大男は「よっこいしょ」と言いながら暢気に小屋へ侵入した。
「お茶でも淹れてくれんかな。ここまで来るのに随分苦労したんだ」
まるで顔馴染みのような気楽さで言う。図々しいのか、神経がサターンVの発射塔並みに太いのか。
ばこん、と景気のいい音を立てて大男はドアを枠に戻した。蝶番が壊れていることはまるっきり無視されている。
「少し空けろや、太っちょ」
遠慮のかけらもなくダドリーを横に追いやって、大男は図々しくソファに腰を下ろした。ソファの脚が悲鳴を上げても気にしていない。ダドリーをデブ呼ばわりした大男の方が横に大きい事実は手も届かないほど高い棚の上に放り投げられたままだ。
ソファの背もたれの後ろに隠れているあたしたちに気づいていないので、とっとと用件を済ませて帰ってくれればいいと思った矢先。
「ん?」
うげっ。
「ハリーじゃねえか! いやぁ、元気そうでなによりだ!」
大男が喜色満面で言う。こっちがヒヤヒヤしているのにはおかまいなしだ。距離を取ろうとしたあたしの横でハリーが立ち上がって眉をひそめた。
「どちらさまですか? 知らない人に『ハリー』なんて馴れ馴れしく呼ばれる覚えはないんですが」
どこの誰とも知れない怪しい男に愛称で呼ばれたのでカチンときたらしい。あたしは落ち着けと言う代わりにハリーの右手を握る。こんなのが暴れたら小屋が木っ端微塵になるってば。
大男はきょとんとした。それから「ああ」と手を打つ。
「そうだった。おまえさんに会ったのは、まだこーんなちっちぇー頃だからな。覚えてなくて当然だな。いやー、すまんすまん」
軽い調子で大男が謝る。
「だったら、アレンのことも知ってるんじゃないの?」
刺すような視線を向けるハリーに、大男は顔の大きさに似合わない小さな目を瞬いた。
「アレン?」
心当たりがないのか、しきりに首をひねっている。
「僕の片割れだよ」
大男はハッとして小屋の中を見回した。
「トリーか! どこにおるんだ?」
誰だよ、と不愉快そうにハリーが呟いた。
「トリーってのは、アルトリアのことだ。俺らはそう呼んでたんだ」
「俺らって?」
「おまえさんらの両親と、その仲間だ」
アルトリアの間を取って『トリー』。エリザベスが『リジー』になるのと同じか。一人納得しているあたしの背後で伯父が金切り声を上げた。
「今すぐ引き取り給え! この不法侵入者!」
「うるせえ、ダーズリー。バカ面晒してんじゃねえぞ!」
そう言い返した大男は伯父の手からライフルを取り上げて、ぐにゃっと曲げた。なんという怪力。人間(?)があの太さの金属を飴細工よろしくひん曲げるとは。
惨劇を避けるために慌てて立ち上がったあたしが名乗ると、大男はそうかそうかと頷いた。
「ハリーは父ちゃんそっくりに育ったなあ。でも、目は母ちゃんとおんなじだ」
懐かしいのか、大男はハリーに光を見るように細めた目を向けた。その様子で気づく。
「誕生日おめでとう、ハリー」
彼の用がある相手はあたしたちじゃなくてハリーだ。
「今日が誕生日なのは僕だけじゃないよ。ねえ、あなた本当に両親の知り合いなの?」
イライラを隠そうともしないハリーに、大男がビクッとした。そしてひどく卑屈な態度でご機嫌伺いをするように言う。
「す、すまん。トリーもおめでとう」
「どうも」
知らない人に祝われたいとは少しも思わなかったけど、突っぱねるのも面倒なのでそう返しておく。
大男はコートの内ポケットからひしゃげた箱を取り出して言った。
「もしかすると俺がどこかで尻に敷いちまったかもしれんが、味は変わらんはずだ。ほれ、受け取れ」
ぐいぐい押しつけられた箱を受け取る前に、ハリーがそれをさっと取り上げた。何が入っているのかわからないのに不用意に触るな、と言いたいらしい。あたしたちは目線を交わし合い、ハリーが慎重過ぎるくらい慎重に箱を開ける。
中に鎮座ましましていたのは、ダドリーが毎年の誕生日に食べているよりもずっと大きなチョコレートケーキだった。上には緑の砂糖で書かれた『はりー たんじょびおめでと』というつたない文字がモリスダンスを躍っている。
