バタフライ   作:非食用塩

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第六話 子午線に立つカラヴィンカ

 自分の組み分けを棚に上げるわけではないけれど、ハリーの組み分けもかなり時間がかかった。

 歓声を上げるグリフィンドール生の声に顔を上げもせず、ハリーはまっすぐあたしの隣に来て座るなり、ぎゅうっと抱きついてくる。

「疲れた」

「うん」

「ごはん食べたくない」

「食べないと夜中におなかすくよ」

「アップルシャルロット作って」

「無茶言わないの。ここで個人的に料理できるかわかんないし、林檎の季節にはまだ早いよ」

 重症だ。ぐずぐずなハリーの背中をさすって宥めるうちに組み分けが終わってパーティが始まった。

 上座からダンブルドアが意味ありげな視線を寄越してきたのを見なかったことにする。目を逸らした先でクィレル教授と重そうな黒髪の先生が難しい顔をして言葉を交わしているのが見えた。どうにも和気藹々という風じゃないので、明日からの授業について話してたりするのかもしれない。どっちの先生もすごく真面目そうだ。

 ん? 誰かに見られてる?

 視線を感じる程度なら、よくあることだ。でも、これは良くない。

 悪意や敵意、あるいは殺意。

 周囲を見回しても、誰がどこから見ているのかわからないのでなおさら気味が悪い。

「痛っ」

 ハリーが声を上げて腕に力を籠めた。

「どうしたの? どこが痛いの?」

 痛みで答えられないのか、ハリーはぐりぐりとあたしの肩に頭を擦りつけてくる。慎重にもう一度辺りを見回したら、教員席にいる黒髪の先生と目が合った。

 物言いたげにこっちを見る黒い目に、読めない表情。反応に困って首を傾げても、黒髪の人は口を真一文字に結んだままで察するためのヒントを与えてくれる素振りはない。

 うんうん唸っていたハリーが突然さっと顔を上げた。

「大丈夫?」

 ハリーは静かに頷いてテーブルの方に向き直ると、取り皿をいろいろなものでいっぱいにした。

「やっぱりちゃんと食べとく」

 疲れているのは本当のようで顔色が良くない。でも、何も食べないよりはずっといい。

「腹が減っては戦はできぬって言うし」

「そうだね」

 敵は近くにいると考えておいて支障はなさそうだ。わざわざこっちに戻ってきたハリーは、敵にとっては飛んで火にいる夏の虫だろう。

 両手で頬を軽く叩いて気合を入れる。いつどんなことが起きてもいいように、腹ごしらえだけはしっかりしておかなきゃ。

 ローストビーフにラムチョップ、ステーキ、グリルポテトにヨークシャープティング、豆に人参を取り皿にどどんと置く。肉に合わせたソースを回しかけている向かいで、パーシーと話していたハーマイオニーが顔を引きつらせた。

「ねえ、それ全部食べるの?」

 自分の取り皿を見て、ハーマイオニーを見る。

「うん。ていうか、これじゃ足りないね」

「……どこに入るのよ」

「どこって、胃袋に決まってるでしょ。他に入るところないよ」

 ハーマイオニーはなんとも言えない顔をした。

「おお、我らが英雄殿のご機嫌は直られたか」

「不穏な様子に我らも馳せ参じた次第である」

 同じ声が別の方向から聞こえた。ロンと同じ赤毛の、瓜二つの顔をした男の子たちがニヤニヤしている。チェシャー猫かよ。

「俺はフレッド・ウィーズリー。ロンの兄だ」

「俺はジョージ・ウィーズリー。ロンの兄さ」

「きみらはさっぱり似てやしないのに双子なんだってな?」

「俺たちなんて四六時中鏡を前にしてるみたいなものだぜ」

「「見てのとおりね」」

 二人は声を揃えて言った。

「初めまして、フレッドにジョージ。あたしはアルトリア。アレンって呼んで」

「「アルトリアだって?」」

 自己紹介したら、息もぴったりに驚かれた。

「我が家の親父はアーサーっていうんだ!」

「なんだか他人って気がしないよ、アレン」

 笑って返す横でハリーがとびきり愛想よく微笑んだ。

「僕はハロルド・ポッター。知らないうちに英雄になってた普通の子供だよ」

 フレッドとジョージは目を丸くして顔を見合わせた。一瞬の間を置いて爆笑する。

「いやはや英雄殿はきっついや」

「いいねいいね、気に入ったよ」

「「弟だけじゃなく俺らとも仲良くしてくれよ、ハロルド」」

「こちらこそ」

 二人が同時に出した手を、ハリーは右手と左手で掴んで振った。

 たんまり食べた後に出てきたデザートも存分に食べた。毎晩こんなにレパートリー豊富なごはんが出るのかな?

