バタフライ   作:非食用塩

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第三話 ベリルガール

 

 

 目が覚めたら、もう日が昇った後だった。

 起き上がって思いっきり伸びをする。

「まだ寝てていいのに」

 ハリーが見たことのない小さな巾着を手に笑った。

「じゅうぶん寝たよ」

 そう答える端から大きな欠伸が出る。体のあちこちが強張っているのは、ハグリッドの重いコートにくるまって寝たからだ。

 コートには数え切れないほどたくさんポケットがあって、なんでもかんでも詰め込んであるようだ。その証拠に、コートを退けたあたしの手に可愛いヤマネが乗っかって黒い目をパチパチ瞬かせている。

「気をつけなきゃダメだよ。ハグリッドはケーキすら尻に敷く男だ。きみなんて気にかけずに踏んづけちゃうかもしれない」

 ハグリッドに踏ませるくらいなら野に放してやりたいが、生憎とここは絶海の孤島じみた岩場だ。小さなヤマネでも生きていくには厳しいのはわかる。当のヤマネはわかっているのかいないのか、しきりに顔を洗っていてとても可愛い。

 バサバサと大きい鳥の羽ばたく音が遠ざかる。あたしは二度目の欠伸をした。

「はい」

 キャップを外した水のボトルを顔の前に出される。

「ありがとう」

「持ってきてよかった」

 自分で思っていたより喉が渇いていたみたいで、一気に半分くらい飲んでしまった。昨夜は紅茶を少し飲んだだけだったし。……あれ?

「ねえ、岩場(ここ)に湧水なんかないよね?」

 あの紅茶の水はどこから現れたのか。

 血の気が失せたあたしを見て、ハリーはなんとも言い難い顔で首を傾げる。

「魔法じゃないの」

「へ?」

「僕らを迎えに来たハグリッドも魔術師(ウィザード)なんでしょ」

「水芸使って出したとでもいうのかよぉ」

 魔法でポンポン水を生み出すの? マジで? 制約もなしに?

「たぶんだけど物理法則を無視してるんじゃなくて、魔力を物質を変換してるとか、もっと簡単な方法を使ってるんじゃないかな」

「んん?」

「だからね、魔力──例えるなら電気でもいいけど、それで空気中の水分を集めてこう」

 ハリーは両手で空気を圧縮する真似をした。

「水になるのかなって」

「砂漠地帯だとできないねそれ」

「地下の水脈から引っ張ってくるのでもいいよ」

「それなら大抵の地球上でいけるかも」

 不意にソファの軋む音がしてハグリッドが起き上がった。

「何をコチャコチャ話してんだ?」

「「魔法で水を生み出す原理について」」

「原理? そんなもん気にするこたあねえよ」

 その返事に顔が引きつった。ハグリッドは魔術師なのに原理も知らずに魔法を使っていると?

「アレン、言いたいことはよーくわかるけどね。世の中の大半の人は『何で水道から水が出るんだろう?』なんてまず考えないでしょ? それと同じだよ」

 杖を振り振りシャランラーで水が出るのかそうか。

 あっちもこっちもヒトは深く物事を考えない生きものであることに大した違いはないらしい。それで生きていける便利さがあるんだ、と自分に言い聞かせる。

 物の原理がわからなくても水道や冷蔵庫が使えるのと同じ、同じ。よし。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 昨日のケーキの残りを朝ごはんの代わりに食べて食休みを終えると、ハグリッドが出かけると言いだした。

「出かけるってどこに」

「そりゃあ、学用品を仕入れに決まってる」

 鞄からメモ帳を出してページを一枚ちぎる。買いものに行って直接家に帰ると書きつけて、ダドリーの鞄の上に置いた。

「行こう、アレン」

 手を引かれるまま小屋の外に出て、ふと首を傾げる。

「ハグリッドはどうやってここに?」

「飛んできた」

「とっ、……そう」

 深く追及しても意味がなさそうだ。傘で船を叩いたら勝手に動くのも魔法だと割り切るしかない。それよりも伯母一家が帰れないと困るので、岸についてすぐ船を戻してもらった。

 近くの停車場からバスに揺られ、列車を乗り継ぎ、ロンドンくんだりまでやって来た。そこまではいいとして。

「ロンドンで買いもの?」

 ロンドンなんて数えるほどしか来たことはなくても、常識的に考えれば杖だの大鍋だのがここで買えるなんて思えない。

 半目になるあたしたちにハグリッドは肩をすくめて見せた。

「店を知ってりゃ買える。こっちだ、ついて来い」

 どんどん歩いて行くのを追いかけて少し。本屋とレコード屋の間に挟まれた薄汚いパブの前でハグリッドが立ち止まった。

 まさか闇の商人からでも買うとか言わないよね? そんなのいくらかかると──、あ。

「ちょっと待って!」

 図らずも大きな声が出た。

「お金! あたしたち、お金持ってない!」

 あまりに何も言われないのですっかり忘れていた。買いものをしたければ金銭は必須じゃないか。

 ハグリッドが円らな黒い目をパチパチさせて唸った。

「心配すんな。おまえさんたちの両親が、ちゃーんと残してくれてるからよ」

 ん?

