとうございました」

 あたしたちはマクゴナガル先生にきちんと一礼して、すぐに早足で歩き出す。

 決戦は今夜だ。

 四人で『不視(みえず)の外套』を被って寮を出ればいい。だけど、談話室までは大丈夫だろうという期待は見事に裏切られた。

「どこに行くの?」

 ソファにネビルが座っていたからだ。

 




細かい設定がないからかなり好きに書いた


インディ・ジョーンズよりグーニーズの方が私的にトラップみが強かったので変更
読み返したら時間的にありえないこと言ってたので、ハーマイオニーとマクゴナガル教授の台詞をおかしくない程度に訂正(2020/04/07)
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