またも目線が交わった。今すぐにでもケーキを床に叩きつけそうな顔をしているハリーに、食べものに罪はないと手で制する。
「ありがとう、誰かさん」
作り笑いをしてハリーが言った。
「それで、あなたはどこのどなたですか?」
「俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を任された番人だ」
だからどこだよ。
握手した手をかなりの勢いで振り回されているハリーをよそに首を傾げる。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
ハグリッドはどうやってか湿気った暖炉に火を入れ、なんのかんの言いながらお茶の準備を始めた。部屋の端まであたしの手を引いて移動したハリーが声をひそめて言う。
「どうやったら穏便に帰ってくれるかな」
「用が済んだら帰るんじゃない?」
ここまで追ってきたということは間違いなく手紙の件だろう。
「手紙は二人に来てるんだよ? あいつが本当に手紙の差出人なら、アレンにあんな態度を取るとは思えないんだけど」
「ハリーだけに手紙を寄越すわけにいかない事情でもあったのかも知れないね」
「それならますますあの態度は許せないな」
緑の目が淀む。プライマリ・スクールに入って間もなく、身の周りで奇妙なことが頻繁に起きていた時期にハリーはよくこんな目をしていた。まるで世界の全てを呪っているような、なんて言うと陳腐極まりないのだけど、他に例えられる適切な言葉が思いつかない。
不意にいい匂いが鼻を掠めた。ハグリッドが鼻歌をうたいながら暖炉でソーセージを焼いている。空腹には辛い誘惑におなかを抑えた。さっき食べた量では全く足りなかったダドリーがそわそわして伯父に叱られているのが気の毒になるほど、あたしも空腹だった。
「その太っちょは充分食っとるだろうが。ほれ、ハリー。……ひぇ、ト、トリーも、こっち来い」
ハリーに睨まれたハグリッドが慌ててあたしにも声をかけた。放置しているとはいえ、慣れない呼ばれ方は非常にむずがゆい。
それに空腹ではあるけれど、ソーセージを串ごと渡されても素直に齧る気になれなかった。
「これ、あたしたちだけで食べるの?」
ハグリッドが用意したソーセージは八本。ダドリーに分けたって困る量じゃない。
「嫌だな」
伯父と伯母は外聞に悪いのであたしたちが飢えて死ななければいいくらいに思っているが、ダドリーは違う。
先日、ダドリーの誕生日に出かけた動物園でも自分にだけアイスクリームを買わせないように画策したり、フルーツパフェを少し食べてから「やっぱりチョコがいい」と我が儘を言うふりをして、フルーツの方をあたしたちに譲ってくれた。お茶の時間に人数分のお茶請けがあるのだって、ダドリーが伯母に物申して改善を図ってくれたからなのだ。
「これダドリーにも分けていい?」
いつの間に切り替えたのか、ハリーがあどけない表情でハグリッドを見上げた。眼鏡越しにきらきらと二つのエメラルドが輝く。台詞も相俟って心優しい純真な少年さを際立たせた。
「いいよね?」
「……お、おう」
あざとさも武器のうち。
いつかそんなことを言っていた。
相手に譲歩させるためならハリーは自分の可愛さを最大限生かす。そして、その威力は絶大だ。大抵の大人がコロッと騙されているのを横で何度も見てきた。
「はい、ダドリー」
伯父さんにきつく睨まれても気づかない振りをして、ソーセージを差し出す。
「一緒に食べよ」
「いいのか?」
戸惑った顔で言うダドリーに、ハリーがにっこりした。
「どうぞ」
やっぱり空腹だったようで、がつがつとソーセージに齧りつくダドリーを見遣ったハリーの口許がほんの一瞬、無邪気とは無縁の笑みを浮かべるのを見た。
真意を正確に理解して頭を抱えたくなる。ハリーは親切を装ってダドリーを毒見役にしたのだ。まだハグリッドを信用してないからといえば聞こえはいいけど、いくらなんでもそれはひどくない?