「へえ、両親は僕たちに財産を残してくれてたんだ?」

 ハリーが冷ややかに言った。

「それ今まで誰がどうしてたの? 僕らの養育費をそこから出して、ちゃんと伯母さんに渡した?」

「そ、そういうことを俺にきくな!」

 同年代の中でも背の低いハリーと二メートルは下らないハグリッドの勝負は決着まで十秒。勝者はハリーだ。

「どうせ何もしてないんでしょ」

 ハリーはそう吐き捨ててドアに手をかけた。外観の薄汚いパブは、中も薄汚かった。もっと丁寧に掃除したらいいのに。

 店内を見回していたら奥からしゃがれ声がした。どうやらハグリッドに話しかけているみたいなのでスルー。と、急にしゃがれ声に黄色が乗った。

「な、なんと! あのハリー・ポッターさんか!」

 ハリーは本当に有名なんだな。

 面倒ごとの匂いを察知してさっさと距離を取れば、予想通りハリーがあっという間にたくさんの人に囲まれてもみくちゃになったので、適当に空いた椅子で騒ぎが収まるのを待つことにする。

 人気者は大変だなー(棒読み)。

「こ、こ、こんにちは」

 突然、後ろから物凄くどもった人に話しかけられて、店内にいた人はみんなハリーの方に行ったと思っていたあたしは飛び上がるほど驚いた。

「はい?」

 振り返ると、椅子に座っているのに見上げるほど背が高く痩せた神経質そうな若い男の人がぎこちない笑みを浮かべて、あたしにグラスを差し出した。

「──っき、君はハリー・ポッター君の、つ、連れなのでしょう? ま、まだ、し、し、暫く解放され、されないと思いますよ」

 グラスに水が入っている。待つならこれを飲んでいればどうかってことかな?

「ありがとうございます」

 なるべく愛想よくお礼を言った。でも、グラスを受け取ろうと手を出しただけなのに驚かれて、こっちまでびっくりする。

「大丈夫ですか?」

「だ、だ、大丈夫です!」

 親切だけど人見知りなの? あ、もしかして潔癖症かな?

 家の中の汚れをひとつも見逃さない伯母がチラッと頭をよぎる。

 親切な人はクィリナス・クィレルと名乗った。

「ホグワーツで先生をされてるんですか」

 こんなおっかなびっくりの人が教師をしていることに驚く。親切だし優しそうな人だけど、生徒を叱ったりできるのかな。

 なんて、そこはあたしが気にしても仕方ないか。

「あたし今度の九月に入学なので、また学校でお会いできますね」

 そう言ったら、クィレル教授はおどおどしながら、

「え、ええ」

と頷いて、伏し目がちにこっちを見た。

 サファイアのように硬く濃い青が白い頬を際立たせている。なんて綺麗な人だろうと思った。

「き、君の、な、な、名前はなんというのですか?」

「あたしはアルトリアです。アルトリア・ポッター」

「アルトリア」

 先生が震えた少し高い声で復唱した。そう呼ばれるのが久し振りでちょっと照れる。

「仰々しいでしょう? みんなにはアレンって呼ばれてるので、よかったら先生もそう呼んでくださいね」

 たははと笑ったあたしと目が合ったクィレル教授は、顔を赤くして目を逸らした。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇ 

 

 

 