 周りの生徒たちが自分の家のことや明日からのことを話しているのをBGMに今日あったことを整理する。

 来るまでに問題らしい問題は起きなかった。セドリックとドラコに再会できたし、ネヴィルやハーマイオニーと知り合えた。トレバーも無事に見つかった。『漏れ鍋』でほんの少し話したきりのクィレル教授が、あたしのことを覚えてくれてたのは嬉しかったな。あんなの、その場限りの方便でもおかしくないのに。

 目蓋が落ちかけて我に返った。こんな所で寝落ちするのは、いくらなんでもまずい。

 周囲に意識を向けるとパーシーの声が聞こえた。

「ああ、あの人はスネイプ教授だよ」

 話を聞く生徒の視線の先に黒髪の先生がいる。

「薬学の先生なんだけど、本当は防衛術を教えたいらしいよ。黒魔術(ダークマジック)にすごく詳しいんだって」

「ああ、スネイプ教授? あの人、クィレルの席を狙ってるって専らの噂だよね」

 えっ、そうなの?

 再度教員席を窺っても、特に同僚以上のなにかがあるようには見えない。同調や否定ができるほどの判断材料もないので、あたしは黙って紅茶をすすった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

  Are you going to Scarborough Fair?

  Parsley, sage, rosemary and thyme,

  Remember me to one who lives there,

  For she once was a true love of mine.

 

 支度を整えて談話室に行くと、既に身形(みなり)を整えたハリーが『スカボローフェア』を歌っていた。

 プリベット通り近くの教会から何度となく聖歌隊への勧誘を受けたそのボーイソプラノは、いつ聞いても伸びやかで美しい。プロを目指せばきっと人々に愛されるのに、本人は趣味の域を超える気はないという。

 天は二物を与えずなんて誰が言ったんだか。

「おはよう、ハリー。今日もいい声だね」

「おはよう。嬉しいけど褒めるのは後にして、ここに座って」

 示されたソファにすとんと腰かける。ロスマリンの香りに振り返るとハリーが両手に液体のようなものを伸ばしていた。

「眠れた?」

「割と眠れたかな。でも何か変な夢を見た気がするかも」

「そかそか。あたしも夢は覚えてないや」

 ハリーの手を見る。これなんだろう? ハンドクリームではなさそうな。

「もう、変な顔しないの! これはヘアオイルだよ」

 ヘアオイルなんていつ買ったのか。

「ダイアゴン横丁の雑貨屋で見つけたんだ。使うなら直毛にするクリームよりはオイルでしょ」

 そう言いながらハリーがあたしの髪にオイルを馴染ませる。難解な縺れを優しくゆっくり解いては指で梳いていった。

「くせっ毛じゃなきゃ、毎朝こんなに困らないのに」

「直毛のアレンはアレンじゃないよ」

「ええー」

 引っかかりなく指が通るようにしたハリーは満足げに頷いた。

 縺れてないだけで髪はいつもどおり、好き勝手にぐにゃぐにゃとねじれている。これ親のどっちにに似たのかな。

「あなたたち、とっても仲良しなのね」

 にっこり笑って言ったのは、ルームメイトのパールヴァティ・パチルだ。プリベット通り近辺では見かけなかったインド系の美少女で、今も談話室の男の子たちの視線を一身に集めている。

「仲良しだよ」

 あたしもにへっと笑って返した。

「ハリーはね、毎朝あたしの髪を解いてくれるんだ」

 そう言うとパールヴァティは驚いた顔をした。

「からかったのに普通に返されるとは思わなかったわ」

 からかわれてたのか。でもまあ、怒るようなことでもないな。

「うちの片割れに、そういうのは通じないよ」

「みたいね」

 ロンとハーマイオニーが起きてきて、一緒に朝食に向かう。寮を出るまでは問題なかったのに、寮から一歩出た途端、あっちでヒソヒソこっちでヒソヒソとうるさいことこの上ない。