視線に気づいたハリーは悪びれることなく微笑んで、
「冷めないうちに食べようよ」
と、まだ湯気の立つソーセージをあたしの手に持たせた。
ぐぬぬ。
一本目のソーセージをさっさと食べたハリーは、ありがたみのかけらもなく適当にケーキを切り分けて配った。
「それで、ホグワーツの人がなにしにここへ?」
再度聞いても地名にてんで覚えがない。
「ホグワーツを知らんのか?」
「知らない」
ケーキを頬張りながら首を振るハリーを見て顔を青ざめさせたハグリッドが凶暴そうな表情で伯父と伯母を睨んだが、すぐにハリーの方に向き直った。
「手紙を受け取ってないのはわかっとったがな、ホグワーツを知らんとは驚きだぞ。両親の話を聞いて不思議に思わんかったか?」
随分昔、一度だけ伯母に両親の話を聞かせてほしいと頼んだことがある。あたしはそれを今でも後悔している。
ひどい言葉で突き放す寸前に伯母が見せた顔が忘れられない。それでもなお話せと言えるやつの血は赤くないと断言しよう。抱えているものが今でも伯母を苛んでいるのだと、まだ小さかったあたしでも理解できたのだから。
黙り込むあたしたちに、ハグリッドが下手くそなウィンクをしてみせる。
「おまえ……さんたちは魔術師なんだ。ちゃーんと勉強すりゃ凄腕になるぞ」
「何かの間違いじゃないのそれ。生まれてこの方、魔法なんか使ったことないよ」
ねえ、と同意を求められて頷く。
ハリーのあれはどっちかというと超能力だ。
「黙れ! いい加減にしろ!」
伯父が叫んだ。
「それ以上言ってみろ! ただじゃ済まさんぞ!」
怒り狂う伯父の陰で、伯母が血の気の失せた顔で慄いている。
「なんだと? ダンブルドアの期待を裏切りやがったくせに! ただじゃ済まんのはおまえらの方だ!」
「頭のおかしいジジイのことなぞ知らん! 貴様らのせいで、うちがどれだけ迷惑を被ったと思っとる!」
「ダンブルドアを侮辱するな!」
ハグリッドが拳を振り上げるのを見て血の気が引いた。伯母さんが殺されるかもしれない。
「やめろ!」
今にも二人を食い殺そうとしているようにしか見えないハグリッドの背中によじ登って、ガツンと踵を後頭部に叩きつける。
「伯母さんから! 離れろ!」
二回、三回と繰り返してやっとハグリッドが我に返ったように身じろぎした。
「トリー? なんで怒ってんだ?」
四度目の踵落としを寸前で止めて息をつく。
「怒るに決まってるでしょうが! あんたみたいな怪力野郎が伯母さんを脅すなバカ!」
こいつがどういう環境に生まれ育ったか知らないが、プロの格闘家は武器を持っていなくてもその拳で人を殴れば問答無用で犯罪扱いになる。体そのものが凶器だからだ。こいつはさっきドアを吹っ飛ばしている。つまり、格闘家と同等かそれ以上ということだ。
ハグリッドの肩の上から様子を窺うと、伯母は今にも倒れそうな顔で震えていた。
◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇
ハグリッドがようやくここに来た目的を話し始めた。あたしたちの両親は
それはあまりに荒唐無稽だとハリーが言った。
「両親は交通事故で死んだって聞いたよ」
これがまた地雷だったようで、ハグリッドがぶち切れるのを火かき棒で脛を打って止める羽目になった。あたしはサーカスの動物使いじゃない。
それよりも伯父が途中で何度も話を遮ろうとするのを伯母が悲痛な顔で止めていて、こっちの胸が痛くなってきた。両親やホグワーツのことって、どうしても聞かなきゃいけないのだろうか。
「ハグリッド」
ハリーが首を傾げた。
「僕達は伯母さんの家で結構上手くやってるんだ。魔術師にならなくても生きていけるよ」
それを聞いたハグリッドは虚を突かれたように目を逸らして、それからおずおずと言った、
「すまねえ。そういうわけにはいかねえんだよ、ハリー。少なくとも『おまえさんには』戻ってもらわなきゃならんのだ」
「それって」
言いかけたあたしより大きな声を上げたのはハリーと、今まで黙って話を聞いていたダドリーだった。
「「はぁ?!」」
二人とも息がぴったりだ、とかいつものようにからかう余裕は存在しない。ダドリーがここまで怒りに震えて眦を上げるのを、あたしは今の今まで見たことがなかった。