 ハリーが解放されたのは時計の長針が半周した頃だった。

「疲れた」

 横に座ったハリーは、あたしの顔を見るなりグイグイとほっぺたを引っ張り回す。

「なーんで一人で逃げたのさぁ?」

「ひんはひょうははふのはハヒーははへはひ、ははひはほひゃはははーっへ」

「なに言ってんのかわかんない」

「ひひゃいひひゃい」

 そりゃあそれだけ人のほっぺたを引っぱっていれば、わかるものもわからないでしょうよ。

 呆れつつ好きにさせていたら、先生がおろおろと声をかけてきた。

「あ、あ、あの、お、女の子の顔に、そ、そ、そんなことしちゃいけません」

 ハリーは冷凍庫から出したメロン味の棒アイスよろしくキンキンに冷えた目で先生を見遣った。止めてくれるのはとても嬉しいけれど、ハリーは今すこぶるご機嫌斜めなんです。

「どちらさま?」

 震え上がるほど怯えているのを放置するのも憚られたので、ハリーの手を解いて説明した。

「ホグワーツのクィリナス・クィレル教授だよ。防衛術って教科を教えてるんだって」

「い、いえ、お、お、教えることに、なり、ました。い、い、以前は、マグル学を」

「そうなんですか」

 ハリーがよそ行きの笑みを浮かべた。

「はじめまして、ハロルド・ポッターです」

 愛想がよく物怖じしないし、多少ボロを着ていても英雄だと言われれば納得するほどのオーラをハリーは持っている。

 その出しどころもよく心得ていた。

「ど、ど、どうも」

 クィレル教授はひどく遠慮がちな様子で、差し出されたハリーの手を握り返す。その時、ハグリッドの呼ぶ声がした。

「呼ばれてるね。行こう、アレン」

「うん」

 椅子を下りて、クィレル教授を見上げた。

「これから学用品を買いに行ってきます。また学校で」

 ハリーを追いかけようとしたあたしは腕を掴まれて立ち止まる。

「先生?」

 どうかしたのかと振り返って見上げた。

 クィレル教授は何度も、口を開けたり閉じたりを繰り返す。吃音の様子からして、言葉を発するのが大変なのかもしれない。

 クィレル教授がとても深刻そうな顔で片手を口許に添えて身を屈めたので、あたしも背伸びして耳を寄せた。

「……気をつけて」

 それはどもりも震えもしていないけれど、小さく、躊躇いと戸惑いの混じる囁きで。

 気をつけるって何に? 迷子にならないように?

 あたしって注意力散漫そうに見えるのかな。でも、心配されて悪い気はしない。

「はい」

 魔術師の子供が通うのはどんな学校なのか本当は不安だったから、生徒(になる子供)を気にかけてくれる先生がいることにとてもほっとした。

 遅れて側に駆け寄ったあたしの手をハリーが握った。いつもより力がこもっている。緊張してる?

「アレン」

「なに」

「あの人と仲良くしないで」

「なんで?」

「上手く説明できない」

 珍しくハリーが乱暴に手を引いた。

「なんだろ、何か嫌な感じがした」

 曖昧すぎだよ。

 ハリーの表情を見ると、先生はあたしが迷子にならないか心配してくれただけだよとも言えなくて頷くだけに留めた。

 いきなり魔術師の英雄だなんて言われまくって少し混乱しているのかも。ハリーは元々目立つのを好まない子だし。

 この先も騒がれるのは目に見えているので、あたしはなるべくいつも通りにしていようと思った。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 ハグリッドが案内の最初に言った。

 グリンゴッツのゴブリンともめるべからず、と。

 だが、ちょっと待ってほしい。銀行員とわざわざもめようとしてもめる人がいるの?

 グリンゴッツは魔術師にとって唯一の銀行で、重要な金庫は物騒な呪いがかかっていたりドラゴンが守っていたりするらしい。そこにわざわざ強盗に入ろうなんてやつがいたら、それはもう頭がおかしいとしか思えないそうだ。

 狂気の沙汰だ。

 ハリーが魔法省について尋ねている。こっちにも役所があるって、それはないと困るな、うん。

 タンブルウィードの如く話題は転じていくうちにクィレル教授の話も出てきた。なんでもここ一年ほどどこかに修行に出ていて、森でヴァンパイアに遭遇したり、そいつに血を吸われた犠牲者(死人?)に追い回されたりと散々だったそうだ。そのせいで、元々神経質なのに今じゃ何にでも怯えるようになったんだとか。

 ふむふむ。

 別れ際に言ってたのはそういう? でも、あれじゃまるですぐ近くに何かいたみたいな。

──「みたい」じゃなくて、本当に「いた」としたら?

 思い至ってゾッとした。

 もしかして、ハリーが感じたのもそれ?