 ハリーを物珍しそうに見る目がいくつもいくつも、通りすぎた後まで追いかけてくる。それが朝だけならまだしも、一日中やられていれば側にいるあたしまで消耗するってもので。

「話しかけるかスルーするかどっちかにしろー!」

「まあまあ」

 初日からロンに宥められてしまった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 ハグリッドがほいほい使っていたせいでかなり変な印象を持っていた魔法は、やっぱりそう簡単に使えるものじゃないらしいと知って安心した。授業で最初に習ったのも杖の振り方でも呪文でもなく、魔術師(ウィザード)非魔術師(マグル)の違いだった。

 宇宙に存在するもの──動物や植物、果ては星そのもの──全てに宿るエネルギーを真輝(エーテル)という。これを魔術師や幻獣は魔力に、それ以外の生物は電気に変換する。この変換の違いこそが種族の違いそのものだ。

 魔術師がマグルより長寿なのもエーテルの体内貯蔵量のみならず、それをどれだけ魔力に変換できるかが決め手になる。魔力には疲弊した細胞を回復し活性化させる力があるからだ。

 ちなみに魔術師の親から生まれたのに魔法が使えなかったり、使えてもごく僅かだったりする者はスクイブと呼ばれる。スクイブの魔力変換率は極端に少なく、ほとんどがマグルと同じ電気への変換に偏るために魔術師として生きにくいことが長年問題視されているそうだ。

 書庫の閲覧室で見つけた参考書を開いて、羊皮紙に考えたことを書いていく。

 魔法を行使するよりも、まず自分の魔力を杖に流せるようになれと言われた。魔力の流れを見る希少な辿眼(てんがん)の能力があれば自分の魔力の移動が目視できるのだけど、凡人なので体に流れる魔力を感覚で掴むしかない。

 何かわかりやすい指標があればいいのにな。

 それにしても今日は体がだるくて眠い。昨夜、遅い時間に天文学の授業があったからかな。ひと区切りつけたら仮眠を取らなきゃ。

 落ちる感覚にビクッとして目を開けると何故か仰向けに横たわっていて、白い天井が見えた。

 あれ? ここどこ?

 起き上がろうとしても体が重くて動かない。仕方ないので顔だけ横に向ける。ベッドに寝かされているのがわかった。

 室内の雰囲気からして医務室かな? でも、なんで医務室?

 心当たりのなさに焦る。と、そこへ白衣を着た年嵩の女性──ヒーラーと思われる──とクィレル教授が足早に歩いてきた。

「目が覚めたようですね」

 クィレル教授がベッドの脇に身を屈めて微笑みかけてきた。あれ? ほっとしてる?

 困惑していると女性が呆れたと言わんばかりに深く息をついた。

「閲覧室で倒れたあなたをクィレル教授がこちらまで運んでくださったのですよ」

「え? ええっと、……それはありがとうございました」

「どういたしまして」

 先生の大きな手に頭をなでられる。

 どうして倒れたのか思い返しても覚えがない。その間に女性がてきぱきと脈を診て触診を済ませ、先生に声をかけた。

「クィレル教授」

「はい」

「ここに座って彼女に魔力を渡してください。できるだけゆっくり」

「わかりました」

 ベッドの脇の椅子に腰かけたクィレル教授が、あたしの左手を両手で包み込むように握った。手のひらがじんわりと温かくなって、微かにぴりぴりしてくる。

「見たところ、あなたのエーテルの貯蔵量は通常の魔術師の半分にも満たないようです。魔力が我々魔術師の体を動かすために必須であることは既に授業で習いましたね? あなたの場合は魔力変換率が通常より高い上に消費すると変換されるべきエーテルが間に合わず、身体の機能が低下します。エーテルの貯蔵量を増やすことができれば解決するのですが、今の技術では根本的な解決が図れないので、いかに技能を身に着けようともスクイブより多少まし、という程度です」

 女性は説明するなり考え込んでしまった。

 スクイブより多少ましって表現が微妙にわかりにくいです。

「これまでに大きな怪我をしたことは?」

「小さい時に事故で首を切って死にかけたと聞いてます」

 話しているうちに、だいぶ体が軽くなってきた。右手で首に触ったら布はちゃんと巻きついていた。女性はあたしの首をチラッと見て頷いた。

「おそらく、それが原因で命数器官(バイタルオーガン)が正常に育たなかったのでしょう。かといって、あなたの魔力ではスクイブとして生きていくにも厳しいですね。──クィレル教授、そこまで!」

 女性の強い声に先生がビクッとしたのと同時にぴりぴりしていたのが止まった。

 すごい。魔力って感覚でわかるものなんだ!