「どういうつもりだ」
予想外の方向から攻撃されたからか、ハグリッドはぽかんとしてダドリーを見つめている。
「ハリーとアレンは二人きりの家族なんだぞ! 周りに継子だなんだっていじめられてもどうにかなってきたのはいつも二人一緒だったからだ! なのにハリーだけおまえらの所に来いとはどういう了見だ!!」
あたしやハリーとの喧嘩でもこんな剣幕になったことはない。ハグリッドに掴みかかるダドリーを宥める。
「待って待って、何か理由があるんだろうからまず話を聞こう?」
その横でハグリッドの手から落ちた手紙を拾い上げたハリーが宛名を確認しているのに気づいた。眼鏡越しのエメラルドを目蓋が隠したのはほんの数秒で、再度開かれた時には、もうなにかを心に決めたようだった。封筒を破る音がする。
「僕らが魔術師だとして、どうしてもあなたたちの所に行かなきゃいけない理由を聞かせてくれないかな。……何か、あるんでしょう?」
視界の端で伯母が泣き崩れる。
やっぱり。
伯母はハリーを嫌っているわけじゃなかったんだ。両親をわざと悪く言ったり、あたしたちに辛くあたったり。そんないろいろは両親、いや、母に対する思いからだったんだ。
何年も前に伯母がハリーを見て言ったことがある。
「あの子の目は母親と同じね」
ハリーに冷たくしきれない理由。あたしを好ましく思わない理由。
あたしとハリーは見た目が似ていない。どちらかといえば、あたしは伯母の方に似ていた。
母は伯母の妹だから似ていても変じゃないけれど、伯母はそれを嫌がった。母と同じ目をしたハリーと伯母に似たあたしの仲が良いのが気に障るのだと察したのもその時だった。
ハグリッドの説明を聞きながら、長く抱えていた疑問が解消されたことに息をつく。
伯母が頑なに隠していたこと。伯母は伯母なりにハリーを思って、魔術師の世界とは無縁のまま生きさせようとしていたのだ。ハリーが母のように殺されないために。
ハグリッド曰く、両親を殺したヴォルデモートとかいうテロリストをハリーが倒したという。でもどうやったのかはわからないそうだ。
交通事故で負ったと聞いていたハリーの額の傷はその時のもので、だから少し奇妙な形なんだとか。ハリーがこっちを見た。
「アレンの傷もそうなの?」
あたしの首には目立って大きな傷跡があるので、人に見られないようにいつも布を巻いている。既に身近な誰もが見慣れたそれがハリーの傷とは違うものだとどうしてか気づいていたので、ハグリッドの「違う」という返事にも驚きはない。
「アレンは落ちてきた屋根の木材で首を切ったんだ。死ぬかもしれんという傷だったが、止血魔法で生き長らえた。それが誰かの仕業かはわからんがな」
ハリーが呪いを受けた夜に何故かヴォルデモートとかいうのが消滅して、その置き土産であたしは怪我をしたのか。そして、それをハグリッドや他の人が来る前に知って駆けつけた何者かがいる。彼らの世界にあたしを助けてくれた恩人がいるのは間違いない。
探してお礼を言えたら、という気持ちはある。でも、声を殺して涙を流している伯母を放って出ていくのは、あまりに薄情じゃないだろうか。
考えている間にも連れ戻さない選択はないとばかりに、ハグリッドはハリーがどれだけ有名なのか、どれだけ素晴らしい功績を成したのか喋っている。何をしたかはともかく、これだけあからさまに期待されるとしんどそうだ。
その点、特に活躍していないあたしは戻る必要もない。行かなくてもいいなら残る、と口に出すよりも早くハリーが口を開いた。
「僕はアレンが行かないなら行かないよ。絶対行かないからね」
口は笑みの形を作っていても、目が全く笑ってなかった。こうなったハリーは梃子でも動かないのは経験で知っている。
「ねえ、これ逃げられないやつだよ? 嫌だって言っても聞いてもらえなくない?」
「聞かなくても言うよ。あっちが一度でもアレンを『要らない』って言ったんだ。それってひとのことバカにしてるよね?」
ハリーは感情が大きく揺れると必ず奇妙なことが起こるので、滅多なことで声を荒げない。今もそうだ。声がいつも通りでも怒っているのは明白だった。
「要らないとは言ってないぞ?!」