 来た道を振り返り、戻るべきか否かの答えは数秒で出た。

 あたしが行っても役に立たないから戻らない。

 クィレル教授は防衛術を教える人だ。ヴァンパイアから逃れてこれたのなら、魔法の「ま」も知らないあたしが戻って足手纏いになるよりも本職に任せた方が確実だろう。

 ぐいと手を引かれた。

「アレン」

「わかってる」

 グリンゴッツは白亜でできているかのように真っ白な建物だった。

 入口に立つゴブリンにお辞儀を返して青銅の扉を潜る。中にある銀の扉には文言が書いてあった。大雑把にいえば泥棒すんなよと。

 中はかなり広い大理石のホールで、カウンターの向こうに何人もいるゴブリンたちが仕事をしている。これはよそ見していたら迷子になりそうだ。

 ハグリッドがカウンターに向かうので追いかける。

 ポッター家の金庫に行きたいんだけど。鍵はあるかい。ええっと確かここに。

 そんなやり取りをしてから、ハグリッドはポケットをいくつも引っくり返した。はずみで骨の型のビスケットをばらまいたハグリッドを見てゴブリンがめちゃくちゃ嫌そうな顔をする。客じゃなきゃ追い出されても文句は言えない。

「あれすごいね。ルビーかな?」

 ハリーが指さした方を見ると、右側にいるゴブリンが大人の握りこぶしほどもある真っ赤な宝石を山のように積んで、ひとつずつ重さを測っていた。

「たぶん」

 ハグリッドが鍵を見つけたようだ。ゴブリンは金色の鍵を見て「承知いたしました」と言った。

「これはダンブルドアからだ」

 ハグリッドがゴブリンに手紙を渡す。

「七一三番金庫の例のものについて」

 手紙を確認したゴブリンが重々しく頷くと、急に空気が薄くなった気がした。

 案内はグリップフックというゴブリンがしてくれるそうなので、挨拶として軽く頭を下げたら変なものでも見るような目を向けられたんだけど。何故。

「七一三番金庫に何があるの?」

 ハグリッドを速足で追いかけるハリーが言う。

「それは言えん」

 極秘だなんだと思わせぶりな態度でハグリッドは詳細を避けたが、それは気にしてくれって言ってるのも同然だ。

 先に行ったグリップフックがドアを開けた先は暗い。通路を覗き込むと松明が照らしている。その向こうに線路があるんですがこれは。

 口笛の音がしたと思ったら、無人の小さなトロッコが勢いよく走ってきて止まった。これも魔法で動いているのかな。

 ハグリッドがひどく幅を取ったものの、どうにか乗り込んでトロッコが発車する。

「アレン、ねえ、大丈夫?」

 はっとして周りを見るとトロッコが止まっていた。いつの間に。

「発車した途端に、目を開けたまま気絶してたよ」

「マジか」

「マジだ」

 周りを見る余裕すらなかったとは。不覚。

 緑色の煙が足下に流れてくる。グリップフックがもう金庫を開けていた。

 両親はどのくらいの財産を残してくれたんだろう。おそるおそる中に入って、ぽかーんとした。山積みの金銀銅がザックザク。

 待って。これを全部両親が?

「すごいねえ。これ僕らのお金だって」

「あっちだとどのくらいの金額になるのかな」

「さあ?」

 レートが知りたい。

「金庫ってひとつだけだよね?」

 ハリーが声をかけると、トロッコで酔ったらしいハグリッドはよれよれしながら答えた。

「ああ」

「僕名義のだけだとアレンが困るから、きっちり半分に分けてもうひとつ金庫を作ってよ。アレン名義で」

 どんどん話を進めるハリーを手で制した。

「待って待って。大丈夫だよ、また一緒に来ればいいじゃん」

 ハリーはむっとして首を振った。

「ダメ。僕とアレンは分身でもなんでもない別の人間なんだからね。もしまかり間違って僕が鍵を持ったまま行方不明にでもなったらどうするの? 困るのはアレンだよ?」

「……わかった」

 それぞれのリュックにお金を詰めている横でハグリッドがお金の説明をした。

 ガリオン、シックル、クヌート。二十九クヌートで一シックル、十七シックルが一ガリオンだと。

 覚えにくいな。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 その後で二つ目の金庫に行ったはずなのに、再度ハリーに起こされた時にはトロッコの乗り場に戻っていた。