 感動しているあたしの顔を、とびきり綺麗なサファイアブルーが覗き込んだ。

「楽になりましたか?」

 慈愛に満ちた声と表情にどきっとする。本人が自覚してるかどうかはともかく、クィレル教授はとても綺麗な顔をしているので心臓に悪くて困る。

 動揺を悟られたくないから頷いて返すだけにしておこう。

「お疲れさまでした。それで話の続きですが」

 突然、大きな音がした。勢いよく開けられたドアが壁に当たったらしい。パーティーの時に目が合ったあのスネイプ教授が、大股でまっすぐあたしが寝ているベッドの方へ歩いてきた。

 顔がめちゃくちゃ怖いんですけど。

「倒れたと聞いた」

 あ、なんだ。心配してくれてたのか。てっきり怒られるのかと。

「はい。今診てもらってました」

「具合は?」

「だいぶいいです」

 あたしの返答にスネイプ教授は深く息をついた。そのやり取りが途絶えたのを見計らって女性が口を開く。

「エーテルの不足を補うにはこちらで作る栄養剤を飲むか、食事量を増やすか。対症療法しかありません」

 まあそうなるよね。

「食事量を増やすって、今より食べればいいんですか?」

「量より回数を増やしなさい。休憩時間や教室間の移動中に少しでも何か食べること。シュガーレスとカロリーオフは禁止です」

 お、おう。

 予想以上に大変じゃないか。頭を抱えようとして、まだ左手が握られたままなのを思い出した。

 どうしよう? 手を離してくださいとは言いづらい感じ。

 切り出し方に迷っているところに遠雷の如く低い声がした。

「処置は終わったのだろう」

「うわっ」

 強制的に上半身が起こされて、クィレル教授の手が外れる。スネイプ教授が恐ろしく不機嫌な顔であたしの左腕を引いたのが原因だ。

「ヒッ、……で、では私はこれで」

 穏やかな表情が一転して真っ青になったクィレル教授が足早に医務室を出て行く。クィレル教授はかなり気の弱そうな人なので、あたしでも直視するのを避けるレベルで怖い顔をしたスネイプ教授に怯えるのも仕方ない。

 それはそれとして、スネイプ教授はどうしてまだあたしの腕を掴んでいるのでしょうか?

「あの、何か?」

 離してくれないと首の布が直せないわけですよ、ええ。

 凝視するあたしを見下ろしたスネイプ教授は鼻白んだ様子で手を離した。

「回復したのなら、とっとと寮に帰りたまえ」

 明らかにむっとしてるのに言葉の内容は優しい。顔が怖いだけで、実はただの不器用な人なのかもしれない。

「はーい」

 つい頬が緩むのをスネイプ教授に胡乱な目で見られた。

 白衣の女性にお礼を言って医務室を出て、角を曲がった所で立ち止まる。そして、さっきまでクィレル教授が握ってくれていた左手を右手でぎゅっと握りしめた。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 寮に戻ったあたしを待ち構えていたのはハリーだけじゃなかった。それぞれのルームメイトとウィーズリー兄弟。まだ入学して一週間も経ってないのに心配してくれる人が結構いるみたいで嬉しい。