冷や汗をかきながらハグリッドが弁明するのを、ハリーは冷ややかにあしらう。
「言ったも同然だよ」
「しかし、おまえさんが戻ってくれないと」
ダドリーが怒ったのと同じく、ハリーもまたあたしを蔑ろにしたのを怒っている。ガベルを一打ちして
「知るか」
見た目や口調がおっとりしているから騙されるだけで、ハリーは温和でもなければ優しくもない。己と敵対する者に一切容赦はない。
「あんたは『たまたま』『運良く』生き残っただけの僕たちに何を求めてるのさ? 嫌がる伯母さん一家に世話を押しつけて十年も放置しておいて今さら帰ってこいって何? ていうか何様?」
「いや、だからその、これはダンブルドアがお決めになったことで」
「ダンブルドア? 何者なのそいつ」
「ホグワーツの校長だ」
「へえ。じゃあ、僕が入学しなければ面目丸潰れだね」
ハリーがそれはもう朗らかに笑った。
「僕らは予定通りストーンウォール校に行くよ。ね、アレン」
きゅっと両手を握られて答えに窮する。
ハリーとダドリーの気持ちを考えればハリーに一人で戻れとは言えないし、ハリーが行かないという道が残されていないのもハグリッドの態度で理解している。あたしに案内が届いていてもあたしは必要とされておらず、伯母の気持ちを考えれば余計行くとは言い難い。
「あのさ」
言葉を間違えないように頭を絞る。
「ハリーはお父さんやお母さんが行った学校に興味ないの?」
「ん? ないとは言ってないよ? 行かなきゃ死ぬものでもないってだけで」
いかにもな答えをありがとう。
「あっちでハリーが必要とされてるんじゃない?」
「ええー? 今さらノコノコ現れて『英雄様、どうぞお帰り下さい』なんてどの面下げて言ってんのって感じ。ダンブルドアとやらが何を画策したのかはともかく、それに乗ってやる義理なんてないよね」
ご都合主義に反吐が出るってことですね、わかります。
ハリーはちょっと困った顔をして首を傾げた。
「アレンは僕と離れたいの?」
「そんなわけないでしょ!」
即答して後悔する。
「ほらね。アレンも僕と離れたくないって」
笑顔でハリーが言ってのける。このままでは取りつく島もないと気づいたハグリッドが半泣きであたしに縋った。
「トリー、頼む! ハリーと一緒にホグワーツに行くと言ってくれ!」
だからトリーって呼ぶのはやめてってば。なんてツッコミは野暮か。
失言をかましたのはハグリッドだ。でも、きっかけはあたしの気持ちをハリーが的確に見抜いたこと。要するにあたしのせいで修羅場になったのだ。
ハリーは物心つく頃には他人の思惑を読める子だった。心を覗かれていると思う人も少なからずいたし、気持ち悪がられた時期もある。そんな中でも、とりわけあたしの心はいつも的確に見抜いた。
生まれる前からの付き合いだから仕方ない。それがこの状況を作っていたとしても、ハリーを責めるのは間違っている。
あたしが覚悟を決めるしかなかった。
「わかった。あたしもホグワーツに行くよ」
これでいいんだよね?
ああ、伯母に顔向けできないな。
母だけが魔術師に生まれて、きっと辛かったんだと思う。何より置いていかれるのが悲しかったに違いない。
自分の知らない世界に飛び込んでいく母を、この人はどんな顔で見送ったんだろう。
あたしだけでも彼らのいうマグルに生まれていれば、伯母も少しは救われたのかな。
「アレン」
ダドリーがあたしの肩を叩いた。
「母さんのことは俺が何とかしとくから、おまえは自分のことをちゃんとやれ」
言われて気づいた。
伯母はひとりじゃない。ダドリーも伯父もいる。あたしが側にいなくても支えてくれる人がいる。ハリーはあたしがいなかったら、あっちでひとりぼっちになってしまうのだ。
「うん」
心がすっと軽くなって息をついた。なんだかんだいっても、ほんの少しお兄ちゃんなだけはある。
「そうそう。アレンは僕のことで手いっぱいだからね」
すました顔でのたまうハリーに軽い肘鉄を食らわして笑った。ハリーもダドリーも笑った。
そんな温かなやり取りの横でハグリッドが大急ぎで手紙の返事をしたためているのは、見ないふりしておこう。
ハリーはダドリーを嫌ってはいないけれど、アレンほど大事でもない。
首の怪我に言及してる辺りをちょっと訂正(2020/04/07)