「なんで起こしてくれなかったの?」

「すぐに用が済んじゃったんだ」

 銀行を出る前に出したお金を一部換金しようという話になる。これまでも近所の手伝いで小遣い稼ぎはしているけれど、現金があって困ることはないはずだ。

 ハグリッドに少し時間をもらえるか尋ねたら、

「次に行く先を教える。俺ぁ『漏れ鍋』で気つけ薬もらってくるわ」

と青ざめた顔で言われた。酔うより気絶する方がマシだな、うん。

 仕立屋で多少の時間を取るとのことで、ひとまず店の名前をメモ帳に書きつけて、カウンターで出したお金を二割ほど換金した。

「今後もお金を下ろす時に二割は換えておこうね」

 ポケットにお金をしまいながらハリーが言う。

「そうだね。何があるかわからないし」

 パブでの狂乱を考えてもハリーを伯母一家に預ける必要がどこにあったのかわからない。静かに暮らせるようにという配慮だとしたら、伯母の家は不向きにすぎる。

 仕立屋の看板はすぐに見つかった。

 二人揃って入ると、ふっくらした顔立ちの、藤色の裾の長い服を着た女性がにっこりした。

「あなたたち、ホグワーツ?」

 頷くと衣類は全部ここで揃うと言われた。奥にも採寸中の子がいるというのでハリーを先に行かせる。

 先に採寸していた男の子は痩せているわけでもないのに尖った顎をしていて、肌がひどく青白い。日焼けしない体質なのか、極端にインドアなのか。顔立ちは決して悪くないのに、プラチナブロンドの髪をオールバックに整えているせいで生え際がわかりにくい。

 ぼそぼそと話し声が聞こえる。世界が少し遠い。眠りに落ちる瞬間に似た暗闇が視界を塞いだ。

 

 ぺちぺちと頬を叩かれる感覚に目を開けると、見たこともないほど甘いマスクの美少年があたしを心配そうに見下ろしていた。

「あ、気がついた」

「……へ?」

 混乱するあたしをよそに、視界に入る顔の数が二つ増える。

「よかったぁ」

 そう言って息をついたのがハリーで、

「いきなり倒れるなんてどうしたんだ? 大丈夫か?」

と眉間にぎゅっとしわを寄せているのが先に採寸していた子だ。

 で、あたしを抱っこしてる子は誰だろう。少し年上のようだけど。困っていると男の子が微笑んだ。

「気分はどう?」

「まあまあ」

 頭を振って体を起こす。

 ハリーともう一人の子は大きな布を引きずっていて、まだ採寸の最中らしいことがわかった。倒れて数分も経ってないらしい。

「顔が青いね。低血糖かもしれないよ」

「ていけっとう?」

 プラチナブロンドの子がたどたどしく復唱して首を傾げる。年上の子も困惑した顔でハリーを見た。

「ブドウ糖が足りなくて具合が悪くなること」

「ぶどうとう……?」

 グルコースとかグリコーゲンとか言ってもわからなさそうだ。

「甘いものを食べれば落ち着く症状なんだ。ねえ、きみたちこの辺りに詳しい? どこに甘いものを売ってるか知ってる?」

 少しふらふらするなぁ。何か食べた方がいいのは確かだ。

 プラチナブロンドの子がポケットから取り出したものをあたしに押しつける。見たら綺麗な銀紙に包まれたチョコレートだった。

「眺めてないで食べろ」

 横柄な態度はともかくいい子だな。

「ありがとう」

 包みを開いて口に放り込むと甘さがじんわりと体にしみた。

 先に採寸を済ませた子が「また学校で」と出て行って、あたしも採寸されることになった。

「あの、お願いがあるんですが」

 マダムに声をかけると、何かしらと声が返ってきた。

「シャツはスタンドカラーにしてもらえませんか」

「あら、どうして?」

 説明は面倒だけど話さないことには始まらない。

「首に大きい傷があるので、あんまり人に見せたくなくて」

 マダムが顔を上げて、あたしの首を見た。

「わかったわ」

「それと、下はズボンにしたいんですけど」

「長さは?」

「このくらいに短くできますか」

 太腿の半ばを手で示す。それに対してマダムは深く突っ込んでこなかった。

「ただいま」

「おかえり」

 採寸を終え、カウンターで少し話してハリーのいる所に戻る。まだ採寸を始めてなかったのか、さっきの美少年がいて言った。

「大丈夫そうだね」

「うん」

「僕はセドリック。君は?」

 握手を交わす。

「アルトリアだけど、アレンで」

「わかった。君は?」

「ハロルド」

 ハリーとも握手して、セドリックがふと首を傾げた。何を言おうとしたのか口を開きかけてやめ、にっこり笑う。

「よろしくね」

「こちらこそ」

 ハリーも笑って返した。

 コンコン、と窓を叩く音がした。外に大きなダブルのアイスクリームを手にしたハグリッドがいる。

「そろそろ行かなきゃ」

「また学校で」

 セドリックが頷いて手を振ったので、あたしたちも手を振り返した。

 




章タイトル考える度に自分のセンスのなさにげしょる
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