 フレッドがくれたバタービールを飲みながら、医務室で受けた説明をした。

「魔力由来の虚弱体質?」

「そんな感じ」

 ハリーのルームメイトのディーン・トーマスが言った。

「今回のことはすごく勉強になったよ」

 今こうやって普通に笑って話せているのは、クィレル教授が魔力を分けてくれたからだ。そう思うと胸の辺りがぽかぽかする。

「魔力譲渡なんて滅多にやらないからなあ」

「それだけアレンの体質が特殊なんだろ?」

 魔力の発露が遅れる事例は数あれど、後天的にスクイブ同然になるのはごく稀だという。

 考えてみるまでもなく、あたしは感情的になっても魔術師の能力を発揮したことが一度もなかった。だからこそ、ハリーが超能力を持っているんだと思い込んでいたのだし。

 両親が魔術師で、その子供のあたしたちも魔術師だなんて、それこそどこのファンタジーだって話だ。

「魔法は便利だけどね、魔術師ひとりで何もかもこなせるという訳じゃないんだ」

 パーシーが眼鏡のフレームを指先で押し上げて、至極真面目くさった顔をした。

「一人前の魔術師だって、杖や箒といった補助なしに魔法を使うのは至難の業だからね」

「そうなの?」

 身を乗り出すあたしに笑ったパーシーが右手の人差し指を立てる。

「杖なしで魔法を行使しようとすると──Aguamenti」

 ぽふんと間抜けな音がして、パーシーの指先から小さな蒸気の塊が出てすぐに霧散した。

「上手くいかないんだ。でも、杖を使えば」

 今度は杖を手にして同じ呪文を唱える。杖の数ミリ先から細く水が噴き出した。

「この通り発動する。魔術師が思い通りにならない魔力を相手に連綿と向き合ってきたからこそ、杖や箒をはじめとする術具(ツール)が開発されたんだよ」

 オリバンダーさんの杖屋が紀元前創業と知って唖然としたのを思い出す。あれは、地球上に大きな文明が生まれた頃には既に魔術師がいた証左だったんだ。

 納得している横でハリーが授業の時のように手を上げた。

「じゃあ魔術師は杖がないと無力ってこと?」 

「いいや」

 ジョージが首を振った。

「杖がなくても魔法が使える魔術師は存在する。ただ、杖を使った時と同じだけの効果を出せるのは、本当にごくごく少数の極めて優れた魔術師だけだ」

「そんなに珍しいの?」

「魔法を使いこなすには生まれ持ったセンスも重要だからな。ほら、マクゴナガル教授が猫に変身するだろ? あれなんて誰にでもできる魔法じゃないんだぜ」

 フレッドはそう言って肩をすくめた。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 待ちに待った防衛術の授業は意外のひと言に尽きた。教室に充満するにんにくの匂いが目に染みる。

 これじゃ気が散るよ。主に飯テロ的な意味で。

「何してるの?」

 ハーマイオニーが窓を開け放って回るあたしを止めるのと、クィレル教授が教室に現れたのはほぼ同時だった。

「ミ、ミス・ポッター、な、な、何をしているのですか?」

「換気です」

 他になにをしているように見えるのかと。

「教室の空気を入れ替えないとアリルで窒息しますよ」

 クィレル教授はどこを見ようとしているのか、目をぐるぐる彷徨わせる。

「こ、こ、これはルーマニアの、きゅ、吸血鬼避けで」

「死人を引き連れてたとかいう? 今は昼間ですが、こっちの吸血鬼は昼夜に関わらず活動できるんですか?」

『フライトナイト』の吸血鬼が日光でトドメを刺されていたのでつい興味津々で尋ねると、クィレル教授が発作でも起こしそうな顔をしてヒュッと鋭く息を吸った。自分が教える教科にまで怯えるというのはどうも本当らしい。

「せ、せ、説明しますので、席に、ついて、ミス・ポッター」

 授業はあまり進まなかった。

 シェーマス・フィネガンが頭に乗っかるターバンについて質問をしたことで他の子たちもあれやこれや言いだして、クィレル教授が話す隙がない。

「ねえ、ハリー」

「んー?」

「先生って、いつからターバン巻いてたっけ」

「はあ?!」

 気のない返事をしたハリーが変な声を出した。

「『漏れ鍋』で会った時からしてたよ」

「あれ? そうだった?」

 初めて会った時のことを思い返しても、目の色だとか、顔立ちが綺麗だとか、親切な人だとか、普通に喋れる時もあるんだとか、そんなことしか出てこない。

 そんなわけで、ターバンの出所に興味は持てなかった。ただ、ターバンのせいで頭が三倍は大きく見えるので、重量的に首を痛めないかという意味ではとても気になる。

「ねえ、大丈夫?」

 顔を覗き込まれて驚いた。ハリーが首を傾げる。

「チャイム鳴ったよ」

「マジで?」

「マジで」

 うう、ちょっとぼーっとしすぎかな。

 

 

 

◇◇◇◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 

 

 

 金曜日は初めて薬学の授業があるので、早々に朝食を済ませた後はハリーとハーマイオニーと一緒に予習に励んだ。ロンも一緒にやらないか誘ってみたら、スリザリンと合同じゃやる気が出ないと言われてしまった。

「スリザリンの寮監は、いつもスリザリンを贔屓するんだ」

「誰がそんなこと言ってるの?」

「うちの兄」

 去年卒業した次兄を含む四人に聞いた話らしい。

 学校の決まりで優勝杯を取り合いさせている以上、自分が預かる寮生に点を与えたくなるのは大人げないが気持ちはわからなくもない。それにこれを悪習だと言ったところで規則はそう簡単に変わるものでもないし。

 良し悪しだけで物事は動かない。それは学校に限った話じゃない。

「教師が嫌なやつでも勉強しておかないと、後で困るのはきみだよ」

「だけどさあ」

「だけどもされどもない」

 バッサリ切って捨てるあたしを見て、ハーマイオニーが笑う。

 鳥の羽ばたく音がした。梟が郵便を運んで来る時間だ。テーブルに舞い降りたヘドウィグがハリーに手紙を取れと示す。ハリーは足に括られた手紙を解くと、差出人の名前を確認してポケットから出したご褒美用のフードをヘドウィグにやり、

「ちょっと待ってね」

と声をかけた。

 ヘドウィグはパチリと瞬いてフードを齧っている。

「どうしようかな」

 ハリーが開いた便箋をあたしに見せる。踊り疲れたみたいによれた字で書かれた手紙はハグリッドからだった。

 アフタヌーンティーのお誘いだ。

「行って来れば?」

 感慨もなく言うと、ハリーがむっとして睨んでくる。

「嫌だよ。どうして僕だけ行かなきゃいけないのさ」

 封筒にも便箋にもハリー宛と書いてあるだけで、どこにもあたしの名前は記されていない。

「ハグリッドはハリーに用があるんでしょ」

 あたしには彼と話すことはないし、ハグリッドがハリーにだけ話したいことがあっても別におかしくはない。

 何より、かなりどうでもいい。

 そもそもハリーとあたしは別の個体なんだから、人付き合いも別であるべきだし、それはプライマリ・スクールの頃から変わらない。

 ハリーにはハリーとだけ付き合う友人がいて、あたしにはあたしとだけ付き合う友人がいた。共通の友人もいた。おかしなことはない。

「アレンはさ」

 ハリーがまだ拗ねた顔をしている。

「僕だけが特別扱いされてて嫌じゃないの?」

 んん?

 意味がわからず、首が傾いだ。

「特に考えたことなかったな。あたしはあたしの頑張りを正当に認めてもらえればそれでいい」

 こっちに来る前にハリーが英雄扱いされるのは充分すぎるほどわかっていたので、こういう事態が起こるのは寧ろ普通だと思っている。それに、事実としてあたしはなにもしてないんだから特別扱いされる謂れはない。

 自分の成果を認めて評価されたいという気持ちはあっても、自分が納得できないことはひとつだってしたくない。あたしめちゃくちゃ頑張った! すごいぞあたしよくやった! と思えないことは頑張りとは言わないからね。

「いい点を取るのはとっても楽しいわよね」

 ハーマイオニーがしきりに頷く。

「数字はわかりやすくて好きよ。それを見てまた頑張ろうって思えるもの」

「その『いい点』をくれないって話だよ」

 ロンはまだ薬学の先生の話を引きずってるようで、うへえ、と舌を出した。

「だからって不当に落第まではさせないと思うよ。流石に教師の一存でそんなことしたら教育委員会とか理事会とかが黙ってないと思う。……こっちにそういうのがあればだけど」

 基準がよくわからないので断言は避ける。マグルの常識が通用しないのは肌で感じているし、文化も共通といえる部分がわずかしかないのも理解できている。

 ぶっちゃけ中世止まりなんだよねえ。

 ハリーが届いた手紙の裏に返事を書きつけてヘドウィグに持たせているのを横目で見て、息をついた。

 




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